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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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14 * 新装開店

『突然ですが、改装中です。二週間休業します。夜間営業所にて臨時の営業行いますが商品少ないです、あしからず』


 現在店の前にはそんなことが書かれた看板が。

「んー、まあ、働いてるから突然でもないけどさ」

 と、それ言っちゃダメなキリアが笑ったけど、お客さんにしてみれば遠くから来たのになんと二週間も休業?! はショックでしょ。掲示板があってしかも不特定多数の人が見れるギルドには事前に知らせてたんだけど、出来ることと言ったらそれだけ。いや、ほら、ネットはもちろんテレビもラジオもないのでお知らせってそれくらいしか手段がないのがこの世界。


 うん、仕方ない。


 きっかけは 《ハンドメイド・ジュリ》のお隣で散髪屋さんをしていた老夫婦が店を畳んで息子さん家族が住む別の地区に転居することになったから。私も何度かカットしてもらってたのよ、隣だから超便利だったよ。


 私の店はククマットの規格の決まった建物の中で、一番規模が小さく、大体三から四棟が長屋のように壁で仕切られている造りで、構造も全く同じ。

 これは増改築や建て替えがしやすいようにとクノーマス家がこの地区を開発した時に決めたもので、割と簡素な造りとなっているお陰でお店を開きたい人は立地や周辺の調査さえしてしまえばあとは築年数や内装を気にするだけで決めやすいという利点がある。

 なので、お隣さんからご挨拶があった時点ですぐにグレイに相談し、ご夫婦の転居後すぐに改築出来るよう賃貸契約等手続きを済ませていた。

 そしてこの度そのため二週間の休業。


 設計図を見たキリアたちは意外そうな顔をする。

「思ったより、店舗広げないんだね」

「単純に二倍になると思った? それでも良かったんだけどね、店舗より工房の拡張とバックヤードが欲しかったから」

 店舗部分は現在日本で例えると約十畳。同じ造りの建物なので、壁を取り払えば二十畳は店舗として確保出来たんだけど、実際には十六畳程に留めた。

 工房は広げて動線にゆとりを持たせ、安全性を確保する意味がある。新作が増えると同時に道具も増えて行くし、何より作り手も増えている。特に最近キリアは研修棟よりも私の側で一緒に新作を考えたり作ったりすることが多くなり、単純にメインとなる私たち二人が自由に製作出来る環境が必要になっていた。

 そして新作が増えることで私を悩ませていたのは在庫の置場所。

 これねぇ、商品の陳列よりも大変。

 見本と番号札を置くシステム導入後は店内の陳列は然程困らなくなっていたんだけど、在庫の置場所だけは解決できなくて。

 特にうちで大きめの商品となるノーマ・シリーズのおままごとセット、食べたくなるシリーズのスイーツデコの小物入れ (ホールタイプ)、ランタン、ランプシェード、そしてハーバリウムの大サイズなどの価格高め商品たち。これがねぇ……。

「置く場所なくて、倉庫がまさかのグレイセル様の屋敷だったからね」

 キリアのその言葉に皆が遠い目をした。そう、大物は時々グレイの屋敷に置かせて貰ってたのよ。というかあの屋敷にはグレイとお付き合いを始めたころから私のために工房並みの部屋が用意されたのでそうなるのは必然的ではあったんだけど、それでも倉庫にするつもりはなかったの、ホントに。でも置く場所なくて安全だし場所探し面倒だしという安易な理由で倉庫にしてしまっていた。

 なので、今回の改築では一階の約四畳分と、二階の一部を在庫の為に確保した。特に一階にその場所を確保したことは重要。かさ張るランプシェードや重い白土のスイーツデコ小物入れは特に出し入れしやすくなればこちらの負担も減るからね。


 そして二階だけど。

 グレイとローツさんのために!!

