13 * とある職人、悩む
本日よりGWスペシャルとして一日一話連続更新します。
そして本日は裏話的な。
私がクノーマス領のトミレア地区にある金細工工房『肉好き職人の金細工工房』に弟子入りしてから早七年。最近ようやく炉の管理や添加物の調合を任せてもらえるようになり、実際に作品を作る機会をもらえるようになって金細工職人の駆け出しの一人として認められた。
……工房の名前は気にしないで。工房主であり金細工職人であり私の師匠リディクさんが前の工房主から工房を譲り受けたときに俺の好きな名前に変えるって変えちゃった結果だから。私が弟子入りする前のことだからどうしようもない。兄弟子たちもそりゃ猛反対したらしいんだけど、リディクさんが押し切ったらしい。なのでこの件については私は何も語らないからね。
「おいミサ」
「はーい」
「ギルドに行って魔導通信具に使う封筒買って来てくれるか?」
「いいですけど、どうしたんですか? 何か急ぎで連絡するようなことが?」
「ああ」
今私たちは王都に来ている。
リディクさんは二年に一度、王都で買い物をするため、滞在わずか数日の為に私たち弟子を伴って、春先、草木の新芽が次々顔を見せ始めるようになると出発して往復と滞在合わせて凡そ二ヶ月という時間を費やしてわざわざ訪れる。
その理由はここ以外では入手困難なものがあるからに他ならないんだけど。
私は今回で二回目の同行で、のちの工房主として期待されている兄弟子ティゼさんはずっと同行している。王都にはクノーマス領では手に入らないものが沢山あるからと目利きの修行も兼ねて必ず弟子を二、三人同行させるのは領主の侯爵様の心遣いで、私たちの旅費は全て侯爵様が出してくれている。そんな侯爵様のためにも毎回リディクさんを含めて私たちも沢山のものを目にして勉強することになるんだけど。
王都に隣接するある領の地区を早朝に出発して昼過ぎに王都の関所に着いて、宿に荷物を預けて直ぐにこの国最大規模の市場に繰り出したのが数時間前。今は夕方、宿の夕食が食べれる時間になり、食堂が賑やかになりだしたけどリディクさんは市場を一通り見て宿に戻ってきてからずっと険しい顔をしている。
その最中のギルドから封筒を買ってこいの指示。
転移魔法が組み込まれた魔導具を使って手紙を送るとき、破損や消失の恐れがなくなるので特殊な封筒を使うのが常識なんだけどこの封筒、王都はやたらと高い!! クノーマス領だと十五リクル前後なのに王都は五十リクル!! 三倍以上だよ?! しかもそれで性能は一緒なんだって、なんなの? それ。
「王都価格だな」
って、兄弟子のティゼさんが冷めた顔して言ってたけど、それにしたって高すぎでしょ。まあ、その経費も全部侯爵様が出して下さるから大きい声で文句は言わないけど。送るだけでもお金がかかるのに、封筒でその価格っておかしい、うん、絶対に。
そんな私の不満は置いといて。
「ミサ」
「はい?」
「もしかすると明日王都を発つかもしれないから」
「えっ?」
封筒を買うお金を預かり、早速ギルドに向かおうと宿を出た私を追いかけてきたティゼさん。何事かと不思議に思っていた私は、その言葉に思わず立ち止まる。
「ギルドの売店はもうすぐ閉まるから行くぞ」
「あっ、はい」
ティゼさんに促され慌てて歩き隣に並ぶとティゼさんはリディクさんのようにとても険しい顔をしている。
「あの、一体何でですか? リディクさんも様子がおかしいし」
「痺れ松の買付が出来ない」
「……え? ありましたよね? 沢山」
「あったが、あれは駄目だ、使い物にならない」
「……ええっ?! それ、マズイですよね?!」
痺れ松。
松ぼっくりに麻痺性の毒がある魔性植物の一種。この痺れ松は私たちのように刃物や工具を使う人にとってなくてはならないもの。
この痺れ松の幹を乾燥させた材木は工具類の取っ手や柄、工具の土台など、とにかく幅広く多用されている。とても硬質で摩耗しにくく強度もあり、それでいて木材特有の温かみがあるのでこれを使うと他の物は使えないとまで言われていて、私も道具は全てこの痺れ松のものを使っている。
この痺れ松、特定の土地でしか育たなくて、ベイフェルアだと四領だけ。しかもその販売権は王家と産地の一ヶ所であるベリアス公爵が握っていて国内で入手するにはこの王都に来るしかない。
だからわざわざ二年に一回、二ヶ月もトミレアを離れて買い付けにくるのに。
