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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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14 * 身を守る方法

ブクマ&評価・感想、そして誤字報告ありがとうございます。

「話さないのか? 今いいタイミングだと思うが」

「え、何が?」

「先日のアストハルア公爵に言ったことだ」

「ああ、お金稼ぐよー、金儲けするよーってことね」

 私の言葉に商品の箱詰めを手伝ってくれているローツさんとキリア、そしてフィンがかたまった。

「儲けないとね。小金持ちババア量産にもっと力をいれないと」

「え、なんでそんな話?」

 キリアが手を止め立ち上がる。

 公爵様と話したことを聞かせると、キリアとフィンが納得はしたけれど、でも『金儲け』という単語が些か私とは縁の無いものに感じているのかちょっと納得していない顔をする。

「金儲け優先って訳じゃないよ。でも資金は得たいのよ。今後のことを考えると」

「……資金力での、権力牽制か?」

 何となくいつかそんな話は出るだろうとこの人なら気づいてただろうね。ローツさんは言葉を選んで確認してきた。

「そう。万が一……国が荒れたら貴族は間違いなく影響を受けるよね? その影響を少しでも回避するために、 《ハンドメイド・ジュリ》をいずれは私個人で商家登録しようと思ってる」


 キリアとフィンが息を飲んだ。

 商家登録の話はグレイとは以前からしていた。けれどそれは『後ろ楯があることを前提に』した登録。つまり、侯爵家ありきの商家となる。

 商家には二つのパターンがあって、今言ったような貴族家の親族や後ろ楯を持っている人たちが立ち上げるものと、シルフィ様の実家であるバニア家のようにそういった柵のない立ち上げをする二つ。

 私はその後者での立ち上げを目指している。

 侯爵家含む貴族からの出資を一切当てにしない、自分の資産だけでの立ち上げを。

 ただ、これは国にとっていささか都合が悪い。国と貴族の柵がないのでいざとなったら全てのお金、資産を持って国外に逃げられる。だからこの柵無しの登録をするには私個人の資産が一千万リクル(日本円換算およそ十億円)と途方もない額が用意できなければならない。資産で信用を示すんだね。それが出来ないからほとんどの商家は貴族の傘下に入り、何かあれば貴族を頼り、その力を借りるし、その代わり貴族に見返りとして利益を還元したりする。

 これには家を継がないグレイやローツさんも一切お金を出せない。彼らは家を継がなくても貴族であることには変わらないので、一リクルでも出してしまえばその時点で独立しているとは言えない。

 というか、現状すでに二人は私から株主制度とは別の、強制力のある決定権が付随する経営権を購入している。それが《ハンドメイド・ジュリ》を筆頭にすべての事業の資金になっているのでこれが後ろ楯として見なされる。


 でも、この事を考えるようになってから、ならば出来る範囲で『分離』していこうと考えた。資金さえ調達出来れば、法に従い二人に返済して一度全ての経営権を買い戻して所有し、リスク分散のために改めて三人で事業を細分化してそれぞれ事業主となればいいと。


「三人で今ある事業とこれから増えていくかもしれない事業を独立して持つことを視野に入れてるの。簡単なことではないから、十年単位で計画しないといけないけど、いずれはそうしたい。だから今から立ち上げる事業とか企画全て三人でそれぞれ誰がその分野を受け持つかの検討もしていく」

「ちょっと待て」

 ローツさん、声が裏返ってるよ?

「俺は聞いてないぞ?!」

「うん、今言ったからね」

 キリアとフィンがローツさんを憐れみの目で見つめてる。

「でね、ローツさん」

「なんだ?」

「今ローツさんって経営権取得に四十万リクル出してくれてるでしょ?」

「ああ、そうだけど」

「あと六十万出して?」


 ……。

 脈絡なく大金を出せと言うなとキリアとフィンに怒られました。

「出せるけどいきなりだな?!」

 出せるんだ?! というキリアとフィンの驚きを無視してグレイが笑う。

「必要な体裁のためにな。……私は爵位を得る」

 三人がピシリと固まった。

「それでもって、独立性を高める、ローツのはその前段階だと思ってくれ」


 これはね、以前からグレイが悩んでいたこと。

 ククマットは侯爵家の領地。グレイのものではない。

 何をするにも最終的に侯爵家の許可を得なくてはならない。この事にグレイが悩んでいた。

 そんな時、エイジェリン様が打診してきた。


 ―――グレイセル、クノーマス侯爵家の分家を立ち上げ、ククマットを得ろ……―――


 と。

 グレイも考えていた。

 召喚されてから時間の経過と共に侯爵家との繋がりが濃くなり、王家との距離が望まない形で縮まる傾向が見え始めたこと。

 初めから私と侯爵家は繋がりが強くて、公然の事実として広く知られてしまっている。

 何かあればお互いがお互いを巻き込むことになる。


 そのことをグレイは悩んでいた。

 貴族社会に関わりつつもせめて自分だけは私やククマットを王家から距離を保つという守り方が出来ないか、と。


 そんなときにエイジェリン様からの打診。

 エイジェリン様の叙爵の準備が全く進んでいない、というか対立している。侯爵様が単純にまだ爵位を譲る気がないか、なにか理由があると思われる。エイジェリン様は私やククマットのことを侯爵家から形式上でも切り離しておきたいのと侯爵位を得たい理由があるらしい。父と子の間に、クノーマス家の今後について折り合いがね。

