14 * 内覧会です、新作発表会ではないです。
本日商品を実際に移動販売馬車に陳列してアストハルア公爵様に内覧してもらう日です。いやぁ、結構凄いです。
馬車二台と言ってもお店の雰囲気やディスプレイを意識して棚とか作ったし、人の動線も確保したから商品はそんなに並ばないと甘く見てた。
「補充することも視野に入れて準備だ!! と言ったこと今すぐ撤回したい」
私の発言にキリアもグレイも目を細めて実に微妙な表情で頷いた。ローツさんなんて恨みがましい目を向けてきたわよ。
まず、どっちの馬車も商品が少なくて見た目の貧相さを出したくないからと並べてみたら、想定の二割増も並んでしまった。あれ、ちゃんと計算したつもりだったけど、なんて考えて、しかも日々の売り上げから計算してお店と同じくらいの補充分も加えると商品を詰めた荷箱もかなりあるから、これを運ぶとなると転移といえど結構大変、しかもこれより増やさなきゃ……と。ちょっと引いた。
「ほう! 陳列されてから改めて見るとますます店にいる気分になるな」
公爵様、この人は至ってマイペースにこっちの『転移の費用かなり嵩む……』という悩みなど全く気遣う素振りなんて見せず側近の人たちと楽しそうに会話してるわぁ。
ジト目でつい見てしまったけれど公爵様はケロッとしててね。しかもね、もう一人。少し離れた所で一人自分の世界に入っちゃってる人がいる。プルプルとパンダ耳を震わせて泣きそうな顔して馬車二台をずうっと見てる人。大枢機卿だかなんだかとっても偉い人になった人。もういいやぁ、この人は。落ち着くまで放って置こう、下手に話しかけると『感動しました!!』ってお喋り始まって大変なことになる。そしてグレイが顔面鷲掴みしてポーションとか治癒魔法とか騒ぎになる。偉いくせに一人で来るなよとツッコミすらしない。だって。
「彼は大丈夫だ、やたら丈夫で強運の持ち主だ、滅多なことでは死なない」
って公爵様からのお墨付き? だし。
グレイとキリア、ローツさんが公爵様たちに馬車の中に入って実際の販売さながらに説明したり受け渡しをしてみたり、色々と試しているのを私は眺める。
馬車の管理と商品を運べるシステムがしっかりと整えば遠隔地で行商よりも大規模に、露店よりも華やかに、そしてお店のように充実した品揃えで展開が可能。
しかも、商品さえ徹底管理すれば馬車は実際に牽引出来るので、状況に合わせて場所を移動したりその移動そのものが宣伝になる。
馬車での販売。ありそうでなかった手段。
移動販売馬車の事業に着手して良かったな、としみじみ思ってみたりする。
私の基本は『可愛いもの、綺麗なものをもっと増やしたい、広めたい、ついでに稼ぐ!』。これは今後も変わらないと思う。増やすことは順調に行っている。でも広めることは正直全く進んでいないと思う。交通事情の悪いこの世界で、直に私の店に来店出来る人たちは今なおほんの一握り。
でも店舗を増やせない状況で、この移動販売ならば、年に数回、期間限定でそして商品もある程度種類が制限されてはしまうけれどそれでも。
出来る。
ほんの少しだけど、広がる。
自分の将来のこと、考えなきゃいけないことは沢山あるし、それらに答えを出して動かなければならないタイムリミットだって必ず来る。
その時の、『勇気や決心』に繋がればいいと思う。頑張って来た証と、ここまで出来るんだって自信で、困難に立ち向かうための勇気や決心を支える一つに。
明かり取りの窓が小さいので、馬車の中は暗い。平台をせり出して販売する方の馬車も、雨や日除けになる部分がそんなに上を向いていないから目立っているとは言えない。でも、それにはちゃんとした理由があって、小型店舗式と呼ぶ事になる馬車は中にランプを吊るし、置き、その光でスライム様やかじり貝様、そして硝子などの透明感や輝きを強調させる。露店式と呼ぶ事になる平台の馬車も、日除けの下にくると馬車内にも平台にも小さなランプが置かれてその光がやっぱり透明感や輝きを引き立ててくれる。
「このような方法があったのだな」