「全部、無理矢理乾燥させていたものだ」
「無理矢理、ですか?」
「ああ。そのうち痺れ松の目利きもさせられることになるから覚えておくといい、難しくはないからな」
封筒を買った後、ティゼさんは王都に着いて一番最初に訪ねた専門の商店で一本だけ、しかも一番細く短い痺れ松を買い、その足で痺れ松の取り扱いはついでにしているような材木店でまた一本、痺れ松を買っていた。理由を尋ねても教えてくれなかったティゼさんはリディクさんに痺れ松を買ったことは話さずに私が封筒を渡すと『観光に行ってきます』と私を宿から連れ出した。受け付けに預けていた松を手にティゼさんが向かったのはすぐ向かいの茶屋で、私はティゼさんと向きあいとりあえずお茶を注文するとすぐだった。
「どっちがいつも使っているのだと思う?」
「え、いきなりですね?!」
「いいから」
「うえぇ? ……どっちも同じにみえますよぉ?」
無茶振りしてきた!! と思ったんだけど。恐る恐る、両方の松を握った瞬間。
「あれ?」
「分かるか?」
「……こっち、なんか違う?」
それは右手に握った松。見た目は一緒に見えるけど、明らかに違った。持った感じの第一印象の違いに私は驚く。
「サイズ殆ど一緒なのに、軽い?!」
「それはな、おそらく魔法で乾燥させたものだ」
ティゼさんの言葉に唖然としてしまった。
この痺れ松、材木として非常に優秀だけど、材木になるまで非常に手間がかかる。
まず表皮の処理から面倒。刃物などで皮を剥がすとほぼ確実に乾燥の過程でヒビが入る。その理由はまだ解明されていなくて、 《ギルド・タワー》が原因究明している最中。じゃあどうやって皮を剥ぐのかというと、川に沈めて流水で自然に剥がれるのを待つしかない。それがなんと約一年。その分ヤスリで整えたような艶やかな表面に仕上がるんだけどね。
そしてもっと大変なのが乾燥。硬質で強度が極限まで高まるのに最低十年。幹の太いものだと二十年以上。だから痺れ松の加工地は需要と供給を支えるために大きな地区ひとつ分の土地に整然と松を積み重ねて常に大量に乾燥させ続けているとか。
まぁ、繁殖力がそれなりにある木だから出来ることなんだろうけど、それでも出荷出来るまで最低十一年。しかも他の加工方法では使い物にならないっていうんだからとんでもない代物。
だから唖然とした。
つまり右手に握る痺れ松は、正規の手順から外れた方法で加工された粗悪品以下の使い物にならない状態ってこと。
「……ティゼさん、ちなみに、これ、どっちの店のですか?」
「それ、もしかしてベリアス公爵の商会で買った松か?」
不意に聞こえた声に、ティゼさんは振り向いて私は顔を向けた。
「やめとけ、あそこの松は使い物にならねぇぞ」
その人は王都に隣接する伯爵領から来たという職人さんで、ティゼさんと私の会話にいてもたってもいられず声をかけてしまったと言う。
「うちの領もまとめて買い付けに来るんだよ、近いからな、年に二回来るんだが今年はだめだ」
「ということは、前回も買い付けしていないんですか?」
ティゼさんの問にその人ははっきり頷いた。
「ああ、それどころか去年の夏から殆ど買い付け出来てねぇ」
「え、それはちょっと問題ですね?」
聞けばこの人の他に今回から別の職人さんがわざわざロビエラムまで買い付けに出ているそうで、この人は専門店以外で少量販売しているところから入荷するのを待って買い付けするために王都に滞在しているのだとか。
「こっちはセルロッシ商店のか?」
「ええ、今日入荷したばかりだとかで在庫に余裕はありましたね」
「なら明日で全部売り切れるだろうな、これなら使える。買い占めればよかったのになんで買わなかった?」
「俺の師匠が買わなかった。うちは二年に一回しか来れない、たった十数本買って帰ればいいわけではないんだ。去年購入した在庫にまだ余裕はある、一旦侯爵様に確認するんだと思うな。このまま帰っていいかどうか。さすがにここからロビエラムやテルムスに行くとなるとさらに一ヶ月は工房を空けることになるから」
「あんたたちはクノーマス領だからな、それが最善だろう」
「あの、質問しても?」
「ああ、なんだ?」
「その、痺れ松の加工の権利とかって、ベリアス公爵家と王家が握ってますよね? ……しかも殆どベリアス公爵領産で、他の領は少ないって聞いてるんですけど、もしかして、品薄はずっと続くことになりそうですか?」
