13 * 凄いぞ、次期侯爵夫人!
今回、長々と喋るシーンがあります。読みにくいかも知れませんがご了承くださいませ。
エイジェリン様が侯爵様とどういう話し合いをしたか私はわからない。グレイもあえて口出ししないし聞こうとはしなかった。
「侯爵家の当主と次期当主の問題だ」
って。
……いや、でもね? あなた一応私の彼氏でして。侯爵様の息子さんでして。その関係ないって顔はどうなのでしょう?
「……面倒臭い。どう考えても仲裁役になる」
……ああ、そういうこと。
この人結構こういうところあるのよね。情に薄いわけじゃないんだけど、両親や兄を相手にしたくないと逃げることがある。仲裁すれば早いと思うよ? という事からよく逃げる。
「仲裁しても私にはなんの旨みもない場合が多いんだよ」
「旨みって……」
「とにかく、今回も口出ししない。お互い大人だ、なんとかなるだろ」
こうなるとどうにも出来ない、放っておくわ。
で、そんな会話を彼氏としつつあれから一週間後に現れたのは何故かシルフィ様。
それをグレイと二人で迎え入れつつ、心で同じ事を思ったみたいなので目で会話。
(なんでシルフィ様? ここはエイジェリン様じゃない?)
(私も分からない。なにかあったのかもしれない)
そんなやり取りしてたからなのか、私たちの雰囲気を察したかどうかは分からない。でもシルフィ様の顔は穏やかでニコニコしている。これは、もしかして何か打開策があって解決したのかも? なんて安易に思い。だけど、それを、反省した。
「派手な殴りあいになって、決裂したの」
は?
「それで我が家の柔軟かつ聡明な頭脳であるルリアナがその話を預かることになったわ」
なぜそうなる。
え? 侯爵様は? 当主の権限は?
それより殴り合いしたの? なんでそんなことになるの? 話し合いしてたんじゃないの?
エイジェリン様? どうやったら殴り合いになるの、そしてルリアナ様に権限があるの?
この侯爵家、色々おかしい。色々破綻してる気がする。
ちらりと隣を見れば。
口を手で覆って笑いを堪える彼氏がいる。
なんでそこで笑える。この人やっぱり侯爵家の人だ、うん、おかしい、破綻してる家の人だ。
「ええっ?! 移動販売を三ヶ所同時?!」
「ええ、ルリアナはそう言っていたわ。それならばエイジェリンの友人の領地でも可能なのでは? とね」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください? 無理です。作品が作れません、そんなに作れませんよ今の体制では」
凄いことをいきなり言われて動揺したわ。
「もちろん、計画には見直しが必要だし他にも条件は増えるだろうけれど、ルリアナの考えたことをまず聞いてくれるかしら?」
「それは、勿論聞きますが……」
……。
聞いて、思った。
ルリアナ様。
マジですか、凄いわ。
って。
「三ヶ所には意味があるの。その最重要になるのが、一ヶ所を公爵領か王都、つまり王家のお膝元にするということ。我が家より格上の領地で行えばまず、上からの圧力は抑えられるでしょう、出来れば王都がいいだろうけど、先日の件もあるし慎重に判断すべきことではあるでしょうね。何を差し置いてもまず格上、つまり王家か公爵家にこういうことをやらせて下さいねと打診してしまうのがいいだろうと。そして、その打診の際にあと二ヶ所、それぞれが希望する、当主つまり旦那様と次期当主であるエイジェリンの信頼置ける方の領地で試験的に行いたいとね。そうすることで格上の顔を立てることになるし、試験の意味があるのなら信頼している人物の領地を選ぶのは当然だと納得させられて承諾してもらえる確率も高くなる。もしそれでも難色を示すのなら、格上が指定する家をエイジェリンの分を割り当ててしまうか、それでも折り合いが付かないなら申し訳ないないけれど後回しにすべきと。これなら、エイジェリンの友人も納得するでしょう、この件で格上に対して不満を持つような人格ではないそうだから心配はないとルリアナも太鼓判を押しているわ。もちろんその家もそのままそれで終わりにはしないの、まず同時期に準備だけ進めて貰う。馬車の製造や、自分たちの素材への理解を深める勉強、販売する人員の教育などね。そして、少し間を空けてまた試験と称して行えばいい。その時はお祭りなどの集客力のある時を狙い、やはり信頼が置ける友人の領で来客人数や売れ筋商品の調査をしたいと言えば、文句が出ることも少ない、それで他が自分の所でもやらせてくれと言うのなら、あらゆる条件を満たし、《ハンドメイド・ジュリ》そのものに負担にならない場合のみ、前向きに検討すると言葉を濁せば大丈夫、侯爵家相手にしつこくすがり付いてまでやらせてくれとは言わないでしょうし。そしてジュリ自身が挑戦してみたいと思っていたことならばあえてそれを前面に出して、そして【彼方からの使い】の意思を尊重すると旦那様が言えば、【彼方からの使い】と侯爵家の総意なのだと納得する者がほとんどでしょう、そうなればいざというとき公爵家や妃殿下が介入しやすくなる、ジュリに対して負い目がある分ジュリと侯爵家がトラブルを抱える可能性があれば必ず妃殿下は介入してくださるはずなのでコソコソせず堂々と行う方が何かと利があると思われる、とルリアナが」