「今までがこういうものが出回らなかった世界です、私がしなくてもガラスや輝きのあるものが既に各地で格安で出回っていたなら誰かはやっていたと思いますよ」
「……そうだろうか」
「ええ、間違いなく。私が見た限りこの世界の人たちだって綺麗なもの、鮮やかなもの、輝くもの、艶やかなもの、そういったものに当たり前に心惹かれて憧れるんです。沢山の人が目を輝かせるんです。それを満たす物と環境がなかっただけなんですよ。……私はきっかけに過ぎません、今後、この移動販売馬車を見て負けてたまるか! って人が出てくるはずです。というか、そうなることを期待します。じゃないと、何も発展しませんよ」
「そうだな」
「これから公爵様もこの馬車の製作に着手しますよね? その時、『他にこれを利用して何か売れないだろうか? 』って考えませんか?」
「正直に言えば、考えたな。私の事業に織物がある、自信を持って君にもお薦めできる良い品だ、それがこの馬車を使って隣接する領だけでも売り出せたなら、と考えた」
「それですよ」
「なに?」
「そういうのが、必要じゃないですか? 誰かが何かをやったとき、閃く、気付く、って大事ですよ。真似だろうがなんだろうが、食らいついてくる気概がないと発展なんてしないと思います。いい方向に、発展するように、この移動馬車を作らせてくれ、使わせてくれっていう人が増えるのを結構本気で願ってたりします。すみません、生意気なこと言って」
「……いや、貴重な意見だった」
公爵様は、私の隣、静かに馬車を見つめる。
「今はまだこの馬車を 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》の商品以外で使うことを許可は出来ませんが、この馬車を複数の領で、他国で所有して私の望む使い方で使ってくれる事が定着したら、公爵様も遠慮なく言って下さい。『使うぞ』って。そしたら私がお客さんになりますから」
「ああ、そうだな。そうなる日が一日でも早く訪れるよう、私も尽力させてもらう」
「はい、ありがとうございます。そして、よろしくお願いします」
ちょっと公爵様と感動的な会話したのにね。
片付けが。
大変だぁ。お店明日も休みにしてよかったぁ。
「ま、実際にやれば売れ残りを片付けるだけだからいいじゃないか」
ローツさん、そんな軽々しく笑うけどね。
「これ、ローツさんの実家とナグレイズ子爵家と他複数、関係各所にこういうことやるよって人を呼んで公開するときまたやるんだけど?」
「……あと何回予定してるんだよ?」
「三、四回になるってグレイが言ってたからね」
「もっと人員増やしてやろう」
「バミスでの公開まで機密にする内容が多いからそれは無理」
「これ、重役がやることか?」
「重役だからやる」
そんな泣きそうな顔しても無駄よ。
大変だけどこれも大事なこと。何人でどれくらいの時間で品出ししたり片付けたり出来るのか、そういったデータは必要なのよ。
「主と我々の要望としましては、まずジュリさんが今回製造された馬車をお借りし販売会を実施する方向で調整させて頂きたいです」
「あれっ、馬車作らないの?!」
「もちろん後日作らせていただきますよ、ただこちらとしてはバミスとベイフェルア、しかもこの東端の地を転移にて物や人を動かすことに重きを置いています。これほどの距離となると過去にも例がほぼありません、実績を得るにも大変有益な転移になるだろうと」
「なるほど、バミスとしては転移のデータと実績を取りたいわけだ? それなら貸し出しってことでそれなりに転移の費用割り引いてくれると嬉しいわね」
「ええ、そのあたりは改めて話し合いをさせていただければ、と」
ようやく正気? に戻ったアベルさんとそんな話をしていたら。
「あ? はっ?!」
キリアのちょっと大きな声。
「え、なんで入ってるの?」
困惑というか慌ててるそんな声。側にいたローツさんも頭を抱えてて。グレイと二人顔を見合せて、彼女達の所へ向かうと。
「はっ?!」
私までそんな声が出てしまった。
「ジュリ、これは……」
グレイも何でだ? って顔して。