「品薄というか、粗悪品が出回るのが当たり前になりつつある、っていうのが正しいぜ」
私の質問に、眉間にシワを寄せてその人は声を潜めそう答えた。
「皮を剥ぐのに刃物で剥いで、無理矢理に風魔法か火魔法で乾燥させてるらしい。ひび割れを隠すために幹のままの材木が出回ってねぇんだ。全部細く加工されててな、ひび割れしたのから削りだして角材に加工してるんだろうって話だ」
「でもそれじゃあ、誰も買わないんじゃ……痺れ松の目利きをまだ任されていない私ですら分かったんですよ?」
「だからベリアス公爵のとこの商会は今年王都の倉庫で在庫が溢れてて大変だって話だぜ?」
「だろうな、痺れ松は安いものでもない、皆粗悪品と分かっていて買う奴はいないだろうし。最近ベリアス公爵の商会はどこもあまりいい噂もないしな」
「ああ、そうさ。あそこは最近増税して大変だって話も聞く。貧民地区での炊き出し目当てに来る奴が日に日に増えてるらしいぜ。職人なんかは優遇されててそれなりの生活をしてるらしいけどな」
「俺もその話は聞いたことがある」
三人で情報交換をし、手紙を出し合う約束をした後私はティゼさんと宿に戻る。
私は女なので部屋が別、その部屋前でティゼさんに師匠に聞かれるまではさっきの話はしなくていいと言われたのでそれに頷き、ティゼさんが師匠がいるすぐ隣の部屋の扉をノックして『戻りました』と声を掛けながら鍵で扉を開けると。
「おう、戻ったか。ミサ聞こえるかぁ? ちょっと話がある、こっち来い」
ティゼさんと目が合った。
師匠はすでに侯爵様宛に『買付をせず戻ります、我々ではどうにもなりません、侯爵様に今後の対策を任せます』と書き込んでいた。
「侯爵様に託すんですか」
「ああ、こりゃあ、俺たち職人が出る幕じゃねぇ」
「それはどういう意味ですか?」
「……もし、意図してこんな状況にしているんなら、向こう数年はベイフェルアでは入手不可能だ」
「えっ?」
「昔、別の素材だが似たようなことがあってな。……利益を優先して粗悪品を流通させた貴族出資の商家がある。もうその貴族は没落して消えちまったが、それなりの地位だったせいで王家が強く出れなかったらしい。粗悪品ばかり出回り続けてしばらくベイフェルアじゃ入手出来なくなった」
「まさか、今回もそうなるってことですか?」
「なる。……痺れ松の生産や加工の権利のほとんどが公爵家だ。王家との共同とはなってるが、実際に元締めしてんのは公爵家だからな。……うちの領主、侯爵様だってどこまで対応出来るかなんとも言えねぇ。言いたくねぇが、今の王家は木材なんぞと見向きもしねぇだろう、ろくな対応をしてくれねぇさ。だから今すぐ伝のある他所の国から仕入れられるならそうした方がいいっても書いておいた」
師匠とティゼさんの会話に息を飲み込んだ。
「あの、師匠」
「なんだ?」
「……痺れ松、だけですよ、ね? 他に影響したりしませんよね?」
私の質問に、師匠もティゼさんも、難しい険しい顔をした。
「……公爵家ってのは、あらゆるところに繋がってるもんだ」
その師匠の言葉をティゼさんが否定しない。
つまり、そういうこと?
これから、他の素材にも影響するってこと? 直接買付をしていなくても、王都を経由して出回るものは多い。特に外国のものは。その輸入には大体高位貴族が関わっていて。
「参ったな」
ポツリ、小さく師匠が呟いた。
「ククマットの発展でトミレアも潤っている。これからって時にこれだ。……港があるからクノーマス領はそこまで影響を受けることはねぇが……内陸の弱い貴族はこれから大変だぞ。内陸が荒れると内陸を通って流通するものにも影響する」
ティゼさんも私も、自然と体に力が入る。
「バカにしやがって。物を作る俺らにとっちゃ道具は命だ。それを粗悪品で利益を優先するために……」
師匠の舌打ち。
この舌打ちをした職人は多いと思う。
そして、今後この王都を訪れる回数が減る職人も。
師匠の握るたった一本の良品。
王都ではこの一本の大切さが失われようとしていた。
明日も一話更新します。
この話は物語の設定として存在していたものです。登場人物などはおらず、こういうことがあった、という扱いで別の話の中に簡潔にまとめて出す予定だったのですが。
なんだかその設定をもう少し詳しく、と書いてるうちに『これ一話分になるわ』と気づいてそのまま一話に仕上げた経緯があります。
こういう裏話ってむずかしいです、どこまで書くべきか迷うことが多くて。




