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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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15 * 強かなんですよ、女は

 





 ラステアさんの話はこうだ。

 ジュエリーケース然り、裁縫箱然り、バニティケース然り、間違いなく富裕層の女性の支持を得られる、というもの。

 裁縫箱への支持はそんなに期待してなかったけど? と首を傾げたけれどそれも淑女の嗜みとして刺繍は絶対に避けられないし、そのためのハサミや針ですら匠の技で作られた逸品を使うのがステータスとして根強く残っていると。つまりは裁縫箱もその一つ、良い素材然り、素敵なデザイン然り、絶対に食い付くはずだと。


 ……なるほど。

 でもねぇ。

 店かぁ。


 ……。


「シルフィ様、侯爵家でやりません?」

「いいわよ」

「よろしくお願いしまーす」


 はい、解決。


 ラステアさんがとても驚いた顔してたけど、いいのいいのこういうこと好きだからこの家の人たち。

「うちの店ではやらないのか?」

 ほら、グレイがめっちゃショック受けてる。やりたかったんだよね、なんでもいいから新店舗出したいっていつもグレイとローツさんは言ってたもんね。でも無理じゃん? って話。

 男性小物専門店、今上がった淑女の嗜み品専門店 (仮)どちらにせよ、商品の安定生産が最前提なわけ。今、無理だなぁ。例としてがま口の口金は全部専門の工房数ヵ所にお願いしてるけど生産が追い付かなくて、爪染めの木の大規模試験栽培への投資から懇意にしているナグレイズ家のご隠居や最近接点が増えてきたアストハルア公爵様に『版権を買って頂き、生産に着手していただけますと大変助かります』的な手紙をルリアナ様に出してもらったほど。パッチワークだってさ、芸術性の極めて高い特大サイズだと今のところ恩恵持ちのメーナおばぁとチェイルちゃんしか作れず、なんと二年先まで予約が埋まり。

「ばあさん、いい歳して二年後まで予約とかヤバイだろ、その間に死ぬだろ」

「なんか言ったかい?」

 と、手に包丁ペシペシさせた八十オーバーのメーナおばぁが笑顔で孫を追い詰めるという珍事 (?)が起きたり。

 他にはどんどん需要が増えてるのが疑似レジン用のガラスの型やアクセサリーやキーホルダー用の小さな金属パーツ。これらは正直この国どころか他の国の追随すら許さない状況。あ、わたしが無茶振りし続けているからね! 否応なしに技術が上がるんだよね! ありがとね皆!!

 なのでテルムス国やロビエラム国では王宮がそれらをククマットに買い付けに人を寄越すほど。それらは使うのは勿論サンプルとしての役割を果たすために買われていくのでぶっちゃけ一回の注文の数が多い。

「どっかから工房まるごと呼び寄せろ!!」

 と、各工房から悲鳴が上がる始末。港のある領地最大のトミレア地区は当然、近隣の地区は現在それに巻き込まれてんてこ舞い。いや、クノーマス侯爵領全域を巻き込んでしまえと思ってる私のせいで悲鳴の範囲は広がりつつある、うん、ごめん。


 色々ギリギリでやってるわけですよ。しかも他にも私があれこれ無茶振りしてますから。ガラス職人のアンデルさんなんて『無茶振りとはジュリのことを言う』とか言い出してね。

 周囲がそんなだからうちの店なんてモロその影響受けてるから。そもそもうちの店が慢性的に人手不足なの、人気の店だからね、作っても作っても売れる (自慢だよ)。


 現状店なんて出せませんよぉ。


 しかーし! 侯爵家が主体でやる、となると話は変わる。権力と顔の広さと信用で職人の引き抜きとか貸し借りは結構簡単に出来るから。その契約にお金がすっ飛ぶけどね。螺鈿もどき細工もそのお陰で腕のいい職人を他の領から期間限定で雇い入れてさらなる進化を果たせたわけ。

 ならばジュエリーケースの覗き窓以外は全て職人さんが必要になる淑女の嗜み品類は、私が権利を有するだけにしてあとは任せる形を取れば楽になる。

 特別販売占有権だけど裁縫箱はすでに世の中に氾濫してるので無理、ジュエリーケースも小型の卓上型としていけるかどうかと微妙なところだろうけど、おそらくバニティケースは登録できる。それを私が登録すれば版権による利益はちゃんと確保できるし、侯爵家との契約ならば不利な契約になることもない。

 何より今回の作品の共通点として現在活躍中の職人さんたちがほとんど製作を手掛けることになる。本体の材料が木材なので私たちの領分ではない。どのみち本体は全て委託になるわけだからだったら職人さんを集める力のある侯爵家がやれば早く世の中に出せるってわけ。


 世の中に可愛いもの素敵なものを氾濫させたい私としては使えるものは使う!私が無理なら誰かにやってもらえばいいのよ!

