13 * 感謝感激が鬱陶しい
獣王様が治める国、バミス法国のお偉いさんの一人であるアベルさん。
あの人ね、一週間に一回はうちの店に来る。
凄いんだから。
一日うちの店に張り付くようにして、最高三回も並んで買ってるんだよ? しかも奥様と娘さん担いで転移してきて、三人で並んだこともある。その日だけで家族で合計四十個以上買ったのにはさすがにドン引きした。目の前のお茶屋さんの店主さんも『あの人よく見かけるね』って、獣人だからじゃなくホントによく見かけるから覚えちゃったくらいよ。
しかもやたらと熱心に素材の説明を聞くし、新商品をめざとく見つけて詳細を覚えるから、他の人が手に取ったのを見て『お目が高い、そちらはなかなか売り出されないんですよ』とか言えちゃうんだから。いきなり声かけられた人がこの人店員? って勘違いするレベル。
「獣王様のところなら、アベルさんに任せればすぐ出来るよ」
「出来るな」
「あの人なら獣王様抜きでもすっごい協力してくれるよ」
「するな」
「咽び鳴いて喜ぶよ」
「言うな、想像してしまう。気持ち悪い」
うん、ごめん。
何もしなくても定期的に来るそんな常連さんを、うちのおばちゃん達が引き留めてくれたのは移動販売のことで気持ちが固まったあの日から四日後で。
今回もきっちり一週間で来たよ。今日は一人だ、奥様一緒だとウサ耳モフモフさせてくれるんだけど……残念。
で。
引き留められて困惑したアベルさんにお茶を出しつつ、工房で私は作業しながら、そしてグレイは計画書を手に詳細を説明して。
……。
「…………」
「アベル殿?」
グレイが訝しげに問いかけた。
震えだしたんだもんパンダ耳のアベルさん。耳が高速でピクピクしてるぞ。大丈夫?
「ほ」
「ほ?」
「ほん……」
「ほん?」
「本当に、本当に、我が国で?」
あれ? アベルさんの変化にグレイが面倒臭そうな顔をしたわよ? そんなグレイの顔が見えてない? アベルさんは全く怯まず真っ直ぐうちの彼氏を見つめてる。なんだろう、いやーな予感がする。
「あの、本当に? え? 行商よりも大規模な出店を本当に?」
「……ああ、それであなたには色々協力して頂きたいと思いこうして相談している」
「お店の雰囲気を楽しめるんですか? え? 本当にやって頂けるんですか?」
「いや、だからそれは父や兄ともっと話をする必要がある、政治的な面も関わってくるし、国内のことが纏まるまでは何とも言えないのが実情で。なので実現するためにもあなたには協力していただかないといけないのだが」
「や、やっていただけるんですか?! あの、『ラッピング』はとても好評でぜひその場でやっていただきたいのです!」
「あの、だからまず話を」
「あと擬似レジンのパーツは沢山用意していただけると嬉しいです! 計画書にもあるように安いものならば皆が選ぶ楽しさも味わえます!」
「話を聞い」
「あと、あとコースターは木製も非常に好評でして! 特に透かし彫りは擬似レジンと同じく人気がありまして私の自慢の一品」
「黙れ! 話を聞けパンダ野郎!!」
うわぁ。見ちゃいけないものを正面から見ちゃった。
アベルさん、グレイに思いっきり顔面鷲掴みにされてるー。グレイの額に青筋見えるー。アベルさんの顔がミシミシ不気味な音立ててるー。アベルさんが無抵抗の印として両手あげてるー。
そして『パンダ野郎』呼ばわりした。グレイが『アベル殿』を自ら抹消した。これはグレイが一線越えちゃった気がする。
「失礼致しました、つい、興奮してしまいました」
「次、暴走したら本気で顔の骨砕くぞ」
「はい……申し訳ございません。あの、一応いつでも万が一に備えて上級ポーションは持っていますので、私がまたおかしなことになりましたら遠慮なくお願いいたします」
「ああ、そうさせてもらう」
すっっっごい怖いやり取りしてる。しかもグレイが態度をコロッと変えたわ、今までの他所の国の重鎮扱う態度が綺麗サッパリ消えた。
「とりあえず」
ここは私の出番だね。
