15 * 相応しいもの、続き。
ルリアナ様の言葉に刺激を受けて、自分が作り出すもので幸せだと言ってくれる人がもっと増えたらと欲張りなことを考える。
この欲張りな想いは悪いことじゃない。
その欲こそが私の原動力。
さあ、がんばろう。
最善を尽くし、最高の物を。
感動や喜びを生むものを。
一人でも多くの人に、その感情を抱かせよう。
それがその人たちの幸せに繋がるなら。
驚くほど順調に次々と必要なものが揃っていった。これ、恩恵かな? と思ったわよ。でも恩恵じゃなくみんなの目が血走るくらい勢いが凄かっただけというね。
ローツさんの完璧な補佐のお陰で職人さん達も皆製作に集中出来るから作業が捗るという言葉も沢山聞こえて、私は至って平常心で過ごせた。
まず。一番の大物は硝子の型。
硝子職人アンデルさんの仕事は完璧!
窓硝子にも使える平坦な歪みのない硝子板を惜しげもなく使った巨大な型は、およそ百九十×百三十センチで高さもガラス含めて十七センチ。うん、巨大!! 額縁なので中央は当然ないんだけど、それでも縁の幅だって二十センチある。これでも肖像画を入れるものとして普通だとかで、大きいものだと一辺が二メートル超えもあるらしい。ホント、デカいわ。
そして確認のため水を張ったけど一滴の漏れもない。これ、今までのこの世界ではちょっと考えられないからね? 加工にはアンデルさんの最新の技術と魔法による補助が最大限に活用され、硝子と硝子の繋ぎ目に使われている特殊な接着剤が全くはみ出してないし、気泡もない。これだけで芸術品と言える。これこそ魔法と技術が融合した非常にいい例じゃない?
ちなみにこの型を運搬するのに十人必要だったの。全員が失敗できないと冷や汗をだらだら流して運び込んだ姿忘れられない……。
そしてライアスといつも極小パーツ (丸カンとか)を作ってくれてる金物職人のマレートさんとその弟子さんたちの仕事も完璧よ。この人たちの植物特有の繊細で自然な歪みやシワの表現への拘りがあったからこそ、私の完成に至るまでの自信にも繋がった。
おかげでメインとなる銅製の花は、以前ルリアナ様が言ってくれたように、本物かと思うような精巧なものに仕上がった。それを並べてみると圧巻。金属特有の重厚な輝きがなんとも表現しがたい美しさを醸し出している。
その花はバラ。侯爵家が過去に品種改良をして生み出した侯爵家オリジナルのバラを今回のデザインの要に据えた。
花びらに僅かなプリーツがかかった柔らかそうな独特の質感で鮮やかな朱に近い色をしているそれを、添加物で赤が強められた銅を用いて表現してある。
そして出来上がってきた大輪のバラ、開きかけのバラ、つぼみのままのバラ、そして葉。それら全て例外なく、自然界そのままの植物の成長過程が見れる標本に出来そうな素晴らしさ。
さらに、風に舞う花びらと葉を表現するための、高級感を演出するために必要な金と白金のポイントパーツを作ってくれたのは、工房を弟子に譲りククマットで自由気ままにものつくりをしている元金細工職人のノルスさん。
私が普段から侯爵家に納める物に使う高級な金属の加工をお願いしている職人さんで一番年長で職人歴も最長。私の説明を一度聞いて、ライアスの作った見本を見て、全て修正無しのパーツを作り上げた人。天才よマジで。神の手とはこの人の手のことだと思うわ。この人の作った物を見た金物職人さんたちが俄然やる気になったんだから、その精巧さは私が語るのも烏滸がましい程の芸術品として最高のもの。
「全部純金でこれを作ろうぜジュリよ」
いや、それはいくらなんでもお金がかかりすぎます、そして私のイメージからかけ離れますと丁重に、そしてしつこくお断りしておいた。
必要なものが揃えば私の仕事になる。
製作場所は研修棟の二階。ここで今から完成まで作業していく。
しかし緊張するわぁ。
だって職人さんが前のめりで私の作業見てるんだもん。しかも無言。怖いよ。
まず、精巧な型枠の下には寸分たがわぬサイズの型枠に沿ったデザイン画がある。
そして枠の内側、額縁が嵌め込まれる内枠側には一センチ幅で平行に横一直線で十六本の線が引かれた紙を張り巡らせて。
これはデザイン通り、寸分違わず職人さんたちが作ってくれたバラたちを並べやすくし、デザイン画通り配置するためのもの。内枠の横線も何度も高さと正面からの奥行きを確かめながら決めた配置を間違わないようにするため。
これには気を使った。使ったのよ。僅かなズレでバランスが悪くなるんだから。
絶対失敗は許されないから、デザイン画と横線の紙にはそれぞれ至るところに番号を書き込んで、バラも番号を書いた袋に一つずつ入れて、配置間違いが起こらないよう細心の注意を払う。しかも角度によっても雰囲気が変わっちゃう、だから薔薇一つのデザイン画に対して長さや角度を表す数字がびっしり書き込まれていて、これを見たフィンが。
「目がチカチカする……」
って言ったくらい。それくらい精密な配置が求められる。
一番初めの作業は、擬似レジンを一定の高さ、一センチになるように流し込んで裏面であり土台となる部分を作る。この上に薔薇を配置しては、擬似レジンを流し込み、固まったらまた薔薇や花びら、葉を配置して流し込むを繰り返すのが私の仕事になる。
ちなみに、この作業のためだけに専用のテーブルも作ったの。傾いていたら意味はないし、大きすぎても小さすぎても作業に差し支えるからね。頑丈で水平の完璧なテーブルです。あ、完成してもこのテーブルは貰えることになりました。勿論諸費用として計上していいと侯爵様から許可もらってますよ (笑)!!
