2 * 資金と物件
ちいさな瓶が、手元に。蓋はない。硝子職人さんは蓋は他に委託するからね。なくても大丈夫!! 食べ物を入れるわけじゃないし、コルクがあるからそれで十分。
とにかく質のいい瓶は、眺めているだけで嬉しくなる。
マクラメ編みをフィンたちと共に売るようになって早数ヶ月。あっという間に季節が進んで秋を迎えていた。
その間、私はだいぶたくさんのものを作り上げ、揃っていた。人に売っても恥ずかしくない作品が。当然試作や失敗も大量に存在して、置場所に困るくらい増えていたけどそれを何故か侯爵家が回収していった。場所が確保出来るからいいんだけど、何で失敗作まで持っていくのかよく分からない。
それと平行して作っていた侯爵家の第二期コースターも無事に仕上げ、すでに侯爵家の食卓や茶会、夜会で使ってもらっている。
あ、ちなみに結局コースターは二種類、前回と同じ物を作りました。女性と男性でやっぱり好みが別れたとかで、人気投票も意味なし、しかもお客様はどっちがいいかより、どこで手に入れたのかを躍起になって聞いてきたとかで、役に立たなかったらしい。
「ま、そんなことだろうと思いました。初めから競わずおとなしく注文していればよかったのですよ」
と、ルリアナ様が王都で呟いたとか。
なので各三十枚、第一期シリーズと全く同じデザインで揃えて渡すことにしたのは、揃ってた方がいいと希望があったから。
そんな社交界で噂の的となっているらしいコースターのおかげで、二度目の報酬は前回よりもかなり上乗せして頂いて、さらには作品の一部を非常に喜んで買ってくださったので、私は再びまとまったお金を手にすることができた。
ということで資金的な最低ラインをクリアして、そろそろ私も本格的に自分の店を、と思ったらフィン、ライアス、そしてグレイセル様に反対された。
お店を開くことじゃないよ?
時期が悪い、って。
いまから冬で人足が鈍るから売上が伸びないって。
まあ、そうなんだけど。
でも、今のところそれでいい。
侯爵家の皆さんにも、コースターの出所はまだ言わないで欲しいともお願いしてある。
閑散期でいいのよ、作りながらお客様の反応を見たいから。
それにまずは地元の人の金銭感覚を知りたい。冬の閑散期、収入が減る人が多い庶民は日用品以外のものにお金を出すのか、そして出すとしたらどれくらいまで出してくれるのか。
元手はマクラメ編みとレース、そして侯爵家のコースターとその他この世界ではなかった雑貨やアクセサリーの侯爵家による買い取り収入があり、この世界ならそれで小さな店を借りて、調えて、数ヶ月ならなんとか無収入でもやっていけることは下調べで確認済みなので大丈夫。家賃が安いんですよこの侯爵領は。助かるよね。
貯まったお金を全部つぎ込むことにはなるけれど、失敗してもまた何かを露店で売って稼げばいい。
自分の良いと思うタイミングを逃したくなくて、二日間話し合って三人を説得出来たのは嬉しかった。
そうなれば行動あるのみ!!
と、思ったら侯爵夫人が訪ねて来た。
露店の様子を確認してから改めてククマットを見て歩こう、と思ってたから朝早かったのに、完璧な身仕度で侍女を伴い、馬車係りには息子のグレイセル様を駆り出してやって来ていた。
グレイセル様の遠い目が気になる。
「パトロンは必要ないかしら?」
挨拶の後の言葉。侯爵夫人の笑顔、素敵です。
ライアスとフィンが工房や私の作業場に溢れんばかりにある新しい道具や作り置きしている作品たちを説明するのを真剣に聞いている侯爵夫人のシルフィ様より少し距離をとる。
「父が、その提案を私にした瞬間に『私が』って前のめりに母が強引にジュリとの交渉権をぶん取った形になった」
「おぅ……」
ぶん取りましたか (笑)。
しかし。
パトロンねぇ。
侯爵家の支援。
普通の人なら喉から手が出るほど欲しい支援ですよねぇ。
うーん。
うーーーん。
拘束力、強いよ。
それはちょっと困る。
やりたいことをやりたいときに出来ないとか、作りたいものが作れないとか。そういう弊害が出るんじゃないかなぁ。
「断る、という選択肢はありますか?」
「言うと思った」
「ですよねぇ」
グレイセル様は知ってる。というかこの人からパトロンの話をすでにされていたから。
凄く嬉しかったわよ、私のしていることを認めてくれて応援してくれて。
でも断った。
グレイセル様は侯爵家の次男だから、侯爵家の影響力は避けられない。
正直、私が順調に商売をしたいなら必要不可欠な権力になってくる。この侯爵家の領地の中にいる限り。でもそれは外に出ても同じで必ず侯爵家の領地という拘束力は働くことをこの世界で学んだ。どの貴族の、どの領民になるかで生活は大きく変わってしまうことをハルトやマイケルから教わっている。