 一室分を丸々会計事務所にしました。

 うん、こちらもわざわざグレイの屋敷とかギルドの貸し部屋借りなくて良くなるので喜んでたよ。

 開店当初、私が一人でやるつもりだったから棚で仕切っただけの事務スペースを作ったけど今はそこはグレイの定位置になり、溜まりに溜まった会計関連の書類は二階の資財置場に積み重なっている。そして多目的スペースと繋がっているので、フィンやおばちゃんトリオ、そして私たちが使わない時を見計らって彼らが使うという、数字を扱うのに全く落ち着かない悲惨な環境でした、ごめんなさい。

 なので新しく得た二階部分を事務所と会計関連の書類を主に管理する資料室に当てて、既存の部分も改めて改装し、多目的スペースを広げることに。そして資財置き場は本来の資財置き場として今後は活躍できそう。


 ちなみに店舗は商品にダイレクトに影響するので私が内装を考えたけど二階はグレイに任せた。

 うちの会計の守護神ですからね。彼の使いやすいようにしてもらった方がいいでしょ。











 グレイがハイスペックなのは知ってたけど、これはどうだろう。

「いやぁ、グレイセル様がいてくれると早くて助かります!!」

 って、言ったのは建築や改築専門の職人さん。


 ドゴ!! バキバキ!! ドス!! メリメリ!!


 綺麗さっぱり商品を下げた店内で聞こえるこの音の正体はグレイ。

 壁をグーで殴りぶち抜いて、不要な棚や柱を鷲掴みにしてへし折り。

 ……へー、素手で痛くないんだ? あ、改築とか取り壊しあるとこうやって手伝ったりしてたんだ?


 …………。解体業者になれることが判明した。

 ハイスペックだね。











 改築も内装も無事終了し、新装開店に向けて商品の陳列をしていく。

「広くなってショーウインドウも大きくしたから今まで以上に明るくなったね」

 フィンは改装の一番目玉となる窓の前に立って外を眺める。

 出入り口両脇の、お隣さん側だった向かって右の窓を一旦取り壊し、増えた側と合わせて細目の窓を三列入れた。変えずに残した左側の大きなショーウインドウをメインにして、窓毎に見える商品を変えて外から見て今まで以上に楽しめるようにしたの。

 そして広くなった部分は既存のものに合わせて色や高さも揃えた棚を増やした他に、丸い大きなテーブルを置いた。

 その大きなテーブルに新作や季節ものを中心にディスプレイしようかな、と。冬に『スノードーム』『ダンジョンドーム』そしてクリスマスオーナメントの販売開始も正式に決まったので、今からこのテーブルを冬らしく、でも華やかにどう飾ろうかなぁ、とワクワクしてる。

 ……ただ、スノードームよりもダンジョンドームが明らかに販売を期待されているというか待ち遠しい顔をされるというか、そんな人が多い。私がスノードーム発案しなかったら生まれなかったんだぞ!! 感謝してほしいわ!! あぁ、負け惜しみ感が強くてちょっと悲しい。


 そして天井には今までの倍に迫る数のランタンをぶら下げたのでなかなか見ごたえがある。悪く言えばちょっと圧を感じる (笑)。

 そして、グレイたち男性陣の希望がようやく少しだけ叶った。狭いながらも男性小物コーナーはしっかりと主張するだけのスペースを確保したのよ、これは私もかねてからそうしたいと願っていた事なので結構嬉しい。ただ、広げすぎるとまた女性からクレームが寄せられらかねないので自重したけれど。


 元々あった店舗側は殆ど改装しなかったので、店内に入って正面をパッと見るとそんなに変わった感じはしない。

 でも、増設となった右側を見れば広くなっただけでなく今までとはちょっと違う赴きを感じて貰える。

 男性小物と、ランプシェードなど比較的大きな物を増設した側に集中させてみると、細々したものが少ないせいかすっきりして見えて、それが落ち着いた雰囲気を醸し出した。店内の棚は濃い茶色、新しく置いた丸いテーブルも色を合わせたこと、男性小物の落ち着いた色味が相まってアンティークショップっぽい。今後はバランスを考えて陳列し直しも考慮すべきかと思うけど、今はまぁ個人的に気に入っているのでこのままで。


