14* とある宰相、まだまだ働く
今回も裏話的なお話です。
妻が王宮に呼び出されるのはいつものことだ。
宰相という立場もそろそろ引退しのんびりしたい私としては、事あるごとに妻を呼び出されるのは少々気に入らない。それを口に出すことはないが。
「気に入らないわ、いつまでこうして突然呼び出されるの?」
それは妻も同じ気持ちだ。
歳の差婚と騒がれた私たちもなんだかんだと夫婦仲は円満、子供が出来にくいとされる【彼方からの使い】である妻とは子供にも恵まれ、普通の夫婦と何ら変わらない生活をしているが、やはりこうして妻を不機嫌にさせる呼び出しだけは私もいつまでたっても慣れるわけでもないし気分がいいものでもない。
【鑑定士】というのは【称号】のなかでは比較的発生率が高く、各国でお抱えとして王宮で数人が勤めているということは珍しくない。有力貴族や豪商でも抱えていることもある。
ただ、その中で例外がいる。
それが私の妻ヤナだ。
彼女は【彼方からの使い】だから。
その彼女は【鑑定士】よりも上、【称号:見聞者】というものだった。
この【見聞者】については過去に一人しか得られなかったものでその能力などは謎に包まれていた。ハルト殿に詳細を教えられたときは正直困惑したしヤナも不安がっていた。そんな私たちの気持ちを汲んで、ハルト殿が【スキル】にて隠蔽をしてくれている。この世でハルト殿の【スキル】を看破できる者はいないので、このことは私と妻とそしてハルト殿だけの秘密となっているし、今後も公表することはないので妻は【鑑定士】を名乗っている。
物の価値や品質を見極める力、魔力や体力を見極める力、鑑定士と呼ばれる人々にはそういう見る力がある。
神官と呼ばれる特殊な立場はその鑑定が出来なければならない。ただ、なんでもいいから見られる力があればいいという感じで、その程度ならば物を作る職人や商人にもいるとされている。
魔力が多くて操作性に長けているものだとその魔力を生かし、鑑定能力も特定の種類の詳細が読み取れたりする『鑑定士』になれるし、【称号:鑑定士】【スキル:鑑定】持ちは能力の幅も広くどこでも重宝される人材だ。
「今日もまた、下らない宝石鑑定させられるのかしらね?」
「すまないな、こんなことをさせたくはないんだが私の立場上あまり避けられず」
「宰相なんてさっさとやめて領地に引きこもらない?」
「ははは! 私に辞めろと言ってくれるのはヤナだけだよ」
「私の前でもっと働けとあなたに言うやつがいたら蹴飛ばしてやるわ」
「何人蹴飛ばされるかな」
ヤナは次元が違う。まあ、【見聞者】なので当然ではあるが。
鑑定出来ないものはこの世界でただ一つ。【英雄剣士】ハルトだけ。
それ以外は、全て彼女の目に数字と文字によってその価値を、能力をさらけだす。
この世界に来た頃、彼女はその能力を我々に知らしめた。
正確な鑑定が出来ると評判だった神官たちが『同じ能力』として集めた百人の人間を、魔力、体力、耐性別に順位付けした。彼女には同じに見えないのだ。
「差があるわよ。しかも結構あるわ、私の目で見ると一緒には出来ないわね」
と。
それは如何なるものでも発揮される。
宝石など動かぬものなら数メートル離れていても。
「本物、本物、偽物、本物」
と、一瞬視線を送るだけで見極める。
こんな鑑定はヤナだけなのだ。
それゆえ、こうして王宮や大臣たちは何か鑑定したいものがあればヤナの機嫌を損ねることにビクビクしながらも呼び出しをかけてくる。
―――時は遡り。【彼方からの使い】ジュリが何やら店を開き繁盛させているという情報がもたらされた頃―――
「ん?」
国王夫妻の前でも不機嫌そうな様子を隠さず、それでもヤナはその日もずらりと並べられた物を鑑定していた。
そんな彼女がピタリと止まった。
「……スライム」
ん?