 ということ。


 で、ラステアさんがまた黙り込む。

「何か、思い付いたかしら?」

 シルフィ様が面白そうに笑ってそう問いかけると、彼女は笑みを消して、一度シルフィ様を見てからまた私に視線を向けてきた。

「ジュリ様、私を試してみませんか?」

 え、なにそれ、なんか卑猥な言い方。私ドノーマルです。


 という冗談は言わなかったけど、どういうことだろうと首を傾げた私にラステア様が爆弾発言。

「私、王子の妃として迎えられることになりまして」

 は?

「彼、八歳も年下ですし第五王子で王位からは遠いと言っても正真正銘王族ですし一度お断りしたんですけれど」

 え?

「どうしてもと泣きつかれましたし私も情が移っておりましたし、私が万が一子を成してもその子を王位に関わらせないならと条件をつけたのですがそれでもいいと、とにかく私でなければならないと熱心なあの方に絆されまして、正妃となることになりまして」

 あ?

「お金はまあ、()()()()稼いで、上流社会のマナーやルールも一通り身につけましたし、女の戦いなどは正直負ける気はしませんし、これといって不安はありません」

 とか言った。

 もうさ、サラッと言わないで欲しい。いくら小国とはいえ、王族と結婚とか、その正妃になるとか、しかもあんた何歳なのよ? とか疑問もあるし。

 でもそんな私の心臓バクバクな状況を無視してラステアさんが続ける。

「そんな私にないもの。それが『手土産』です。令嬢ならば、家の格、商家の娘ならば財力や多方面への伝。私が持っているのは、娼婦として情を交わした殿方の情報のみ。けれどそれは私のプライドをかけて『手土産』にはできません。私と一度でも情を交わした方の内情を私の糧にすることはしません。では、私の出来ることは? そうなると、限られます。その限られた中に、『己を活かした宣伝効果』があります。……私を、お使いになってみませんか? バニティケースを私のために作ってくださいませ。決して損はさせませんわ、離れた地で、 《ハンドメイド・ジュリ》に必ず利益をもたらしてみせますわ」


 ほほう……? なるほど。


 シルフィ様とルリアナ様に一番最初に使ってもらうバニティケース。そこに、自分を入れろということか。

 小国、しかも位の低い王子とはいえ、そこに正妃として正式に迎えられるなら間違いなく彼女は『時の人』。しかも高級娼婦。彼女たちは卑下されるより、圧倒的に憧れの的になる。高級娼婦になれる人は一握り。美しさや男を虜にする肉体を持っているだけでは絶対になれない。政治経済が語れ、文化や流行に精通し、遊びや戯れすら上品で優雅で洗練されていなくてはならない。身一つで成り上がれる世界があるなら間違いなく、その頂点に君臨することが可能なのが彼女たち。

 そんな彼女たちの使うものは、彼女たちに骨抜きにされる夫をもつ妻たちでさえ無視できない。流行の最先端にいたり、流行を生み出すから。訳のわからないものが流行りやすい上流社会とは違い、彼女達高級娼婦のもたらす流行りは別格。金に厭目を付けず貢ぐ男達の財力を駆使した洗練された逸品は、女性達の憧れとなっている。


 ラステアさんの意図が分かった気がする。


 これから入ることになる色々渦巻く王宮で女たちを牽制できる『物』として有効だと思ったかな?

 自分を宣伝塔にしろ、と言ったのはベイフェルアでも絶大な人気を誇った、高嶺の花である自分を使い売りだせば私と侯爵家に小国からでも大陸に広めて莫大な利益を生み出して与える自信があるんだ。

 そして、自分と私と侯爵夫人の繋がりを周囲に明確に示せる。彼女の後ろには、既に私が知る男性の他にも有力者が両手では足りないくらいにはいるはず。そして侯爵夫人がお友達、これだけで十分彼女のステータスなのよ。それでも私をそこに入れたいのは。

【彼方からの使い】と懇意にしていることを知らしめたいんだろうね。しかもこの人なら、私が今どれだけ有力者と顔見知りかある程度把握しているはず。上手くいけば、そこにも繋がれると思うよね。

 うーん、間接的で現実的ではないとは言え、もしそれが叶うならなかなかの後ろ楯だよね、確かに。


 うーん、うーん。

 店を出さずに外国から発信できるのは魅力的だけど。

 だけどねぇ。


「……少し、時間をもらえますか? 答えを出すには早急すぎるので」

 するとラステアさんはうっすらと、それはもう蠱惑的な微笑みを浮かべた。

「もちろん、良い返事が貰えると信じておりますからお待ちします。ですが私も近々ベイフェルアを離れますので、それまでにご回答いただけますか?」

「そう時間は取らせませんよ」










 ラステアさんを見送ったあと、再び私たちはサロンへ。あれ、グレイのピリッがいつの間にか無くなってる。

「面白い人でしょう?」

「ですね、なかなかに強かで私は好きですね」

 シルフィ様が私の答えに満足げに頷いた。

 そういえば、彼女は今後ベイフェルアを出てしまえば余程の理由がなければ戻ってくることは叶わないだろうとのこと。それでお茶会を急遽彼女のために開いたんだとか。

 ラステアさんは 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》だけでなく、露店や夜間営業所、そして大市にも足を運びうちの商品を買ってくれていたそうで、自分を世話する世話係や娼館で働く下人にシュシュやヘアピン、ククマット編みのブレスレットなどをいい働きをしてくれたときの褒美としてあげたりしていたらしい。

