13 * 微かな変化
ブクマ&評価、誤字報告ありがとうございます。
その公爵令嬢は、私からの『お父様にご相談したいことがある、とお伝えいただけますか?』という言葉に、目を丸くしていた。付き添っていた侍女さんも驚きを隠せず、すぐに店の外に出ると二分も経たずに戻り『お話を先に伺うことは可能でしょうか?』と確認されて。
おそらく、外で侍女さんと公爵令嬢を転移で連れてくる数人の魔導師の中に何かあった場合に対処を任されている人がいると思うのよ、他所の土地で公爵令嬢がトラブルに巻き込まれるなんてあってはならないことだしね。というかそもそも公爵令嬢が護衛付きとはいえお忍びで頻繁にククマットにやってくること自体が異常というかなんというか。それが出来るのも公爵家の中で護衛として優れているだけでなくトラブル解決に自己判断を許されてるかなり重要なポジションの人が付き添っているからよ。
「こちらとしても大変ありがたいです。ただ、今私はお店を抜けられないので、この上に副商長のグレイセル・クノーマスがいます。お話を聞いていただくような場所ではないのですが、そこでよければ今ご案内しますので副商長より事情説明をさせていただきたい、とお伝えください」
「かしこまりました、確認して参ります。……お嬢様、本日は大変申し訳ありませんが、このままお帰りになるのがよろしいかと」
令嬢は嫌な顔一つせず、『わかったわ』と笑顔で答えてて。
「『ジュリ様』、また改めて伺いますね」
「ええ、是非お越し下さい。本日は申し訳ありません、せっかくご来店頂いたのに」
「いいえ、当主に会いたいというお言葉、私は嬉しいです。当主とジュリ様のことをいつか共通の話題として話せる日が来るのをずっと心待ちにしていました。それが叶うかもしれないのですからこのようなこと些末なことです、どうかジュリ様はお気になさらず」
なんだこの子。超良い子。
偉いなぁ。最近他のとある令嬢がお忍びできたけど私は令嬢ですって感じ丸出しで、お忍び感ゼロだったのに、この子はまぁ賢く聡く、余計なことを話さず店を出て。他のお客さんが首を傾げどうしてそんなことになるの? って顔してるから、全く雰囲気を醸し出さないんだよね。しかも私を『ジュリ様』と呼ぶ当たり、【彼方からの使い】についてもかなり融和的教育を施されているような気がするし。
徹底した教育が施されていて、それを身に付けている、いくらそういう家に生まれても全員がこんな風に出来るとは思えない。凄いわ、公爵家。そしてこの令嬢。
それでもちょっと名残惜しそうに店内を見渡してるのが可愛い。うん、可愛いぃぃぃ。
思わず近くにあったレターセットを数冊ガバッと掴んで彼女の手に乗せてしまった。
「今日のお詫びです」
そう言ったらパアッ! と笑顔。えへへへへ、可愛い。また来てね。
そして直後入れ替わる形でやって来たお付きの一人がグレイと面会してくれた。移動販売という新しい事業を計画していること、国内だけでなくバミス法国でもやりたいこと、そして公爵家の許可を取り、外部からの圧力を極力かわしたいこと、それら希望は私個人の希望だけど、後ろ楯として存在する侯爵家からの相談がきっかけなので侯爵家からの指示や意見は優先され、公爵家はあくまで許可をくれる家という扱いになる、でもその見返りに国内で予定している最初の一ヵ所を公爵家の望む場所ですることも可能だし、気に入って貰えたなら侯爵家を介さず 《ハンドメイド・ジュリ》と共同の出資事業扱いにすることも検討する、ということを伝えてもらった。
全ては私が考えた意見で、そこはあえて侯爵家には相談せず決めさせてもらった。だって相談しても公爵家がダメと言ったら侯爵家は逆らえないわけでしょ? だったら、私があえて私のワガママをはっきり伝えたほうが絶対誤解は生まれないしなにより今以上の溝は出来ない。
私なりの防衛策よ、トラブルを未然に防ぐためのね。
もちろん打算もある。侯爵家を介さない、この国最大貴族と何らかの繋がりを得ることは王家ともう一つの公爵家に良い思いをしていない私にとっては必ずプラスになる。その辺をアストハルア公爵家も汲み取ってくれるとありがたい、という感じかな。
「ジュリ」
しばらくしてグレイが公爵家のお付きの人と降りてきた。けど、おや? 顔がなんとも言えない複雑な表情で。
「ちょっと、いいか?」
「いいけど……」
なんだ? 決裂した?
