15 * まあ、結果オーライだからいいんじゃない?
15章はここまでです。
いやはや、バタバタしていてグレイからのプロポーズの余韻なんて綺麗さっぱり消えてしまって、ちょっと切ないわ。
ラステアさんのことはシルフィ様にお任せした。彼女の提案を知った侯爵様も苦い顔をしたらしい。自分とグレイに先ずは話を通してもらわないとベイフェルアでは色々と問題があると。彼女がしようとしていることは、この国の貴族を無視して嫁ぎ先で私を利用し自分の地位を磐石にするための手段の一つにしようとしていることだからね。
今の私は貴族の知り合いも増え、さらには【彼方からの使い】繋がりで他国とも接点がある。私を利用するということは、その先にいる人たちを利用しかねないことにもなる。そしてラステアさんが焦ったのは当然。私が正真正銘グレイの奥さんになったら、ベイフェルアの貴族社会を無視できない。伯爵夫人になった私を下手につついて出てくるのは本家のクノーマス侯爵家。分家しかも息子の妻に何かあれば侯爵様直々に動くことになりシルフィ様が彼女を擁護することは不可能になる。しかも事業のこととなればアストハルア公爵家も出てくる。そうなるとたとえ王子の正妃として迎えられる彼女であっても、大陸有数の権力と資産と顔の広さをもつアストハルア公爵家と破竹の勢いで成長している侯爵家相手に太刀打ちなどできない。しかも、ハルトとか私の【彼方からの使い】仲間って結構過激な人ばかりでして……。特にリンファね。
「ジュリが利用されてる? じゃあ抹殺」
とか、あのアジアンビューティー&美少女系美人のいいとこ取りの顔で、とんでもない笑顔で言いそうで……。
だから焦った。柵のない今の私から契約をもぎ取りたかった。
今しかない、と。
その焦りがダメだったのかもね。というか、ラステアさんは少しお喋りすれば魔性の女であることは誰でも察する。そこに焦りがあったからあの目だった。とにかく、凄い目力だから。獲物を狙う目よ。あれに気づかぬほど間抜けじゃないわよ私は。それにグレイは警戒を全く緩めていなかったから彼も彼女の厄介さをしっかり感じていたわけで。
……というかですね、さっそく【スキル:強制調停】を発動させて精神世界でセラスーン様とサフォーニ様と話し合いをしたそうで。なんだよ精神世界ってというツッコミはしなかったわよ、聞いても分からないし。
結果論として、あ、セラスーン様【神の守護:選択の自由】を発動させようとしてたんだ? つまりそれくらい彼女は自分の為に私を今後利用するつもりだったんだ、というね……。
女だろうが子供だろうが関係ないので状況によっては最悪の結果をもたらすのが神様からの干渉。それを回避してくれたのは私が【選択の自由】をあまり発動させて欲しくないことをしってるからよね。
グッジョブ、グレイ!!
貴族や豪商じゃなくても、ラステアさんのような野心家の女性が今後も現れる可能性はあるから対応策を練らなきゃならないかもねぇ。
「お、おぉぉっ」
そんなことを考えつつため息を盛大に吐き出した私の目の前で妙な声を出したのはハルト。
ジュエリーケースとリングケースが完成したのでね。
「すげえ、そうそう、こういうの。うん、こういうの欲しかった!」
だよね、わかるよ。あんたの描いたデザイン画からは全く想像できなかったからね、私がしっかりデザインをして完成まで至ったからね、正真正銘ジュエリーケースとリングケースと分かるものに出来上がったよ。
長方形の真っ白で艶のあるジュエリーケース。蓋の側面と本体側面にルフィナの好きな花である鈴蘭の細やかな彫刻をほどこしてもらい、その彫った所を金で塗ってある。中にはリングケースが入れられる中央のスペースの他に、その上下に細く横長のネックレスやブレスレットを入れられるスペース、左右は指輪やイヤリングを入れられるスペースになっている。
こだわりの覗き窓の擬似レジンだけど、彫刻した花が鈴蘭なので統一感を出すために極小の真珠を花に見立てて金細工で茎や葉を作ってもらい、これだけで立派なブローチとかになりそうじゃんというのを贅沢に四隅に入れるだけにした。白と金、この組み合わせがなかなかにハルトはお気に召したようで。
「いい、これはいい」
とずっと言っている。うん、満足。
そしてリングケース。勿論、擬似レジンで作ったんだけど、これのためだけにガラスの型を作ったり開閉に必要不可欠な小さな蝶番も特注になったのでその小さな見かけ以上にお金かかってるわよ。
形は六角柱で、硬質な感じを取り除くために全ての辺を斜めに削ぎ落としてある。手に持ったときの当たり具合がこれだけでも柔らかくなるからね。
そして蓋の上、ジュエリーケースとお揃いの真珠と金細工の鈴蘭が乗っている。この小ささでちゃんと立体的で鈴蘭と分かるデザインになってるんだから金細工職人さんって凄いわ。ノルスさん、ありがとう!!
