表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

194/637

15 * 賛辞

 


 肖像画には事前に額縁に嵌め込む為の専用の枠を取り付けしてもらっていた。

 枠といっても、こちらもちゃんと()()にお願いしている。

「だから俺は金物屋なんだよ」

 ってライアスが言ったけど無視でーす。

 だって出来るんだからやってよぉ、と押し付けたのは螺鈿もどきを使った枠。木枠に隙間なく、シワなく螺鈿もどきを施してもらったのよ。

 なんでかって? 透明なんですよ、額縁。横からみると、キャンバス見えちゃうんですよ。

 デザインが出来上がった当時、それに気づいてどうしようと悩んでたら。

「絵の周囲を何かで覆ってはダメなの? あんた何かできないもんなのかね?」

 フィン様のお声ですから。奥様の言ったことですから。旦那、責任取りましょうぜ!!


 ということで、バラ作りから解放されたライアスはそのまま専用の枠作りに専念させた。そして肖像画には既にライアスが施した全面螺鈿もどきの木枠が嵌められている。

 そんな訳でいち早く肖像画を見たライアスは。

「有名な画家が描いた絵ってのは、すげえな」

 という感想と共に侯爵家から帰ってきた。相当素晴らしい出来なんだね、ライアスがしみじみと言ってたんだから。それは私も早く見たいよ。


 で、その上には寸分違わぬガラス板を枠に合わせて嵌めてもらっている。この世界では肖像画にガラスを嵌め込むことはないんだけど、なんとなく私個人の気分で、この額縁にはあったほうがいいと思ったのよ。額縁がガラスのような透明度のあるものだからしっくりくるし。

 そのガラスはアンデルさんの工房とは違うテリーさんという人がやってるガラス工房にお願いしていた。以前スノードームの侯爵家特注の大きな半球のガラスを作ってもらった所。あれ以降なんだか吹っ切れたとかで、物凄く精力的に色んなガラスに挑戦してくれてて、大変頼もしい職人さんがまた増えたなぁと私は密かに喜んでたりする。


 他にも細々と、携わった職人さん全員の名前が記された、表紙を革張りした紙製の見開きタイプの名簿を二冊侯爵家と 《ハンドメイド・ジュリ》で所有するためのものと、それより簡素な作りだけど携わった人全員に配る名簿を製紙工房に依頼したり、額縁を保管するための専用の大きな箱の依頼をしたり、使った素材の仕入れ先の貴族や工房にお礼の手紙とキリアにお願いして作って貰っていたお礼専用のハーバリウムなどうちの商品が五点入った贈り物を届けて貰うよう複数の冒険者パーティーを雇う依頼を冒険者ギルドに相談したり、かかった費用含む請求額の最後の計算をしたり、ローツさんと『あれ、まだだ!』『あっちは終わったか?!』と毎日騒ぎながらなんとか納品予定日までに終わらせて。


 そしてついに。












 私を筆頭に職人さん全員と、その作業に関わったお弟子さんや見習い職人さんたち、ローツさんのサンプル集めから始まった材料の調達のサポートをしてくれた市場の組合長さん、両ギルドの地区長さん、製作中のククマットに厳戒体制を敷き不測の事態に備え、そして速やかにトラブルなどを終息させた自警団の幹部ルビンさんたち五人、そして最初から最後まで相談に乗ってくれたフィン、ライアス、私がこの製作に集中するためにお店を守ると覚悟を決めて実際に守ってくれたキリアを含めた六十にもおよぶ人たちを侯爵様の許可を得て、侯爵家の、肖像画が飾られる広間に呼んだ中で行ったのは。


 御披露目。


 むやみに侯爵家の中の物には触れたりできないので、その確認と取り付けの補助のために執事長さんと侍女長さんに来てもらった時、完成した額縁と嵌め込まれた絵を見て号泣したのには全員狼狽えた。勝手に泣き止んでいつも通りに戻ってくれたのは助かったわ。


 取り付けられたそれを、皆で眺めた。

 しばし、眺めた。

 無言で、ただ無言で。

 誰かが、鼻をすすってた。感極まって、泣くのを堪えるそんな音。

 額縁の一番近くに侯爵様、シルフィ様、エイジェリン様、ルリアナ様、そしてグレイ。その少し後ろに招待した人たち、そしてこの屋敷で働く全ての人たちがずらりと並ぶ。広い広間も流石に狭く感じる。私とローツさんは並んでその光景を眺める。


 王都にいる王家お抱えの有名な職人ではない。

 侯爵領と言っても、もとは農業主体の、港がある海への通過地区。賑わいはあったけど、侯爵家の人たちに納めるような物は作ったことがない。その程度の文化で成り立っていた侯爵領でも歴史の浅いククマット地区。伝統や格式といったものに触れられたのは侯爵家の屋敷が近くにあることで侯爵家の人々にふれ合う機会が他より多いから、というだけの表面的な部分だけの土地。


