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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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14 * アストハルア公爵

新章です。


初回更新時 冒頭にある季節表現した部分を修正しました。


夏の盛り→夏の気配


となります。

 『監修商品』とは別に私たちがお店で売り出す額縁のデザインの決定や新しく始めた大市でのくじ引きと他の店とのコラボ、新色の糸が増えて 《レースのフィン》と露店関連の作り手たちが浮き足だってその糸を受け取りにこぞってやってきて 《レースのフィン》は休業中なのに店前に行列が出来るという奇妙な現象を起こしたり。


 そんな日々が過ぎて季節は夏の気配を肌で感じるようになりつつあった。

 朝晩の空気の質が変わって、農地の作物が育ち色を変えたり。

 季節の変化に富んだクノーマス領に日本の四季を思い出させるそんなある日。


 その人は六人もの人を伴って転移してきた。

 護衛だけでなく、それぞれ役割があるからだと分かったのは、剣を携帯している人が二人しかいなかったのと何より誰かに体を接触させて転移してきたのではなく、ご本人が一人で約束の場所に風を纏いフワリと現れたことから、この人も相当な魔力の持ち主だと伺える。高位の魔導師としての実力があるんだろう。


「初めてお目にかかります、ジュリです」

 その挨拶に、特に笑顔を返すわけでなく、その人は私にスッと手を向けて来た。

「堅苦しい挨拶は必要ない」

 ……んーと? これは、単に握手を求めてるのかしらね? そう判断して手を出すと、すんなり手を握り握手となった。

 私のことをよく知っている感じがする。

 堅苦しい挨拶を嫌うこと、性格的にこういうことで怯むタイプではないこと。その辺はきっとご令嬢やお付きの人たちから聞いているだろうし、それなりに【彼方からの使い】に対しては友好的な人のようなのですでに私のことは詳しく調査済みなのかも。

 服装はぶっちゃけグレイとローツさんよりも見た目が質素、ここで誰に会っても誰なのかバレにくいよう装ったのかもしれないけど、ここは侯爵子息であるグレイの私有地なので誰かが不用意に入ってくる場所ではない。そういうのを気にしなくていい場所。本人の好みか、それとも意図してそうしたのか分からないけど、何となく私に気を使ってくれている気がする。だって私とキリアはいつも通り、 《ハンドメイド・ジュリ》の制服。無地の白シャツに紺色のロングスカート。なんの飾り気もない黒のエプロンに腰には道具を入れるシザーバッグ。実際に動いて説明となれば余所行きの格好なんて不釣り合い。だからいつもの制服で対応させて頂きますという旨を事前に連絡してあったの。

 もちろんグレイとローツさんも、貴族の一員としてその人に失礼にならないようにちゃんとした服を着ているけれど、彼らも動くのを想定した服装だから見た目はかっちり、でも身軽に動ける範囲になってる。

 けど。この人はそれよりも質素。素材はもちろん高級だろうな、という上質なもの。でも『お忍び』用かな? という感じ。

 見た目で私に警戒されるのを避けているのかも。


 そしてひどく静か。

 尊大な態度はもちろん、好奇心すら感じさせない冷淡にも見えるその顔が私には大変ありがたかった。

 ここで騒がれたり身勝手なことをされたらきっと私は『この人も所詮は貴族だな』と偏見ではあるけれど幻滅したかもしれない。


 だからこの段階で、私の中ではこの人は敵か味方のどちらかと問われたら間違いなく味方に近い印象を受けた。



「わざわざ来ていただいて本当にありがとうございます。『公爵様』に来ていただくのは最初気が引けたんですけどね、()()ばかりは転移も簡単にできませんから」

「構わない」

 ピシャリと一言を放つその雰囲気はやっぱり只者ではない匂いをプンプンさせている。

「それより、いつも娘が世話になっている。店のルールをちゃんと守っているとは聞いているが迷惑をかけてはないだろうか?」

 お、この人もやっぱり父親なんだね。少しだけ、顔が柔らかになった。


 アストハルア公爵。


 歳は、侯爵様より十歳若いと聞いているけど、ちょっと神経質そうな顔で見るからに頭が良さそうなインテリ系のなかなかのイケおじ。

 片眼鏡が似合う。あ、眼鏡の鎖に飾りを付けたら売れそうだわ。後でキリアと相談。

「いつもお嬢様はとても礼儀正しくて非常に良い常連様ですよ」

「話し出すと止まらなくなり、度々護衛に付かせている者に窘められていると聞いている。仕事の邪魔だけはするなと言い聞かせているつもりなんだが」

「おしゃべりは皆さんしますよ、むしろお話ししないと好みのものを提案出来ないこともありますし、若い人の感性は参考になります、私も楽しんでいるし有意義に過ごさせてもらっています」

