15 * リングケースを作るならコレも
大きさは? 素材は? と話を詰めていて、これは後で商品化出来るか検討の余地ありなんてことを一人で考えていたら。
「ねえハルト、ちょっと思い付いたデザインがあるんだけど」
「おっ?」
そう、どうせならやってみたいことがある。
擬似レジンに活躍してもらおう。透明度が高くて、硬化するとアクリルのような質感になる。それを生かしたデザインをいつも考えていたんだけどここに来てハルトからの依頼が。
やってみたいこと。
それはジュエリーケース。
大きいものじゃない。ネックレス、ブレスレット、そして指輪にイヤリング。お気に入りを一つずつでもいいから綺麗に並べて入れられる、チェストの上に置いておけるようなものが作りたいって思ってた。
この世界は極端で、ルリアナ様のジュエリーケースをみてびっくりしたけど衣装ケースみたいな立派なチェストに並べてるんだよね。庶民は逆に袋に雑多に入れてるだけが主流。もしかするとそのどちらでもない収納方法がよその国にあるかもしれないけど、少なくともグレイの話ではそういうものはないみたいで話してもピンとこないみたいだし、同じ地球からの召喚者ケイティも色んなところを見たけどそれらしいものは見たことないって言ってた。お洒落に気を配る人は綺麗なお皿に布を敷いてその上に置いたりしてるみたいだけど、せいぜいその程度なのよね。
「……でかくね?」
「うん、指輪一個の為じゃないよ。ルフィナだって、お気に入りのイヤリングなりネックレス持ってるでしょ。それを入れるケースを作ろうかと。リングケースとお揃いでね。リングケースは特別感を出して、金装飾を施してもいいかな。それを大きくしたジュエリーケースも一緒にプレゼント。メッセージ付けてあげようか?『これからはこの中に入れるアクセサリーも買ってあげるよ』って」
最後はちょっと冗談だったけど、意外と食いついてきたわハルトが。
「それはいい、私はこれだと小さいからもっと大きなものを希望するが」
ちょっとグレイは黙ってて (笑)。
で、色々話して、大筋で決まりました。
まず基本の形はリングケースが擬似レジンで六角形に、ジュエリーケースは木製の長方形に決まった。ジュエリーケースも六角かな? とは頭をよぎったけど、アクセサリーの並べやすさを考えると四角が使いやすいと思いスッキリと長方形にした。
リングケースは完全擬似レジン製にするよの、予算に上限なし! っていうのでガラスの型も特注出来るし、せっかくなら私の技術を存分に生かしてほしいっていうので。
中は皮か何かデザインと合いそうな色のもので指輪を立てるようにしたいわね。
せっかくなので金細工職人と彫刻職人たち知り合いにも色々お願いしよう。新作には喜んで飛びついてくれるでしょう。
あと他にもカルトナージュという技法を取り入れてもいいかなと悩んだ。カルトナージュは箱に布や紙を張り付けるフランスの伝統工芸なんだけど、板と布の間に綿を入れて厚みを持たせたり、アンティークな布を使ったりすると実に高級感溢れる箱になるんだよね。いずれはカルトナージュも作品に取り入れて行きたいなと思ってる。
今回はハルトの反応が透明なケースに釘付けになってしまったのでボツになったけど、人によってはアンティークな布張りの方が好きな人もいるだろうから、デザインだけは残しておくことにするわ。
そして、ジュエリーケースだけど、最初の提案よりも大きくすることに。ハルトが
「中にさ、リングケースをしまえるようにって出来るか?」
との希望があったので、依頼者からの希望ですからね、取り入れます。
なので、それをしまえる特別なスペースの確保も必要なので縦十五センチ横二十四センチ、高さが十センチくらいでおおよそ決まった。
ジュエリーケースの素材としてはメインが木材。真っ白に塗装して艶出しして花嫁さんをイメージしたものに。
そして、リングケースとの統一感は蓋に。
蓋に覗き窓があるジュエリーケース、あれを目指してる。あの硝子部分を擬似レジンで作り、リングケースとのお揃い感を出そうかと。
「はー、お前、すげえな」
凄いでしょ、だって商品化して儲けたいから (笑)!!
