1 * 異世界に飛ばされた!
異世界転移の状況と、それからしばらくしての主人公の様子が伺える話が混在しています。
「はい?」
私がこの世界に飛ばされて初めて発した言葉です。今でも覚えてます。
あの日、私は、いつものように仕事してたんだけど。
とある私立の女子大を卒業して、運よく就職できた第一希望の会社で事務をメインに、ちょうど営業の補佐とか先輩の新人教育の手伝いしたり、キャリアアップの時期に入ったかなー、なんて思ってバリバリ仕事してたのよ。忙しくてもブラックじゃなかった、いい会社だったのにねぇ。
大学時代から付き合ってた彼氏とは別れて一年経って、新しい彼氏ほしいなぁなんて思いながら合コン誘われて行ったり、先輩や同僚と飲みに行ったり、休日は好きなことして好きなもの食べて、そりゃもう充実してたんですよ、いや、ホントに。全然負け惜しみでもなんでもなく。そもそも負け惜しみをぶつける相手もいないし。
「おはようございます。いらっしゃいませ」
「やあおはようジュリ。今日は娘の誕生日プレゼントを買いに来たよ」
「えっ! ロレーヌちゃんお誕生日なんですか?おめでとうございます!」
「ありがとう! 明後日で十二歳なんだ、どうしてもジュリのところのアクセサリーが欲しいって騒いじゃって困ったよぉ」
「わー! おめでたいじゃないですか、アクセサリーだとちょっとお高めになっちゃうけど、今日はお誕生日割引しちゃいますよ!!」
「本当かい?! 助かるよ!!」
そんな充実した日々の当時二十四歳、忘れもしないあの日。
趣味でやっていた 《ハンドメイド》。とにかく子供の頃から物をつくるのが好きで、大人になって見つけた一生の趣味。ハンドメイド品を売買できるサイトに出品するようになってからは、結婚して子ども生んだりして、今の仕事が出来なくなったら本格的にやってもいいかな? くらいに思っていたことだから、あの日、休日もその材料の買いだめの為に一日を費やしてましたよ。
ちょうど年末年始前で長期休暇に作り溜めと、減っていたパーツの買い増しとか、消耗品の買い換えとか、あとネットでしか買えないものとかも届いた日で、手芸店とか専門店をハシゴして足は疲れてたけど、テーブルにそれを並べて、いや、山積みにして発泡酒片手にニヤニヤしてたの。
「どれがいいかなぁ、迷うなぁ。最近すっかりマセて来て、妻とお揃いとかいやがるんだよ。私だけのものが欲しい!! とか言って」
「女の子はお洒落に目覚めると大変ですよぉ?」
「ホントだよ、ああ、どうしよう? 妻と同じものは当然高いからまだ身につける歳ではないし、だからと言ってヘアピンじゃきっと怒るだろうし」
「それなら、この辺どうですか?」
「ん? それ、なんだい?」
「ペンダントトップですよ」
で。そんな時、実家に住んでる新婚の兄から電話が来て、年末年始どうするのか聞かれたんですよ。うちは両親が仕事の関係で海外にいたし、両親が帰ってくる予定が二月だったし、なにより新婚の邪魔したくないですよ、だから独り暮らししてる部屋に籠って 《ハンドメイド》に命を懸ける!! って宣言したら、怒られました、はい。
兄嫁さんが電話の向こうでその会話をスピーカーにして聞いてたらしいです。大笑いしてました、いい人なのよ。一緒に飲み明かそうって約束が守れなかったのが凄く残念なくらいに。
話がそれた。
とにかく、兄に説教食らって、テキトーに聞き流して電話を切りました。
そしたら。
ピンポーン
なんだろう、他に荷物届く予定だったかな? もう一つは明日だと思ったけど。
なんて、思ってとりあえず玄関に向かってレンズを覗き込んで。
あれ、やっぱ宅配屋さんだ。って確認して私扉を開けました。
確認したんですよ、確かに。
「ペンダントトップ?」
「鎖とか革ひもがついていないネックレスの飾りのみのものです、鎖だと高い、革ひもだと格安、予算に合わせやすいようにこうしてみたんですけど、自分で気分に合わせて付け替えることも出来るって最近人気なんですよ」
「へえ!! いいね!!」
「ロレーヌちゃんなら、そうだなぁ……白の革ひもとかどうですか? ピンクと紫の花びらが入ってる透明のペンダントトップと合わせたら彼女の好みに合いそうですよ」
「うわぁ、いいじゃないかぁ!」
「この黒の革ひもに青い海をイメージしたラメの入ったのならちょっと大人になった気分になれるかも。奥様は赤色のものを好んで買ってくださるからこの二つなら被らないと思いますよ」
「ひー!! 迷うよぉ!!」
「あはは」
確認したんだけどね。
「こんにちは、迎えにあがりました」
って、なによ?