今、なんと言った?
「……スライムだわ」
いつもは気だるい様子で、近付くこともなく鑑定するヤナは、珍しく身を乗り出す。そして徐に手にとり、右目に近づける。これはヤナが鑑定能力を引き上げるときの仕草だ。
「うん、スライムだわね?! え、なんで? これ、しかも……『空』だわ」
その発言に、その場がザワっとどよめく。
「ヤナ、本当か? それが『空』なのは」
「うるさい、ちょっと黙ってて」
国王の問いかけなどぶった切る。これもいつものことだが、様子がおかしい。ヤナがスライムだと鑑定した赤い、魔石のような艶のそれを、角度を何度も変えて右目で覗く。
「レッドスライム。ベイフェルア国クノーマス侯爵領、イルマ地区産。付着物、魔物かじり貝の内膜。同じくクノーマス領、地区はトミレア海岸産。加工から二ヶ月経過。……加工者【彼方からの使い】ジュリ、【知識と技術】による極めて適切な処理により不活性魔素が消失、魔法付与のための『空洞化』に成功。付与適性率……百パーセント」
振り向いたヤナは驚きの視線を私に送る。
「ねえ、スライムが魔法付与できるなんて聞いたことないんだけど」
「……私もないよ。今までは」
そしてヤナはまた右目で鑑定を続ける。
「……魔物素材の相乗効果により、魔法付与の適性向上。不純物の含有ゼロ、それに伴うスライム限定である不和反応の一種、特異性反応が解放。魔法付与率向上はその効果。 《ハンドメイド・ジュリ》製品の特徴『誰でも綺麗なものを、可愛いものを買う権利はある』がよく表れている逸品。ジュエリーにしても秀逸。……ってなってるんだけど、なにこれ」
ポカンとする私たちを尻目に、ヤナは一瞬目を閉じ、そしてカッと目を見開く。
「ヤナを、本気にさせた?」
ヤナは、興味があるものを鑑定する際、多量に備わっている魔力を解き放つ。それに伴い、体から漏れ出す魔力はゆらりゆらりと空気を揺らし陽炎のような現象を引き起こす。こんなことは年に一回もない。前にみたのは二年以上前のこと。
「……彼女のものつくりへの探究心と愛情による賜物。同レベルもしくはそれに準ずるものを製作するには彼女の恩恵が必要。ただし恩恵の授与は彼女との相性の他に、彼女をこの世界に召喚し守護する神に認められることも条件、と。凄いわね、これ」
これが、我らが住まう国、フォンロン国が表面上は一つにまとまり、動き出すきっかけとなったのである。
「ヤナ、レフォアから荷物が届いたよ」
ダダダダダ……と読んでいた本を放り投げて駆け寄って来たヤナは、その箱をなんの躊躇いもなく開ける。
レフォアたちがクノーマス侯爵家と【彼方からの使い】ジュリに認められベイフェルア国クノーマス領ククマット地区へギルドと国を代表して派遣されてからもう随分になる。今では定期的にさらに数人がククマットへの滞在を許可され【彼方からの使い】の恩恵によって発展し続けるその一帯を視察をしたり職業体験をさせてもらったりするまでになっている。
そして最近はレフォアたちやそんな期間限定の派遣ギルド員たちからおよそ二週に一回、荷物が届く。自分たちが作ったものを提出し今現在どれ程の技術を身に付けたのかを確認してもらおうという意欲の現れだ。
本来、これは真っ先に王宮に届くべきだ。しかしヤナがそれを許さなかった。
彼女いわく、そんなことをすれば城にいる鑑定士でも出来る範囲で鑑定した後、出来が良いものを彼女の手元に届く前にくすねる者がいるからだと。
……ヤナの鑑定によると大臣たちにそういうことをする者はいないらしいが、議員、役人の中にはそういうことをする者が複数いるそうだ。嘆かわしいことだ。ならばその者の名前を教えてくれと乞えば。