「ほう、なるほどな、透明だから出来ることだな。こりゃ便利だ、ほほう?」
って、うるさいですよアンデルさん。下のデザイン画や横線を見て、興味津々なのはいいけど、その顔は自分でも後で何か作るつもりなのはお見通しだからね。
底一センチとは言え、気泡は許されない。なのでとにかくひたすらに気泡探し。針を片手に地道な作業、徹底して気泡を除去し、埃が被らないよう板を乗せ、固まるまで待つ。そして数時間後、花たちの出番がいよいよ来たよ。
状態のよい擬似レジン (不純物のないスライム様)を準備して、ついに本格的な作業開始!!
予想も覚悟もしていたけど、途方もない作業の繰り返し。
初日は興味深い目で私の作業を見ていた職人さんも、神経を使う作業の繰り返しとすぐに察して二日目からは様子を見に来ると進捗状況や不具合がないか確認して直ぐに帰っていく。
こういう時、職人さんのその仕事への気遣いはありがたいし、さすがだなぁと感心しました。ホント、尊敬します。
私の作業中のピリピリした雰囲気を察してグレイがご家族にきつく言い聞かせたとかで、作業開始二日目から侯爵家のお騒がせトリオ (侯爵様、夫人、次期侯爵)が来なくなった。
何を言って黙らせたのか。気になる。
ルリアナ様は来てもいいんだけどね、絶対邪魔しないし、眼福になるあの美麗な姿は何気にインスピレーション掻き立てられるし。
でもそこはルリアナ様ですよ。『落ち着いたら私も何か作って貰おうと思うわ、だから我慢するのよ』って。
ひやぁぁぁっ!! 可愛い!! なんでもお作り致します!!
と、本気で思った。
そんな訳で集中出来る環境で黙々と作業する。硬化剤を入れ固まるまでが早い擬似レジンで決められた位置、決められた向きに注意しつつバラを置いて向きも間違わないよう真上と横から何度も確認しながら接着させる。完全に接着できたら、硬化材の入らない擬似レジンを流し込み、気泡が入らないよう今回のために作られた細く先の尖った、変形する金属の棒で極小の気泡も見逃さないよう、見つければ金属の棒で潰すか、表面に浮き上がらせて取り除く。
目指すのは地球にあるアクリル樹脂の中に閉じ込められた花。気泡一つない、クリアな世界に閉じ込められたあの花を目指している。バラの花びらの枚数が多いこと、額縁という大きな物であることを考えれば当然その作業が大変なのは分かっていたけどね。
大変だった。
バラを全部閉じ込めるのになんと横の線分、つまり十六日。全てのメインとなる薔薇の配置は工程上四日で終わったし空中に舞う花びらや葉である金と白金のパーツはパーツ自体が小さいので扱いやすかったけど。それでも十六日よ。
私を苦しめたのは、精巧なそれらの隙間にどうしても出来てしまう気泡。作業の七割以上はこのために時間を費やした。根気、というより根性を試されたような、そんな気分。
本当に大変だった。
だからここに至るまでの全ての物を私からの注文に文句一つ言わずに作った職人さんたちが神様に見えた。
酒好きだから後で高いお酒を差し入れよう。飲めない人にはお菓子でも大量に。
完成まであと少し。
全てのパーツが疑似レジンに沈められ硬化したら、最後の疑似レジンの流し込みになる。表面の凹凸をなくすため、擬似レジンを溢れるくらいに入れ、勿論気泡の確認を入念に行ったら、気泡が入らないよう細心の注意を払ってスライドさせながら特大の板硝子をかぶせる。この作業は私一人では無理なので、ガラスのプロであるアンデルさんと私のやりたいことを瞬時に判断してくれるライアス、そしてローツさんの四人で行った。
溢れた疑似レジンを拭き取り、あとは丸1日触らず過ごす。
本当は数時間で固まるけど、なんとなく硬化していない部分があったら嫌だなという不安が拭えず、その不安解消のために一日。
そして。
この役目はやはりアンデルさんだろうね。
上の硝子板をゆっくり外す。硝子の表面のように平坦な面が現れて職人さんたちから歓声が上がる。
そして。
「はい。アンデルさん」
「おうよ!!」
アンデルさんに渡したのは、金槌。