 グレイと見ている方向が少し違っても今の状況を憂いているのはエイジェリン様も同じ。王家と王家に癒着する権力を牽制するには何らかの手段を講じなければと考え抜いた結果がグレイの悩みと交わった。


 矛盾するかもしれないけれど、グレイの叙爵には実はグレイ個人にも、私にも利がある。


「もし叙爵できるなら今得ている私の資産が新興する分家のものとしてクノーマス侯爵家から完全に切り離される」

「あ!」

 ローツさんが直ぐ様気づいた。

「万が一の時に、没収されないですね」

 そう。

 万が一。侯爵家が王家から『金を出せ』といわれても、グレイは伯爵家として独立してしまえばそこに含まれない。そして本当にグレイが叙爵すれば数年間はあらゆることが免除される。

「あ、そっか。新興した家からって他領での有事に資金援助しなくていいんだっけ? あと、徴兵もなかったかな」

 キリアがそう納得した顔をして呟けばグレイが頷く。

 そして法スレスレにはなるけれど、そういう万が一の兆候が見られたら侯爵家が事前に資産をグレイに移して守ることも可能になる。どっちも同時にそういう目に遭えばどうにもならないけれど、でも少なくとも数年間は法によって確実に守られ、社交界を敬遠しているグレイの下に私が入ることになるので王家の影響を受けやすい侯爵様の下にいるより自由に動きやすくなる。反面、侯爵家は切っても切れない関係なのでおいそれとグレイと私にちょっかいをだしてくる人は減ることはなくても増えることもなく現状維持できる。

 非常に難しい舵取りは迫られるけれど上手くいけば何気に絶妙な位置に立つことが可能なのがグレイの叙爵。


「そして、グレイが叙爵で得られるものの一つに領地があるでしょ。その領地をこのククマットにするの」

 本来なら、別の国有地を貰うけれど、今のところ国にはそんな余裕なんてない。叙爵の承認がこの国でなかなか得られない最大の理由でもある。でも、その領地が本家のごく一部ならば国には一切の痛手はないし、広さとしては国どころか大陸一狭い領地。それしか望まないグレイに国がイチャモンなんて言うわけない、というか言えない。

 しかも貴族税というものが国に入ってくる。グレイが個人で得ていた収入は今まで全てクノーマス家と一括でクノーマス領の税金としてしか納めずに済んでいた。それがこれからはグレイが通常の税の他に貴族税を払うことで微々たるものだとしても国はお金を得る。

 しかも『分家設立制度』には、叙爵の許可を得るという名目で国に百万リクルという大金を納めなければならない痛手はあるもののそれを払拭するだけの旨みもある。

 本来、爵位は男爵から始まる。でも分家の設立に限り本家の爵位の一つ下から始められる特例法が存在する。なのでグレイはすぐに伯爵位を得られることになる。

 優秀な一族、資産を持っている一族を外国に流出させないため、王家の税収確保のためのベイフェルア国独自のなんとも身勝手な法だけど、お金を得るのが優先になっている法ゆえに、中身はガバガバなわけでそこを上手く利用すればいい。

 私としてもグレイによってここが伯爵領として管理されれば選択肢が増えることを意味する。そして法の隙間を上手く潜り抜けてこちらの都合に合わせて事業展開も可能になる。


「……前に、言っていたあれか? 【技術と知識】の秘匿が、しやすくなることもだな?」

 ローツさんが探るような目を向けてきた。

「うん、それもある」

「え、そうなのかい?」

 フィンがびっくりした顔をした。

「ちょっとね、色んな方法を試したくて。技術を広めて根付かせるのに、ただ広域に気軽に広めるだけじゃなくてもいいのかなと思うものが結構あるから」

「ジュリのその言葉で、私も思うことがあってな。……現状、父が侯爵である限り、王家との繋がりはこれ以上疎遠には出来ない。今ある技術をいつ、王妃を介し王家から『無償提供せよ』と言われるか分からない。そうなったら、父は従うだろう。兄になれば状況は変わるが、私が叙爵するならば兄の叙爵は先でもいいし、侯爵位の継承となると、叙爵にも色々と慣例やなんだと手間が掛かってしまう。私の場合、本家からの打診、そして王家にとって不都合がないことから最短半年での叙爵が可能なはずだ。なるべく早くククマットを切り離したい、王家に捕まり搾取される前にな」

