14 * 最近の出来事、色々と。
ジュリの近況報告ですね。
そういえばこんなのあったなぁ、的なお話もあります。
詰め込んだので文字数が過去最大になりました。
お店にどどん、と届いたのはクノーマス領では育てていない、育たない果物と、王都で人気という紅茶のセットと珍しい柄の反物数本。
なんだこれ。こんなの貰う記念日でもなんでもないんだけど。
「ノーマ・シリーズのお礼だ。先方がかなり気に入ってくれてね、ジュリにも渡してくれと送って来てくれたんだ」
とエイジェリン様。
あ、思い出した。
ノーマ・シリーズね。エイジェリン様の学生時代の先輩という方の出産祝いに一番最初に作った特注品。あれだ。
「母子共にようやく体調が安定したそうだ」
そういえばその先輩の奥様が女の子を無事出産したものの、産後体調が芳しくないとかで家族でのお祝いも控えてた話は聞いてた。出産・産後、そして乳幼児は治癒魔法やポーションはあまり使うものじゃないらしい。だから療養に時間がかかったんだね。
「じゃあもう良くなったんですか?」
「ああ、子供も外に少しずつ出せるようになってきたとあった。家族でお祝いもようやく出来たと」
「それは良かったですね」
なんでも奥様が届いた特大のミニチュアハウスと家具・食器一式と専用のきらびやかな豪華ノーマちゃん人形三体を見て大興奮し、最近はわざわざミニチュアに合わせたベッドカバーやカーテンなどの布製品をお針子さんに縫わせたり、ノーマちゃん三体を見本にして、ノーマちゃんの恋人やお友達まで作らせているとか。
「……本格的なおままごとになりそうですね」
富裕層が本気出すととんでもないことになるからね、興味はあるわ。
「部屋一つノーマ・シリーズのために占拠されかねない勢いだそうだ」
「お金持ちなら一部屋くらい別に大丈夫そうですけど?」
「占拠されかかってるのは先輩の書斎だ」
二人で無言になった。
……旦那さん、頑張って書斎を死守してください!!
そんな話を呑気にしていたらグレイが物凄い恐い顔して店の二階から降りてきた。それを見た兄上様、ビビったよ? どうしました?
「兄上。返してください」
「……あー、もう少し」
「一ヶ月『もう少し』と言っていますが?」
ん? なんの話?
「貸せというから貸したんだよ」
「何を?」
「リザードの鱗で作ったテーブルだ」
そんなのも作ってたわね、そう言えば。そして確かに以前貸し出すとも言ってた気がする。
リザード様の鱗の有用性に気づいてすぐ勢いで作ったあれ、当初お店の外に出して客寄せにしようと思ってたんだけど。
欠点が判明。
あのテーブル天板、リザード様の鱗をスライム様で固めてある。
魔物素材の半数以上に当てはまる特徴として、土に埋めると結構簡単に分解されて大地に還元されるというのがある。
なので魔物素材の武具や日用品というのは分解されやすいかどうか関係なく、使ったら必ず水で洗ったり拭いたりと手入れするのが常識になっている。そう教え込まれるのよね、子供の頃から。
で、グレイが勝手に侯爵家から板硝子を外して持ってきたのをありがたく使わせて頂き私が大変苦労して作った天板の素材はどちらも土に埋めると分解されやすいもの。だから毎日外に出してると手入れ次第では劣化してくるよと指摘されて出すのを早々に止めていた。手入れをしっかりとしてれば全く問題はないんだけど、気持ちの問題よね。
それで行き場を失っていたその天板はグレイの屋敷に置かせて貰ってたの。
それが今、侯爵家に貸し出しされているんだけど、なにこの雰囲気。
「あれで、お茶するのが最近の母上と父上の日課になっていて……」
「今日回収に行きます」
なんで貸しただけなのに日課に使われてるんだよ? といいたげなグレイの圧にエイジェリン様がひきつり笑顔だ。
「いや、本当に、ルリアナと一回お茶したくて借りたんだ、私たちは本当にそれだけだったんだ、だがな? 父と母は勘違いしてるらしくて、その」
「勘違いを正せない後ろめたい事があるんですね? 何をやらかしたんです兄上?」
「……黙秘権を発動させて貰う」
何をやらかしたんです、エイジェリン様。
「とにかく、回収するからなバカ兄」
あ、タメ口と暴言出た。相当怒ってるわ、グレイ。