このお兄さん、間違うにも程があると思って顔をみて、息が止まるかと思った。
だって、顔がなかったから。
ヒュッ!! っていう、なんとも言えない、奇妙な息が自分から出た瞬間、顔のない宅配のお兄さん? が言ったのよ。
「あの世界に【変革】を起こしてくださいね、それがあなたの使命です」
「……は?」
「いいですか? あなたはこのままこの世界にいると、明日命を落とします。あなたの手は魔力やスキルなどなくても何かを生み出す特別な力があるそうです。【変革の力】は微力でも多大な影響をもたらすもの。神がそんなあなたが死ぬのは忍びない、と。しかしこの世界では死が確定しています。だから別の世界で生きてみてはどうかとおっしゃっていました」
「あの、宗教の勧誘お断り」
「わーーーー!! 違います違います!! 信じてください!!」
「警察呼びまーす!!」
「止めてー!! 怪しいものではありません!!私これでも神の使いなんです!!」
「だから宗教勧誘お断り!!」
私、悪くないですよね?
悪質なセールスマンみたいに足を扉が閉まる直前に突っ込んで来たから、遠慮なく挟んでやりましたよ、だって恐いから。
「いいですか!! とにかく明日外出しないでください!! 出たら必ず死んでしまいます、こちらの理に沿って死んでしまうと別世界に転移できないんです! あなたが亡くなるはずのその時間、午後一時。いいですね、必ず家にいてください。そうすれば死ぬことはありません。必ず神があなたを導きます。私と来て頂けないならば、それだけはお守り下さい。あの世界に、人に幸福をもたらす【変革】を起こすためにあなたは死んではならないのです」
「うーん、よし!! 今回はこっちにするよ。このピンクと紫の花びらいっぱいのヤツなら間違いない、ロレーヌの好みだ」
「じゃあ、革ひもで、この白でいいですか?」
「うん、そうしてくれる? あ、あと包装頼むね!!ジュリがしてくれるあのラッピングってやつにすごく憧れるみたいで」
「はい、もちろん。可愛くしますよぉ。あ、リボンの色とか選びます?」
「いや、いいよお任せ」
「かしこまりました、すこしお待ちくださいね」
死ぬとか言われたことより、とにかく怖くて私友達に『変な宗教の勧誘きたーーー!!』って電話した。友達もそれは怖い、ヤバイ、警察に言うべきって言ってくれて、とにかく明日相談に行ってみる、って落ち着いたんです。
落ち着いて、少し冷静になって。
あれ、なんだったの?
宅配風の宗教勧誘。レンズを覗いたら顔はあった。覚えてないけど、とにかく、顔は、あった。でも扉を開けたら……。
顔がなかった。
何かを被ってるとか、そういうのじゃなくて。
顔の部分、そこだけ記憶がない。思い出せない。マジックで黒く塗りつぶされたみたいにしか思い出せない。こんなことある? 明らかに、写真を黒く塗りつぶしたみたいな記憶。
その異様さに気がついて、私は、また混乱。
混乱して頭を過るのはあの言葉。
―――死んでしまいます―――
こびりついて離れなくなった言葉。
そこから、その日どうやって過ごしたか覚えてない。気づいたら朝になってて、喉がカラカラで冷蔵庫にあるお茶をイッキ飲みしたのは覚えてる。
そこからは、ただ、時が過ぎるのを待つだけで。
信じる信じないは無関係、とにかく死ぬと言われた時間に絶対外に出ないようにして、部屋に籠って時計ばかり見つめて。
そして午後一時。
スマホの時計が一分、二分と進んで、十二分までただ画面を見てて、不意に脱力。
(死ななかった)
とにかく、それだけ思ったんですよ。昨晩の怖いこととか忘れてたんです、すっかり。奇妙な人の奇妙な話も頭からきれーーーぇに抜けてたんです。
「はー、何だったのよ」
そう、呆れた声が私から漏れた瞬間。
「ん?!」
急に部屋の中が明るくなって、眩しくて目を開けてられなくなった。
「えっ?! なに?! なんなの!!」
顔を覆うように腕で光を遮ったわけ。
で、なにが起きたかというと。
恐る恐る、光が治まったかどうか確認するために腕をおろして目を開けたら。
見知らぬ人の家のなか、出しっぱなしのハンドメイドの材料や道具が山積みのローテーブルと一緒に私は目を丸くして固まって私を見ている人に見下ろされてました。
「えっ、本当にこの値段でいいのかい?」
「お誕生日割引ですよ、特別です」
「ありがとうジュリ!!」
「いえいえ、また買ってくれると信じてますので!」
「あははは! そういうことか!」
「お買い上げありがとうございます」
「こっちこそ、いいもの買えたよ」
「またお越しくださいね」
私の異世界ライフ、不法侵入から始まったんです。
酷くない? せめて、もう少しマナーにあった方法あったでしょうが。