14 * とある自警団員、遭遇してしまう。
前話同様裏話的なお話です。こちらもちょっと長めです。
※残酷な表現あります、ご了承ください。
俺たちの入団から試験的に導入された、《ハンドメイド・ジュリ》店頭警備。今や同世代の憧れの仕事になっている。
長蛇の列の整理や天候の優れない日でも店頭に立ち続ける大変さはあるけれど、そんなことは些末なこと。
自警団から支給される給金の他に、警備の日は別に給金が出るんだ。しかも、昼ご飯の賄い付きで運がいいとおやつにもありつける。夜遅くまで作業がある日は事前に連絡あるし、その分の夜間手当てなる給金も貰える。
こんなに手厚い優遇なんて他には知らないな。
そしてなりより。
当番だけが許されるもの。
それが『装備品』だ。
俺たちが勝手にそう呼んでいるだけなんだけど、これがまたみんなの羨望の眼差しを集めている。
警備担当に貸し出されるものは、帽子、腕章、そしてバッチ。
これがカッコいいんだ。
デザインは全部ジュリさんオリジナル。まずバッチは、長方形の薄い板状のスライムにかじり貝のキラキラした乳白色の膜が張られていて、その上にシンプルに『警備担当』と書かれている。左隅に色付きスライムの小さい四角いパーツがついているのはジュリさんの遊び心だ。そしてその色付きスライムと同じ色のパーツがついている腕章がセットだ。朝に担当二人が赤、緑、青、紫から好きに選べる。これが警備担当の楽しみだ。
腕章はすでにお馴染みだけど、これもカッコいい。黒地に銀の糸で 《ハンドメイド・ジュリ》と刺繍されていて、黒曜石の飾りが付いた小さなククマット編みがこれまたジュリさんの遊び心で付けられたそうだ。動くたび揺れるのを初めの頃は何度も見てたな。
そして帽子なんだけど。ジュリさんがいた世界にあった学生帽っていうのを参考に作られたらしいんだけど、これが若者の間で凄く評判がいい。【英雄剣士】のハルトさんが男子学生が被るものだったから若いお前たちには似合うって言ってくれたことも憧れの的になるには十分。
そんな駆け出しの自警団や男たちの憧れといえば。
グレイセル様だ。
あの方は何をやっても様になるんだ。
特に、たまに愛馬の『黒炎号』でククマットの巡回をしてくれることがあるんだけど、その時の姿勢の良さと堂々たる威厳ある姿はさすがに若くして騎士団団長にまで上り詰めた人だとうかがわせるオーラがある。
なのに、ジュリさんの側にいるときはあくまでも補佐役として斜め後ろに控えて、脇役に徹する。
貴族同士の付き合いになると侯爵家の令息としてそれはもう見事な会話でその場の中心を担い、思うように煽動してしまえるなんて話も聞いたことがある。
凄い人だ、本当に。そんな人を間近で見られると、為になることばっかりだ。
警備担当の当番はそんな憧れだらけの環境で働ける。
クノーマス侯爵領では、俺より年下達の憧れの職業がいまや自警団なんだから俺としてもちょっとした自慢だ。
ただ、一つ。
ずっと気になっていることがある。
自警団の一員として偉いオッサンたちが集う場所に新人が全員集められた初日。
奇妙な説明があった。
―――グレイセル様は個人で昼夜問わず領内の巡回をなさることがある。時として実践にて対処することもある。それに遭遇した場合は速やかにその場を立ち去ること。グレイセル様からの指示がなければ報告も不要―――
なんだろう?
