16 * 息子二人、首をかしげる。
お待たせいたしました、本編再開、新章開始です。
まずは閑話的なお話から。
三年ぶりだ。
クノーマス侯爵領を離れてすでに十年近く、三度目。俺と弟は揃って王都の隣にある別の貴族の侯爵領で仕事をする幸運に恵まれて、両親が快く送り出してくれたおかげで今不自由なく生活が出来ている。
移住してから結婚して子供もできて、以降なるべく三年に一度は帰るようにしている。孫の顔を見せてやりたいしな。妻も弟の妻も田舎にこうして来ることを嫌がる様子はないから、それも恵まれている。俺の知り合いなんて妻が田舎に行きたくないと言うせいで孫を両親に会わせてやれない奴もいるくらいだ。
「兄貴、あの話、本当に本当なのかよ?」
いつものことだ。弟家族と俺たち家族とで馬車と護衛を雇って長旅しながらクノーマス領に帰るんだ。その方が金がかからない。長旅は大金が飛ぶから、だから三年に一度しか帰れないんだ、まだマシかな、定期的に帰れてるから。
弟のマイトが馬車に揺られながらちょっとぼんやりとした顔をしてまた問いかけてきた。クノーマス領に近くなるにつれこの質問が増えた。
俺と同じことを思ったのだろう。
護衛をしてくれている五人組の冒険者パーティーのリーダー、セルディアさんが笑う。
「また、その話ですか? 本当ですよ。マイトさんもウィッドさんも疑い過ぎですよ」
そう言われ、俺は苦笑した。
そろそろ帰省のために冒険者ギルドに護衛を依頼しようとしていた時、実家から父の名前で冒険者ギルドの転送魔道具で手紙が俺宛に届いた。一通の手紙を送るだけで最低十リクル以上かかるから使ったことなんてないから、何事かと肝を冷やした。でも。
『帰省の金を少し出してやるからちゃんとした冒険者を雇って安全に帰ってこい。預け口に金を入れておいた、それを使え』
ってだけ。
なんだよ? って思って冒険者ギルドでそのまま預け口にある金を確認したら。
最近確認した残高より、ニ万リクル多かった。
は?
はぁ?!
こんな金、どこから出てきた?!
弟の仕事場に非常識と分かりながら押し掛けて、事情を説明してすぐ二人で手紙を通信魔道具で転送した。この金はなんだ、と。
『稼いだ金だ、使え。孫たちを安全に連れてこい、嫁さんたちを快適に連れてこい』
とだけ返信があった。
なんじゃそりゃ?!
である。
「セルディアさんは、行ったことあるんでしたか? 《ハンドメイド・ジュリ》に」
「ええ! メンバー皆で行きましたよ! この前で四回目です」
それはもう明るく笑顔で答えてくれた。
「衝撃と感動よ。入店制限さえなければずっと見ていたいわ」
馬車の中で一緒に座っている冒険者パーティーの一人である魔導師のエルミナさんはニコニコだ。
「あたしなんて初めて行った時変な声出ちゃってさ!」
と、快活に笑ったのは調合師兼サポート役のホリーナさん。
そして馬車の後ろから馬に乗って付いて来ている斧使いのキリックさんと弓使いノエルさんも。
「俺は彼女にその話したら一週間口を聞いてもらえなかった」
「僕は母から今回必ず買ってこいとしつこく言われましたよ」
と笑う。
このメンバーを見て、俺は溜め息だ。
なぜなら、この人たちはクノーマス侯爵様も護衛を依頼したことがある、中級クラスでも今後間違いなく上級クラスに昇格するだろうと期待されるパーティーだ。侯爵様が懇意にしている結構名の知れたエンザさんという人がリーダーを務めるパーティーの一番弟子にあたる人たちで、俺たち庶民が個人依頼で雇えるような人たちじゃない。俺と弟の旅費として貯めてた分じゃ全然足りないんだ。
でも、今回、冒険者ギルドに依頼するときに父からきた手紙のあと、すぐに何故かクノーマス侯爵様から手紙が俺に来た。俺と弟の手が震えたのは記憶に新しい。
「ウィッドさんたちの護衛完了後二日休息を入れるんですが、侯爵様が夜間営業所ではなく夜に 《ハンドメイド・ジュリ》を開けてくれるよう手配してくれるそうで。こうして護衛で稼げる上に 《ハンドメイド・ジュリ》をゆっくり見て、買い物できるんですよ、冒険者仲間への自慢話になりますね」
侯爵様の手紙は『この人たちを雇いなさい、話はついている』というやけに簡単なものだった。初めからそういう手筈で話が進んでいたらしい。
そして、冒険者たちの間でまことしやかに語られるようになったという。
―――侯爵家に認められると 《ハンドメイド・ジュリ》への特別夜間来店権が獲得できる―――
と。
いや、ごめん、意味がわからない。
そしてもう一つ。
両親のこと。
俺と弟は互いに目配せ。
なぜなら、信じられないからだ。
俺たちが『ライアスとフィン』の子供だと知ったときのセルディアさんたちの驚きっぷりも実は未だに現実だったのかと疑ってしまうくらいのものだったし。
だってさ。初日から普通に名前が出てきたんだよ。『フィン編みとククマット編みの最高指導者』とか、『《ハンドメイド・ジュリ》の道具全てを手掛ける道具管理最高責任者』とか。手紙でそういう立場とは両親から聞いていたけど、まさか冒険者の間で話題になる程に、その息子だという理由だけで喜んで護衛しますとか言われるなんて思いもしないだろう?