今回の型枠、大き過ぎること、何よりこれは侯爵家の依頼で一点物という指定があること。そのため型枠は残せないこと。
じゃあ割るしかねぇな!! ってアンデルさんが自分から言ってくれたのよ。
「まさか完璧な仕上がりのものを割るとは思わなかったぜ」
って、本当だよねぇ。
ただただ申し訳ない。
でも仕方ないし、なんか本人が恐ろしくやる気だ。
表面に念のため布を被せたら、いよいよ金槌だ。
アンデルさんは徐に静かにコンコンと四隅の一角を叩き始める。慎重に、力加減を調整しながら叩くと。
ピシッ!! その音と共に硝子と疑似レジンに隙間が生まれた。そしてさらに別の角を同じように叩くと、今度はそこはパリンと音を立てて砕けながら剥がれ落ちた。すべての角を落とせばあとは簡単だ。抵抗もなく硝子がはがれる。内側も同様に慎重にアンデルさんが割り、ガラスを取り除いて、全員で完成間近のそれを手袋をしてゆっくり持ち上げれば、底は難なく剥がれる。用意していた上質な分厚い布を床に敷いて、慎重に置いて壁に立て掛ける。
ため息は、私だけじゃなかったよ。
皆、安堵のため息をもらしてた。
自分たちが出来ることをやりきってたから。
さあ、あともう一息。
作業台を片付け再び額縁を乗せ終わった後、約束の時間に来た彫刻職人のヤゼルさんがそれをみて。
「なんじゃこりゃ! こんなの見たことねえな!! いいねぇ! 腕がなるぜ!! 侯爵家の広間に飾られるんだろ? 一世一代の大仕事だ!!任せろ! 田舎職人でもこんなすげえの出来るってビビらせてやっからよ!!」
って。
こんな喋りだけど、繊細な彫刻する方なんですよ、声おっきくて豪気だけど。いやほんと、すごい人なの。日本の紙幣のデザイン彫らせても大丈夫そうな度肝を抜く凄い繊細な彫刻するの。
ヤゼルさんだけは丸一週間研修棟に通いつめたんだけど。
声おっきくてね、従業員がビックリすることしばしば。奥で夜間営業所の分の帳簿付けてくれてたレフォアさんもビックリした時あったって言ってたわ。手元が狂う従業員続出。
でも仕事は凄い。
私はもっと時間が掛かると思ってたんだよね、倍の日数は掛かると思ってたら。
「これくらいの図案ならなんてことねえな」
ですと。
それより、正面下枠中央に侯爵家の家紋を彫れたことが何よりの名誉だって、大声で喜んでた。
よかったよかった。
その過程でヤゼルさんと彫刻するデザインの変更を都度しながら、他にもその場でこうした方がいい、ああした方がいいと話し合い最後の仕上げの彫刻がどんどん進んでいった。
「いいじゃねぇか」
胸を張って、ヤゼルさんがニカッと笑い自分の仕事が終わったそれを眺める。
「こんな額縁、ここにしかねぇぞ」
「だね」
「しかも一つの額縁に俺を含めて何人の職人が関わった? これだけ人が関わった額縁もそうそうねぇぞ」
「職人さんたちと、彼らの作業の補佐をした弟子や見習い含めたら、数十人」
「がはははは!! すげえな!」
豪快な笑い声についつられて私も笑った。
侯爵様からの依頼から数ヵ月。気付けばもう秋。店を守り続けてくれたグレイ、慣れないことに戸惑いながらも重役として成長しつつグレイに負けず劣らず店を守ってくれたキリア。そして二人を支えるように店を相変わらずもり立ててくれる従業員。そんな彼らの縁の下の力持ちの内職さんや関連施設の従業員。
感謝しかない。
そんなことを言ったらヤゼルさんがムッとした顔をする。
「なに言ってんだ」
「えっ?」
「感謝はな、俺たちだ。俺たちがするんだよ。お前がいなきゃこれは今ここになかったんだぞ。勘違いすんな、俺たちが今こうやって新しいものに挑戦出来るのは、まだまだやれることがあるってやる気になったのは、お前がここに来たからだ。胸を張れ、ジュリ」
「ヤゼルさん」
「ありがとよ。侯爵家の象徴になるものを作れる栄誉を俺たちに与えてくれて」
「こちらこそ。文句も言わず、付き合ってくれてありがとう」
「わはははっ! お前からの感謝はいらねえって! 金さえ払ってくれりゃそれでいいさ!」
二人で大声で笑った。
そんなわけで、完成です。