僕たち新人が首を傾げたら、さらに詳しく説明された。
助太刀しようなどと思わず直ぐ様その場を離脱しろ、と。その理由はグレイセル様の邪魔でしかないから、ということらしい。他にも、たとえ遭遇しても挨拶なども不要、グレイセル様はご自身で後処理をするからとか、そしてとくに一番嫌だったのが。
その時見たこと聞いたことを誰かに話そうが黙っていようが、自己責任である。ってことだ。
なんだか、嫌な響きだった。
上層部がいなくなった説明会のあった会場で先輩にどういうことかと聞いたんだけど、先輩たちもそういうことに遭遇したことがなくてよく分からないし、滅多にないことらしいから気にすることではないと言うだけだった。
だから、忘れていたんだ。
皆が憧れる仕事や環境にいられることで、すっかり忘れていたんだ。
久しぶりに仲間数人と夜飯を食べた。きつい仕事も多いけど、やりがいがある、楽しい、そんな話で盛り上がって、食堂の閉店時間まで居座ってたことに気づいて慌てて支払いを済ませて外に出ると、ほとんどの店がもう閉まっていて、人影はまばらだ。人だって酔っぱらいや仕事が終わって帰る人たちばかりで、昼間の賑やかさとはかけ離れた光景。
まだ語り合いが足りなくて、ちょっとくらい騒いでも既に寝てるだろう人たちの迷惑にならないように俺たちは陽気に話しながら地区の外れに向かっていた。
街灯もなく、一人じゃ魔物との遭遇に怯えて足早になる暗闇をのんびりとした足取りで進んでいた時。
「あれ、何の音だ?」
一人が急に何もない暗闇に包まれた地区の外に顔を向けた。
「どうしたんだよ?」
「ん? 今、何か音が……ほら」
耳を済ませる。
ドス!!
「な? 聞こえたよな?」
どこか、少し離れた場所から聞こえる音だった。地面に何か、落ちるような?
ザザッ!
また聞こえた。
高揚していたのかもしれない。楽しく笑って飲んで食べた気持ちを引きずっていたせいで、好奇心がいつもより顔を覗かせていたことに気づかなかった。
「行って、見るか?」
「ああ、行こうぜ!」
「気になるもんな」
「だよな、行こう」
誰も反対しなかったんだ。好奇心が勝っていたんだ。
「なにしてんの?」
不意に聞こえた後ろからの声。悲鳴を上げそうになったけど、振り向いて安堵する。【英雄剣士】がいたから。
「……見たい、ねぇ」
音が気になったことを話せば、何やら妙に歯切れの悪い様子だった。笑ってるけど、心底笑ってる訳じゃなそうで。
「……オススメしないぞ?」
苦笑した【英雄剣士】が、続けた。
「死体が転がってるだけだし」
「ん? どうした? ハルトその子たちは……自警団の。どうして連れてきた」
「一応説明したんだけどな、この辺ウロチョロしてるのを始末してることと、結構グロいから見慣れてないと吐くし酷けりゃトラウマになるって。けど見たいんだと。若いって恐ろしいわマジで」
「構わないが……大丈夫か? 本当に?」
「んー……ダメかも!!」
軽々しい、笑い混じりの【英雄剣士】の声が遠くに聞こえた。
なんだ、あれ。
え?
グレイセル様の周りに、あるものって。
「お前ら、見学するならここまでな、これ以上近づくとモロ見えるから止めとけ」
そう言って俺たちをその場に足止めさせて【英雄剣士】はグレイセル様のそばに軽い足取りで近づいた。
「で、どれがリーダーだった?」
「こいつだ、特殊な笛で合図を出していたようだ、暗闇で連携がとれていたのもこれで指示を出していたからだな」
「へー!! 面白ぇ、あの妙な音はこれだったか」
「おそらくな。魔法付与などはされていないようだし武器にも魔力を感じない、魔力感知されないよう徹底している」
「てことは、【暗殺者】や【影人】、そこまで珍しいものじゃなくても暗部に紛れるのが得意な【スキル】や補正ありの【称号】持ってたかな? 死んでるからなぁ、身元以外鑑定出来ねぇや」
「そこは仕方ない。こいつらにククマットをウロウロされるのは不愉快極まりなかったからな。さっさと始末するに限ると思った」
「ま、いいんじゃねぇの? これで大人しくなるだろこいつらの雇い主も」
「だといいがな。現場を知りもしない温い雇い主には次はもっと腕の立つものを雇い、差し向ければいいと思う奴も少なくない」
「あはっ! そんな程度でお前に勝てるって本気で? 知らないって怖いねぇ、 【彼方からの使い】除いてお前と互角にやりあえるヤツなんてハーフでも数える程だぜ? エルフならどうかなぁ?」
