夏休みスペシャル ◇夏の夜のくだらない話、その参。
夏の夜のくだらない話はこちらで最後です。
※もちろん短く、そしてくだらないです。
最終夜、グレイセルが語ります。
「夏の恒例企画、肝試しを行いたいと思いまーす」
ジュリがいつものごとく思い付きで言い出した。
一言、私から言わせてもらおう。
『きもだめし』とはなんだ。
そんな夏の恒例行事、クノーマス領、いや、この国にはない。
「大丈夫です、フォンロンにもありません」
何が大丈夫ですなのか分からないがレフォアが笑顔で私にそう返して来たので私の認識不足では無かったことが証明され安心できた。
「暑さをぶっ飛ばすために自ら怖い体験をするイベント」
……。
全く分からない。
私の隣ではローツも同じ気持ちなのだろう、固まっている。
「肝試しは夏の風物詩、夏の暑い夜を少しでも涼しく過ごそうという創意工夫とでも思っとけ。平安時代、日本でもかなり古い時代からあったと言われてるけど、読んで字のごとくだな、肝つまり内臓の強さを試すことが起源なんだよ。そこに精神の強さを試すって意味も含まれてて、まあ、現代じゃイベント化してるけど古き良き文化じゃね?怖い思いするとヒヤッとすっていうじゃん、精神的に涼しくなりましょうってことだよ」
「あ、そうなの?」
「そうなの? じゃねぇよ! お前の説明じゃ絶対誰も理解できねぇからな」
ジュリとハルトのやり取りを眺め、思うのは。
そもそも何をすればいいのか分からない。
要約すると夜に不気味な雰囲気の漂う場所を歩き怖い思いをしてヒヤッとしよう、ということだろうか? その歩く道中で突然何かが飛び出してきたり驚く音がしたりするとなおいいらしい。
ということでローツが近場で役に立ちそうなものを捕獲できるからと外へ向かったのだが。
「捕獲? 嫌な予感しかしないんだけど」
「いやぁまさか流石に……」
「違う、何か違う!! 予感的中!!」
初のクリスマスの時にもこんなジュリを見たな、と感慨深いことを一人私は心で呟く。
「夜に遭遇して怖いものだろ? これじゃダメなのか」
ローツが両腕に抱えている物を見てジュリはうちひしがれ握りこぶしで地面を叩く。
「違うわね!」
「うん、違う」
ハルトのいい笑顔で私たちは悟る。
あ、これはあれだ、ジュリが時々こちらの世界で感じるという『斜め上を向いた解釈』というのに該当するものである。
ローツの右腕でじたばた暴れているのは小型の魔物。左腕に抱えられているのはローツのことを認識しているらしく、何をされているのかよくわからず何となくじっとしている様子の、こちらも魔物。
「その右のは何」
「夏の季節に増える夜行性魔物の吸血蝙蝠の一種。この大きさの割には吸血する量も少なく襲われても死んだりしないが牙が長いから刺さると大量出血する。この辺じゃ珍しい種だな」
「どのみち血を失うね。で、左は……知ってる。知ってるけど、なんでそんなに大人しいのかな? しかも暗闇じゃないとダメとか言ってたような気がする」
「ほら、グレイセル様になついているブラックワームって知能高いだろ? あれの分身らしくて知能高めでな。何故か俺になついた。まだ小さいから人間の死体は食ったことないぞ? 専らククマットの掃除担当だ。それに明るい所にいないだけで明るい所に存在出来ないわけじゃない、小一時間なら余裕だな」
「はいはい、もういいです、お腹いっぱいです。私の心が処理しきれないので放してきて」
解せぬ、と言いたげなローツが魔物を抱え外に出た。
「幽霊とか、ゾンビとか、妖怪とかあるじゃん? 地球なら、いっぱいあるじゃん? なんでないの、ここ。出てくるのが魔物だけってなんなの、ボキャブラリー無さすぎでしょ、ホント、ありえない……」
ぶつぶつと何やら病んだ様子でジュリが独り言。
そんなジュリにハルトが言った。
「作るしかねぇじゃん?」
軽々しく、当然のように。
これが、さらにジュリを闇に落とすことになる。
「…………これは…………ハロウィン」
再びうちひしがれたジュリを従業員たちが首を傾げて眺めた。
「え、でもさ、ハロウィンでも魔物の格好した人いたでしょ?」
「何が違うの?」
「あれも夜にやったし結構びっくりしたよね? なにより楽しかった」
「『きもだめし』も楽しくやりましょうよ」
あれから数日後のこの状況。
煌々と外灯や松明が灯る市場。各々好きに怖そうに見える格好をして集まり、周辺の飲食店や宿から一目見ようと人が集まる。それぞれの姿を知人同士で評価しあったり、奇抜な格好で注目を浴び自慢気だったり。何人かで集まり人に見てもらおうと仮装行列をする若者たちもいる。暗い夜道に意味があるのに、勘違いをした者たちがランタンや松明まで用意してしまった。
賑やかである。そして明るい。あ、ジャックオーランタンを見つけてしまった……。誰だ、置いた奴は。
「違う」
目の据わったジュリは非常に冷ややかな声でそう呟いていた。
ヒヤッとはしないな、これは。間違いなく、ハロウィンにしか見えない。
偶然遊びに来たリンファが。
「なぁに? ハロウィンには早いんじゃない?」
と笑顔で言ってしまった。
「……」
無言で目を閉じたジュリ。
「肝試し、もうやらない」
結局、本場の肝試しがどういうものなのかわからぬまま、我々は好き勝手に仮装した人々を眺めながら酒を飲んだ。
ちなみにジュリはこの日やけ酒をし、珍しく翌日は二日酔いで不調だった。そんなジュリには頼めないと思いハルトにどんなものが肝試しにあるといいのか聞いたのだが、センスも技術も壊滅的な絵をみせられ、口頭での説明から想像するしかなく、やはり完全に理解出来ず夏が終わろうとしていた。
こういう異世界からの持ち込みイベントは、入念な計画が必要である。
この世界に肝試しはあるか? という疑問から生まれましたが、多分ない、そしてハロウィンと混同しそうだなと思いこうなりました。説明や指導で手を抜くと斜めな方向に爆走するこの世界の人々のお話でした。
くだらないお話は、またいつか投稿するかもしれません。
そして予告した通り本編は明日を含めこのままお休み続きまして次回28日、31日の二話分は通常時間(10時)更新に戻り素材紹介、人物紹介となります。
本編は9月11日再開予定です。




