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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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14 * ダッパス、不気味に思う

久しぶりの登場です、裏話的な事を語っていただきます!! いつもよりちょっと長めになっております。

 おいおい、いまさら何だって言うんだ。


 ここに来てからもう随分になる。

 初めは白い目で見られ、避けられた。明らかに関わりたくないと事務的な伝言すら嫌がる受付嬢までいたくらいだ。

 それでも、毎日毎日、地道に仕事をこなした。騒ぎの張本人として責任を全て負うことになった俺が役職など得られるわけもない。それでもよかった。やり直せる環境を与えられたんだ、これを無駄にはしない。しかも、このアストハルア公爵領の冒険者ギルドで移住後すぐに現場復帰できたのも侯爵家が俺のためにここのギルド長にわざわざよろしく頼むと手紙を書いてくれたからだ。

 最後まで俺を見捨てず送り出してくれたのだと知った時の後悔と罪悪感。


 報いるとしたら、もう一度なんとしてでも這い上がって俺が出来ることを一生かかってでもしていくことだ。そしていつか、ジュリに会って直接謝罪する。今の俺にクノーマス領を闊歩する資格なんてないから、いつか、必ず。


 最近はそんな俺の反省と努力を周囲が認めてくれるようになって、雰囲気も良くなってきた。このまま、信頼を得て、今度こそ、と思っていた矢先だった。


 なんで今さら?

 顔を見ただけで腹が立つ。

 そうだ、こいつだ、こいつが初めて俺に会いに来た時からおかしくなったんだ。


【隠密】レイビス。

 王妃の腹心だと言うからこいつに『グレイの情報』を渡していたんだ。あの【彼方からの使い】ジュリのことを知るために必要な情報だからと俺は当時のグレイのことを話した。

「お久しぶりです」

 冷めた目で距離を取りつつまじまじと見てしまった。

 なんだ、こいつ。【隠密】のくせに若い貴族令嬢みたいに着飾って、化粧なんかしてやがる。ククマットで見かけた時はこんなことはなかったのに。

「なんですか、今さら。もう俺に用はないでしょ」

「挨拶もしていただけないんですか?」

「……お久しぶりですね、【隠密】殿」

「お元気そうでなりよりです。こちらにはもう慣れましたか?」

 気持ちが悪い。

 率直な気持ちだ。こちらを卑下した目で、『私はおまえと違うんだよ』という態度を隠しもしなかったあの頃とは真逆の笑顔で社交辞令を行ってくる姿に鳥肌が立つ。

「……ご用件をどうぞ。ギルド長が何をしに来たかと気にしてますから、長話はしない方が得策ですよ。ここはあなたが知ってるギルドじゃないですよ、警戒を怠らないようオススメします」

 俺の言葉に、表情ががらりと変わった。


 このギルドは俺の知っている冒険者ギルドじゃない。アストハルア公爵と言えば 《ギルド・タワー》に資金提供をしているほどの巨万の富を持つベイフェルアどころか大陸有数の富豪だ。そんな公爵領の、公爵家の最も近くにあるこのギルドはベイフェルアのギルド上層部すら口出し出来ない立ち位置にいて王宮すら手出し出来ない正真正銘 《ギルド・タワー》の傘下にあるまともなギルドだ。

 俺の動向はまだ『監視』されている。ジュリとの確執以降、それを受け入れる事を条件に俺はギルドにいられる状態だ。 ましてやこのアストハルア公爵領のお膝元のギルドが俺のような問題を起こした人間をありのまま受け入れたことが奇跡なんだから、この【隠密】だってそれくらい分かるだろう?


 ……まさか、分からない?

 いや、バカな。

 分かるよな? だって王妃の側近だ、俺がここにいることを知ってるんだし、何の考えも備えもなく来るわけない。


 あ……あ?!


【選択の自由】か!!


 そうだ。こいつ、王家に尽くしているときだけ【称号】が有効になるんだったな。ジュリに噛みついて、そうだ、こいつ、【称号】や【スキル】を使うのに制限を受けたんだ。

 あれ、まてよ?

 というとは、今、アストハルア家の『スパイ』が俺を監視している事も気づいていない?