「ふふふふ、ふふふふふ。いずれは富裕層の若い令嬢の間でも流行らせる。まずは一般に流行るように小さめで簡素でもちょっとかわいいものを売り出す!! ふひゃははははっ!」
「ああ、そっち……」
ハルトがちょっと寂しそうにしたけど無視。私には守るべきお仕事仲間が沢山いますので稼げるところで稼ぎます。
すでに構想にはあったものだから、あとはデザインに重点をおけばいいんだけど、ハルトがねぇ。突然優柔不断になった。窓部分になる疑似レジンも好きなパーツ沈められるよと言ったら若干パニックよ。取り敢えずパーツも特注になると思うけどイメージしやすいように今は多彩な種類が常備されている工房の中から私がいくつか見繕ってテーブルに並べたんだけどね。
「うあっ! わからん! みんな同じに見えてきた!!」
とか言い出して。
仕方ない。予算に制限ないなら提案するか。
「真珠、金をメインに擬似レジンに入れてみない?」
「……真珠か」
「極小粒ならジュエリーケースの覗き窓になる擬似レジンにギリギリ入れられるから。それと金細工。そうするとリングケースもお揃いでちょっといい感じに出来るはずよ」
「それでよろしく」
「自主性がないわよ」
「なくて結構!! 俺の得意分野じゃないしな! 任せた!!」
丸投げされた。
侯爵家の額縁の時を思い出したわ。
あの時ほど気負ってはないけど。
そして絵心皆無のハルトには絵で作って欲しいものを人に伝える能力がないので仕方ないか。こいつの描いた絵は解読不可能なレベルなんだよね、笑えるを通り越して怖いんだからホントに。
グレイが物凄く食い付きいいのにはちょっと笑ってしまった (笑)。
彼なりに気にしてるみたいね、私のいた世界の習慣とか常識とか。
別に私は気にしてないんだけど、そうもいかないみたい。
リングケースは特に気になるみたいで、サイズとか凄く詳しく聞いてくる。
もしかして誰か職人に作らせるのかな? それはそれでちょっと楽しみにしててもいいかも。
ちなみに、侯爵家の皆様にはプロポーズされたこと、そしてお受けしたことを非常に喜んでいただきました。
直ぐに結婚の話が出たんだけど、そこはちょっと待ってもらった。
私の貴族社会を避けてきた弊害としてしきたりやルールを知らない問題を少しでも解決するために勉強する時間が欲しいこと、額縁製作にかかりきりでお店のことをキリアに任せっきりだったからキリアにお休みをあげたり、私が携わってることで滞っているものを再開させたいこと、特に移動販売馬車の試験運用の日取りも調整が進んで決まりつつある。バミス法国、そしてアストハルア公爵家という巨大な権力相手だからね、蔑ろにする気は全くないし。
そしてハルトのプロポーズやその先を少し見届けて私が納得する形で二人をお祝い (たぶん結婚式のプロデュースのこと)してからでもいいんじゃないかってグレイが侯爵様に言ってくれて。
実は私もこれからの変化に合わせて忙しくなるからその前に出来ることを相談しようと思ってて、その内容が似通っていたから凄くありがたいと思った。
それもあって、結婚そのものはもう少し先になったわ。
「サポートは任せて!!」
と、シルフィ様とルリアナ様には言われたのでお任せすることに。
「あとこれからジュリのことはグレイセルの婚約者として紹介していくわ!」
と。
あら、婚約者だって。なんかいい響き (笑)。
フィンとライアスも喜んでくれて、お互いにほっとしたって言ってたわ。私が落ち着くことを密かに望んでたみたい。
この世界だと私の年齢で女性だと間もなく二十八歳での初婚は遅い方だから。んなこと言われても、とは言わないわよ。お祝い事をお互いに喜んでるから結果オーライだからいちいちその辺は突っ込んだりしないわよ。
そんなお祝いムードの中でも作るものは作る。