じっくりとニヨニヨと頬を緩ませて眺めていたハルトの手がピタリと止まって、ある場所を凝視して、そして手にしていたリングケースを閉じた。
「ジュリさんや」
「なんだいハルトさんや」
「俺、こんなの頼んでないと思うんだけど?」
「サービス」
「え、マジで? 俺これ渡すの?」
「マジで渡すの。ちなみにその案はグレイから頂きました」
ハルトがギロリとグレイを睨んだ。
「お、お前か」
「せっかくだしな」
とってもいい笑顔のグレイ。
ハルトが固まった理由。それはですね。
『ルフィナへ。ハルトより永遠の愛を込めて』と蓋を開けると蓋の内側に見えるんですよ、彫ってあるので消せないんですよ。
「これくらいするだろう? 私は今ジュリのために作らせている物はまずこれは外せないと職人に一番に伝えたぞ」
「お前と一緒にすんな」
ハルトが泣きそうだぁ。まぁねぇ、日本人だとこういうことする男性って少ないよねぇ。
「ちなみに」
グレイがジュエリーケースをひっくり返した。
「ここにも」
「これ嫌がらせだろ!!」
至って真面目で真剣なグレイにハルトの恥ずかしさなど伝わるはずもなく、そして私に作り直す気もないので、お買い上げありがとうございます!! と笑顔で言ったら泣きそうな、けれど達観したような表情というとても不思議な顔をしたわ。
というかね、ルフィナとの付き合いはおよそ十年になる男。さんざん待たせたんだからこれくらいのことはして。
「わかった、この際だから俺の思いをぶつける!!」
「あ、そういうのは重い、普通のプロポーズしてあげて。ハルトの場合空回り必至だから余計なことはいわないであげて。ルフィナの性格なら短くはっきり、誠意のある言葉だけのプロポーズがいいかな。カッコつけるのはダメだからね」
「……なにその難しい注文」
「難しくするのはいつもあんたでしょ。てか天才、こういう時その頭をどうして活用できないの」
「勉強ならいくらでも出来る! でも違うだろこれは!」
「そんなんだからニートチートなのよ」
「ニートって俺いつまで言われるんだよ、そしてニート関係ない」
「やっと行ったか」
「ハルト、明らかに緊張してたからね。完成品を受けとるってことは今からプロポーズしにいくってことだし」
グレイと二人、ガチガチに緊張して転移失敗するんじゃないかと不安になるほどのハルトを見送ってつい苦笑してしまった。
「はー、額縁製作からバタバタしてたけど一段落ついたかな?」
「そうだな」
背伸びをしてソファーにもたれかかると隣に座っているグレイが私の肩を抱き寄せそのまま膝枕の体勢にさせられた。
あ、グレイの膝枕久しぶり。
「それでどうする? 私たちもそろそろ動いてもいいかと思うが」
「そうだね、と言っても私がこの屋敷に移り住むだけだけど」
「はははっ、確かにな。来るだけでいい」
そうなのよ。いわゆる身一つでって状態でいいのよ。だってこのグレイの屋敷ってすでに私のものが揃ってる。
「でも、フィンとライアスの所もそのままにしておいて貰うわね。不思議とあの家っていいアイデアが浮かぶから」
「召喚された場所だしな、重要なんだろう。私からも二人にはそうして貰うよう頼むよ」
やっと、ようやく、二人の今後について話してるわよ、今。
のんびりゆったり、グレイの膝枕で。
二人きり、改めてこんな話をしていると結婚するんだな、って実感できて。
私は結婚しないと思ってた。
でも、今、幸せ。
召喚された時には考えられなかった幸福な時間。
この人と結婚するんだね。
良かった。
グレイと出会えて。
この人だから、結婚したいと思えた。
本当に、良かった。
「ありがと」
「うん?」
「私を選んでくれて」
「……私の方こそ、ありがとう」
額に頬に、唇に。優しいいたわるようなキスを浴びる。
という事でその日の夜はガッツリとグレイに食べられた感じで、ヘロッヘロの私は無気力状態でグレイの屋敷でも一番高価なフカフカのソファーを朝から独り占めしてだらけていたら。
「あんた、本当に面倒だわ」
「自分のこと、嫌いになりそうだった……」
「なりそうって、ならないあたりがハルトだわ」