「えぇぇぇぇっ? なんでだあ!!」
それは、予備で持ってきた荷箱で、服を汚したら困ると思い公爵様やアベルさんが必要とするなら使って貰おうと思って持ってきたエプロンとかタオルとかを入れておいた箱。結局誰も使わず開けもせず端に追いやってたんだけどキリアは片付けながら馬車に乗せる荷箱をまとめておく場所に移動しようとそれを持った時、妙に重いことが気になったと。ここに運び込んだ時にもちょっと気にはなってたけど、準備に集中していたから今の今まで忘れていて。『そういえば、重いものなんて入ってないはずなのに』と。そして開けて見たら。
「これはなんだ?」
「これ、なんですか?!」
公爵様もアベルさんも、側近の人たちも興味津々。
中に入っていたのは。
今度売り出す予定の額縁と 《レースのフィン》の新作がま口とパッチワーク。
スライム様を使った透明のフレームに、金縁の内枠があるだけのシンプルなもの。地球だとガラスで出来た写真立てを見たことがある人も多いと思うあれそっくりな額縁。大きめの絵が一枚入れらるものと、二枚同じサイズの絵が入れられるもの、大きさの違う三枚の絵が入れられるもの。額縁の『ジュリ監修』商品が販売開始となったので満を持してこちらもお店専用商品として売り出す予定のそれが入ってた。ガラスよりも割れにくく、価格も抑えられる擬似レジンなら売りやすいしその見た目はきっと人気が出るだろうと自信をもっている。
そしてがま口はレースを組み込むのが難しくてデザインが限られるため意気消沈していたところに最近影で『編み物の神様』と呼ばれているフィンの一声。
「無理に本体の全面やポイント使いに拘らなくても。肩掛けベルトに縫い付けたりキーホルダーがセットの鞄もあるんだからそのキーホルダーにレースを使えないか工夫をしてみたらどうなの」
と。後で『……余計なこと言ったかもしれない』とフィンが視線を反らして私に言ってきたくらいには、また金物職人さんたちに『足りねぇぞ! 口金もっとつくれや!!』と荒くれ者顔負けの無茶ぶりを女性陣がしまして、あわや喧嘩勃発になったりしましたよ。で、そんな危機を回避して生まれた大きめのがま口鞄二つとお財布三つが入ってた。
そしてパッチワークは元々布だけの作品ということもあって恩恵持ち二人と布を扱うのが得意な一部の作り手達が商品開発に尋常ではない意欲を見せていて、レースのドイリーをヒントにパッチワークで本体を作りその縁取りにレースを使ったドイリーや、これを本当に食事の時に使う人いるのか? と疑問に思う同じくパッチワークにレースの縁取りの超豪華ランチョンマットの二つは日々あーでもないこーでもないと熱い議論でデザインが考案されているので、なんと各五枚ずつ、色合いも形も違うのが入ってた。
「……今日、公爵様と会うって皆が知ってるもんね」
そう呟くと、グレイとローツさん、そしてキリアが本日二度目の遠い目をした。
「「「誰が犯人か分からない……」」」
嫌なセリフでハモったね。
明らかに、売り付けるつもりだ、これ、公爵様相手に『またいっぱい買ってねー』って奴だ。
こんなことするやつ誰だ、まったくもう!! ……容疑者多過ぎて絞り込めない。というか、複数犯、いや、集団だ、これ。
「額縁か! これはいい!!」
「窓辺に置いたら素敵ですよね?!」
「これはパッチワークと言ったか? 面白いな、娘が欲しがりそうだ」
「こっちの鞄もいいですね、レースが鞄本体だけじゃなく肩掛けベルトに使われていて贅沢です!」
公爵様とアベルさんがニコニコだぁ。
「君の所の押し売り隊のお勧めか?」
「その名称非常に嫌です、そしてまだ販売前です」
「買うぞ? あるだけ」
「私も欲しいです!」
「売らないよ!!」
とっても偉い二人を相手に素でタメ口、申し訳ない……。許して。
この後、しつこい二人を振り切るのに時間がかかり、私は無駄に疲労した。
内覧会だけでも大変なのに、本当にやめて欲しい。
そして訂正あります。
『14*アストハルア公爵』の初回更新時 冒頭にある季節表現が変わっています。
夏の盛り→夏の気配 です。