「まだ、未定の域を出ていない話をしてるんですよ。こちらの、ベイフェルア国内で出来ることを前提にしてます。侯爵様がどのような判断を下すかで変わって来ます。貴族のしきたりやつながりを無視出来ないんですよ、このクノーマス領の外でのことになるので。ベイフェルアでの私の立場も考慮した上でそちらの話を持ち帰ってもらわないといけないんですよ。ただ、あくまで私の意見は尊重されます、アベルさんたちの国でやりたいと言えば侯爵様は返事一つで了承してくれます。私としてはその方が好きなこと出来て楽なんですが……クノーマス領で、侯爵様の保護あっての私がいます。侯爵様の考えを無視は出来ません。だから、侯爵様がどのように判断するか、待って欲しいんです。時期や規模、場所などのことですね。待ったうえで、アベルさんにはそちらで今のうちに出来ることを協力して頂ければ」
「……ええっと、つまり? 待つ間に、何か私が出来ることがあるのですか?」
「そうですね、アベルさん、というよりハーフの方たち、というのが正しいかも」
「我々、ハーフが。ですか」
モットーに、『使えるものは使う』というのを私は掲げている。
アベルさんやアベルさんから聞くバミス法王、そして周囲の人々、お店に来てくれるハーフの人たちを総称すると『イイ人』なんだよね。
一回だけ、今回だけ、というのが本当に通用する人種というか、約束ごとにとても真摯な人種というか。だから、ちょっとイレギュラーなことでもちゃんと条件や約束ごとを決めればそれに従ってくれる。
だからね。
その価値観を大いに利用させてもらおうかと思ったのよ。勿論その分の対価は考えてる。それを国に持ち帰ってアベルさんには周囲と話し合い決めて貰いたい。
「多分、隣国を越えてバミス法国で移動販売とか期間限定の店をすると私たちよりバミスが他所から色々言われることになりますよね? 自分で言うのもなんですが、この店はそれなりの話題にはなっているので何かしら影響がありそうですが」
「そう、ですね。どうやって繋がりを得たのか? という話から政治的思惑があるのだろうとそれを機につついてくる所もあるかもしれません」
難しい顔をして、アベルさんは唸る。
「我らの主はそれもあり、表だってジュリ様に接触するのを控えておられます」
「まず、それを解決してしまいましょう」
「え?」
「私とアベルさん一家は友達」
「は?」
「仲良し。お店に買いに来てくれた所で、私がモフモフに魅了されて、奥さまのウサ耳触りたさのためにアベルさんと親しくなったということで。それからなんでも相談するようになって、転移できるアベルさんに移動販売のことを相談していた、そこでアベルさんが安全に荷物を運ぶ、短時間で移動する、それを叶えられる知人を私に紹介してくれることになり、そこから本格的にアベルさんが私のやりたいことの規模を考えると法王に相談すべきでは? となった、そこで法王に許可を申請したら通った、という筋書きを、前面に押し出すのはどうでしょうか?」
考えてたのよ。
移動販売の最大の問題である長距離移動とそれらにかかる経費のことで、獣人ことハーフさん達が協力してくれたら一発で色々と解決するなぁ、と。
最初ハルトとマイケルにお願いしようとも思ったのよ。でも、それだとダメだよね。だって【彼方からの使い】だから。この世界に元々存在する力ではないから。
ましてあの二人は政治的な影響が強い。どの国にいるのか、それだけでも大陸中が常に注目している。下手に他の国に関わらせてしまうとそれこそ変に勘繰る人も出てきそう。そうなると巻き込んでおいて私は何も対処できない。それは無責任すぎる。
やるからには、この世界にあるものですべきだ。この世界にいる人たちにしてもらうべきだ。
いつか、私が、ハルトやマイケルたちが生涯を閉じても、私たちがいなくても継続していけるシステムとして残らなきゃ意味がない。
残さなきゃならない。