 気づいていない、ということは。今、こいつは【称号】も【スキル】も発動していないってことだ。

 ……この【隠密】レイビスは、私用でここにいるってことか?


「で、結局何しに来たんですか?」

「え? だから、あなたが最近どうしているのかと王妃殿下が心配なさっていましたから。近況を確認にきたんですよ」

「ああ、そうですか。ご心配ありがとうございます。俺はこの通り元気ですし最近は職場でも少しずつ馴染めるようになってきましたからなんとかなってますよ」

「そうですか、それで、クノーマス家とは和解は」

「あー、クノーマス家の事は俺は喋りませんので」

「え?」

「あっち出てくるとき誓約書、置いてきたんで。相当迷惑かけたんで、俺がこれ以上あそこに迷惑をかけないよう最低限の詫びですかね。クノーマス家について許可なしに情報を人に渡さないって誓約書です」

「え、しかし、和解したかどうか、近況などの確認くらいは」

「クノーマス家に確認に行ってください。俺は喋りません」

「私は王妃の代理で来ているんですよ?! それなのに?!」

 急に怒り出したな、こいつ。

「うーん? だから、そういうのも一度王家に確認に戻ったらどうです? それでも納得出来ないというなら俺から事情を話して侯爵家の許可をもらうか、《ギルド・タワー》から許可をもらいますけど」

 怒りを隠しもせず酷く動揺した顔で、レイビスが僅かに肩を震わせる。


 ずっと引っ掛かっていた。

【彼方からの使い】ジュリのこと、《ハンドメイド・ジュリ》のことを調べていると言って、こいつがククマットにいたとき知りたがったのは侯爵家の事だ。確かにジュリのことは侯爵家の事を調べれば必ず出てくる。だが、それよりもジュリが住むククマットの農業区画を調べる方がよっぽど情報は手に入った。フィンにライアス、メルサ、ナオ、デリア、他にもジュリに近い奴等はほとんどあの区画だ。

 いくら俺がグレイの幼馴染だとしても、そもそも侯爵家の内情を俺ごときが知れる手段なんてなかった。仕える奴等も武装が出来るヤツばかり、あの血筋は自衛が出来る能力持ちばかり。情報を探ることすら困難な家だ。むしろ俺に聞くより王家、王妃の方が知ってるはずだ。なのに聞いてきたんだよな。


 そして、今も。

 今さら俺がクノーマス家について得られる情報はない。せいぜいあるのはここにきてからグレイと交わした二回の手紙のやり取りだけだ。互いの近況を砕けた言葉で交わすだけの何てことない手紙だ。その内容をこいつが知ったところで王家の得になることなんてない。本当に互いの近況を確認するだけの短いものなんだから。


 沈黙が流れる。


 嫌な沈黙だ。こいつは何がしたいんだ? スパイが潜んでいることを察知できないってことは【スキル】が使えない。ということは私用だ。『王妃の代理』は嘘だ。そのうえでクノーマス家の事を聞き出そうとしてきた。

 なんだか、質が悪くないか?

 何がしたいんだ。

「とにかく、喋りませんよ」

「ひとつだけ確認したいのですが」

「クノーマス家に関わらないことなら何でも答えられますけど」


「……グレイセル様と」


 は?


「連絡を取れる方法を教えて欲しいのです」


 はぁ?












「つまり、あいつはグレイと繋がりを絶たれたことに納得してないってことですか」

 レイビスが帰った後、ギルド長がアストハルア家のスパイを招き入れたことに俺は驚きつつも完全に人払いされた部屋で聞かされた話に唖然とする。

「【彼方からの使い】へ勝手に権力をちらつかせた挙げ句【神の守護】という咎を受けた。それを重く受け止めた王妃殿下がグレイセル殿にレイビスについての処遇について念のため報告をしたところ、『今後一切関与しない、関わらない』と完全にレイビスを否定し拒絶したそうだ」