困ったな、暗礁に乗り上げちゃった?
「責任持ってお伝えいたします!! 必ずやジュリ様のご希望が通りますよう私めが!! お任せくださいませ!!」
前のめりな、目をキラキラさせたアラフォーかな? という男性のこの熱血な感じ。
……うん、至って順調だったらしい。ああ、なるほど、グレイはこの手の人が苦手だから。目をそらしてる。きっと話してる途中で『こいつ、面倒くさい』くらい思ったに違いない。お疲れ様。
「もし、ご相談の許可がおりましたらお手数ですがご一報いただけますか? 折り返しこちらから計画書など送らせて頂いて、そこで正式に移動販売について詰めていくべきだと思うんです。今、副商長が私の案を基に移動販売専用の馬車を職人と相談しながら作っています、完成まで一ヶ月、その間に手紙で結構ですので意見交換させていただければ。そして出来上がりしだいご面会と馬車の御披露目をするのがお互いに時間の無駄にならないかと思っています。これらのことをまず伝えてもらえますか」
「おまかせください!!」
……なんだ? このテンション。 誰かとかぶる。
誰だろ。
……アベルさんじゃん?!
まさかね。あれ、でも、妙に被るよ。ん? そして、顔、似てない?
「よくお分かりになりましたね! ええ、私はアベルの一族です、生まれはバミスなのです。父がハーフでして、母が公爵家で侍女をしておりました。縁があり公爵様から直々にお声を掛けて頂く幸運を授かりまして、私は成人してから公爵家で魔石や魔導具の研究とご家族様の護衛を担っております」
おう、ハーフの血が入ってるのか!
つまり、この人は見た目はすっかり人間だけど、半分は魔力の豊富な、魔力操作に長けたハーフの血が入っていて、アベルさんと親戚。そりゃあ転移は楽勝、このちょっと暑苦しいテンションなわけよね。
意気揚々と工房を出ていったその人を見送ってグレイが一言。
「……あれの一族は、濃いのか? 皆ああなのか? 私は、すまないが、苦手だ」
うん、だよね。
で、翌日。
返事早!!!
しかも。
『許可します、歓迎します。意見交換しましょう。その馬車が早く見たいです。共同出資面白そうです。そして娘が世話になってます』
的な、すっっっっごい簡潔で社交辞令一切なしの淡々とした文章の手紙を貰った。
これ、歓迎されてるの?
と、一瞬心配にもなったんだけど、昨日の人が目を輝かせてテンション高くやって来たから、まぁ偽りない気持ちの手紙をくれたんだろうと結論づけておく。
ちなみに、公爵家のお使いの人にアベルさんが来そうな日を教えたんだけど。
「お互い暑苦しいと思っているので、何か親戚の集まりなどがあるときで結構です」
だって。……そっか、自覚してるのか。それはタチが悪いよね、うん、一生暑苦しい一族なんだね。
「あ、そうだ!!」
「え?」
「あの、ちょっと質問いいですか?」
「はい、なんなりと」
「私、王都ではやりたくないので、一番最初の移動販売の場所は公爵様の指定、公爵領がいいと思ってるんですよ。王家にあんまり近づきたくないので」
「……え」
「そういう気持ちで望むの、まずいですかね?」
「いや、あの、それは……私に聞かれましてもお答えしかねます」
「公爵様としては、それ聞いてもこちらに協力してくれそうですか?」
「うっ、その、ですから」
「答えにくいのは承知で質問してます。私が知りたいのは、公爵様はどのくらい【彼方からの使い】を重要視しているか、ということです。公爵様が、ベリアス公爵家のように私をお荷物と見ているのなら、今回のこともただ面白いと思っているなら、必ず途中で王家への私の感情をもて余すことになります。……公爵様は、どれくらい、私を【彼方からの使い】として見ていますか? そして関わることにどれくらいの覚悟をお持ちですか?」
『覚悟』という言葉に、その人は一瞬反応を見せたように思う。
私が、『覚悟』を持って公爵様に接触しようとしていることを、今この瞬間この人は理解したのかもしれない。
ここで確認する事ではないのかもしれない。でも、この場でこの人は答えを出せる気がする。ただの使いではない。あのバミス法国の非常に高い地位にいるアベルさんの親戚であり、公爵令嬢の護衛も、そしてこういう対応も任されている人が、『確認します』と濁す気がしない。