「エルフ自体が幻の存在だろう、比べようがない。まあ、手合わせをしたい夢の相手ではある」
月明かりだけが射す地面。
グレイセル様の顔は落ち着いたいつもと変わらない大人の男の余裕を感じる。
酒場の賑やかで楽しかったことなんて一瞬で消し飛ぶ光景の中、グレイセル様は感情など抱く様子もなくそれらを見ていて、【英雄剣士】もそんなグレイセル様の隣に立って何の感慨もない平然とした顔をしていた。
人間が、倒れている。
五人いた。
ピクリとも動かない。
不自然に、積み重なっている。
不自然に曲がった体で。
なんだ、これ。
俺らは誰も、何も、喋れない。
「……今日は早いな」
「お、やっぱり夜中は活発化するんだな。二匹も来たじゃん」
ひっ、と友人が小さく悲鳴を上げた。
ザザ、ザザザ、と素早い動きで何かが、黒くて形のはっきりしない、表現のしようがない形の定まらない何かが近づいて来て。グレイセル様は積み重なる人間の一人の腕を掴むと、いきなりだった。
「そら、持っていけ」
片手で人間をまるでボールでも投げるように軽々と放り投げる。と、同時に信じられない高さまで、暗闇に溶けて見えなくなるその死体待っていたのか、黒い塊がズゾゾゾ、と不気味な低い音を立てた。
「うっ」
たまらず声が出た。
黒い塊は自分の方へ飛んで来る人間を確認したのか、急に形を変えた。
縦に伸び、みるみるうちに平べったい細長の形になってゆらゆらと波打ちながら聳え立って、その上部は麻袋の口を少し広げたような形状になった。目や耳、いや、そもそも顔らしいものがない。形はただ平べったくて全身を覆う真っ黒でぞわぞわと動くのは体毛? そして、広げた口のような部分をグレイセル様が高く (まるでその形が変わるまでの時間が分かっていてその時間を稼ぐための高さまで)放り投げた人間に向けて、受け止める。
受け止めて、そして。
ごき、ぐきっ、ぐちゃっ。
モゾモゾと蠢く口らしき部分からは、聞きなれない音がした。少しずつ、人間が歪に曲がりながら飲み込まれるようにその不快な音を立てながら見えなくなっていく。
そして【英雄剣士】も積み重なる人間の腕を掴み、グレイセル様のように得体の知れない何かに向かって放り投げた。
もう一匹いたそれも大きな麻袋のような口で人間を受け止める。
食べている。
人間を。
不快極まりない音は、骨が折れ、肉が潰れる音だと気づいた瞬間、一気に胃がさっき食べたものを押し出そうとしてきた。口の中に次々滲む唾液を飲み込むけれど、追い付かない。
「う、うう」
きっかけは友人の一人が尻餅をついて、呻き声を上げた事だった。一瞬それに気を取られ、襲ってくる強烈な吐き気を押さえる事から意識をそらしてしまって。
もう一人、別の友人も踞り地面に手をついて。
俺はそんな友人に背を向けて同じようにしゃがみこんだ。
全部、吐いていた。
気づけば俺たち全員、吐いていた。
「ほい」
急に明るい声をかけられた俺らは揃ってびくりと体を強張らせると、【英雄剣士】が何かを差し出してくれている。
「ポーション。飲んどけ。吐いて気持ち悪いし喉も痛いだろ? 結構効くから」
『ありがとうございます』の一言が出てこなくて手を出し損ねる。それは友人たちも同じで、浅く苦しい不規則な呼吸を繰り返すだけで手が出ない。それでも【英雄剣士】は蓋を開けて俺たちの手に一本ずつ握らせてくれる。
「不運というか、何というか。……まあ、お前らもこれで勉強になったな」
【英雄剣士】は苦笑し肩を竦める。
「覚えておけよ? 今、このククマットは大陸でも類を見ない速さで発展してる。その理由は、お前らも分かってるな?」
それは十分理解している。
ジュリさんだ。
【彼方からの使い】であるあの人がいるから。
恩恵をたくさんの人たちに与える存在。
「ジュリさん……」
何とか声を絞り出すと、【英雄剣士】がにかっ! っととびきりの笑顔を見せた。
「そう、ジュリがその中心にいる。そんなジュリをな? 監視するならいいんだけど……連れ去ろうとする輩もいるわけだ。最近その動きを活発化させた集団……と言っておくか。そいつらがこうしてククマットに潜伏して機会を狙う真似をしたからさ」
「始末した」
グレイセル様だった。
「自警団では対応できる者も少ない。ジュリの一番近くにいてそういうことを察知出来るのは私だからな。時と場合によっては今回のように始末する。今までそういうことの少ない土地だったんだが……。まあ、今回のことはいい見せしめになったはずだ」