 でも、これで証明できた。

 侯爵家の家のシンボルと言えるものを、この侯爵領の人たちが作り上げた。


 デザインも、使った素材も、私が元いた世界の地球から持ち込んだ知識を使って活用したに過ぎない。私がそもそも自分で考え出したものではなくて、存在していて当たり前にあったものをちょっとこの世界に合うよう応用しただけのこと。

 私は、たくさんの力を借りてやれば出来て当然、出来ないと【彼方からの使い】としていささか出来が悪いのでは? ということをしたに過ぎない。


 でも、ここの人たちは違う。

 これできっと 《何かが変わる》のではと考えたはず。デザインは無限に存在すること、素材はこれからもまだまだ見つかるだろうこと、そして自分達でいまよりもっと凄いものを作れると自覚して自信がついたこと。

 凄く大事なことだよね。










 …………。

 言葉にならないって、この事だわ。

 皆、立ち尽くしている。











 分厚く幅のある狂いのない平坦な表面をもつ透明の疑似レジン枠の中に、銅色のバラが咲き誇る。つぼみもあれば、咲きかけも、そして風に吹かれてはらりと花びらが離れたバラもある。風に舞うような花びらと葉は、金と白金で作られていて、どっしりとした赤みの強い銅色の中でいい差し色であり、豪華さと上品さの絶妙なバランスに一役買っている。そして、金や銀とは違い肖像画を引き立てるという意味でも銅を選択して間違いなかったと実感できた。 擬似レジン加工の可能性を示す意味も込めて側面にはびっしりと華やかに、正面はバラの位置とバランスを崩さぬ程度に僅かに彫刻されたのは小さな蝶や鳥が生い茂る花の上を飛び交う図柄。表面の蝶は花びらに留まっているように見える工夫も凝らされた。そして正面の下枠中央には、侯爵家の正式な家紋が堂々と彫り込まれている。

 キャンバス側面を隠す螺鈿もどきの木枠は目立たず、けれどそっと寄り添うように木製の木枠だということを黙して隠してくれているし見る角度によってその白色のオーロラカラーが覗ける遊び心のようなものも感じ取れる。


 当初、どこまでこの額縁が私の納得いく完成度に至るか未知数だった。デザイン画だけではどうにもならない、試作を作れない大きさのものは、こうして飾られるのを見るまでは正直私も賭けに近い感覚で作っていたと思う。

 こうして見てみると、私にあるのは達成感。

 それだけ。

 これが、侯爵家に受け入れらるかどうかは別の、やりきったという達成感で満たされて、ようやく肩の荷が降りた瞬間だった。










 さて。

 誰も喋らない。

 困ったわね?

 ライアスとフィンの視線が痛い! ローツさん、肘で私の腕を押さないで!!

 私がどうにかしろって?!


「えー……」

 何から話そうか一瞬迷ってそう声を出したら侯爵家の皆様が振り返った。執事さん使用人さん、料理人さん、庭師さん、全員で。

 うーん。

 何を話そうか。

こういう時は、勢いだね。


「侯爵様からは侯爵家のための額縁を、と依頼されました。私は当初、なにか珍しい素材、高価な素材にこだわるつもりだったんです。ですが……いつもお願いしている職人さんたちが、私が想像した以上に技術力があって、しかも丁寧な仕事をしてくれるんですよね。その事が嬉しくて、ついつい我が儘で色々作ってもらっていて。そのとき、よく言われるのが《新しい》とか、《見たことない》とか。……ここで今までになかった形や技法もそれに含まれるって気づいて、拘りを捨てるきっかけになりました。それが金属で立体に作った花、疑似レジンへの彫刻、木材を感じさせない見せ方、透明素材を生かした立体的なデザインです」

 職人さんたちの方へ視線を向けるといつも陽気なアンデルさんとヤゼルさんがニカッっと笑って無言でガッツポーズをしてくれた。

「ここにいる全員で、《新しい試み》に挑戦して、完成しました。実は、これを完成させるまでの行程で二つほど取り止めた事があります。一つは、いくつかのバラの中央に宝石を嵌め込むことです。侯爵様から使えるならばとお預かりしていた宝石ですが、花の精巧な、そして丁寧な、芸術品に匹敵するバラをみて、必要ないと思ったからです。実際、乗せてみたんですが、どうしても宝石だけ調和しないように見えて、ライアスと相談してあえて入れない決断をしました。そしてもう一つ。疑似レジンの透明感を際立たせるために、直角で丸みのない硬質感にこだわり、最後正面の仕上げで最大の難関、『耳』を削り、限りなく直角、直線に見える修正をする予定でした。でも、彫刻を施す前にその手間で何度も手直しするならいっそのこと正面の四辺を均等に斜めに削ってしまって、彫刻と同じ曇りガラスのような仕上げにしてもいいんじゃないかとヤゼルさんからアドバイスを貰ったんです。それを聞いてハッとしました、確かに直角ではなくなるけど、均一で真っ直ぐな曇りガラスのような縁は、浮き上がって見えて、より立体的な視覚が楽しめるんじゃないかって。……凄くないですか?」

 私はちょっと興奮していた。


 想像以上の精巧で上質な芸術品レベルの花。

 経験と知恵が導きだした合理的で素材を生かした見せ方。


 この世界の、この国の、この領地の人のセンスと技術はまだまだ伸びる!!