私をよく調べ尽くしているなら、交渉でも何でもない、こういう場面で騙し合ったり探り合うのを私が嫌うことも公爵様なら知っているはず。そしてその事をこの人は教えられているはず。
「それは間違いなく、【彼方からの使い】として、それ以下という目で見ていることは決してありません」
その人は、迷うことなく、そう答えた。
「……ベリアス公爵は、私を放逐したあと、私の活動や作るものを知ってどうやら冒険者ギルドに接触したようです。けれど、アストハルア公爵様はそれでも何も反応しなかった。はじめ、それは私を完全に無視して【彼方からの使い】として認めていないからとも思ったんですが、ご令嬢とお話しする度、皆さんの態度を見て、そうではないと思うようになりました。……アストハルアとクノーマスの関係は良くないと聞いています。それでも私を侯爵家ならばちゃんと後ろ楯として守ってくれると、それだけの力があると認めているから私に接触しないだけではないかと最近考えるようになりました」
「……直接、ご確認下さい」
その人は笑った。
「公爵様は、我々がここへ何度も訪れる事を静観なさっておいでです。反面、政での駆け引きは立場上避けて通れるものではございません。主はそういうものだと割り切って考えることを苦にいたしません。ですからどうか、ジュリ様も政と今回の件は別のものとお考え下さい。そう心構えしていただくだけで、主はあなた様との交流をしやすくなりますし、それをきっかけに、侯爵家との関わりも変えるお考えを持つこともありましょう」
あの直後、グレイがひどく驚いて、そして暫く黙り込んでしまった。お付きの人が帰っても難しい顔をして。
ちょうどシフトの交代時間で私がお店から下がり工房に入ると、グレイはそれでもまだ一人で黙って考えていた。他にも数人作業してくれてる人がいるのも忘れてるみたいに、ただずっと、何かを。
「変わるかもしれない」
「え?」
「ジュリのお陰で、公爵家との確執が無くなるまではいかなくても、少しでも和解に持ち込める可能性が出てきた。……すごいな、ジュリは」
「そんなことないよ」
「しかし」
「グレイ。私は、やりたいことをやってる。セラスーン様が言ってくれた、好きなようにしなさいって。だからそうしてるつもり。それが何かのきっかけになるだけだよ。直接私が何かをしてるんじゃない」
「ジュリ……」
「私はね、そのきっかけを使って幸せになってくれる人が多ければ多いほど嬉しくなる。それだけでいいのよ。何かを成し遂げたいわけじゃないんだもん。嬉しいことが増える、それでいいのよ、そしてそれでさらに頑張れる。良いことだらけの循環でしょ? それを繰り返してるだけだからその先はグレイや侯爵家次第だと、思うよ。……改善するといいね? 関係」
「……ああ」
噛み締めるように頷いたグレイ。
公爵家の圧力で戦場に領民を送り出すハメになった侯爵家。沢山の人が傷ついて亡くなった悲しい現実が今なおこびりついている。それが両家に溝を作ったし、関係はとても希薄になり、恨み、恨まれの感情だけが先行する、何の利もない関係になっていた。
でも、公爵令嬢は。
父親の言いつけで品行方正、まさに淑女、良い印象の塊で。私に決して不快な思いをさせない徹底した礼儀を尽くして。
【彼方からの使い】は誰かに守られていてもいなくても、公爵家は大事にしてくれる。
それが分かれば良い。そこにのちのちの打算が見え隠れしても。
ならば、私をきっかけに、何かが変わればいい。【変革】とは違う何かが。
その変化は絶対に、悪いことじゃない。その確信がここまでやって来た経験で確かにある。
だから。
「変わるといいね」
「……そうだな」
「きっと、良いことあるよ」
「ああ」
いつになるかわからない。
でも、やるよ。
必ず。
移動販売。
異世界オリジナル、ジュリ式移動販売、やってやります。
次回更新は先日おしらせした通りGWスペシャルとして一日一話、本編を連続更新します。
3日(月曜)から3日間連続です、ご注意下さい。