 それはそうだろう。あいつはジュリにご執心だ、自分とジュリの仲を邪魔するような人間も力も迷うことなく排除するし拒絶する。

「そのことに納得していないらしくてな、グレイセル殿ではなくクノーマス家がそう操作しているはずだと不満を漏らしているらしい」

「……グレイの情報を得たいだけってことですか」

「そうらしいな」

 ギルド長がかなり呆れた様子でため息をもらし、少し離れた所にいるアストハルア家のスパイが不意に笑い出す。

「王妃の側近とはいえ、一個人が位の高い貴族の情報を得ようと動くのはいささか無謀ですね、しかも噂は本当のようだ。私は別にそれほど気配を消してもいなかったのにあなたにご丁寧に忠告されてようやく周囲に注意を向けていた。向けていただけで、気づきはしなかった、真上にいたんですがね」

「やっぱり、【スキル】が使えなくなっているんですか?」

「【スキル】だけではなく、あれだと補正も使えなくなっているかと。王家に仕えることで【隠密】として動けると聞いています、なんの力も使えないとなると、ここに来るにも馬車でくるしかなかったんでしょう、ここだと王都は往復八日かかります。名誉ある仕事を休んで何をしにきたのかと思えば、グレイセル・クノーマスの情報が欲しかった、あなたに繋ぎをして欲しかった、というなんともまぁ乙女な理由だったんですね。秘めたる恋のつもりでしょうか? 王妃が休暇の理由を知ったらどう思うか個人的に興味があります」

 この上ない皮肉だ。アストハルア家のスパイはクスクスと笑い、目を細める。


 あいつが初めて俺に会いに来た時の話をこのギルド長に説明したとき、それはもう馬鹿にした顔をして笑ってたな。最初俺が笑われたのかと思ってショックを受ける位には本当に馬鹿にした笑いで。

「《ハンドメイド・ジュリ》の情報が欲しくてクノーマス家の情報を寄越せだと? 【隠密】にしては随分浅はかな事を言う。王妃から信頼厚いと聞いていたが、王妃にはもう一人個人で抱える【隠密】がいたな、そっちのことだろうな。クノーマス家の情報など我々ギルドの一職員が得られる訳がないだろうにそんなことも知らなかったのだろうか?」

 と、軽々しく断罪するほどだった。


 今さらだが冷静に考えればそうだ。

 俺が知り得る侯爵家の情報なんてたかが知れてる。しかもそれでも俺たちギルドに情報を取らせようとしてあんな提案をしてきたんだ。


 ―――ベリアス公爵家の若君からの提案です、名の知れた冒険者に魔法付与について情報を与えてギルドと共に提供するよう求めれば流石に断ることも出来ず作品を出してくるはずだ、とのことです。そうすれば侯爵家もギルドの要求ということで動くでしょうし、何よりあの【彼方からの使い】は大した能力がないようですから逆らうこともないでしょう……―――


 それを上層部があっさり信じた。当たり前だ、だってベリアス公爵の名前が出てきたし、話を持ってきたのは王妃の側近。まさか失敗するなんて、自分の首を締めることになるなんて思わない。

 しかもそこにあの女の個人的な感情が含まれているなんてあのときは気づきもしなかったしたな。

 あの女、遠回しにグレイのことを聞き出したかっただけなんだ。しかも【神の守護】で裁かれてそれを根に持ってやがった。ジュリに嫌がらせしたいだけだった。そこに冒険者ギルドがジュリの作品を欲しがってる話を聞き付けて俺たちを巻き込んで。

 最悪なのは、自分のことは俺たちに話さなかったことだ。【神の守護】について、一言も。だから半信半疑になったんだ、レイビスが受けたという裁きが実は嘘ではないのか? って。しかもベイフェルア冒険者ギルドがその真偽を確認した際レイビスが当時の上層部に……。


「お気になさらず、なんの問題もありません」


 と言ったんだ。あれで【神の守護】について有耶無耶になって、ギルドは『嘘だった』と判断した。

 あいつは、隠したかったんだ。プライドが許さなかったんだ、王妃の側近が神の裁きを受けたなんて外聞が悪すぎる。そして王家にとっても稀少な【称号】持ちが神の怒りに触れたことを隠したかったんだ。











「ギルド長、先日の件でグレイセル・クノーマスから返信が来ました」

 書類をながめていたギルド長は、視線を俺に向けた後、書類を机の上に置いて腕を組む。

「やはりお前の言った通りか?」

「はい」


 ―――その人物は正式な謝罪をジュリに未だにしていない。そんな相手に会う理由はないし話すこともない。まずはジュリへの謝罪がなければ一切接触する気はないし、そもそも関わりたくない……―――


