15 * 相応しいもの
新章開始です。
私一人では不可能。
その一言に尽きる。
そういえば、依頼直後頭の中にあるデザインをとにかく書き起こしてしまいたくて、お店をグレイやキリア達に任せて、フィンとライアスと日常の会話を除けば会話もほとんどない状態だったなぁ。
その間に何度か心配してグレイが訪ねて来てくれたらしい。でもフィンが今何か閃いた顔をしているから会うのは控えて欲しいって追い返したって!!
すごいな、フィン。
グレイなら好奇心でデザインを聞いてきたり邪魔したりしないから普通に会うよと言えば遠い目をしてたわ。
デザインが頭の中で形になり始めたら手が止まらなくて気づいたら徹夜してたことも。
その夥しい量の紙を見てきっとフィンが判断したんだろうと思う。
そこには額縁のデザインらしきものが確認できたはずだから。
まずライアスに相談して、要となるものを作れるか聞いていた。
答えは半分イエスで半分ノー。
作ることは可能、でも一人では時間が掛かりすぎそして扱えないものもある、と。
その答えから金細工職人ノルスさんに相談して、他にも二人からの推薦で何人かに打診し快諾してもらったので要となるものを作る職人さんたちの確保はすんなり出来た。
そしていつもお世話になっているガラス職人のアンデルさんにも相談して、欲しいもののサイズを提示、作れるかどうか聞いてみた。
即イエス。
他にも何人か依頼したいことを話せば皆が快諾してくれた。
必要なものはローツさんがかなり早い段階でサンプル集めを終わらせていた。やっぱり貴族への交渉は貴族というのを思い知らされたわよ、数日でサンプルが揃ったから。
私は、その中から特にイメージに合った色を早速仕入れて、ライアスたちに渡してあった。それでもって試作をして貰い、すでにライアスは一部を完成させている。
依頼からこの時点で約一ヶ月半、このペースが速いのか遅いのかは初めての挑戦なので分からないけれど概ね良い進捗状況だと思う。
これで整った。
侯爵夫妻の結婚記念日の、肖像画を入れるに相応しい一点物で、今までになかった新しい額縁の完成までの道筋が。
基本的な材料は金属はメインに銅、そして小量の金と白金。透明な擬似レジン。それとかじり貝の螺鈿もどき。
そして硝子製の巨大な型枠とそれ専用の蓋になる硝子。
基本的なものはこれだけ。
今回重要なのは職人。
細かな細工が出来る金属を自在に操る職人、どんなものでも形にする硝子職人、彫刻刀を自在に操る彫刻職人。その人たちが愛用する道具も大事な重要素になる。
だからその人たちが最大限力を発揮できるように不都合があれば即座にローツさんが対応してくれるよう密に連絡も取り合ってもらっていた。
当然私は中心にいるけれど、出来ることは限られている。
それでいいと思う。
私ができるのは『ハンドメイド』だから。
工芸品、芸術品となれば出番は他にいる。匠と呼ばれる職人さんたちがそう。彼らこそ主役。
『ハンドメイド』をこの世界で始めて、そして販売して、自分でやって気づくことは多々あるけれど、この中で最も私が嬉しかったのは。
向上意欲があること。
職人さんも、内職で支えてくれる人たちも、私の言葉を聞いて、そして挑戦して、ものを作り上げることに真剣に取り組む。
ここは『環境』が整いにくい世界。
魔法と魔石。それが最大の弊害といってもいい。
その二つで日常の生活が便利に過ごせてしまう。
だから『開発』『改良』というものに執着しない。それが至るところに染み付いているから文化が発展しないことはハルトも言っていた。オーバーテクノロジーを少しでも持ち込めばたちまち発展する、そんな都合のいい基盤のある世界じゃない。探究することに、突き詰めることに届かない環境は『適度に便利』が溢れているから。不思議なもので、流行を追い求める貴族達ですらそういう傾向が強くて、なんでだろう? と疑問が募っていたんだけど、その理由がはっきりしてきた。
