14 * 神様から許可出ましたので
最近、気になることがある。
「そういえば『お守り』ってほとんど見かけないよね」
「ああ、『お守り』は貴族のものだからね」
「ん?」
「そっか、ジュリは知らないのか」
キリアとそれを聞いてたレフォアさんが教えてくれた事実。
この世界では神様の存在が明確。いるんだから『存在するのか?』っていう問い自体が愚問。そしてその神様はそれぞれ言い伝えなどから特徴のある力を有しているとされていて、国や地域、習慣の違いでそれぞれに合った神様を崇める対象としている。
実は、非常にその辺がどの国も寛大で、国が崇めるから国民も、ということにはならずに済んでいるというの。かくいうこのクノーマス領でも領主の侯爵家は【知の神】セラスーン様を崇めているけど、キリアは実家の影響で【水の神】だし、レフォアさんはちょっと変わってて生まれ故郷の土地全体で古くから信仰対象となっているという【闇の神】。ちなみに、このククマットは【火の神】【豊の神】で全体の四割を占めているらしいけど、その他二十以上あるっていうんだから凄いよね。
そして由緒正しい家は軒並み高位の神様を守護神として崇めていることが多い。
で、なんでお守りが貴族のものかというと。
「御守りは各家にある神様の像を作る際にでる欠片を使うからなんですよ」
「欠片?」
「ええ、神様の像というのは家の末永い繁栄を祈って作られますから腐食しにくい非常に硬い特殊な木材を使います。その木材がまず高額でして入手できる人が限られていますし、硬い木から繊細な人の形をした像に出来る彫刻師もとても少ないんです」
「それなら、他の木でもいいし、金属を型に流して固めてもいいんじゃないの?」
「この世にあるものは自然の摂理に従い自然に返るのが良いとされていて。かなりの長い年月その形は変わらないけれど錆びて劣化するものが多い金属は避けます。そして普通の材木は逆に腐食しやすく長く我々を見守って下さる神様の体を現すには余りにも短い寿命になりかねない、そういう理由で忌み嫌われるんです」
「そうそう、それがあるから割れる陶器や硝子も駄目でしょ? そうなると、神様の欠片と揶揄される像を作る際にでる彫刻の木の欠片は必然的に貴族だけが入手できるの」
出た。謎の貴族の特権。
彫刻して出る木屑でしょ、要は。それなりに出るよね? それが世の中に出回らないのって、『貴族のものだからね』って出さないだけだと思うわ、庶民に同じものを持ってほしくないってこと。
お店でも侍女さんや使用人さんが買いに来る貴族の代理人のほとんどが、主人たちに命令されてる。
「特別にあつらえた物を出してもらえますか?」
と。
「そういうものは扱ってません、どうしても作ってほしいとおっしゃるのなら侯爵家の紹介状をお持ちください」
って断る。それで例外なく黙って買って帰る。特別なものってなんだよ? って私は思うわけ。そもそも顔も名前も知らない人間の特別なものなんてわかりませんけど? はっきり言ってよ、『他の貴族が買ってないもの出して』って。富裕層は黙っていても優遇されると思ってるし特別なのは当たり前という価値観。見ず知らずの人が経営してる店に、さらに人に買いに行かせて特別なものとか良く言えるよ、ってぶつぶつ愚痴ってたらグレイが遠い目をしたけどね。
あ、この人もそっち側だった。そして話がそれた。
お守りが貴族だけの特別なもの、特権なんておかしいじゃない。
てか、気持ちがこもってれば神様だって怒らないだろうし、何より大事にしてくれるなら彫像の欠片じゃなくたって信仰の印として喜んで沢山の人が持つことを許してくれるんじゃないの?