 グレイの手紙には『レイビス』という個人名が一切出て来なかった。この時点でグレイの中ではあのレイビスは『敵』なんだと察する。王妃がクノーマス家、グレイ、そしてジュリへ謝罪の手紙を送った話は聞いている。けれど、レイビス本人が自発的に謝罪をしたという話は確かに聞いていないし、グレイの手紙からもわかるように今もされていないってことだ。

「俺の、客観的意見なのであてになるかどうかは分かりませんが……ジュリを敵対視する奴は例外なく、グレイにとって敵です。そこに情は一切ありません。なので、あのレイビスが王妃の代理として動くにしても個人として動くにしても、そこに『ジュリ』が僅かに掠っただけで、グレイは排除に動きます」

「……王妃が絡んでいてもか?」

「はい。あいつは、狡猾ですよ。虎視眈々と隙を、弱味を見つけてそれを大義名分に変えて邪魔な存在を迷いもなく消すような男です。……俺が生きてるのも、多分利用されているのを知っていたから、あいつなりの慈悲ですよ。もし、あの時俺が首謀者だったなら、今頃墓の下にいましたね。いや、魔物の餌として刻まれて捨てられていたかもしれないです」

 ギルド長は深くため息をついて、微かに視線を落とす。

「……騒ぎを起こされても困るな」

「え?」

「《ギルド・タワー》が注視している【彼方からの使い】とレイビスが再びトラブルになれば、間違いなくグレイセル・クノーマスは動くか?」

「はい」

「たとえ一個人だとしても、あの御仁を敵にするのだけは避けたい。……あの御仁の周りは【彼方からの使い】だらけだ、特に、【英雄剣士】が友だと公言している仲だ。この国の王家に逆らう気はないが、だからと言って『殺戮の騎士』と【彼方からの使い】を敵にするなどもってのほか。……レイビスを監視させる。クノーマス家に接触出来ぬよう妨害し暫く様子を見よう」

「王家の人間ですよ? 可能なんでしょうか」

「アストハルア家のお力をお借りする」

「えっ」

「公爵様の手の者であれば、王家の内情など筒抜けにしてくれる。制限を受けている【称号】持ちの一人を翻弄することくらい容易いことだろう」


 俺はここで気づいた。

 このギルド長は間違いなく 《ギルド・タワー》の人間だと。

 国との癒着などにも関与しない、正真正銘の、 《ギルドの人間》。

 そんな人の下で働けるやつはどれくらいいるだろう。

 問題を起こした人間がこの人の下で働ける確率は、どれくらいだろう。

 感謝しないと。

 グレイに、クノーマス家に。


(厄介なことにならなきゃいいが)


 心から思えた。

 ククマットにいるやつらが、変なことに巻き込まれないようにと、心から。


(グレイもいるし、いざとなれば【彼方からの使い】も動くけど……)

「どうした?」

「あ、いえなんでもありません」

「不穏な動きがあればお前に情報提供する。クノーマス家にそれを流すことは黙認する」

「わかりました」

「……お前も身辺に気をつけるように。手を出してくることはないだろうが、それでもあの女は少々厄介だろう。視野が狭く、思考に偏りがある。グレイセル・クノーマスからの手紙などの保管には十分配慮しろ」


 その日、俺はグレイからの手紙を焼いた。


(気味の悪いこった……)





ダッパスくん、次いつ登場するんだろう? いや、そもそも登場するのだろうか?

人生やり直してる彼だからこそ、見える世界ってある気がします。なのでまたそのうち出てくるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
 質の悪いストーカーだな…王妃はいつキルんだろ。
[良い点]  読者としてはダッパスもレイビスも同じくらいやな感じなんですが、二人には決定的な差がありますね。人の話を聴く事と、窮地に立った時に助けて貰ったら感謝出来る事。そして恋に盲目にならない事。
[一言] やり手と言われる人たちは利になれば甘い顔しかせず害になるなら厳しい采配振るえる人なんだけどね。王妃はどうかね。
2021/09/13 22:34 退会済み
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