15 * 隠蔽からのスライディング土下座
「さて、確認」
じっとハルトがグレイを見つめる。すぐさまニコッと笑った。
「オッケー! 完璧!! あと使い方はグレイなら全部今日中に覚えられるだろうから大丈夫だろ」
私もグレイもほっと息をつく。
ハルトはそのあと、色々説明してくれた。
おそらく神官などの鑑定能力が高い人だとなんとなく違和感を感じて怪しまれる可能性があるから、万が一鑑定されても【称号:調停者】、それが一番影響している【スキル:強制調停】は見えるようにしておくと。これだけでも相当の驚異だけど、私との関係が大きく影響していると主張すればそう必要以上に警戒されないだろうってこと。他のものに関しては物騒過ぎるし、『肉の選別』も『自由人の捕獲』も訳がわからないとはいえ、後天的一度に与えられる数としては多すぎるんだそう。それだけでグレイには誰か上位の神の加護が付いていることを匂わせるので、【称号】と【スキル】一つが落としどころだって。
それにグレイは元々の能力が高い。【スキル】が一つしか与えられなかった、ではなく、能力が高いのにさらに【スキル】が与えられた、と思う人が多いだろうからその思い込みを利用するといいだろうって。それは確かにいいね。
「つーかさ、グレイを完璧に鑑定出来るやつって多分この大陸探し回っても数人だぞ? それだけ能力が高けりゃ今までもほとんど弾いてきたんじゃねぇの?」
「どうだろうか? あまり鑑定されたことがないからわからないな」
今更だけど、やっぱりグレイも何かある人だった。
「元々がグレイはこの世界の基準からみても規格外、多分並みの鑑定士じゃ無理だな」
と天才ハルトの見解。それ私も同じ意見よ。
「自覚はなかったが」
発言も規格外。
ハルトと張り合える時点で気づいては欲しかった。
「だが」
急にグレイが穏やかに微笑む。
「これで私とジュリは晴れて一歩先に進めるな」
「うん、だね。こうなってみると、スッキリしたかな。グレイが【称号】【スキル】を得たのはびっくりだけど、結婚して夫婦になるなら問題ないものだし」
「ああ、そうだな。これでジュリを守る者として少しは自信が持てる」
「もっと自信持ってよ、いつも守ってくれてるわよ、グレイは。それは私が一番分かってる、いつもありがと」
「まだまだ、私はこれからも精進あるのみだ」
「そんなの後回しでいいってば。せっかく結婚するんだから他の明るいこと話し合おうよ」
「ああ、そうだな、結婚式の時期とか、色々とな」
「……あのさ」
のほほんと大人の甘い会話を遮るハルトが脈絡なく。
突然、私の目の前で土下座した。勢い余ってちょっと滑ってた、これ、スライディング土下座というやつではなかろうか?
「あんた何やらかしたの!!」
叫んだわ。
「ちげーよ!!」
え? 違うの?
彼女がいるでしょ、ハルトに。
ルフィナという可愛い彼女。
いい人なのよ。一般の普通の……いや、普通かな? 彼女もちょっと変わってるところがある、と思う。いや、それは置いておく。で、私のところにしょっちゅう気軽に腹が立つほど楽々と来てるこの自由の塊の象徴相手に怒鳴ったり愚痴ったりもせず、『こういう人だから』って笑って許しちゃうような寛大な彼女なわけ、ルフィナって。
「その、ルフィナに……。普段の感謝とか迷惑かけてることも含めて色々と伝えたい事が……あるんだけども。それでジュリ様のお力をお借りしたいわけです」
「謝罪で物を贈るのか? それは随分浅はかではないか?」
グレイがそれを聞いて怪訝そうな顔をする。
「あんた自由満喫男やってて今さらそれはないわ!! それで物をあげて謝罪して終わりにするつもり?! ぶっ飛ばされ案件でしょ!! てかぶっ飛ばされろ!! グレイの拳を一発くらえ!」
「ハルト、女性と付き合うのに決まりはないが少なくとも誠意のある態度を」
「勝手に俺が悪者になってる!!」
グレイが言い終わる前に反論? してきたハルトはそれでもまだ正座してるのはいかなる理由よ? どうしてもやらかしてるとしか思えないじゃない。
「その、実は、個人的に依頼をしたいのですジュリ様」
「なんだ、そんなこと」
「いや、その? ちょっとまぁ、何て言うか? 特別あつらえで彼女に作って貰いたいものがあるのです、是非とも受けて欲しいのです」
腰の低いハルトはちょっと気持ち悪い。
「……急ぎ? 最近侯爵家の額縁にかかりきりであんまりお店に関わってなかったから、作品作り含めて事業とかに本腰入れようと思ってたところなのよ、グレイと結婚となれば生活も変わるし、ちょっとバタバタするから」
「全然急ぎじゃないです。むしろ時間かけてでも理想の物を作って貰えれば有り難いです」
「ええっ? ハードル高いわね?」
「で? 何を作らせようと?」
すると、あら珍しく。
ハルトが赤面。
「ぷ……プロポーズをしようと……思いまして」
ん?