 それにしても、この 《ハンドメイド・ジュリ》をオープンした当初は規模拡大するなんて想定していなかったなぁ。

 一人で生きていくために、少しでも将来の不安を払拭するためにやってみようって行動したら、気づけば広げないと問題が出てきたなんて悩みを抱えるまでになってしまって。

【技術と知識】。

 それが 《ハンドメイド》。

 そんなことある? と半信半疑な気持ちで物を作った時もある。

 オーバーテクノロジーならね、分かるのよ。だって加速度的に文明を発展させる。それが【技術と知識】なら誰もが納得すると思うの。


 ……私が作るものって生活必需品でもないんだよねぇ、無くても困らない (笑)。

 それでもセラスーン様は必要だと判断した。

 そしてこの現状。

 確かに、必要とされてるんだろうな、と最近は思う。

「必要だろう」

 グレイは静かな落ち着いた笑みを浮かべた。

「邪魔だと、不要だとされたものに価値を見いだした。それがさらなる可能性があると教えてくれた。そして、その可能性をさらに高い価値へと繋げる。私たちでは出来ないことだ。既成概念に凝り固まっている私たちでは不可能なんだよ」

 そしてグレイは続けた。

「それによって、収入源を得られた人間がどれだけいるか。豊かな生活を夢見るのではなく手の届く目標へと変えられた人間がどれだけいるか。その結果が、ククマットとこの店をみれば分かる。今さらもう昔に戻ろうとは思わないだろう、戻りたくないからジュリを頼る。けれどジュリは一人しかいない、頼ることに限界があるんだ。聡く冷静に物事を見れる者はその事に気づき、今度は自力で更なる目標を定める。そうやって、土地も人も成長していくのだろうし、そうでなければ成長しない。そしてジュリは一つの事だけでなく、一つのことから派生するものを臆することなく試してくれる。それに我々を関わらせてくれる。『私はどうすべきか? どれを選ぶべきか?』と選択肢を増やしてくれるんだよ。『自ら選ぶ』とは、出来るようで出来ないものだ。自分の意思で何かを決められる。責任の重さに躊躇うことはあるが……自由で、幸福だろう」


 噛み締めるようにそう語ったグレイが印象的だった。


「何でも領主任せ、それって楽ね。法に加えて領主の裁量で物事が決まることが多くてそれが当たり前でその中で生きてるのよこの世界の殆どの人が。自分で決めることってなかったし、許されなかった。逆に言えば決める必要がなくて頭を悩ませることが少ないとも取れるわよね」

 新装開店前日にお祝いだとケーキを焼いてきてくれたケイティは私と二人、ランプの光だけが光源の夜の静かな店内に佇む。

「そんな環境だからちょっと変わったことを発言すれば、目立つことをすれば異端児扱い。そういう人たちには、法だけでなく領令や慣例で縛られた領民っていう立場はとても生きづらいわよね」

「確かに。そう考えると【彼方からの使い】って相当異端児よね。我が道を行く人しかいない」

「そ、私たちは異端児」

 二人でふざけて笑い合う。

「でもその異端児のお陰で同類の人たちは生きやすくなるし、周囲がなんだか分からないけどいい感じになってるからって流されて皆が同じベクトルに向いてるならすこぶる良い傾向よね? それがバラバラだったら問題だけどククマットは今はその兆候もないし全体としては上手く行ってるんだから異端児、つまりジュリは必要なのよ」