「それこそ国の仕事じゃない、そういうやつがいけしゃあしゃあと王宮で働く環境を改善するのは。なんでそんなことにまで私が協力しなきゃいけないの?」
と、一蹴された。ついでに。
「一番に見せてくれないなら二度と鑑定しない」
と笑顔でヤナが国王を脅迫したのでこうなった。
「うーん、イマイチ! レフォアは相変わらずね!」
とケラケラ笑いながら、ヤナは次々鑑定していく。
「やっぱりマノアとティアズは恩恵を授かってるわね。レフォアも恩恵を受けそうな気はするんだけど。作ったものに恩恵が出ないということは本人のみ影響を受ける恩恵かしら」
楽しそうに、目の前の鮮やかで色彩豊かなたくさんの 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の商品を手にしてヤナは目を少女のように輝かせて鑑定をする。
先日、こんな会話をした。
「宝石とか国宝とか、お金の価値だけを見るような鑑定は好きじゃないの。私は、物の本質を見抜くのが好き。私に鑑定されるまでどんな道筋を辿ったのか、それが見たいの」
「ヤナ?」
「そしてジュリの作る物を、戦争の道具としての利用価値があるかどうかで鑑定をしろと言ってくる国王も王宮の奴等も嫌いだわ。自分達の努力と知識の足りなさを棚にあげてニヤニヤしながらジュリを取り込もうと画策してるんでしょ? まずは自分たちで同等のことが出来るかどうか挑むくらいしたらどうなのって話でしょ。もう、私止めるわ、あいつらの私利私欲のために鑑定をすること。口先だけ格好いいこと言って国王は誤魔化してるけどジュリをフォンロンに取り込もうとしてることくらい私が分からないわけないのにね。下手に隠されるより堂々と宣言してくれればハルトやケイティに私が口利きくらいしてあげるのに」
そんなことを言った。
「……国王が本音を語れば、ヤナは仲介をしてくれると?」
「ええ、するわよ? 私だけにでも本音を語るならね。そもそもハルトに腹芸は通用しないことそろそろ皆が理解すべきなのにいつまで『ロビエラムの飼い犬』とか言って蔑むの? 私言ったはずだけど。私がどうして唯一ハルトだけは鑑定できないか」
「……自分を上回る鑑定能力を持っているから、だったか?」
「上回る、じゃないわよ。圧倒する神がかった鑑定能力よ」
「……そうだったな」
「あの男、普段何気なしに鑑定をすると名前も文字化けして見れないのよ。しかもあの男が自分を鑑定させるとき見せてるものは全部自分でその都度変化させられるのよ、そんなことどんなに優秀な【彼方からの使い】だって本来出来ないの」
「たしかに、な」
「そんな男相手にいつまで『国』を盾にデカい面して接するつもり? ハルトは怖いわよ、あの能天気な顔の下にどんな顔を隠しているのか真面目に考えるべきよ。手遅れにならないうちにテルムス国やバミス法国のようにハルト込みでロビエラムと仲良くすべき時ね。……すでにロビエラムとテルムス、バミスはジュリとの関わり方を『ハルトたち彼方からの使いとグレイセル・クノーマス』をセットにして模索してるらしいじゃない。レフォアたちを送り込めたからフォンロンが有利、なんて考え浅すぎる」
「お前は、そんな情報どこから?」
「ケイティとマイケル」
「ああ、なるほど……」
「そしてもうひとつ爆弾発言」
「なんだ」
「あのレッツィ大首長がククマットにちょっかい出してハルトからきつーいお仕置きくらったんですって。でもそのちょっかいを切っ掛けに、秘密裏にジュリは未発表の作品を献上したらしいわ。いずれ、近い将来ネルビアもジュリの後ろに付くわよ。ジュリを引き込むどころかそんなことをしようとしているのかとバレた時点でネルビアはしゃしゃり出てくるから、フォンロンは戦争の準備でもしておいたほうがいいわ。あの国の【彼方からの使い】への崇拝はちょっと突き抜けてるからそれ絡みで敵になるのは危険よ?」