「見てください、ククマットの技術者の技能の高さを。埋もれていた才能を。これですよ、技術って、こういうことですよ。高いもの、希少なものを扱うだけが匠と呼ばれるわけじゃない、どんなものでも芸術に押し上げる技術こそ、匠の技なんです。その結晶だと思いますこの額縁は。たとえこれが、侯爵家の額縁とは認められなくても、それでもこの技術はあらゆる人たちに称賛されるものだと私は確信しています。代々侯爵家が守ってきたのは、人だけじゃありません、土地だけじゃありません。技術も守ってきたからこそ、私がこれを提案できました。完成させることができました。どうか侯爵様……侯爵様から直接、彼らに一言お願いします」

「ああ、そうだな」


 興奮して気分が高ぶっていた私の声は、演説じみたものになっていたのかもしれない。

 侯爵様は目に涙をためて、頷いて、いつもとは雰囲気の違うちょっと気弱に思えてしまう、今にも震えそうな弱い声でそう呟いた。そして間もなく息を整えた侯爵様は私と職人さんたちをゆっくりと見渡した。

「君に最大の賛辞を、そして共に作り上げてくれた職人たち、携わった者たち全てに同じだけの賛辞を! 侯爵領の領主として、全ての人々にこの瞬間を迎えられたことへの感謝を! ありがとう!! 君たちは私の誇りだ!!」

 


 停滞して、未来への漠然とした不安を抱えていたクノーマス領に埋もれていた財産が、掘り起こされてこれからその価値が世に知られていく。

 それがどれ程この人たちが待ち望んでいたことか私には計り知れない。

 恵まれた領と言ってもそれは不変ではない。常に付きまとうその不安を払拭できる物を手に入れられる人は、一握り。

 クノーマス家は、その一握りになれると思う。

 その力になれたんだな、と作品の完成とは違う表現し難い込み上げる感情が私を満たした。


 そして。

 グレイと目が合った。

 静かに、穏やかに、微笑みを浮かべてくれた。

 私もそれに応えるよう笑顔を向けた。


 侯爵様の言葉と侯爵家の人たちの表情で、人生で最も神経を使い渾身の出来映えとなった額縁が侯爵様に認められた瞬間だった。












 で。

 それからは侯爵家の人たちが額縁に顔がくっつきそうなくらいに近づいて隅々まで観察している。

 薔薇が横からも見えるからね、気持ちはわかる。芸術品に匹敵するあの薔薇は是非とも近くで見てほしいもん。

 でも夫人とルリアナ様が侯爵様やエイジェリン様の真似をして壁に顔をベッタリひっ付けて中を覗いてる姿はちょーっと見たくなかったような……。

「奥様、お顔に痕が付いてしまわれます」

 って侍女さんたちがめっちゃ慌ててた、そりゃねぇ、高貴な方が壁に顔くっつけて何かを覗き込むとか、顔に痕付けるとかやめた方がいいです。

 外枠の彫刻はキャンバスの側面を隠す意味として最初から考えてたから、壁に接する辺りはびっしり彫られてて、しかも特別な彫刻刀で曇りガラス風になっている部分がほとんど。下から六センチ位の高さまでは良く見ないと中が見えないくらいびっしりと。

 そして螺鈿もどきがキャンバス側面を覆っているのが彫刻の隙間から見え隠れするあれ、チラリズムの要素があるの? 見たくなるの? いやでも高貴な人が家族で覗き込むのはやっぱりダメだと思う(笑)。


 と、いうわけで。

 ずっと家族五人で壁に張り付いてちゃ、屋敷で働いてる人たちが見れないので、()()出しますか。


「あのー、侯爵様」

 私の呼び掛けに勢いよく振り向いた。

「ご家族様に、ささやかですが今回の額縁を作っている過程で出来た物を献上したいのですがよろしいでしょうか」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 末代まで継いでいく価値ある『ククマットの技術の結晶』。【彼方からの使い】とククマット地区の職人数十人の合作。…もはや、文化財級の芸術作品では? これを『認めない』とか言える人はいないんじゃないなぁ(…
[良い点]  領主と領民の関係が良好で、領主とジュリ、ジュリと職人の仲が良好だから生まれた額縁ですよね! 公爵家に拾われてたらこの段階に至るまでどれほど時間が必要だったか。選択の自由が発動してしまって…
[一言] どんなものを進呈するのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