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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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14 * 正式な依頼

 

 先日の移動販売馬車の内覧会から数日後、アストハルア家が正式に馬車の製作に着手したと連絡をもらい、そしてアベルさんからもほぼ同じく獣王様からハーフの人たちを人や物の転移に正式に人材派遣して貰える許可証を発行してもらってそれを受け取ったとほぼ同時期。


 以前から秘密裏に話し合いが何度か行われていたので私は驚かなかったんだけど、正式に侯爵様がわざわざ上品なレターセットを使い手紙を書き、それを執事長さんにお願いして私のところへ持ってきたのをライアスとフィンは何事だと慌てるし、キリアなんてポカンとしてしまって。

 今さらこんな立派な手紙が来るとか余程のことだろ!! って皆の顔が訴えてくるけど別に驚くことではないよ。内容知ってるから。

 そう思って、手紙をライアスに渡して、そしてその日お店にいた皆がその手紙を覗き込んで。

「うん?」

 キリアが顔を上げて、手紙を指差した。

「ちょっと」

「うん?」

「驚くことじゃないっていったじゃない」

「うん、相談されてたし」

「……あんた、分かってる? 貴族の肖像画を飾るための『額縁』ってその家の象徴にもなるってこと」

「うん知ってる。侯爵様が教えてくれてたし。だから手紙来たんでしょ、正式な依頼をされたわけよ、私が」


 その場が騒然となる、ってこのことよねぇ。これも予想はしてたから驚かないけど。皆の驚きは無理もない、それだけ責任の重い依頼だから。

 貴族は家の財力や権力を示すためにお金をある程度散財するのが暗黙のルール。ケチは許されないって世知辛い世界らしいわよ。当然侯爵家もそれなりに散財しているけれど、『額縁』は家の装飾としてその代表格になっている。

 著名な、腕利きの職人、最高の材料によって作られる貴族の家の家具や宝飾品。それなのに『額縁』がなぜ他の装飾とは別格に扱われるのか。それはその用途の一言に尽きると思う。

 この世界では写真は存在しなくて、人物含む全てのものが絵画もしくは版画で保存される。庶民の間でもそれは定着していて、デッサンだけの簡単なものは人があつまるところに行けば描き手が必ず一人は見つかり簡単に入手できる。描いてもらった絵を額縁に入れて飾るのがこの世界の習慣で、だから私もいずれは自分用のものをいくつか作りたいと思っているものの一つ。今はちょっと余裕がなくてできないけど。

 そんな絵を、貴族が描かせたら?


 当然著名な画家に描かせるし、そして大きさは限りない。価格がどえらいことになるわけよ。


 だから、貴族のそんな絵を飾るに相応しい額縁も求められる。

 侯爵様の話だと、純金の額縁を作らせたり、希少な素材を使いまくって作らせたりと、上限や制限のない装飾品としてとにかくお金を掛けるだけに拘る貴族はまだまだ多いらしい。それだけ沽券に関わることなのよ。

 何故なら、肖像画は人を呼んで公開するものだから。


 ……嫌なルールだよね (笑)。

 理由としては、肖像画を描く時というのは必ず何らかの意味があるから。例えば、領主が結婚とか、子供が生まれたとか、その子供が爵位を譲られたとか、区切りのいい結婚記念日とかね。人を呼んで盛大にお祝いする事がある時に描くのが肖像画。

 今回は侯爵様とシルフィ様の結婚三十五年祝いで描かせたもの。

 それを飾る額縁。


「キリアにお願いがあるんだけど」

「任せて、なんでもするわよ、で? デザインは既にあんたの中で」

「キリア」

「うん?」

「お店を任せたい」

「え?」

「今回、キリアには私が額縁の制作する日や時間を私の代わりに、中心になって営業してもらいたい」

「は? ちょっ、と待って」

 私の提案に、挙動不審に目を泳がせて誰かに助けを求めようとするけれど、キリア以外も状況が分からず困惑しているのは一目瞭然。ローツさんさえ私に説明を促す視線を送ってきている。