モヤモヤする疑問や不安を抱えつつ。
旅は中盤。
「ねえ、お義父さんたちを悪く言うつもりじゃないんだけど……冒険者に尊敬されてる姿ってイマイチ想像できないわ」
妻のソフィアが休憩がてら立ち寄った長閑な村でお手洗いを済ませた後、セルディアさんたちに子供たちが遊んでもらっているのを見ながらコソっと聞いてきた。
「……ていうか、ククマットがなんだか私の知ってるククマットじゃなくなってる気がするんだけど」
「……だよなぁ」
そして弟の妻レイシーもコソっと。
「前回の帰省直後よね? 【彼方からの使い】がお義父さんたちの家に現れたのって。あれからニ万リクルを前触れもなく出せる位余裕が出来たってこと?」
「そうよ、もう少しお金を貯めてからと思ってたんだから。それがまさかの送金と侯爵家公認の冒険者パーティーを口利きで雇えるなんて、なにが起きてるのよ?」
俺たちはただただ首を傾げるばかり。今も冒険者さんたちはククマットに着いたら休みに何をしようかという話で盛り上がっている。
あのさ。
ククマットで何をしようかって、なにもないだろ? 冒険者パーティーが楽しめそうな所なんてせいぜい酒場。あとはちょっと遠出してトミレア地区の港とか、ダンジョンのあるイルラ区とかに行くのがいい。
「どうする? イルラの森入る?」
ホリーナさんがウキウキした弾んだ声でエルミナさんに問いかけた。ほらな、弱い魔物が多いけどあそこならこの冒険者パーティーは暇つぶしくらいには。
「そうね、掘り出し物が見つかるかもしれないし」
「だよねだよね!」
ん?
掘り出し物、ってなんだ。
色付きスライムと、ブラックホーンブル。
《ハンドメイド・ジュリ》が買い取りするらしい。しかも丸ごと。ブラックホーンブルは血抜きだけでいいらしい。
……普通、解体したものしか、欲しがらないんだけどな? その前に、スライム。
確かにそれを使ってアクセサリーを作ってるのは知ってる。時々送られてくる品々に妻も子供もすっかり魅了されてるからな。でも、いくらレアなスライムでも、掘り出し物になるって意味がわからない……。
「ジュリさんが肉好きでね、本人の希望でまず上質な肉を常に欲しがる。それと干し肉にして格安でギルドに卸してくれるんだよ、それがすごく旨くて安いって人気だ。俺たちもククマットに立ち寄る時は必ずギルドで買えるだけ買うくらいには旨い」
キリックさんの説明にまた驚かされた。
「そうそう、骨も素材として必要らしいんだ。魔石も品質があまりよくなくても最低保証の額が約束されているし、血抜きだけでなく、内臓の処理をするとさらに買い取り額が上乗せされるから丸ごと。皮に極力傷を付けずに納品できる我々の先輩であるエンザさんパーティーはさらに上乗せされているって話ですね」
ノエルさんの話にも驚くしかない。
「ギルド公認の直取引先だからあたしらの手元に丸々お金入ってくるんだよ、ククマットとイルラならそう遠くないしうちらパーティーなら五人で二体は運べる、実入りがいいんだよね。大物に遭遇できたらなおいい! 料金割り増し! 」
ホリーナさんは浮かれた様子だ。そして。
「あとあれ、やっぱりスライムでしょ!」
何が?!
「は?」
「色付き捕まえて生きたまま持っていくと小さくても一体五十リクル以上で買い取りしてくれるんですよ」
「は?!」
「先月エンザさんのパーティーが偶然他のダンジョンで見つけた直径六十センチオーバーのアメジストスライムなんて、なんと四百リクルに化けたそうだ。戦う必要がない、捕まえるだけでお金が貰える」
「そこまで高望みはしないけど、一体は見つけたいところだよな! 色付きかジュリさんの目に留まる素材持ち込んだ人には『裏褒賞』があるって噂だし」
「ララさん(エンザのパーティーの女魔導師)が随分前に山クラゲの魔石を提案してレースリボン貰ってるんだよね、あたし見せて貰ったけど幅広でしかも八メートルもあってさ、身に付けるもの一式お揃いに出来るって凄い喜んでた」
話についていけない、ポカンとする俺たち。
「ジュリさんですか? そうですね、一言で言うと凄いです」
「凄い? どう凄いんですか?」
「うん? 凄いは凄いとしか」
なんだか不毛な会話をしているソフィアとノエルさん。
「難しいですね、表現が」
「んなことないよぉ、ジュリさんはね。怖い」
あれ、ホリーナさんが失礼なこと言い出した?