この侯爵家の領地は優良な土地だと教えてもらった。飢えもなく、不当な税の取り立てもなく、犯罪も少ない。貧民街のような地区はあるが、家がなく浮浪者としてたむろするような人はほんの一握り、王都や最大貴族の公爵家二家より良い土地とも言われる。
幸運にもこの領地に召喚された私は、ここの人たちに感謝しなければならないと思うことは多い。【彼方からの使い】だから歓迎されたとしても、それでも気質がそうなのか私の周囲は優しい人が多い。恵まれた環境と周囲の人間の気質は侯爵家の優れた領主としての長年の努力の賜物。
それを、束縛を嫌い申し出てくれた侯爵家の優しさを断る私は我が儘だと思うし、失礼極まりない事をしていると自覚はある。
でも、そのご厚意に甘えるのはまだ先でもいいはずなのよ。
だって私は、まだ何も始まっていない。
そう思うから。
何も始まっていないのに、始めていないのに、最初から強い後ろ楯があることは私の危機管理能力や分析力、判断力を鈍らせる気がしてならない。
拘束力より、そっちが怖い。
異世界で、私は生きていかなくてはならないのよ。
自立する力がなければ、この世界で生きてなんていけないのよ。
そのためにも、今は簡単に手を伸ばしてはいけない。
「断っていい」
「え?」
「母にその旨は伝えてある。それでもよければと連れてきたんだから」
えっと、それは。逆に言えば、断られると分かっていても来てくれたってこと?
それって、どうなの?
……やっぱり受けるべきか。
「……あ」
閃いた。
借金よ。
『お金は利子付けて返します』だよ。
ローンだよね。
それなら、明確だ。
ちゃんと契約書も交わして、侯爵家の力が影響するのは私がお金を返せないときになるように、例えば技術や知識、その時まで作ったもの全てを担保にすればいい。それくらいしか差し出せるものがないけれど。
細かいことは契約書の作成中にすり合わせするしかない。こちらの法律なんて全く知らないんだから。
そんな私の願いに侯爵夫人が面白そうに笑ったのは、貴族の申し出を断る人なんて変人くらいだという理由らしい。
え、私は変人扱い?
「普通、パトロンというのは気に入った画家や音楽家が才能を伸ばし有名になることでその人を支援した家は先見の明がある、財力がある、という箔付けの意味合いが大きいの。互いに利がある関係なのよ? でも、あなたは借金して利子を返す? 面白いわぁ」
だそうで。
この世界じゃ私のようにちょっと変わったものを世に送り出したい人の考えとしてはあまり一般的ではないそうで、それについてはあまり他所で言わないようにと言われてしまった。
私のせいでこのパトロン制度がおかしくなっても困ると。はい、気を付けます。
あ、これも契約に書いてしまおう。
信用出来る人間として、私は話しません!! 宣言です。
なにはともあれ、侯爵夫人の機嫌を損なわず話が進められてよかったわ。
そこからは驚異的な速さで色々進んだのよ。
物件は以前グレイセル様が言っていたようにいくつかいい物件を紹介してもらい。簡単な間取りが描かれた資料を見て取り敢えず三ヶ所に絞り、直接内覧に行ってほぼ『ここだ!』と思う物件の詳細を改めて資料でもらってフィンとライアスと相談中。
そこはククマット地区の中央市場のメイン通りから路地を一本奥に入ったところにある。中央市場周辺は建物の規格が決められているそうで、実は建物の見た目は大きく分けると四種類しかない。建て直しや修繕や補強がしやすいよう、店舗前に並べる品物で隣接する他の店の営業を妨害しないように敷地をしっかり決めてしまうことでトラブルを減らす意味もあるそうな。そのせいでここに来た頃は似たり寄ったりの建物ばかりで何処に何があるのか迷うことが多かった。
そんな似たり寄ったりの建物でも、直感でいいなと思った物件は、一軒家だ。
一階が店舗と作業場、二階が住居にも使える以前は仕立屋が住んでいた一軒家。
店舗としての間取りは日本で言うと十畳ほど、仕立屋だったのでカウンターが広めで、そのカウンターの後ろ含む壁全面がしっかりした棚が天井まであるので、狭く感じるけど改修しだいでどうにかなりそう。
そして何より、奥の作業部屋。こちらもしっかりした棚が朽ちることなく二面にあり、これについて
「これはいいぞ、しっかりした棚は付けるとなると結構金がかかるからな」
とライアスが言っていた。
二階は住居にもなるけど、ここも作業場に出来る。フィンにここでレースを編んでもらったり、作り置きの商品の置場所、素材や備品も置ける。
うん。
見えてきた。
やりたい店が。
形になりそうだ。