「あたし、そんな責任重いこと受け持つには向いてないよ!」

「キリア、聞いてくれる?」

「聞く、けど……」

「グレイとも話をしたんだけど……今回の依頼は、 《ハンドメイド・ジュリ》へ、というより私個人への意味合いがちょっと強いのかな? っていう雰囲気があってね。侯爵様は私の持てる技術で作って欲しいって言ってた。そしてお店を経営している私にそういうお願いは本来すべきではない、っても言ってた。それだけ、大がかりで重要な仕事をこちらの事情を分かっていて依頼してきたことは話を持ちかけられたときから感じてた。……でね? それで起きる弊害は、 《ハンドメイド・ジュリ》が侯爵家の額縁にかかりきりになって、お店の経営に差し支える可能性があるってこと。それはつまりお店を休まなきゃならないことも意味してて。私は、それはしたくない。侯爵様も望んでない」

「それは、うん、わかるけど……」

「ついでに言うと、グレイの叙爵まで準備も着々と進んでる、グレイはお店の経営以外にも色々してるから侯爵家の額縁のことまで抱えちゃうと大変なわけ。だから今回、額縁製作には関わらないでもらうことにしたのよ。金銭の管理についてはグレイがいままで通り、何も変わらないからキリアが関わる必要はないんだよね。ただ、今まで私が最後決定してきた商品管理の最終決定権をキリアが持ってお店を回して欲しいんだよね」

「え、ええっ?」

 困惑するキリアは額を指で押さえて難しい顔をしてしまった。


 いずれ避けて通れないことではあったのよねぇ、キリアについては。

 本人は自覚がないようだけど、お金の計算を面倒臭がるけど、十分お店の経営を任せられるだけの信用と信頼を従業員から得ていて、私がいない日は皆がキリアを頼っている話はフィンやライアスから聞いている。フィンは 《レースのフィン》の主宰だから何となく皆が 《ハンドメイド・ジュリ》のことならキリアなのかな? という流れは私に主任を押し付けられた頃からあった。うん、本人は全く自覚がないんだけどね。

「いい機会だと思うわけ。私がしてることをどこまで出来るのか、何が苦手なのかちゃんと自覚してステップアップするために。どうかな、やってくれない?」

「……あんたの中では、私が拒否する想定はしてないんでしょ?」

「してないよ、もちろん」

「はぁ」

 呆れたようなため息。数秒考えてから、苦笑してキリアは肩を竦める。

「面倒なことはグレイセル様に任せていいのよね?」

「そりゃもちろん」

「……商長命令だからね! やらせていただきますよ!」

 なげやりに見える、でも決意の返事。

 よし、これでお店は大丈夫。


 で、もう一つ。

「あとは、ローツさん」

「俺?」

「今回ね、侯爵家の額縁だから高額な素材を扱うことになるの。そうなるとククマットにいる職人さんたちに委託することが沢山あると思う。素材の仕入れもククマットで扱われているものより品質がいいものがあればそれを仕入れたりすることも考えてて、サンプルの取り寄せは勿論仕入れ先への交渉も一から。それプラス事務的な事を一手に引き受けて貰っていいかな? 特に仕入れは最優先でしてもらいたいの。その仕入れ先候補の選定は侯爵様も手を貸してくれることになってるから探すところからっていう手間はなくて楽だとは思うんだけど」

「……ククマットの職人が持っていない伝の開拓になるんだな。完成までの期間を考えると、確かに工房が動いてたら間に合わないか」

「うん、侯爵様は出来る範囲で、とは言ってくれたんだけどその出来る範囲を限りなく広げておきたいわけ。そうなると一般人の職人さんたちよりも、貴族のローツさんなら直接仕入れ先の大元である貴族に接触出来るから大幅に時間が短縮される。普通なら数ヵ月掛かるものが数日で、っていうのも大袈裟な話ではないでしょ?」

「確かにな。いいぞ、受け持とう」

「ありがとう。経費は全て侯爵家が出すし、この手紙が届いたと同時に 《ハンドメイド・ジュリ》の預り口に初期費用としてお金を入れるって書いてあるから、それは全部預ける。予算の上限はなし、お金の使い途も制限なし、足りなくなりそうなら遠慮しないで直ぐに言ってね。だから私が使いたい素材入手のためなら交渉のためにもそのお金は使っていいよ。ついでに、侯爵家の名前も使っていいって」

「腕がなるねぇ」

 ローツさんの反応は、想定してました、はい。


「ということで、いい? グレイ」

「ん?」

 え? なにその反応は。全然聞いてなかったって感じだけど?