「そうか、君がそういうならこれからも度々伺うと思うのでよろしく頼む」

「はい」


 うん、この人。

 敵ではない。

 女の直感? 【彼方からの使い】の直感? 分からないけど。


「グレイセル殿も久しいな」

「お久しぶりでございます、公爵様」

 いやぁ、この二人の会話には少し緊張したよ。お互い嫌みとか言い出したらどうしようかとこっちはがっつり構えてたから。

「ちなみにそうなったらどうすんの」

「バケツに水汲んで足元に置いておく。それをかける、満遍なく二人に掛ける」

「それ、投獄されそう」

「うん、まぁ、その時はその時。とりあえず嫌な空気は霧散する」

「あんたがそれでいいならいいけど……」

 キリアとそんな話を真面目にしたくらいには私も緊張するわよ! でも社交辞令とはいえギスギスすることもなくて笑顔も見えるから大丈夫でしょう。足元に用意したバケツの水が無駄になって良かった良かった。『何に使うんだ?』と、朝からグレイにはしつこく聞かれたけど、これならもう話す必要はないね。うん。


 こちらは私とグレイとキリア、そしてローツさんの四人だけにした。侯爵様たちがいるとそれこそ挨拶なんかで大変だし、出来れば私はそういうのを気にせず公爵様に説明したいとどちらの家にも伝えて人数は最小限、という指定をしてあった。

 移動販売を始めるきっかけはエイジェリン様だったけれど、バミス法国を巻き込むことに決めてからは侯爵様の判断でクノーマス家はしばらくこの件に関与しないことに。大国との接触を国をすっ飛ばしてクノーマス家がするのは色々まずいだろうという事だった。それにアストハルア家が全面的に協力してくれるならば他所の介入や妨害を今以上に防ぐ手段になるからと侯爵様はそちらに重きを置いてくれた。溝がある関係にも関わらず私の事を優先してくれたことに本当に感謝しかない。

 そして、キリアのことは紹介する必要があったのよ。間違いなく彼女は私と同じレベルの物を作り出す手をしている。今後の 《ハンドメイド・ジュリ》を担う重要な一人。公爵家との関係が続くならお互い知っておいて欲しいと思った。


 そして公爵様側。護衛は二人の最小限、そして他の四人は転移が出来る繋ぎ役をしてくれたアベルさんの親戚であり側近だという人と、今回の計画で必要なこちらの意図をしっかり把握してもらうためにもう一人側近、もとの世界なら建築士に当たる二人をそれぞれ紹介された。この人たちは全て公爵様ご自身の部下で全員魔導師になれるレベルの実力者でもあるそうな。すごいわ、こんな人材個人で雇ってるの、さすが。


「じゃあ、さっそくお見せしますね、質問があれば私たち誰でも構いません、聞いてください」

 この『馬車』の開発はグレイが細心の注意を払って職人と密に連携を取りながら作らせた。『移動販売』を目指す私のこの案が他に漏れて先に別の用途で馬車が使われるのはさすがに嫌だったし、なによりまだ準備段階、アベルさんにも協力要請して情報はごく一部で留めて貰っている。先行して噂が流れても困るのよ、いつどの段階で出来るかわからない不安定な要素があるから。


「こ、これは!」

「なんと……」

 公爵様以外が感嘆の声を上げる。大きな倉庫の中央、その馬車がドン、とある。

 馬車というより、家。


 移動販売専用馬車の御披露目よ。


 車輪が左右三つ、乗り合い馬車より遥かに大きなその本体を支えるにふさわしい立派な車輪がついている。お店の外観に限りなく近づけるため、外壁はアイボリー、屋根は深緑色。いかにも木材というのが分かる外観はちょっと抵抗があったので壁と屋根を限りなく店に近づけるため素材に拘った。このせいで重くなって車輪が増えしかも太くなったんだよね。

 入り口は一ヶ所、普通の扉より幅は狭い。極力無駄をなくすために、内部の空間確保のために他には窓も細く二ヶ所だけにしてある。魔石を使うランプなら火事の心配もないから、自然光は最小限で大丈夫。

 馬車に乗り込むための階段は分解出来るものにして、馬車の専用の隙間に格納出来るような設計にしてもらった。

 そして内部は至ってシンプル。

 両面棚があり、床から五十センチの高さまでは引き出しタイプの収納スペースにした。そして奥にお会計スペースと希望が多いラッピング用品をおける場所があるだけ。余計な飾りや工夫は一切せず、とにかくシンプルに仕上げた。