頭の痛い話である。
少なくとも国王はヤナの危惧することを覚悟してまでジュリ殿をフォンロンにと願っているわけではない。
だが、野心があるのは確か。
この国の一部の地域ではクノーマス領にあるイルマの森のように大量にスライムが発生する土地がいくつかある。それはつまり色付きの発生もしやすいことを示している。
魔法付与率百パーセント。
これがいかに驚異的なことか。
希少な素材で、しかも硬質なものに限り魔法付与の成功率が極めて高い。
ドラゴン素材などがそれに該当する。しかし、百パーセントではないのだ。
更にいえば、そういった素材は扱いも極めて難しく、加工の行程で破損したり、そもそも特定の職人でなければ加工できないなどリスクや条件が加わる。
そして厄介なのが『不活性魔素』。全ての物に含まれるもので、これは魔法付与の妨げになり魔力を流すとその属性や威力を減退させたり消失させてしまう全く役にたたないものだ。それを加工にて放射、つまり除去しなくてはならないのだが、それは魔法や【スキル】では今のところ対処できずほぼ職人たちの運に任せている現状。
常識を覆す。
我々は、それを知ってしまった。
ヤナの鑑定士能力のように、それがどれだけ国に利益をもたらすのかを。
「気をつけてね」
「何をだ?」
「あの二人には【神の守護】があることを忘れないで。あれはね、二人がどうこう出来るものではないの。神が下す審判なの、手を出そうものなら、待ってるのは滅びよ」
ヤナは、憂いを帯びた表情だった。
「ハルトを邪魔に思うのは仕方ないとしても、それを排除しようなんてバカなことは、何としても止めないと。国王がハルトを頼るときがあるけど、それが重鎮たちにとって面白くないのは十分私だって理解してる。でも、悪いのはこの国の中枢の奴らなの、ハルトが口出ししたくなるような時代遅れなことばかり言うのが悪い。私たちは、発展のために召喚された。一部の権力者が利権を得るために喚ばれたんじゃない。……あなたは、決してバカなことはしないで。まだ未亡人になんてなりたくないわ」
「ああ、分かっている」
相変わらずだ。
ハルト殿が国王に直接会いに来て他愛もない会話で笑い合うのを面白くなさそうな顔をして見ている者達は少なくない。
キナ臭い動きをしている者たちもいると諜報員から報告が上がっている。
戦闘能力のない【彼方からの使い】を取り込むには、ハルト殿が邪魔になる。
それはヤナを妻に迎えた私が良く理解している。彼はヤナを含め、私たち家族をとても大切にしてくれるのだ。周囲から隔離してでも守ろうとする覚悟を垣間見る時さえある。
「守るからな。俺が生きてる間は必ず」
と、少年の純真無垢な笑顔にも見える、非常に柔らかな笑顔で言った彼が印象的だった。
彼の一言が、煩わしい、憎々しいものに聞こえる者が多い。多すぎる。
「……なんとか、抑え込まねば」
宰相として、私が奔走する日々はまだまだ続きそうである。
いずれはヤナさんもジュリと会わせたいなぁと思ってます。
一応、設定上は他にもいるんですけどね、【彼方からの使い】。
ジュリが大陸中を駆け巡るキャラではないので出会えないとか、キャラ設定したら山奥に籠っててあのハルトにすら変人呼ばわりされるとか、そもそも物語に必要ないキャラだな?! という誕生させておいて本末転倒な扱いだったりするキャラもいます。可哀想なのでいつか、いつか登場を! と思う今日この頃です。