プロポーズ?
あれ? それ私も受けましたね!
「えっ!! そうなの?!」
「そういうことか」
私もグレイもつい顔が綻んだ。
「なによなによ! 付き合い長いみたいだからどうするのかなぁって思ってたけど!!」
「あ、あぁ、まぁ、そういう話にはもうなってて。だから一緒に住んでた訳だし、あいつの家族とも頻繁にあったりしてるし。ただ、その、改めてちゃんと結婚の意思表示すべきだろうなって。ケジメってやつ? 結婚式くらい、してやりたいし。ルフィナはそういうのいいって言うんだけど、やっぱり、あっちの親だってそういうのちゃんとして欲しいって思ってるだろうしな」
「そうか、おめでとう。まだ早いか?」
「いや、うん、サンキュー」
ハルトがはにかんでるー!!
ちょっと可愛いじゃん。……いや、可愛くはなかった。
そして何を依頼?
と、聞いて。
「……プロポーズするなら、あるといいだろ?」
と、恥ずかしそうにゴニョゴニョと呟いたハルトの言葉に、ははぁ、なるほど。と、声にして私が納得。
グレイはきょとんとしてる。
この違いなんだと思います?
それはね、元の世界だと給料三ヶ月分とか言われるアレです。男たちの給料をごっそり持っていくアレ。
婚約指輪です。
とはいっても、私に舞い込んだ依頼は指輪じゃなくて、ケース。
リングケースよ。
「……支度金や、支度品とは違うのか」
グレイが首かしげちゃった。
そうなんだよね。
こちらの世界のプロポーズ、私が正に経験しましたが、指輪を差し出して、という演出をするようなプロポーズは存在しないのです。
その習慣がない。
グレイの言ったように、プロポーズが済んで初めて支度金と呼ばれるお金で身の回りの物を揃えるのね? しかも指輪はメインじゃなくて、その一つでしかない。しかも見映えがそうさせるのか、この世界では支度金で買う宝飾品はネックレスに一番お金をかけるんだよね。
グレイはこの後物凄い量のそういうものを用意するとは思うの。『これいつ身につけるのよ?』っていうのを沢山。でも一般的には家財道具や服、新婚生活に必要なものをそろえるためのお金であって、『プロポーズの証』みたいな役割がある婚約指輪というものが存在しないんだよね。
そして結婚指輪もないからね。
お揃いで指輪をもつ、ブレスレットをもつ、ネックレスをもつ、ってことはあるみたいだけどそれもその人たちの好みの問題で習慣でもないし宗教的なものも一切ない。だから前に『ペア』のものを販売始めたらすごく売れてるんだけど、それは物珍しさや新しいものっていう感覚が強くてようやくペアにするのもいいね? という意見が世間に広まり始めたところ。
なので、婚約指輪という概念がないこの世界ゆえのハルトが直面した問題。
「指輪はさ、用意したんだ、ただ、その、箱が……」
ハルトが悲しいくらい遠い目をした。
「ダサかった。……使いたくない」
と。
お願いして作ってもらったのを持ってきてて、見せてもらった。
「……箱だね、うん、箱だ。リングケースではないわ。ただの箱!! ダサいの前の問題だわこれ! どう説明したらこんな簡素なものが特注で出てくる訳?!」
真四角の、木の箱。かろうじて小さな蝶番のお陰でパカッと開けて見せるあの感じは演出出来るけど。布が気持ちばかり敷いてあるだけで、え? ここに乗せろってこと? と。指輪を立てるためのあの切れ目がないしそもそもあってもこれじゃ立たない。
いやはやこれは。
ハルトが私のところへ来たわけだ。
そしてまさかの面倒が起こりました。
「ジュリも婚約指輪が欲しいだろう?」
「え、いや、今更大丈夫。グレイには普段沢山貰ってるから」
「……プロポーズをやり直しても」
「それ嫌だわ!!」
バカなことを言ってる!