『もちろんよ、信仰の対象になるものが貴族のものだけなんてことを私たちは望んでもいないし強要した記憶もないわ。人々の祈りこそ私たちの糧となるのだから』
と、私の守護神、しかも最上位四柱の尊き神様が仰っていたので遠慮なく常識破りしまーす。
てゆうか、さ。
やっぱり勝手に権力者がお守りの扱いを決めてたんじゃん。酷い話よ。
ローツさんの実家、フォルテ子爵領ではゴーレム様の白土をビー玉ほどの大きさに丸めて紐を通せる穴を開け、それをお守りにして持ち歩く習慣がある。表面には古代文字で『健康』『安全』『子宝』『繁栄』などなど書き込まれて神様からの恩恵や加護を授かるために、というよりは神様への日々のささやかな祈りだね。大陸全土で見ればフォルテ子爵領のように複数の神様に対して統一された信仰のスタイルが根付いている土地が少ないながらも存在する。
でも、各自神様が明確なのに、皆が信仰しているのに、自然の摂理がどうのこうのと理由をつけて貴族だけが神様の姿をした像に直接祈れるって、差別。
庶民だってそれに近いことをしてもいいじゃんね? と思う。
で、じゃあ気軽に身近に神様をふとした時に思いだしてそっと祈れるものとなるとローツさんが持っている小さくて鞄に付けられるお守りがまさしく理想。
そして浮かんだのは、キーホルダー。しっかりした金具で固定されているやつ。こっちの世界は丈夫なものが好まれるし。
そして、おみやげ屋さんで見かける『これ、ここで売る必要があるか?』といつも頭を過るずらりと並んだ地域性も季節感も感じない、ついでに買ってよ的なキーホルダーが大量に混じるキーホルダーコーナー。
あれがね、頭から離れない。
くるくる回せる飾り棚に吊るして売るお店はこの世界ないから、あの見た目はウケる気がする。
そんなに種類は増やせないだろうけど、既存のキーホルダーやストラップも一緒にしちゃえばいいよね、よし! 回転飾り棚をライアスに提案しよう。作ってくれるでしょ。
「で、どういうのを考えてるのよ? 神様のことを象るとなると大変よ?」
「神様のお姿も地域によって違ったりしますからね」
「そこは工夫次第よ」
私は、紙に正方形、長方形、円形、楕円形をまず書き込む。
「例えばなんだけど、男神と女神に分かれてるでしょ? 私なら長方形と正方形は男神、円形と楕円は女神、という風にまず大きく分類してしまう。これが基本の型になるわけ」
二人は大きく頷く。
「で、じゃあね……レフォアさんの崇める【闇の神様】。私だと黒をイメージするのよね」
「ああ、それで間違っていませんね。祭壇の土台やお召しになっている服は黒であることが多いです」
「でしょ? そこで、黒だけじゃつまらないから、そこに黒と相性の良さげな色を入れる」
「色を入れる、ですか?」
正方形の中に、私は黄色の小さな四角を三つ、わざとずらして並べて描いてからその他を黒で塗りつぶす。
「【闇の神様】を私がイメージして、それを形にするとこんな感じ。黄色の部分は金色がいいかな? 闇の中に見える光をイメージしてみたの。黄金の光は神様と捉えてもいいし、闇の中にある希望の光と捉えてもいいよね。真っ黒じゃなく銀色とのグラデーションもいいかも」
「えっ?」
レフォアさんはちょっと理解出来ていないようだけど、キリアは違った。私の描いていたその絵から目を離してグンッ! と急に顔をあげ。
「……白地に水玉、銀が入ってもいいかも」
突然、キリアは何か思い付いた顔をしてそう言って。
「【水の神様】なら、白地に大きさの違う水色の丸が可愛いよね、アクセントに銀の流線入れたり」
「そうそう、そういうこと。価格と作りやすさ考えたら白土がいいよね土台は。着色料は何でも相性がいいからかなりのバリエーションを試せるよ」
「それなら【火の神様】なら赤と金色、【空の神様】なら水色に白で薄灰色の差し色とかお洒落じゃない?!」
テンション上がってきたぞ?
「【樹の神様】は緑と白に差し色茶色!! あっ、【美の神様】ならパステルカラー五色使いとか面白いと思う!! 【恋の神様】ならピンクに白と黄色がいい!」
「はいはい、思い付いたの書き込んでねー」
おかしなテンションになったキリアに紙と筆を差し出せば強く頷いて、無言でテーブルにかじりつくようにガリガリと描き始めた。
「とまぁ、私とキリアが作ろうとしてるのは『イメージしたもの』ですよ」
ドン引きしてるレフォアさんが置いてきぼりは可哀想なので、のんびり私は、さっきの続きを絵にしていく。
「『イメージしたもの』、ですか」
「そう、私がもし『グレイセル・クノーマスを色で例えたら?』と聞かれたら、青、銀、黒、の三色を答える。その人を色だけで表現するんですよ、イメージカラー、ですね」
「な、なるほど!!」
ようやくレフォアさんはキリアの暴走の意味に気づいた。
そう、イメージカラー。
「ちなみに、私を守護してくださってる【知の神様】セラスーン様を私がイメージカラーを決めるなら、青紫にしますね。そこに銀色で光の点滅をイメージしたポイントをいれるかな?」
楕円に、銀色はないから灰色の色鉛筆で、星の輝きをイメージして線を重ねて描き、紫と青で塗りつぶす。
「シンプルに、気軽に。神様見守ってくださいねといつでもお祈りできる、お守りキーホルダーって、とこかな」
キリアがすごかった。
変なスイッチ入ってね。私が勉強の為にと買っていたこの世界の神様について書かれた本を引っ張り出してペラペラ捲りながらイメージカラーを書き出してて。
「キリア、最上位四柱からベイフェルアの有名どころ中位の神様まででいいからね?」
「なんで?!」
「下位神様入れたら何柱いると思ってんの」
「……」
「……」
「五百」
「無理だよね!!」
「あたしとあんたならやれる!!」
「やりたくないかな!!」
「ここで神様の恩恵を使わずいつ使うの!」
「いつでもフルで使わせてもらってるけどね!」
「浮かんだイメージカラーをどうしろと?!」
「知らんわ!!」
キリアには泣く泣く妥協してもらい、三十種類だけに留めてもらった。……とはいかないのがキリアだよね!