「同じベクトルかなぁ? 結構好き勝手に色んな方向向いて収拾つかなくなってる気がするけど」

「発端はこことあなた、そして物を作る事で動いて発展しはじめたククマット。同じでしょ」

「……そういうことにしておく」

「なによ、その納得してない顔」

「いやぁ、個々で見ると自由すぎて最早私は関係無くなってる人も多いし」

「それはそれ、でしょ」

「アバウト!」

 やっぱり二人で笑っておく。












「わー、過去最長の行列」

「呑気ね」

 新装開店日、キリアにひきつり笑顔でそう言われつつ、私は腕組み。

 自警団から念のためといつもより店頭警備の人員を増やして貰っていて大正解。

 行列のせいで店頭をふさいでしまった他のお店に謝罪しつつ、慌てて行列整理を若者たちにしてもらう。

 しかし、自警団の若者たちも慣れたものだわ。何処に誰が立つか等をテキパキ決めて配置に付いてお客さんを誘導。若者の成長って著しいね、笑顔がぎこちなかった彼らも今じゃ営業スマイル出来るようになっちゃって。時の流れを感じるわ。


「広くなってる!」

「すごーい! ランタンとランプシェードいっぱい!」

「男性用も増えてる」

 最初の五人から始まり、入れ替わり入店するお客さんの大半がそんな驚きを口々に。

「「……」」

 そして凄い絵面が。

 無言の二人。グレイとローツさんが笑顔で視線をそらしてキリアもフィンも笑顔を無理やり貼り付けて、そしてライアスに至っては逃げた。

 クノーマス侯爵様とアストハルア公爵様が。

 買い物が済んだお客さん二人組が店を出て、次に入ってきたのがこの二人って、なんなの。

「まさか横入りしてませんよね?」

「「するわけがない」」

「お互い護衛はどうしたんですか」

「「邪魔だ、必要ない」」

「わざとですか?」

「「偶然だ」」

 ……見事にハモってますけど、実は仲いいんじゃ?

 店内見学だけなら帰って下さいね。あ、買ってくれるんですか? それならごゆっくりどうぞ。というかお二人なら夜にでも特別に時間取りますよ? え? 行列に並びたかった? なんて物好きなことを。そしてお二人のタイミングが合うとか奇跡的ですね、笑えます。


「楽しいのか楽しくないのか、二人とも真顔なのが凄く怖い」

「微妙な関係だからね。それより後ろに並んだ人が可哀想」

「ピリッとした雰囲気のあの二人の後ろはね。前のカップルはイチャイチャしてたから気づかなかったんだろうけど、ホント後ろの人は哀れだわ」

 キリアとそんな会話をした後、買い物を済ませたお客さんと入れ違いに入ってきた人は。

「あー……」

 そうだ、入ればいるんだったと言いたげに妙に残念そうな疲労困憊な声を出したのは冒険者のエンザさんだった。あんたがあの二人の後ろだったか。うん、まぁ、一般の人には酷な雰囲気だろうからエンザさんで良かった。


 何はともあれ無事新装開店迎えました。


 ちなみにこの日は売上目標達成どころか過去最高売上を叩きだし、グレイがポケットマネーで皆に金貨一枚 (百リクル)を配った。小金持ちババアたちに今さら並ぶ必要ないでしょと言ったら。

「貰えるものは貰う! 特に金は!」

 と、何でそんなに自慢げに胸を張って言うのかと疑問に思う程はっきりしっかり言い返されたわ。


 






こちらの話は物語の大筋の修正や加筆しているうちに『店、流石に限界っぽい』と気づき書いた経緯があります。

そしてその過程で狭い場所で数字とにらめっこ、あげくジュリを筆頭におばちゃんたちの声が飛び交う中で落ち着かない雰囲気に常に晒され会計処理、地獄だ‥‥グレイセルとローツ、そして補佐する会計士たち、憐れすぎる。となんだか悲しくなってきまして(笑)。

なので新装開店は彼らへの救済措置でもありました。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  ジュリ用の事務スペースででっかい成人男性が縮こまって仕事していたかと思うと(笑) 小学生用の机と椅子に座るプロスポーツ選手並の窮屈さでしょうね(笑)  >邪魔だと、不要だとされたものに…
[一言] コンビニくらいの広さになったのかな?
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