「しかし、ジュリの世界ではそれがルールなのだろう?」
「ルールじゃないからね! そうする人もいるってだけ! 間違っても決まり事ではない! 勘違いはしないで!!」
「ハルトが随分意気込んで、しかもジュリに依頼するなんて相当大事な儀式ではないのか? 遠慮しないでくれ」
「グレイ、私の話聞いて……!」
グレイが前のめりになりまして。
「定番はダイヤモンドか」
「金には困らないから奮発したぞ、俺は」
「そうか、なら私も懇意にしている宝石商があるからそこに依頼して最高の」
「いらないからね、私の仕事じゃつけられないからねそんなの。タンスの肥やしにするだけだから」
「……ジュリに喜んで貰いたいのだが」
「くっ……グレイのその顔に弱いっ」
ちょっと困った顔に笑顔を滲ませるのは反則よ!! 妥協するしかないじゃない。
「……結婚指輪。それならいいわ、いつでも着けてられる、シンプルなものならお揃いでつけられるでしょ」
「おお、そうだよ、それならグレイも付けられるしな。あ、結婚式で指輪交換すっかなぁ。こっちにその習慣ねぇけどあれも結構重要じゃね?」
こいつ……。余計なことを喋ってので、またグレイが前のめりになったことは言うまでもないでしょう。ホイホイ重要とかいうな、ニートチート。
「気を取り直して」
私の手元には紙と筆。
まずはハルトの希望を聞きましょう。
「可愛いやつ!」
「うん、それは分かった。それで? どんなのを思い描いてたの?」
「え、だからぱかっと出来て、中で指輪がちゃんとして立ってて可愛いやつ」
なんじゃそりゃ!! それだけ?! それだけなのか!!
だめだ、話にならない。
さすがにグレイも呆れてる。
「……えーっとね、せめて形とか。四角がいいのか、円形、ハート、あとは六角形とか八角形とかも形としてはありだからね、そこから詰めていこうよ。色でもいいよ」
「形、色……」
悩むこと十分。埒があかないのでサラサラと形を提案。私の知ってる限り、技術を駆使して作れそうな (ライアスに頼るけどね!!)形を描いていく。やっぱり蓋付きでパカッ!! とやりたいそうで (笑)、それだと結局どれでも出来るから全く話がまとまらず、と思っていたら。
「こちらの世界の女性なんだから」
グレイが一言。
「六角はどうだ?。蜂の巣の形は縁起がいいとされていて蜂の生態から子孫繁栄や勤勉の意味の他に蜜を蓄えるから食べることにも困らないと結婚する子供に六角の鏡や皿を贈る風習がまだ残っている。幸せの象徴だ」
はい、決まりました。
ハルトがグレイに抱きついて。
「お前凄い、さすがグレイ、俺のグレイは最高に偉い!!」
「お前のものでは断じてない。そして依頼しに来ておいてなんのプランもなかったお前が信じられない。ジュリと同じ世界から来ていてどうして私よりも案が出せないんだ、お前のセンスを疑うぞ」
グレイは冷ややかな顔してるわぁ。
「えー、だってさぁ、考えたらワケわからなくなって」
「ハルト、頭はいいけど美術の才能ないもんね」
「そう、俺は絵とか全くダメ。だからどうにもならない」
以前ハルトが描いた私の似顔絵、誰も私とわからないものだった……。しかも、私が知らない魔物の名前が出て来ると絵を描いて説明してくれる事があったけど、魔物より怖い。不気味。稚拙なうえに、頭から手とか足とか出てたり、狼みたいな顔じゃなきゃいけないのが人の顔っぽかったり、とにかく怖い絵を描く。本当に酷い。
「俺が描いたの作って貰ったら確実に俺が作って欲しい理想のものからかけ離れる。だからジュリ様に丸投げさせてください!!」
再びスライディング土下座。
そうだね。
きっとそれがいい。
うん、私がデザインを決めていこう。
ルフィナにこいつのデザインを基にしたせいで『ジュリにしてはちょっと……』とか言われたくない。
ハルト、大事な用事でした。
ジュリに続きハルトの結婚、しばらくは平和な話が続くはず、です。