エイジェリン様を助ける訳ではないけれど、ちょうど話しておきたい話もあったので振ってみる。
「そういえばエイジェリン様、今度の大市に例の人たちが視察に来るって話ですけど、あれ日程決まりました?」
「あ、そうそう!」
うん、話題がそれて助かったエイジェリン様が若干前のめりなのは気にしない。
「二日目で調整が付きそうなんだ、だからジュリには二日目に少し時間を割いてくれる方向で動いて貰えると助かるよ」
前回から始めた『くじ引き』なんだけど、これが思わぬ事態を引き起こしたのよね。
薬屋さんとのコラボで、子供が薬を上手に飲めたらうちのくじ引き券が貰えるという企画、あれ、とある高貴なお方がお忍びでククマットに来ていて偶然見かけて、『何これ?!』となったらしい。でもその方、私やグレイはもちろんクノーマス家も接点がないお方でリンファを介してクノーマス家に視察させてほしいと申し込む手紙を送ってきた。
その人。
ヒタンリ国、国王。
先に言っておくわ。
なんで? ってなりました。
ヒタンリ国とは北方小国群に属する国の一つなんだけど、国として独立してまだ数十年の新興国。武具として重宝する魔物が多く発生する資源豊かな土地故に長年侵略や利権争いで混乱していたのをバールスレイドの介入を受けて独立。そのせいか親バールスレイド家が多く、文化も多大な影響を受けていて、リンファの【知識と技術】である『鍼灸』と『整体』の技師を他国でありながら既に数人誕生させ国で活躍させているほど。なのでリンファ繋がり。
……いや、それよりもね?
国王がお忍びでククマットを闊歩ってどうなのよ?
「そういう人なのよ、側近や侍従たちが胃薬手離せないくらいにはじっとしてなくて、可哀想で私お手製のポーションを格安で売ったこともあるわよ」
と、リンファがサラッと言ってたけど、国王が脱走常習犯で国外でウロチョロするとか、ドン引きよ。
そんな関わりたくないなぁと思わせるヒタンリ国の国王が是非視察させてくれと正式にクノーマス家に申し込んで来た理由。
全く業種の違うお店がコラボして集客できる理由を知りたい、と。
まぁねぇ、大盛況だったもん。
普通にくじ引き行列出来たし、エドさんの薬屋も薬の飲ませ方を店に行かなくても大市で同じ悩みを抱えた親同士が集まって気軽に教えてもらえるからと子連れがわんさか集まったし。
事前にギルドで告知したのも大きな要因。周辺地区のギルドまで告知範囲を広めたことで沢山の人の目に留まり、それが更にクチコミとして広まった。コラボが決まってすぐ告知したことで告知期間が長かったことも集客につながったのよね。
ヒタンリ国王は知らずにそれに遭遇してしまったわけよ。それで衝撃を受けたらしい。
くじ引きに驚いてくれた訳じゃないのかとちょっと悔しかったりするわ (笑)。
そんなわけで次回の大市ではクノーマス家がイマイチ素性の知れないヒタンリ国の国王達の視察に付き合いもてなすことに。
それ何の罰ゲームよ、と言いたくなる。国賓をもてなすとか絶対ヤダという私の気持ちを察してか、リンファが助言 (たぶん脅迫)してくれて、私ではなくグレイとローツさんが 《ハンドメイド・ジュリ》の接待役として対応することになり、私はオマケでオッケーとのこと。ヒタンリ側も文句一つ言わず快諾してくれたらしい。リンファ、日々強くなってるわぁ……色々。でも助かってます、ありがたや。
「まあ、誰が来たって金を使ってくれるならそれでいいよ!」
デリアたちがわはは! と笑いながらそんな事言ってた。視察だからククマットにお金を落とすとは限らないよと伝えたら物凄い冷めた顔になって。
「……来る意味あんのかい、それ」
「ケチだね」
「来るなら金使えって話だよ」
だから視察だってば。という私のツッコミは流された。その代わり侯爵家がいくつか献上すると思うよ? と呟いたら目をギラギラさせてた。今頃高額商品を見繕ってシルフィ様が訪ねてくるのを待ってる気がする。
「おおっ、家賃の総額が凄いことに」
わざとらしくそう言えばグレイとローツさんが笑う。
実はお隣さんだった散髪屋さんが閉店することになって、いろいろと不都合が出ていたこの店をこれを機に隣も借りて大改装しようとなったのよ。で、今月からその分の家賃が発生したんだけど、他にも実は家賃が増えた要因が。