 こよなくうちの作品たちを愛してくれている彼女がベイフェルアを離れる前に、シルフィ様は餞別に私に何か特別なものを注文しようとしていたそうで、それで今日欲しいものがないかと聞こうと思ってたところに私が意気揚々とバニティケースやジュエリーケースのデザイン画を持ってきたという、ね。


で、考える。


「その特注はもちろん受けさせていただきますが……彼女の『手土産』になるのは丁重にお断りします」

 シルフィ様が笑いながら頷いて、グレイはちょっとだけ意外そうな顔。グレイのその顔の理由は分かるよ、最近の私は貴族との交流を慎重には動いてるけれど拒絶しているわけではない。寧ろクノーマス家や【彼方からの使い】とは違う後ろ楯を得ることに前向きな考えも持っている。色んな方面で繋がりを得ることは悪いことではないと積極的な時もあるから。


 でもね。

 どんなに正妃として彼女を迎える王子の後ろ楯が付いてくるかも、と言われてもダメなものはダメ。

「ラステアさんは、いずれ私をご自分の政治力として利用すると思うので。他所の国の政にだけは巻き込まれたくないですね。しかも、私の見えない知らないところであの方なら巧妙な手口で利用してくるかと」

 野心もなく高級娼婦になれる訳がない、打算なく皇子の正妃になんてなるはずもない!

 彼女はね、正に魔性の女。あの目が物語ってたわ。


 ―――同性だからこそ、役に立つ時がある。 《ハンドメイド・ジュリ》と【彼方からの使い:ジュリ】は使える―――


 貴族ではない私に付け入ることが出来るのは今だけ。グレイと結婚したらそれは不可能。グレイ相手に私を利用しようとするなんて自殺行為をあのラステアさんがするわけがない。

 だから時間が限られてると言ったのよ。ご自分の事情を語ったのはそれを隠すため。本心は私がグレイの奥さんに、伯爵夫人になる前に約束を取り付けたいってことだと思う。

「フフフッやっぱり、そういうことだったのね」

「え?」

「ジュリに会いたがってはいたの。でも急かされることはなかったのよ、今まで。それが急に先日いつなら会えるかと確認されて。国を出ることになったから何かしら手土産が欲しかったのは知っていたのだけれど……あなたたちが来る前に、二人が結婚することになったのよと言ったらやけに驚いていたの。彼女、グレイセルが分家として伯爵位を叙爵すること、知っているの。柵のないあなたを取り込むには今しかないものね、焦ったかしら?」

「だと思いますよ。ま、これでバニティケース一つだけが贈り物では後が怖いので、シルフィ様の名前でお店を立ち上げる際に、株主制度を取り入れて筆頭株主の一人になってもらったらどうでしょう? 本来は事前にそんなやり取りは不公平なのですべきではないですがそれを取り締まる法もここにはありませんから。侯爵家とシルフィ様の都合がつく範囲で優遇するのはありかと。もちろん、結婚祝いでフィンの一点物や希少な素材で作る特別な品も馬車一台分は用意させていただきます、侯爵家と私の連名でどうでしょうか?」

「そうね、ラステアにはどうせ私の名前が後ろにつくのだし、ジュリの名前まで必要ないわ。世の女性たちに最先端のものを知らしめてリードしたい彼女には連名で馬車一台の祝い品でも十分な手土産でしょうから」

「御理解いただけて何よりです。お客としては申し分ない方ですが……私としては味方にするにも敵にするにも些か不安要素が多い方なので適度な距離を保ちたいです。今後もシルフィ様が間に入って頂けると助かります」

「それがいいわ、どうせあなたへの手紙は全て必ず侯爵家に一度集められるからラステアもそう強引な事や策を巡らせることもしてこないでしょう。そんなことがあってもここでいくらでも止められるしね。その辺は任せてちょうだい」

「はい、お願いします」


「女は恐いな」

 グレイが呆れた様子でそう呟いた。

「「恐いんじゃないの、(したた)かなの」」

 女二人がハモってグレイが顔をひきつらせた。


この話を書いてふと思ったのが、シルフィがジュリとラステアの言動次第で自分はどうしようかなぁ、と楽しんでいたのではないか? と頭を過り、この三人の中なら実はシルフィが一番強かかもしれません。


そして前回おしらせした今後の予定詳細は次回の後書きでご確認ください。

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[一言] 見えない戦いが繰り広げられている( ˘ω˘ )
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