13 * もう一人の公爵
バミス法国での移動販売の成功はどこでやるよりも重要な意味を持つ、と思う。
豊富な魔力と魔力操作に長けた人達による物や人の運搬が確立されれば超長距離移動にかかる費用の大幅な削減が可能だもの。
運送商さんや冒険者さんでは対応が難しい国を跨ぐ超長距離移動、そして重さ、量共に一度で運ぶには問題があるものに限り、獣人ことハーフの力を貸してもらうやり方はベイフェルア以外では結構行われているようで、こういうところもベイフェルアの外交が差別や選民意識で遅れていたり不都合が起きてきたりしている原因だなぁ、なんてことも思ったり。
ハーフの人たちを雇うその賃金はかなり高額になる。でもそれでも長期の馬車移動にかかる人材、設備投資の合計額を考えたら遥かに安い。何より魔や盗賊に怯えることがなく、長期に渡る移動で品物が破損することもなく、限りなく安全な移動。
だからバミス法国の、身元がしっかりした、精査され選ばれた人たちならばここにいる私でも遠くへ、広く、届けられる。
ただ、これを実現させるには問題がある。
アベルさんとグレイに指摘されたこと。
「王妃殿下がお認めになられているのなら周囲から要らぬトラブルを防ぐ力にはなりますがそれではまだ少し不安が残りますね……出来れば同じ貴族というお立場で公爵方の許可を、今の計画段階で取るのが理想です」
「え、なんで?」
「王家というのは当然国のトップではありますが、それでも手出し出来ないことがあるからです。それこそ、王家の言うことを聞け! と正面から言われてしまえばたとえ公爵であっても逆らえるものではありませんが、そんなことをしてしまえば王家の品格を疑われますし、何より巨大な家というのは自国だけではなく他国の事業へも莫大な援助や投資をしているものです。しかも私の知る限り、この国の公爵家を蔑ろにする国はそうそうありません。つまり、下手に刺激するとたとえ王家であっても他所の国が黙っていません。それだけ顔が利くんです、色んなことで」
なるほどね。それは分かる気がする。
「バミスにもこの国の公爵が出資している事業はあります。大陸の両端という事でその額は低いものですが貴族が直接接点を持っているということは、大きな強みになりますよ、残念ながらクノーマス侯爵様は我が主との面識はまだございません、万が一のことがあっても直接のやり取りが出来ないことで不便が多いはずです。なので、出来れば公爵家どちらかの許可を取りこの国の貴族間の摩擦と国家間の摩擦を限りなく起こさないために下準備をすべきです」
アベルさんの説明にグレイも同意の意味を込めて頷いたけど、表情は芳しくない。
「私の名前を使って頂いても構いません、どちらの家にも私の知り合いがおりますので、仲介は可能です」
アベルさんがそう言ったけれどグレイの顔は変わらない。理由は知っている。
元々、公爵家というのは格下でありながら脅威となりうる複数の侯爵家とは婚姻によって親戚関係にならない限りは『抑圧や制御』する対象になっていて、自家を脅かすことのないよう常に大なり小なりの圧力をちらつかせている、というのがこのベイフェルア国の暗黙の了解になっている。
それが数年前、顕著に現れた出来事があった。
グレイが王家直属の騎士団の団長の任期延長をしたこと。
これを、侯爵家が王家に近づくため、中立派の勢力を拡大するための策略だと疑った貴族はかなりいたらしい。
実際は引き留められての延長で、しかもグレイは一度きっぱりと断ったのに、王妃からどうしても、とお願いされたっていうのよね。その理由についてはグレイからの技術指導を望む声があったからという話らしいけど、グレイはそれ自体がおかしいと言っていた。
そういう理由で引き留めた場合基本的に地位を下げて補佐する立場に就くらしい。なのにグレイは騎士団団長のまま。これが罷り通ると騎士団だけでなく王宮内のどこでも誰かを脅迫したり買収したりすることで辞めずに地位が変わらず残れる人が出てくるので、王宮中の大多数から推薦があればなくもない、というのが通例となっているそう。なのでグレイと侯爵家にとってはちょっと考えられない事態が起きたことになる。
で、策略もなにもグレイは自分の気持ちを飲み込んで任期延長をしただけなのにそれが案の定あらぬ憶測を呼ぶ羽目になってしまった。
それから程なくしてクノーマス領が荒れる。
隣国ネルビア首長国とマーベイン辺境伯爵領で断続的に起きていたベイフェルア最大の国境戦線への資金提供と強制徴兵を前触れもなく命じられた。しかもクノーマス侯爵家だけ。その額は相当なもので当時領地の一部売却を覚悟すらしたと聞いている。
ハルトが言うには港の関税の限定的な見直しや国宝クラスの宝飾品を売却をするなどして領地を守ったらしいの。領地を売れば良い土地だから莫大な資金にはなるけど、そこに住む領民の生活を脅かす、壊すことになる、それだけは出来ないと侯爵様はなんとか踏ん張った。