《レースのフィン》の工房では布製品の製作・検品もしていたんだけど、がま口、パッチワーク、そして革製品の需要もどんどん増えていて、このままでは 《レースのフィン》の本来の編み物関連の製作などに今後影響をするだろうとそれぞれ分離することになった。
そもそも 《レースのフィン》は休業中なのに小物類はうちの店で売り出しているからこんなことになってしまってるんだけどそこは誰も突っ込まない。
で、各工房を立ち上げるには立地や集積の問題から全てが近場もしくは同じ建物である方が都合がいいんだけど、私の希望が通せる物件がなかった。
そこでいっそのこと 《レースのフィン》がある農地が広がる区画に纏まってたら便利だろうと誰か家を間借りさせて!! と言ってみたら、何人かが手を挙げてくれたのよ。
農地区画に住む人たちの家って結構広い間取りの場合が多くて、季節ごとに親族が集まって何日か泊まり込んで農作業をするためにそうなってるらしい。そこを借りてもいいの? と問えば、最近は無理に親族を呼ぶ必要がなくて、日雇いを雇ってるから大丈夫とのこと。あ、この人たちは小金持ちババアたちだ。そっか、最近は人を雇う余裕まで出てきたか、凄いね。順調に小金持ちババア増えてるね。
「いっそのこと建て替えるか!」
ナオが胸張って言ってたわ、正真正銘小金持ちババアの言葉は格が違う (笑)。
ということで近所の人たち五人から間借りを開始、当然家賃が発生するので、隣の店舗の分含めて一気に増えたんだけど、ここ数ヵ月で実は増え続けてはいたのよ。
《ハンドメイド・ジュリ》関連で運営している乗り合い馬車の倉庫、馬厩舎、そして事務所がある所は手狭になって土地開発が進む区画に移転、工房兼夜間営業所もそれだけで結構ギリギリだったので、商品の検品所や資材置き場も別に確保した。そして託児所もククマットでもう一ヶ所あると便利ではないかと話が度々出ていたので思い切って予定より早く開設に踏み切ることに。元執事のエリオンさんの奥様が所長に就任し、土地開発区画に建築されたばかりの建物を二人で見に行ってここがいいだろうと早速契約した。
いやぁ、事業拡大に比例してお金が出ていく出ていく。業績が好調とはいえ、これだけお金が出ていくともっと稼がないと潰れる! 頑張る私!! と強迫観念に似た意気込みらしきものが芽生えるから不思議よ。そしてこれがブラックへと繋がるの、きっと。
……ピュアな白いお店ですよ、はい。
そしてちょっと不穏な空気が流れたネイリスト育成専門学校は以降問題なくルリアナ様が皆を牽引してくれて、そんなルリアナ様の提案から、生徒さんによる爪磨きやハンドマッサージを専門学校と領民講座が入る建物の一室で格安で受けられる店が開設され、そこに立つようになった。状況を見てこの先ネイルアートは価格的にまだ難しくてもマニキュアを塗るだけならオプションとして出来るような体制にしていく予定もある。
ここで実際に接客と技術の経験を積んでいくことになる。そしてこの店で卒業後そのまま働きたいという相談をルリアナ様にした人もいて、ただ彼女たちはそれなりに立場があったり仕えていたりとそう簡単に事が運ばないので今後どうするのかという新しい問題に侯爵家も頭を悩ませている様子。
「家族や主は帰ってくる前提で送り出してるしね。まさかこのままここに残りたいと言い出すなんて思いもしなかったでしょ」
「父や母としては、残って貰いたい気持ちはあるようだな」
「そりゃそうでしょ、だってネイリストが誕生してククマットに居てくれたら念願の『ネイルサロン』が開けるし」
「ただ……全員がこちらから残ってくれと言えない相手だからな」
「仕方ないわね、一般から生徒を受け入れられる程現状授業料が安く出来ないし、富裕層や権力者を優先することで摩擦を抑える意味もあるし。当分サロンはお預けでしょ」
女性の自立を支援したい気持ちは私も侯爵家もあるんだけどね。その為に他所の国の権力や家と衝突する気は全くないので、ククマットに残りたいという人たちには自力で家族や主を説得して貰うしかないわ。頑張れ! 説得出来たらそれこそ自立の一歩!!