なんとかしろ、どうにでも出来るだろう、と言うだけ。すべてのことを他人に任せるの、責任を負わずに。
『便利なものが沢山あるんだから出来るに決まってる』と、妙な決めつけをしてそれを押し付けている。
上流階級がそんな風に押し付けるから、押し付けられた人間は足掻いて、頑張ってみるけど、でもそれも結局『身分の違い』のたった一言で踏み込めず断念せざるを得ない。
積極的に手を貸してくれれば入手できるかもしれない、相談できる環境を整えてくれれば情報を貰えるかもしれない、そんな期待をあっさりと身分や立場で潰され続けている。残念ながらこのクノーマス領だって、そうだった。領主に対し気安く相談なんて誰もしてこなかった。限られた中で言われたことをする、なるべく期待に沿う努力をする。それだけしか許されない。
発展しないわけだ、この世界。
でも。好奇心を上回る向上心が皆にはある。
その気持ちがあるのなら、できるはず。少なくともこのククマットの人たちはそうだから。気ままな私のやり方を黙認してくれるクノーマス侯爵家の姿勢を見て、皆が静かに、動き出している。
自由に、思うままに、突き詰める。
ここにはそれが許される環境があると気づき始めて変化し始めている。
だから、できる。かならず。
そして。
『侯爵家に相応しい額縁』を起爆剤にしたい。
私の密かな思い。
出来上がりに満足してもらえなければ作り直す覚悟はあるけれど、それでもきっかけにはなるはず。
誰かの目に触れ、噂になるだけでいい。そうすれば自ずと職人さんの技術が世に広まる。
王都じゃなくてもこんなにすごい人がたくさんいるよ!! って。
ここに、文化の発展を担う人たちがいるって。
「そっちは順調か?」
ローツさんが職人さんたちの進捗状況の報告に店に戻ってきた。
「今の私はひたすらに待つのみ、至って普通」
「そうか。職人たちが目をギラギラさせてるのを見たあとジュリの顔を見るとホッとするよ」
「あはは! みんな気合い凄いでしょ、ライアスの代わりにうちの道具の手入れや調整する人たちですらピリピリしてるからね」
「ブラック気味だぞ?」
「ま、ね。でも自主ブラックだからねぇ」
「止めようがないな」
「ないの」
呑気にそんな会話をしつつ、私は本当に至って平常心で皆が心血注いで作り上げてくれるものを待っている。
さて、作ろうとしているものだけど、見たことある人も多いかと。
立方体やドーム型、他にも色んな形があるかもしれない。
アクリル樹脂の無色透明な中に、小さな花束だったり、大きな花一輪だったり、種類は多分色々。ガラスの中に閉じ込めたような、インテリア、見たことあるかな。その手のものが好きな人は持ってる人もいるかもしれない。アクリル樹脂の植物標本。
日本にいた頃もしレジンでそれに近いものに挑戦しようとしてたら大量のレジンを必要として、お金もすっ飛んでた。それにあの透明度はアクリルだからこそ可能なんだと思う。レジンって経年劣化で変色するしね。
私はそれを参考に擬似レジンで挑戦する。
必要なものが全て私の手元に揃うまで何も出来ないので、いつものようにお店の奥の工房で新しいデザインを考えてみたり売れ筋商品の増産したり、内職さんが届けてくれる商品を確認してお金を渡したり、キリアとフィンとレースのデザインの相談してみたり。
いつものようにしていたら、なんか侯爵家の人々の姿が視界の端に映る……。
パーツが揃ったら一度お声掛けしますって言ったのに、いるんだよね。
私が出来ることはまだ先、最終段階からなんだから、見れませんよって強めに言ったわよ、絶対。言ったからね?
なのに、いる。
隠れてるつもりだけど、その高貴な服装とか、馬車とか、目立つからね。
「帰って下さい」
「なんでお前は帰らないんだ?!」
「私はここの副商長です」
至極当たり前なことで黙らせるグレイと、言い返せない侯爵様。うん、グレイに帰られると困るよ!