「デザイン浮かんでるのにっ、作ろうよ、ジュリ、作ろうってばぁ!」
「あー、うるさい、うるさい、キリア」
「フォンロンギルド巻き込んでやっちゃえばいいじゃん!」
「……あの?」
私とキリアの視線を受けビクッとなったのはレフォアさん。
「そっかぁ、フォンロンギルドは額縁製作に着手したもんね?」
「そう、白土扱い始めたんだよ! いける!」
「よし、やろう、レフォアさん! いける!」
「簡単に言わないでもらえますかね?!」
それでも妥協しないキリア。
「五十! これは譲らない!」
というので、うちだけで五十柱分。一応セラスーン様に相談して、序列を守るために上位から百番目までの正しい順位を教えて貰いました。五十一番目から百番までの序列の神様の分はフォンロンギルドの製作部門にデザイン渡すから作ってねとお願いすることにして、互いに必要とするものを流通させることで合意する方向で話は進む。
「いずれは全部やるよ」
「……いずれね」
キリアの意気込みを流しつつ、凡そ五百の神様のイメージしたキーホルダーのデザイン画を押し付けられるんだろうな、とちょっと遠い目になったわ。
ティアズさんはウキウキしながらキリアのデザイン待ちを、マノアさんは期間限定で研修に来ているフォンロンギルドの人たちと販路や素材確保の話しで盛り上がり、ローツさんはゴーレムがもっと売れるぞと子爵家宛の手紙をご機嫌な様子で書き、グレイは手続きの書類を作らないとな、といつもの落ち着いた様子。
「話が勝手に進んでますよね?!」
レフォアさんはフォンロンギルドとグレイの両方から手続きやら契約やらの書類を押し付けられてそれを処理する地獄な未来が見えたのか、泣きそうな顔して誰にも響かない訴えを叫んでた。
―――神界:セラスーンの間にて―――
「ねえ、セラスーン」
「なにかしら?」
「序列百一位の【石の神】が……咽び泣いているんだけれど」
「……キーホルダー、作ってもらえないから」
「ジュリは天然石を扱ってるのにどうして除外されるんだとずっと泣いてるわ」
「除外したわけではなく単に序列の問題。ジュリのことだからキリアとそのうち作ってくれるわ」
「でもその間ずうっと泣いていそうよ」
「……ちょっとそれは嫌ね。面倒で喧しいのはライブライトだけで充分よ」
「そうね、消滅させてやっと静かになったのに」
「ハルトという遊び相手を見つけて以降自力で再生してくるわよ、この静けさも長くはないわ」
「貴重な静けさなのね?」
「ええ、貴重な」
「……黙らせる? 【石の神】」
「殴って気絶させましょうか。彼のキーホルダーが出来るまで寝かせておきましょ」
「そうしましょう」
後日談として。数ヵ月間、気絶? させられた【石の神様】が目を覚ましたとき、キリアの手元には『石の神様:メインカラー薄紫、差し色は薄灰色とベージュ』と書かれ、それを基にデザインされたキーホルダーの見本と、私が捺した『承認』の印があったので【石の神様】がまた咽び泣いたらしい。
余程嬉しかったのか、それからしばらくククマットに入ってくる天然石の質が良いと加工をお願いしている工房の職人さんたちが喜んでた。こういう恩恵もあるんだなぁ、と感謝したけれど。
『喜んでてもうるさいからまた気絶させておいたわ』
と軽やかな声でセラスーン様に教えられて、返答に困り笑って誤魔化すことになる私は、悪くない。
余談ですが、作者はお土産屋さんのあのキーホルダーコーナーをわりと真剣に見てしまう質です。
小学生の頃買ったキーホルダーを、高校の修学旅行先で見つけたときのあの衝撃、未だに忘れられません。
最近は地方限定とか有名キャラとコラボとかたくさんあるので、あの存在意義がいまいちはっきりしないキーホルダーが少なくなったのを寂しく思ってます。