グレイは最早相手にする価値がないと決めてしまったので、部屋の隅っこで膝を抱えて陰鬱なハルトなど無視して無言で昨日持ち帰っていた事務処理をしている。
昨日の今日で来るとなればプロポーズしました、オッケー貰いました報告かと思うじゃない、普通は。
普通じゃないのがハルト、うん、どこまでいっても普通になれない男。
私とグレイの不安が的中していた。
極度の緊張や不安を抱えたまま転移すると、座標が狂いやすいんだって。ちなみにお酒を飲んだ時も狂いやすくてかつてマイケルとケイティは夫婦揃って呑んだくれて、息子のジェイル君と三人で自宅に転移しようとして失敗、真冬の川に落ち、夫婦揃ってチートなくせに死にかけた。助けたのが十歳にも満たない息子という何とも親としては情けない恥ずかしい黒歴史をあの二人は作っている。
ハルトも、昨日転移で黒歴史を作った。
比較的自宅に近い所に座標が狂った程度で済んだのが良くなかった。場所が悪すぎた。
人ん家の、壁と壁の間に挟まった。
ハルト曰く。
「転移した瞬間……『ぎゅっ!!』ってなった。ビビった、新手の攻撃かと思って危うく民家二棟破壊するところだった……」
だそうで。
それはそれで奇跡的な……とちょっと感動。
何でも子供が通れるかどうかの隙間だったらしく、しかも位置が微妙で人通りのある道から僅か一メートルらへん。転移してぎゅっ!! っとなった瞬間、偶然通りかかり見てしまったロビエラム国の国民でありハルトの屋敷のご近所に住む酒屋の息子と目が合ったとかで。
「な、なにやってるんですか? ハルト様」
の問いに。
「……実験」
と、苦し紛れで意味不明な返答をしたらしい。
「で、プロポーズしなかったと」
「あんなん、あんなんで出来るかっ! ……仕切り直す、今日こそ!」
「ああ、うん、頑張ってとしか言えないんだけどさ? その様子だと転移また失敗しそうなのになんでここに来るかな?」
「……」
その事実に今気付きました、という顔をしないで欲しいわ。
「短距離を繰り返せばリスクは減るぞ」
的確なんだろうけど、そういうことでもない気がする助言をグレイがしてたわよ。
「ところで」
気になってたことがある。
「昨日リングケースとジュエリーケース受け取ってすぐプロポーズしに行くって言ってたよね? ちゃんと指輪、入れたよね? 流石に緊張しすぎて忘れたなんて、こと、は……」
「……」
「忘れたのかい、ハルトさんや」
なんのためにジュエリーケースとリングケース作ったんだよ!! 指輪入れる為だろ!!
青ざめ、泣きそうな顔したハルトが憐れでグレイが転移で送り返すというまさかの事態に乾いた笑いしか出ませんでした。
「ちゃんと屋敷に送り届け、指輪をリングケースに入れたのも確認してきた、これで大丈夫な、はず」
帰って来たグレイの最後の一瞬のどもりがなんか嫌(笑)。
「ホントに大丈夫かなぁ?」
「ジュエリーケースを持つ手が震えていたが大丈夫だろう」
大丈夫なの? それ。
まあとにかく。無事プロポーズ、そしていい返事がもらえる事を祈るしかない。
そして翌日、無事プロポーズ出来たと連絡ありました。勿論、良い返事を頂けたと。
「というか、結婚の話は既に済んでたんだよね? 失敗のしようがないプロポーズなのにハルトはあんなに緊張してたってこと?」
私の疑問に。
「……」
どうやらグレイも同じ疑問を持っていたらしい。遠い目をして。
「ハルトに助言をしようと思う」
「どんな?」
「お前にはサプライズをする才能がない、もう止めておけ、と。いや、以前も言った気がするから……確実に止めさせる」
「ああ、うん、そうだね……」
ま、幸せならいいんじゃないでしょうか。
自分が今幸せなのでそういうことにしておく。
先日お知らせしましたがこの後本編は少々お休み頂きまして夏休みスペシャルと本編補足などの更新となります。
◇夏の夜のくだらない話◇
8月21日~23日、3日間共に22時更新
※夜間の更新になります、ご注意ください。
◇素材(魔物・生物)などの紹介◇
8月28日、10時更新
◇登場人物の紹介◇
8月31日、10時更新
◇その後作者夏休み◇
休暇頂きまして9月11日から再開予定
というスケジュールです。
変則予定続きますがご了承くださいませ。