「イメージはこんな感じ」
透明の擬似レジンを硬化させたものをカットして中を削った、作りは荒いけど、それをみたグレイが私が作りたいもののイメージが出来たみたい。
「なるほど、本当に一つだけ入れるための箱なんだな」
「うん、元の世界だと指輪を買うとだいたいこういう手のひらに乗るケースに入れてもらってたわよ。ブランド、こっちだとお店や職人ごとになるかな? それぞれ個性を出して、色んな大きさ、色があったのよ。市販で買えるものはこれくらいのサイズが多かったと思う」
「指輪一つのために、箱か」
「安く量産出来る環境だったからね。こっちならあえてハルトがするように箱も特別な贈り物の一つとして、指輪とセットと考えると受け入れやすいかも」
「そうだな、その指輪のために……となると付加価値を見いだす可能性はある。金にゆとりがある者はそういうのを好む傾向があるしな」
「そろそろそういう付加価値のあるものを売り出してもいい時期とは思ってたのよ」
「そうなのか」
「うん。王妃からの依頼が入ったときにね、価格帯の幅を広げるチャンスかな? と。そして侯爵家の額縁がそれを後押ししてくれた気がする。職人さんたちが物凄い勢いで今色んなものを作ってくれてるでしょ? 私との合作で数量限定とか、期間限定のものを作るのもありかな、とね。 《レースのフィン》みたいに付加価値が付きやすいものをこれからは少しずつ出そうと思う」
「いい考えじゃないか?」
「そう?」
「ああ」
彼氏改めて婚約者は、私の頭をナデナデしてくれました。
ハルトの依頼。
これからまた何か始まる予感がして、私はワクワクしてたりするのよ。
このハルトの依頼で作ることになったリングケースとジュエリーケース。
私の知る限り日本では色んなデザインがあって価格もピンキリで収納する他にお部屋のインテリアとして飾る意味もあったと思う。要は日常にあってもなんら違和感のないもの。
でもこの世界だとちょっと意味が違ってくる。アクセサリー自体をあまり所有する機会がない庶民にしたら、それをいれる箱にお金をかけるというのが理解できない可能性があるな、と頭を過ったのよ。だって、アクセサリー自体がそんなに高価な物を使っていないから、丁寧にしまっておくことにあまり意味をなさない。
これについてはうちの女性陣に確認してはっきりしたんだけど、店のディスプレイでもしているコルクボードに画ビョウや金具を付けてそこに掛けたほうが使いやすいと言われ、実際に家でそうしてる人が結構いたんだよね。つまり、立派な箱などいらないよ、と。
「うーん、慣れって怖いよね」
「何が?」
「新しいものを取り入れるときにさ、こっちの人たちは『便利』が付加価値としてついてないとそれは必要ないって既存のものに必ず負けるから。『便利』がないと嗜好品扱いになりやすいなあ、なんて思うわけ」
「まぁね、そりゃ仕方ないさ」
ジュエリーケースを売り出したい私が素材の原価と販売価格で頭を悩ませているとフィンは苦笑して肩を竦める。
「お金にゆとりがなきゃ、新しいものを買うなんて勇気がいるもんだよ、それが当たり前じゃないかい?」
だよね。
この世界の人たちならそう思ってしまう。
それを打破できるかどうか。やってみるしかないよね。
「ま、何事も挑戦だね」
「前向きでいいね、といいたいところだけど」
「なに?」
「あんたもグレイセル様も自主ブラック気味だからね、結婚するんだからちょっとは落ち着きなさいよ」
「え、私って落ち着きない?」
「性格は大人びていてしっかりしてると思うけど、言動は落ち着きないよ」
……自分を見直そう。うん、今後の目標は落ち着いた言動!
……無理かも。ものつくりしてるかぎり、落ち着くなんて、無理だよ。てことは一生私は落ち着きない。あははは!