淡々とした声だ。不気味な得体の知れない何かをただじっと眺めていて。
「あれはな、魔物だ」
「え?」
「完全夜型の魔物でワーム種だ。生きてるものはほぼ食べない、死体を好んで食う魔物だ。特に人間の死体を好む」
魔物では珍しく攻撃性をほとんど持ち合わせていないこと、警戒心が強く近づくと逃げること、嗅覚もしくは察知能力が極めて高く人が死ぬと人気のない、一番死体に近い暗がりを徘徊すること、そして。
「あの大きい方はこのククマット近くに長く住み着いている個体だ。夜の巡回を一人でしていると時折私の顔を見にくるしな、それなりの知能はある。このあたりの掃除屋だ、出会っても攻撃しないでくれると助かる」
さらりと、とても怖いことを言った気がした。でも、どこがどう怖いのか、それを冷静に分析する状態ではなくて、ただ真剣に頷くしか出来ない。
「お前が死んだとき死体が消えたらこいつのせいだな!!」
「ああ、それは私も思う」
グレイセル様が肩を竦めた。
「私に慣れているのもいつか食うつもりで狙ってるだけかもしれないと最近思う」
「あははは!!」
まるで、他愛もない日常の会話を楽しむように。
これが常日頃の事のように。
住む世界が違う。
価値観が、違う。
「ほら、飲んでしまえ。体が楽になる」
「え?」
「明日も、店前で警備してくれるんだろう?」
俺たちに、グレイセル様が薄く笑って見せた。薄くても穏やかな、優しい笑み。
「見たことを忘れろとは言わないし、誰にも話すなとも言わない。これは私が独断で行っていることでジュリは知らない。気づいているだろうが、あえてその話を彼女はしない。……ジュリの側にいることを許された者として、私は私の思うようにジュリへ安寧を与えたいだけのこと。そのための行いだ。だが、せめて、彼女にはこの事を聞いたり問うようなことはしないでやってくれ。抱えるものの多い女だ。……彼女はただ前をみていればいい、その環境を、崩さないでくれるとありがたい」
俺たちは、互いに顔を見て、頷く。
「ありがとうございます、いただきます」
それ以外の言葉が見つからなくて、それでも、この人のことを否定するようなことはしたくなくて、その代わりに勧められたポーションを一気に飲み干した。
ポーション。
あんまり美味しいものじゃないれど、全部吐き出したせいで傷んだ喉を通るときはとても心地よくて、初めてその有り難さを実感する経験となった。
そして、死体も不気味な黒い魔物も、いつの間にか消えていた。何事もなかったように、いつもと変わらない暗闇に戻っていた。
「いい目をしていた」
「お? 出世株発見?」
「出世するかどうかはこれからの努力と貪欲さがなければなんともな。ただ、恐怖や不安に自分を奮い立たせて立ち向かおうとするあの目が良かった。トラウマにはならないだろう、それは保障する」
「発展するククマットには貴重な存在だな」
「ああ。名前は……ノルトだったか」
「お前のことだ二人で外堀埋めて上手く囲い込んで手元に置くんだろう? カイみたいに」
「一般人相手にそこまではしない。どこまで食らいついてくるか期待はするがな。それにカイは特別だ、野放しは危険すぎる。私やローツのような人間が手綱を握ってやらなくてはな」
「あいつにスパイの相手なんかさせたらそこらじゅう肉片だらけになりそう」
「なりそうではない、なる」
「ああ、それ断定か。だから使えないわけか。こっちも出来たら便利なやつだけどなぁ。暗殺に向いてないのは致命的」
「致命的がちょうどいい。あれが暗殺まで出来ると気づいたとしたら一晩で王都では生きてる人間がいなくなっていただろう、私でも例外なく狙われたぞ、絶対に」
「はははっ! そりゃ愉快! お前がカイに追い回されるのは見たい!」
「迷惑だな」
俺は、俺たちが帰った後に二人がそんな会話をしていて、そして俺の名前が出ていた事など知るよしもなく。
俺は、この日を境にグレイセル様の強さに、優しさに傾倒することになった。
いつか、自警団の幹部に。
俺の目標が定まった。
ノルトくん、グレイセルに目を掛けられて幸か不幸か作者にはわかりません。がんばれ!! とだけ言っておきます。
そして以前サンドワームネタを一話だけ書きましたがその時に出てきた同種のワームがこちらでした。
たぶんグレイセルのペット(笑)。
そして新しい【称号】また登場させてしまってます。そのうち簡単にでも一覧出せたら、と思います。