「お前がいいなら私だっていいだろう! ちょっとくらい! 依頼者だぞ!」
「いいわけあるか、クソが」
「なんだとぉ?!」
「とにかくお帰りください、父上。邪魔です、とにかく邪魔、ただただ邪魔」
あー、侯爵様が。息子に担がれた。暴れてるけど余裕なグレイはそんなの痛くも痒くもないって顔して。わぁ、侯爵様が馬車に放り投げられたぁ。凄い音したけど大丈夫かな。
馭者さんも心得た!! って言わんばかりにタイミングよく馬車走らせたわ。
こんなのが毎日、侯爵夫人と次期侯爵様を加えてローテーションで起こっている。流石にシルフィ様を担いだりはしないけど、それでも両手で肩を掴んで押し出すグレイ、凄い。ちなみにエイジェリン様は縄でぐるぐる巻きにされて馬車に放り込まれて逆さになったまま扉を閉められてたよ。そうか、縄が用意されてたのはそのためか。
「ごめんくださいまし」
この人は例外ね。
「あ、いらっしゃいませ。お待ちくださいね」
そういって店番をお願いしてる女の子が工房にひょっこり顔を出す。
「ジュリ、ルリアナ様来ましたよー」
「はーい」
次期侯爵様の奥様ことルリアナ様。この人ほんっとに良くできた人で工房に絶対入ってこないの。訪問着とはいえ、彼女たち貴族の服はボリュームがあるし、高価でしょ? 何かトラブルがあるとどちらも困るでしょうって研修棟の工房にすら立ち入らないんだから。
それに最近は侯爵様の許可を得て、ルリアナ様の実家の伯爵領から数人の職人がこのククマットに期間限定で住んでいてレース編みをフィンやおばちゃんトリオたちから習っている。その様子を伺ったり世話したり、ネイリスト育成専門学校の学長としての業務の傍らに時間を見つけてはククマットの状況を見て回ったりと精力的に動いていて、こうして私の心配をして会いに来てくれたりも。
どこまでいっても、ルリアナ様はルリアナ様だなぁ、と感心してしまうわ。
「調子はいかが?」
「今のところいつもと変わらないです、私が手掛けるのはもう少し先ですね」
「あら、じゃあお義父様は今日もグレイセルに馬車に押し込められたかしら」
「ですねー」
そして、ルリアナ様は来るたびに店で商品を買ってくださる。しかもちゃんと一人五点までを守って。
この店の、商品のために考えられたディスプレイと雰囲気が好きなんだそう。私もそうだけど、女は雑貨屋とかアクセサリーショップ好きだよね (笑)。
そして買った物は伯爵家に送って家族はもちろん働いてる人たちへのプレゼントにしているんだって。
出来る女だよねぇ、ルリアナ様。私の嫁に欲しいわよ。
「いいのかしら、私が見ても」
「是非とも」
ライアスが完成させていたものはすでに私の手元にいくつか揃っている。そして私はそれを元に今デザインや配置の微調整をし始めている。次々と完成するパーツたちは面倒でも職人さんに一度持ってきてもらって、デザイン画と設計図のような細かな長さが無数に書き込まれた図面と照らし合わせて職人さんたちと日々奮闘して修正してもらう。
そして、ライアスが完成させたパーツを私は素手で触らないよう手袋で持ち上げる。
素手でもいいけど、手垢をつけると磨くの大変だし。
「なんて繊細な。まるで本当にこういう花があるのかと思ってしまいそうだわ……」
ルリアナ様の言葉に私は胸を撫で下ろす。熟練の職人さんとその愛弟子さんたちが丹精込めて私からの細かい注文に文句一つ言わずに従って答えてくれる。その前段階となる一つの作品が目の前にあって、ルリアナ様は感嘆の息を漏らし、そして目を細めて微笑んだ。
「これが基準の大きさで、これを元に大中小と作って貰ってます。あとは金と白金でアクセントになるものもいくつか同じように」
「……幸せ、ね」
「え?」
「侯爵家の一員となった私は幸せだわ。あなたの行いをこうして直接見ることを許されているのだから。……神はこの地にあなたを授けてくださった。なぜこの地なのか何度も考えたわ私。きっと……この土地、人々のためなんでしょうね。これから先もあなたがこの地で素晴らしい物を世に送り出すのを見続けたいわ。何かが生まれる瞬間に立ち会える人間は、この世の中にどれだけいるかしら。クノーマス侯爵家の者として、その奇跡を、幸運を、神に感謝しなくてはね」
ルリアナ様の言葉は時として天啓のように思えてしまう。
勝手にそう思いたいのかもしれないけど。
普段は貴族の夫人らしく毅然とした雰囲気だけど、気さくで寛大な心の持ち主で、憧れる。
きっと、一生この人の言葉は私を励ましてくれるのだろう。
そして、導いてくれる。
そんな気がした。
「そうでしょうか」
「ええ」
ルリアナ様が微笑んだ。
「神に愛されしあなたのその手が作り出す物をこうして見られることは、当たり前のことではないのよ。素晴らしい、奇跡の出来事なの。私は、幸せだわ」
今回はジュリと職人さんたちのコラボ、といったところでしょうか。
ハンドメイドから逸れているようないないような、そんな感じだと思います。