『ネイルサロン』はケイティはもちろん、シルフィ様とルリアナ様が切望してるし。いずれその時の為にと既に開発地区の土地を確保してしまっている。
……まあ、なんとかなるでしょう、そのうち。
そして。
優秀なスパイを抱える権力者や貴族は私とアストハルア公爵家が接触したことを把握し、当然そこにはグレイを挟んで侯爵家も絡んでいることも確認して、動き出した所がチラホラ。
特に面倒な手紙を寄越し、秘密裏とはいえ接触して来た人がいる。
ネルビア首長国のレッツィ大首長。
やっぱり来たかぁ、と私たちが遠い目をしたのは察して欲しい。
私の所へ直接手紙を寄越さなかっただけでも良しとしておくけども。クノーマス家に使者が行くよと手紙が届いてからのあのソワソワ感がしばらく拭えなかったのはもう勘弁してほしい。その使者というのは目立たぬようにたった一人で侯爵家を訪れたんだけど、ただならぬ雰囲気の人だったとかで地位もさることながらかなり能力も高いのでは? とエイジェリン様が言ってたわ。
で、その使者が持ってきたのはネルビアのお酒とか宝石とか、以前ご迷惑お掛けしましたー、のお詫から始まったものの、それだけ、何てことはあるはずもなく。
私宛の手紙を侯爵様が預かりまして。
それがねぇ。
―――万華鏡、いつ出すの?―――
お前がそれを言うのか! と、手紙に向かって叫んでた。うん、手紙にだから許される。
反面、確かにね、とは思ってる。
あの騒ぎのせいで、螺鈿もどき細工も未だ王家へ献上出来ず正式には公にされていない。一度問題が起きた場合は仕切り直しに時間をかけるのが慣例で、今はその期間。ただ、王家からそろそろいいんじゃない? 的な連絡があったそうなので、献上する日程の調整などは近々進められそうよ。
万華鏡もただ売り出すのではなくちょっとした使い道があるのでその時に合わせて売り出そうとなってるから、生産は進んでるんだけど全く世の中に出回ってない。
で、ネルビア大首長が万華鏡を欲しがってる理由として、ご自身の歳の離れた妹さんが結婚するので嫁入り道具の一つとして持たせたいと書いてあった。誰でも楽しめる玩具なので、親から子へ、子から孫へと受け継ぐことが出来るから末永い子孫繁栄の願いを込めて持たせたいと。
……重い、理由が。断るのに胃が痛くなったから。
あ、断ったよ?
ちゃんと理由を丁寧に書いて。それはもう、気を使い侯爵様とエイジェリン様と相談しながらね!
ここで今の流れを変える訳にはいかないからね。あの時は特例中の特例だったから。そもそもハルトが笑顔で青筋立てて。
「あいつ懲りないなぁ」
って言った後。
「断っていいからな、てか無視していい」
とも言い切ってた。ハルトがそう言ってくれたので断った。その後気づいたら居なくなっててどこに行ったのあいつは。挨拶もせずに帰るとは。
なんでこんなことになったのかと言うと、アストハルア公爵様とレッツィ大首長は面識があるから、というね。
つまり、アストハルア公爵様を介して正式に接点を持とうとし始めた人たちがいるの。
流石公爵様ですよ、凄い肩書きの人ばっかり。
クノーマス家は無理でもアストハルア家なら接点もしくは面識がある、という人たちが私に会いたがっているんだって。
私は会いたくない、面倒事が舞い込むに決まってる。
そうもいかない雰囲気でてきたけども。
とにかく、今は私の心と時間に余裕があるときに! と侯爵様と公爵様に伝えて防波堤になってもらっている。防波堤が決壊しないことを祈ります。
とまぁ、最近は以前にも増してものつくりだけしてればいいって雰囲気じゃなくなってきてるのよ。
寂しいと思いつつも、甘んじてその環境と状況は受け入れている。多少の抵抗はするけど、でもその先にはやっぱりククマットを 《職人の都》にしたいという願望、いや、野望があるからね。ものつくりだけでは今以上の基盤は出来ないし。
「ジュリ、今いい?」
キリアが珍しくおどおどしてるわ。どした?
「スライムが……」
「……聞きたくないかも」
「餌、あげ過ぎたっぽい。分裂しまくって飼育箱の蓋押し上げて溢れてた……」
「マジですか?! 被害は?!」
「作業台と椅子二脚、脚が食われてた。なのでそれらが倒れて台の上で固まるのを待ってた白土パーツが全滅よ商長、ちょっと泣きそうになったわ」
こういうこともたまにある。
とにかく、忙しいことだけは確か。
ブクマ&評価、そして感想と誤字報告いつもありがとうございます。
おかげ様で5000ポイント、投稿当初はほぼ気にしていなかったのに気付けば増える度に元気を貰っています。
本当にありがとうございます。
まだまだ続きますのでこれからも読んでいただければと思っております。