獣人を転移のために雇う場合いくらかかかるのか、平均的にどれくらいの重さはこべるのか、その安全性はどれほどなのか、そういった費用も今後考えていくならば、今回の移動販売は交渉材料にもなる。そういったことをハード面でもソフト面でも手を貸してくれるなら、こちらからは商品をなるべく沢山用意するし、特別販売優先権に登録している素材や商品を直接指導することや、タイミングが合えばその時に開発された商品を先行販売することも出来るという提案もできる。
「そうすると、話は通しやすくなりますよね? ……全く未定のことです。けれど、今のうちに移動販売という店舗のあり方があることを知って頂きたい、そしてその上で私からハーフの人たちをその時の移動や運搬で雇いたいと相談を受けたと伝えて貰いたいんですよ」
「我々、ハーフを、新しい店のあり方に関わらせる、と?」
「悪い話ではないはずですよ。ハーフの方なら、出来る人が多いんですから。移動可能な店で物を売る、屋台をより店に近づけた形で物をうる方法は、転移出来る人であれば商品の移動も、屋台の移動も、私たちより遥かに負担が少なくて済むはずですよ。バミスならとても有益で根付くと思います。どうですか? 私の考える移動販売というものを徹底して教えます、その代わり、私の移動販売に協力して欲しいんです。そのためには私とアベルさんに政治的思惑がない良好な関係があれば、何かと都合がいいと思うんですよね」
そこまで言って、私とグレイは目が点になった。
パンダ耳のアラフォー男が、ポロポロ涙こぼし始めたわよ!!
「わ、私は、なんという幸運に巡りあったのでしょうか?!」
「はぁ?」
あ、ごめん、思いっきり冷めた声が出た。
「ジュリ様とお友達!! そして、新しい店のあり方を国で誰よりも早く知る!! これを幸運と言わず、なんと言うのですか!!」
ヤバい、鬱陶しい。なんだこの人。薄々気づいてはいたけど、うん、鬱陶しいな?!
「はぁぁぁ、なんという幸運でしょう! 私は、私は」
「だから落ち着け」
ああ、トリップする前にグレイが再びアベルさんの顔を鷲掴みしたぁ。
「い、痛いです……大丈夫です、落ち着いてますから」
「やることは理解したか?」
「はい、大丈夫です」
「計画書を渡す、まずそれをお前が熟読しろ、そして法王にお渡しして、そこに書かれていないジュリのさっき話したことを伝えて欲しい。齟齬のないように、不安があれば何度でも確認に来い、説明をする」
「わかりました。必ずそのように。そして、あの」
「なんだ?」
「痛いです……」
「お前が悪い」
「はい、おっしゃる通りです……」
グレイとアベルさんの立場が明確になったし確定したわ。
グレイ、これからアベルさんの暴走を止める係、よろしくね!!
この話、侯爵様に届けたと同時に、その場で侯爵様からグレイが私への伝言を受け取ってきた。
「アベル・ミシュレイ大枢機卿が全面的に協力してくれるということは、すなわちバミス法王の名の元と言っても過言ではない。これほど周囲の余計な詮索や横やりを抑制する力はそうそうあるものではない。私としては法王のお膝元と、そしてこの国の王家もしくは公爵家の領地、つまり二ヵ所で十分だと思う。最初の移動販売馬車の稼働は、 《ハンドメイド・ジュリ》の負担を考えればそれが妥当だろう。可能であればもう一ヶ所、それは私の指定する人物の領地にさせてもらう。それがトラブルを未然に防ぐことに繋がり、ジュリとそれに連なる全ての事業の安定的な運営に直結するからだ」
と。
これで、申し訳ないけどエイジェリン様のご友人の男爵家が後回しになることは確定してしまった。侯爵様がそう言ってくれたなら、私はありがたいし助かる。私が無理をすると、私と一緒に働いてる人たちもその負荷を背負うからね。
でもグレイに言わせるとそれで良かったという顔をしていたらしい。勢いと感情任せに私に相談したことを反省しているようだった、と。
こればっかりはね。私一人の問題ではないから。
でも、蔑ろにするつもりはないから、そこは私の腕の見せ所。グレイ、ローツさん、キリアにフィンにライアスなどなど、強力な仲間が揃っているからね。
出来ることからやってみましょうか。
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