 実はこれには見本にしたものがある。

 とあるチョコレートメーカーがやっていた移動販売トラックをモデルにしたのよ。シンプルな作りで、でもちゃんとお会計スペースと袋などの備品の置き場が狭い中に確保されてたんだよね。

 これの最大の利点はね、天候に左右されないの。商品が雨風に晒される心配が必要ない。そしてなにより、ディスプレイにこだわれる。

 大きさと外観のシンプルゆえの無機質感は、両側の壁に 《ハンドメイド・ジュリ》と書かれた木製の可愛い掛け看板を飾り、外には入り口付近に置くイーゼルに立て掛ける黒板のメニュー表ならぬ商品一覧表も用意した。ハルトが 《本喫茶:暇潰し》を開店した時にお祝いでプレゼントしたのと似ている可愛い装飾に拘った。これでお店だと分かりやすくなるのと見慣れぬ物への不安感を払拭出来ればと期待してる。


 そして。

「一つ、聞いてもいいかな?」

「はい、どうぞ」

「後ろにある、あれは予備、というわけではなさそうだが?」

 お、さすが公爵様。他の人たちと違ってちゃんと見てたね。

 そう、実はもう一台、移動販売馬車がある。

 予備ではなく、もう一つ別のを用意したのよ。これこそよく見かける移動販売車に近い形をしてるわね。


 大きさは先に見せた馬車より一回り小さくて、売り子さんが出入りするためだけの扉が片面にあって至ってシンプル。そのかわり、片面が上半分がガバッと開けられて、それが日除けの屋根代わりに。解放されたその片面は更に専用の丈夫な板が張り出せる仕組みになっていてそこに商品が並べられるようになっている。馬車の中は売り子が出入りする側に棚があって、売り出す商品の在庫を置くためだけじゃなく、目玉商品を飾ることも出来るように棚が自在に取り外しと移動ができる。

 ちなみに、この馬車のデザインは神社でお札やお守りを売っている感じもアイデアとして取り入れた。しきりがあって、その中にお守りが並んでるの、あれって結構目移りして楽しいなぁ、と思って。こちらの露店ではそういう売り方が珍しいのでその目新しさも集客に繋がればとね。


 今回、どうしてこの二台を用意したか。

 実は一台目の設計の時点で場所によっては行商や露店のように気軽に見れる売り方もあった方がいいかも? と悩んだのがきっかけ。そこで私が簡単に思い付いたデザインを見せると、

「そうすると、こっちの馬車なら細かいパーツメインで売れるよね? お祭りにあわせて出店するなら、安い単品パーツ多めにした売り方もアリだし、研修棟の作品を多く出せると思うからお店の負担も減るんじゃない?」

 とキリアやフィンの意見も後押しとなったわけ。

 そしてグレイからも

「それなりの金がかかる馬車だ、選べた方がいいかもしれないな。二台の用途の違いを説明すればその土地にあった方を領主なら選ぶだろう」

 ってね。

 それで、思いきって二台の移動販売馬車を作ったのよ。


「ふ、はははははっ」

 びっくりした!!

 公爵様が笑いだしたよ?!

 なによ?!


「恐れ入った」

「えっ?」

「そして感謝する。私に声をかけてくれたことを」

「それって……」

「ぜひ、協力させてくれ。金も人材も惜しまない」

「はい!! よろしくお願いします!!」

 やったね!!

「この場にいられることを君や侯爵家に感謝せねばな」

「あ、それでしたらその感謝する中にお嬢様も入れてあげてくださいね?」

「娘を?」

「ええ、だって、お嬢様のあの品行方正、淑女な振る舞いが公爵様なら話が通用するんじゃないかって思わせてくれたんです。お嬢様がいなかったら、今もまだ、どうするのか悩んで馬車の御披露目どころか、設計も出来ていなかったと思いますよ」

「……そうか。ならば、娘には何かお土産を買って帰るとするか。あ、しかし、今日は店は休みだったな」

「大丈夫ですよ」

 私がそう答え、振り向くと穏やか顔をしたグレイが頷いてくれた。前もって打合せしていたことを私ではなく、グレイに言ってもらう。

「良ければ、皆様でお店と工房をご覧になりませんか? おもてなしの代わりに貸し切りでゆっくりご覧頂きたい、商品に対する疑問や質問もどうぞ気兼ねなくしてください」

「そうさせてもらおうか」


 グレイの緊張が明らかに解れていた。

 挨拶以降ずっと黙っていたローツさんと私は、目が合った。合って彼は頷いた。

(大丈夫そうだな)

 私も頷いて返した。


 これは、大きな一歩だ。






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[一言] チョコレートの移動販売……R○YCEかな?
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