そして、そうなるように仕向けたのが、公爵家。私を見放したベリアス公爵はそれの首謀者で国王を唆しクノーマス家を潰そうとしていた。もう一家も少なからず関わっていて、侯爵家に影響を与えた。
グレイの表情が芳しくないのは当然。家を苦しめられて、そして国境に送り出した兵、つまり領民を少なからず失った。はっきりとした数は教えられていない。でも、グレイが団長の任期の延長は二度としないという誓約書を直に王妃に突き付け『私を罰するのも結構、それでも辞める』と強引にサインさせ王都を出てきたくらいだから相当な人数が亡くなったんだと思う。
そしてこの時、王妃からのお願いで留まったにも関わらず、王妃が積極的に侯爵家の擁護をしたわけではないと最近マイケルから聞かされた。
そうなんだよね、ここに来てからの情報を冷静にまとめてみると確かにそういう話、聞いてないのよね。
なんか王妃って、うまく立ち回ってるというより都合が悪いことから逃げるのが上手いだけなんじゃないの? と最近思う。
グレイも王妃を悪く言うことはないんだけど、だからと言って信用をしているのかと言われればそれは否。関わらずに済むならそれでいいっていうスタンスを貫いている。
王家とベリアス公爵家。
うーん、どっちも関わりたくないなぁ。侯爵家のことやグレイのことを抜きにしても、なあんか、胡散臭いんだよね。売る側としては客として商品を買ってくれるならありがたいけどそれだけでいいかな、と思わせることが多い。
でもなぁ。そうも言ってられない。
「ベリアス公爵家はありえない」
グレイは私が一人悶々悩む隣でそう断言した。
ベリアス公爵家は私を見放した家だし侯爵家を潰したがってる。
グレイのきっぱりと断言したことに私も賛成よ。
関わりたくない、その家は。
「では、『アストハルア』はどうですか?」
アストハルア公爵。
もう一つのベイフェルア国公爵家。
クノーマス侯爵家の立ち位置からするとどうあがいても『抑圧』してくる立場だし、国境の防衛のためとはいえ理不尽に被害を被った時に助けてくれなかった。侯爵家はこの公爵家のこともよく思っていないことは貴族の世界を毛嫌いしていると自負のある私でも分かること。
クノーマス家の庇護下にいる身としては色々思うことはある。
そうなんだよねぇ……。
ちょっとねぇ。
私的には、色々思うのよ。
色々と。
「直談判ってあり?」
「誰に?」
「アストハルア公爵に私が」
「はっ?」
まぁ、グレイの驚きは当然。
ただ、考えもなく言い出した訳じゃないのよ。
「あそこのご令嬢がうちの常連なのよ。下手にアベルさんやグレイが出るより私が直接接触すべきだと思うけど」
「「は?」」
あ、グレイとアベルさん、声がハモった。
「ちょっと待て? 聞いてないぞ」
「言ってないわね。御忍びだから。侯爵家の人と鉢合わせしないように相当警戒してわざわざ来てるのよ、代理の人が行列並んで、直前になるとご令嬢が侍女さんと一緒に入れ替わってくるから。服装もかなり気を付けてるよ? 庶民の着る服に見せかけた服じゃなくて、本当に庶民が着てるような服だし。で、普通に買い物して何事もなく普通に帰る。それこそ転移で近くまで来てククマットに入るのかな、来店頻度はかなり高いから」
「いつから?」
「ここ三ヶ月、かな?」
「なぜ言わないでいたんだ」
「だって御忍びの貴族の人に関しては皆例外なくトラブルが起きなければそうしてるでしょ、そこは差別しないよ私は。本人にも確認してそれでいいって言ってたし、下手に侯爵家から人が来て対応されたりしたら御忍びの意味もなくなるでしょ、周りに顔を覚えられて大変だろうし」
ぐっとグレイが喉を詰まらせるように押し黙ってしまったわ。
こればっかりはね、簡単に曲げられない私のプライドよね。
貴族と庶民をなるべく差別しない。
細かく言えば貴族の階級だって私は差別しない。公爵だろうが侯爵だろうが、約束事を守らず店に迷惑かけるなら【選択の自由】が発動しても構わない覚悟で私は出禁を突きつけるし、子爵や男爵だろうが、ルールを守る良い常連さんになってくれるならちゃんと対応する。
公爵家の令嬢は御忍びで来ているから侯爵家にバレたくない、私はルールをちゃんと守って買ってくれる人だから事情を汲み取って話さない。主に店頭に立ってくれる従業員とフィンとキリアと私が共有しているそういう情報は必要最低限の共有だからこそ成り立っているとも言える。それがいいのかどうかは賛否両論あるとは思うけど今のところうちの店はそれで成立しているからね。
この店のルールは、私だ。
グレイに何を言われようと、そこは曲げない。
私だからこそ。
出来るんじゃないの?