「……話、聞いてた?」

「……あまり」

「副商長がなんで話をきいてない!!」

「いや、昨日までに既に話し合っていたことだしな。それより、ジュリが欲しい素材が何なのか気になっていた」

「そこ? グレイが気になるところはそこなの?!」

「私はやることがいつもと変わらないから、そこだな」

 もういい、うん、いつも通りお店を守ってくれれば。












 さて。やれることから始めますか。一日でも早く出来ることはやってしまいたい。冬まで、とは言われたけれどなるべく早く、冬の到来前までの約三ヶ月とちょっと、それが納期期限と私は決めている。万が一侯爵様が気に入らなければ所有している額縁からの選定をしてもらうことになるし、最悪作り直しになるからね。

ローツさんが受け持っていることはそれぞれ部下として働いている人やカイ君たちがすぐに補佐してくれることも決まったので、早速欲しい、必要な素材の為に動いてもらう。

「金属がメインになるのか」

 意外そうに言ったのはローツさん。そしてキリアも、グレイも、驚いた顔をする。

「私の理想の形に出来るかどうか、ライアスに試作をお願いすることになってるんだけど侯爵様から打診された時からいくつか候補があって、その中で一番私が作りたいなというものが銅がメインになるからそれが最速で欲しいのよ」

「……ジュリが、金属? 想像つかない」

「あははっ、私はデザインだけね。扱いはプロに任せるわよ」

 キリアがどんなものを作ろうとしているのかと唸る側、私は、ローツさんに向き合う。

「それで、ローツさんには一番最初に銅のサンプルを集めて欲しいの。加工するだけになってる銅板。工房によって添加物や製錬度合いの違いで微妙な色の違いがあるよね? 今回は色が重要で、均一な物が欲しいから一ヶ所の工房から仕入れることになるはず。それが一番重要になるから、まず私のイメージに合う銅を早く見つけたい」

「了解」

「それと、少しだけど金と白金、それはサンプルはなくても大丈夫だけどそれの仕入れもお願いするわね。サイズが決まればノルスさんに相談してどれくらいの重さが必要か計ってもらうから、その仕入れ先も確保してて欲しい。少ないと言っても物が物だから手に入るまで確実なルートを確保しておくべきだし」

「金と白金か。ノルスの伝を使った方がいいかもしれないぞ? 信用と実績があるからな、工房を弟子に譲ったとは言っても今でも名前は通用するはずだ」

「そっか、そういうもの? ならノルスさんとちょっと話をしてもらっていいかな?」

「ああ、任せてくれ。で、肝心のデザインは大まかでいいんだが聞いても?」

 彼の質問をグレイもキリアも待ってたらしい。視線が痛いわぁ。

 ……どうしようかね?

 言ってもいいんだけど、うーん。

 さっきも言ったけど、試作出来るかどうか、にかかっているから、ちょっとなぁ。

 それが出来なければ第二候補に直ぐ様頭を切り替えなきゃならないから、ここで言っちゃうのはねぇ。

 要となるのは、ライアスとノルスさん。この二人からイエスを貰えて初めてスタートラインに立てる物を作ろうとしているわけだし、それなのにここで言っちゃうと決定ってことになりそうだし。


 無言。辛い。

 まあ、一応、候補の共通点は言っておこうかな。

「侯爵家のオリジナル」

「「「侯爵家のオリジナル」」」

 あ、復唱された。

「……」

 え、なにその先は? みたいな顔。

「えっ、それだけ?!」

 何が? キリア。

「他に言うことは?! そんなの当たり前のことじゃん!!」

「え? ああ、侯爵家って侯爵家オリジナルのものが結構あるから、それを取り入れるつもり」

「で?」

「なにが?」

「なにが?! じゃなく!」

「お楽しみに!!」

 キリアが悶絶した。


 ざっくりとしたデザインが私の頭の中にあるだけなので、誰一人それを盗み見るとか出来ないそのストレスでキリアがしばらくの間『オリジナル』という単語に過剰に反応する日々が続くことになるんだけど、それは私にはどうすることも出来ないので、私の情報を常時最も早く知ることになるローツさんと共に至って平常心で額縁の製作に着手することになった。



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― 新着の感想 ―
[一言] みんなデザインが気になりながら悶々と過ごすんですね( ˘ω˘ )
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