「て、ことはもうその準備中、なんですね? クノーマス家の分家なら伯爵家の新興ですか?」

 ローツさんの問いにグレイは頷く。

「でね、ローツさん」

「なんかまた突拍子もないこといいそうだな?」

「お金出すついでに、フォルテ男爵ならない?」


 ……また、キリアとフィンに怒られた。ローツさんが頭をかかえてる。

「なるほど、そういうことか。俺の資産が安定的だと示すにも経営権をさらに取得するのが手っ取り早いってことだな? そうすれば叙爵も容易いしな。俺の場合……フォルテ家のどこか山の一つでも領として貰えばいいわけだ? 本家にも王家にも不利益が出ない土地を」

「そういうこと。そしてローツさんが独立してくれれば、分散したい 《ハンドメイド・ジュリ》関連の資産の分散先として物凄く安全なわけ。侯爵家と全く別の家だからね。子爵家の説得には、私たちも協力するから検討してほしいの」

「叙爵に必要な金は兄上が全て用意すると言っている、フォルテ家にとっても悪い話ではないはずだ。ローツに継がせられるものが出来るならと前向きに考えてくれるだろう」

「分かりました、父と兄に話してみます」

 なんて話してたら。

「……ちょっとまって?」

 キリアがとても深刻そうな顔をした。

 なに?

「……てことは、あたしたちの領主、グレイセル様?」

「え? あ、そうなるね? そうそうグレイが領主様」

「い」

「い?」

「今さら『領主様』とか『伯爵様』とか呼べないけど?! この人!」

 あ、この人って言っちゃった。グレイが哀愁漂う顔しちゃった。

「改めて」

「ん?」

「キリアの私への評価の低さを実感したな」

「低くはないよ、ただほら、グレイはハルトと同類でちょっと色々と変だし、規格外だから高貴な人というより奇特な人に見えるのよ」

「……」

『それ、フォローでもなんでもないぞ』というローツさんの呟きが聞こえたような……。


「グレイと親密なお付き合いしてる私のリスクとしては、グレイが社交界に出ることになればそれの同伴をすることになること。間違いなくいろんな方向から近づいてくる貴族を振り払うのがちょっと大変になるかなと思ってる」

「それあんたが一番嫌がってたことじゃないの?」

「そこは協力を得ることになっている。ジュリには 《ハンドメイド・ジュリ》を守り、【技術と知識】を広めるのに専念し社交界には出さなくていいと本家が言えば問題はない。それに元々私も社交界には顔を出したりはほぼしていないから、そこを無理に変える必要はないだろう。勿論同伴必須の大切な夜会等はジュリと共に行くことになるがな」

「それで店を空ける日が少し増えるとは思うけど、事業を拡大していくならそれは必然的に避けられないことになるから前向きに考えていい機会だと思えばね」

 あまりのことにキリアとフィンがとても驚いてはいたけれど、なんとか納得はしてくれた。


 そしてやっぱり気になることは、この先のこの国のこと。


「どうなるんだろうねぇ」

 ため息混じりでフィンが呟いた。キリアもため息をつく。

「なんとかならないの? 末端の私たちでさえ、いい噂聞かないんだよ? そりゃああたしたちはグレイセルさまとかローツ様から色々と聞かされてるから知ってるんだけど、それでも、貴族との接点がない人たちだって言ってるよ? ジュリやグレイセル様が今の生活を変えてまで色んなものを守ろうと必死に動かなきゃならないなんて、この国おかしいわよ」

 こうして話してみると分かること。

 国民はすでに気づいている。

 この国が、歪んでいること。

 その事に、中枢は気づいていないのかな。

 本当に気づいてないの?


「その話は、これからも皆でしていこう、大事なことだ」

 静かな落ち着いた顔のグレイが顔を上げる。

「出来ることをしていくしかないだろう、微々たる力でもな。それよりも」

 ん? なに?

「まずは終わらせないか。明日移動販売馬車に陳列する商品の箱詰めを」

「「「「ああ……」」」」

 そうだった。

 いつの間にか一服だとお茶してたけど。全然進んでなかったね。

 そう、明日アストハルア公爵様に実際に商品並べた移動販売馬車を見てもらうんだよね。ヤバい、半分も箱詰め終わってない。


 うん、がんばろっか!!


爵位についてですが、ご都合主義でもって作者の中にあった不都合をぶっ飛ばさせていただきました、ご了承ください。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  >「キリアの私(グレイ)への評価の低さを実感したな」  どこまで下がるか見物ですね(笑)
[一言] いざとなったら夜逃げできる方向性か
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