「たぶんそろそろ来てくれる頃だから、ご令嬢に私から直接話してみるよ、公爵様に伝えたいことがあるって」
「どう、かな。……公爵家とは互いに牽制しあっていてそもそも接点があまりない、我々やジュリに対してどういう感情を持っているのかわからないんだ」
「でも、ご令嬢と何度か話してみて感じたけど私や私のやってることには別に反感はないみたいよ?」
「え?」
「だって、ご令嬢言ってたもの。『当主から許可を貰って来ていますから、万が一何かあっても私の自己責任です』って。当主って公爵よね? ご令嬢が御忍びで客として接触することを許可してるのって、私も最初色々疑ったけど、違うっぽい」
「そうなのか?」
そうなのよ。
何度もの来店で令嬢の口から聞かされたのは。
「くれぐれもご迷惑だけは掛けないようにと言われています」
「今日は七人連れて参りました、皆来たがってしまって我が家に仕える者たち全員並ばされて『仕事をしろ』と、当主に説教をされるという珍事がありました」
「母から『素敵なのを』と、ひどく曖昧な注文をされました、考えるのが大変なので一番高いものを下さい」
「おばあ様もハーバリウムを大変気に入って、今度はオレンジを基調にしたものが欲しいそうです、今日はありますか?」
とかね。
何て言うの?
正に金持ちの超上客そのもの。まだ十二か三歳らしいけど、なんとも礼儀正しく上品なお嬢様でしかもありがたいことにフレンドリー。公爵様の許可を貰って来てる上に、格安商品への嫌悪感が全くない。商品の購入制限がなければ間違いなく爆買いするタイプ。しかも女の子らしく結構おしゃべり好きみたいで、話しかけると嬉々として喋って、侍女さんに窘められたりしてるような天真爛漫さを滲ませる印象のとても良い子。
それが許されているなら、父親の公爵だって、もしかすると話を聞いてくれるかもしれないじゃない?
そして、トータルで考えるとアストハルア公爵は私に対して悪い感情は持ってない。おそらく侯爵様の庇護下にあるから静観している、そんな感じ。単純に私と侯爵家に問題がないから口出ししないだけなんじゃない? と安易に思えるくらいには現在令嬢とは良好な関係を築いている。
これくらいのことはこの三ヶ月で、令嬢やその侍女、そして護衛から分かる。
嫌々そうしているわけではないし、無理して猫を被ってるようにも見えない。
侯爵家との間に思うものがあっても、それを私にまで当てはめない、静観出来る、器の大きな人であり、余裕のある人なんじゃないのかな? 思い込みだけど (笑)!
そもそもね、高位貴族ともなれば腹の探りあい、騙しあいは当たり前、侯爵家と公爵家に問題が全くないなんてことはありえない。お互い派閥の筆頭だし。私の事なんてとっくに調べ尽くしてるでしょ。
淡々と自分の役割『公爵』を責任もってしているだけの人の気がする。
もしも、そういう人ならば。
興味がある。
会ってみたい。
縁を結べるかどうかは、別としても。
『アストハルア公爵』、やっとここで出せました。わりと重要な人です。ここまで来るのに長かったです、本人まだ登場してませんけどね!!
おしらせ。
GWは季節もの単話などはなく本編のみの更新になります。その代わり5月初めに数話連続更新しますのでそちらをお楽しみください。