「怒らせると怖い。必ず一緒にグレイセル様も怒るから。ジュリさんがプンプン怒ってる後ろでグレイセル様がニコニコしてると次の日怒らせた人物がククマットから忽然と消えてるって噂」
それは怖い! え、噂だよな? それ、噂ですよね……?
「でも優しいよ、ブラックホーンブルの干し肉だって赤字にしかならないのに定期的に冒険者のためにってやってくれるし。あと、一貫して『平等』を追求している姿があたしは好きだなぁ」
「あ、それな。俺たちと富裕層を絶対に区別しないよな、客は客って。でもちゃんとそれで納得しなそうな富裕層の奴らのために落とし所も作ってて。その落とし所に俺たちもちょっと踏み込もうか? って思わせてくれる努力もしてくれてるしな」
キリックさんがしみじみと、本当に嬉しそうに語ってくれた。
「俺たちってさ、こんななりしてるからたまに怖がられるし、汚ねぇって言われたり。でもジュリさんって握手してくれるんだよ。『お疲れ様、ゆっくり見ていって』って。商売やってる奴らって、俺たち冒険者と握手するやつは殆どいねぇから。それこそ有名なエンザさんたちくらいにならないと、な。でもあの人、リーダーのセルディアだけじゃなく、俺たちとも握手してくれる。……ああ、いい人だな、って心底思うよ」
キリックさんの両手は、以前魔物討伐の依頼を受けた時にしくじって魔物の毒攻撃を受けたという名残のアザが覆う。黒ずんだ、所々凸凹と歪み、指の何本かは、爪の形も悪く曲がっていて。
その手を擦りながら、キリックさんが、ニコッと笑った。そしてエルミナさんも。
「不思議な人よ。魔力が全くなくて、自分のことを『最弱生物』なんていうんだけれど……人を惹き付けるのよね。求心力というのかしら、作るものだけじゃなく、さりげない言葉にも人の心をグッと掴むものがあって。魔力よりずっと強い力を持っていると思うわ」
エルミナさんは、パーティー皆に迷惑をかける失敗をした時 《ハンドメイド・ジュリ》で元気が出る明るい色の物が欲しいと言ったらなんでそんなものを欲しがるのか聞かれ失敗の話をしたそうだ。
「そうしたらね。『あははは! 私なんて四十六回連続で失敗作作り続けたことあるわ』って。失敗しないと成功したと思ってるものが本当に正しいことなのかわからないじゃない、比較する経験が出来て、情報を蓄積出来たなら儲けものよって言ってくれて。失敗は成功の元なんていうけれど、失敗を成功と思っていることが本当に正しいかどうか確かめる、比べるための物差しにするなんて考えたこともなかったから本当に驚いたの。でもそのお陰で冷静に自分を見直すきっかけになったわ」
「あたしもあれでなかなか上手くいかなくて諦めてたポーション作りに再挑戦する気になれたんだよね」
「そうだったわね。それに……」
―――だからって、失敗してもいいやぁって投げやりにはならないでね? 命掛けてるんだから、それは駄目。その投げやりに巻き込まれるのはパーティーの人たちだしね。失敗はあくまで情報の蓄積でしかなくて、してもいいっていう安易な感情で結論を出すものではないと思うよ……命を掛けている人に私の言葉なんて軽いかもしれないけど、少なくとも家族や友達はエルミナさんに失敗で危険な目に遭うことを望んでないでしょ。いつ、突然の別れになるか分からないから、その後悔をその人たちに負わせないために失敗含めて最善を尽くすのがいいと思うよ―――
「とね。そんなことをサラッと言うのよ、本人はどう思っているのか分からないけれど、あの人とお話をしていると勉強になることが多いの」
「そうだな」
セルディアさんが笑った。
「あの人と話していると不思議なほど時間の経過が早くて。作るものだけじゃない、あの人そのものが人を惹き付ける。そう思いますよ」
俺たちは、ただその話を、楽しそうにセルディアさんたちが語りだした『ジュリ』という人物の話に耳を傾けた。
両親を、ククマットを、クノーマス領を変える力を持つその人の話をただ、聞いた。
ライアスとフィンの息子二人、ジュリのことを知っているようで知らないのはこの世界の情報伝達技術の未熟さのせい(笑)。
しかも写真もないので人から聞いた話でしか想像出来ないので二人の中でジュリはどういう風になっているのかちょっと知りたかったりします。