まだ続くわよ。一気に話して口が乾きそうだわシルフィ様。
「そして、不足するのが確実な商品のことだけど……それも、全てジュリとキリア、フィンが手掛ける必要はないと。各家には移動販売に出すものとは別に通常の商品を用意できる範囲で用意して、買って貰えばそれで本来は問題にならないわ。そして本来の目的である来たくても来れない人のために出す移動販売馬車を楽しんで貰えるようそのものにこだわればいいのではと言っていたの。例えば、壁や扉、そして窓、店の景観を縮小したような外観にして、陳列もただ並べる、吊るすのではなく、お店で使っているランタンと同じものを置くとか、ガラスの小皿に入れる、ラッピングもする、出来る範囲でお店を再現して、《縮小版ハンドメイド・ジュリ》にしてしまえばいいんですって。規模に違いはあれど財力に問題のない家の方が選ばれるのだから、移動販売馬車が他より大きくてそして外装や装飾にお金がかかっても問題にすることはないだろうし、むしろそれが社交界で話題になると喜んでお金を出してこちらの条件を飲んでくれるでしょうね」
あ、シルフィ様が一息ついた。だよね、一息つきたくなるよね。
「あとは商品ね。試験を兼ねているし露店の延長だから価格が安くていいの、つまり、研修棟で作られる物、内職や副業の人たちが作る量産しやすい物を中心に低価格のもので十分。高めの作品は目玉商品として陳列に特別感を出してククマットに来ればこういうのを買えますよっていう宣伝目的で数点でいいそうよ。価格が安いと言っても、ジュリの店の商品は研修棟を含めても粗悪なものは一切ないのだから、安心して売買出来るわ。そして研修棟ではその販売時期に合わせて量産してもらえばいい、今は価格帯の高い商品の完成度の向上を目的としているけれど、これも修練の一環くらいに思って、基本的で、作りやすいものがどれくらいの期間でどれくらい量産出来るか試してみてもいいんじゃないかしら? 移動屋台の商品の主力となるはずの価格帯を抑えた商品の量産は事業拡大を検討しているならいずれ必ず通る道だし」
そこまで言って、シルフィ様がやりきった感満載の笑顔で。
「とルリアナが言ってたわ」
と締め括った。
シルフィ様が帰ったあと、私とグレイは数秒無言で、そして同時に呆れたようなため息をつく。
「凄い、ルリアナ様」
「凄いな、あいつは」
同じ事を言ってる。うん、そうなる。
「ルリアナ様が商売やったら、凄いことになる気がする、商売の神様とか言われると思う」
「しないぞ、あれは」
「えっ、そう?!」
「『そういう面倒なことを直接するのはちょっと……』と言う。間違いなく、直接手を下す女ではない」
……それはそれで、大物だよね?
というか、何気にグレイの言葉ちょっと失礼な気がする (笑)。
「……《ハンドメイド・ジュリ》の相談役になってもらう打診しよう、それこそ直接手を下さないポジションでいてもらおう」
勝手に私はそんな事を決めて、まぁルリアナ様なら喜んで引き受けてくれるだろうと予感がありつつ、気持ちは一気に『移動販売』に傾いている。
「グレイにちょっと相談」
「うん?」
「ルリアナ様が提案した三店舗同時開催の移動販売だけど……四店舗、いけると思う?」
グレイは三店ならば、と既に素材の仕入れや内職さんたちへの依頼、職人さんたちへの増援要請、こちらで必要になる資金の計算をしようと紙に書き込み始めていた手を止めて、かなりびっくりした顔を向けてきた。
「随分、強気だな?」
「出来ればしたくないよ、私も。可能なら公爵領か王家のどちらかと他一ヶ所が理想」
つい肩を竦めてしまった。
いや、私も増やす気がホントはないのよ。てか気楽に試させてと思うんだけど。
「でも、無視したくない所があるのよね」
「無視したくない?」
「獣王様の国。バミス法国」
「!!」
そう。
無視したくない。
あれだけ私のことを尊重してくれた国を。
転移できる魔力豊富な人たちが多い国。以前訪ねて来た獣王様の使いとしてアベルさんが来たときから、時折獣王様の使いや個人的にと転移して店にやってくる人が増えた。
その人たちはアベルさんが獣王様に進言してくれた『転移は必ずククマット地区の外まで』と言うのを守ってくれている。誰一人として、私からの『お願い』を破る人がいない。店でも必ずお一人様五点までを文句一つ言わずに守ってくれて、寧ろ外で購入制限があることに自警団の若者相手にイチャモンつけた男性に『買ったらまた並べば? 若いんだからそれくらい平気だろ。一人で五点って、一日にってわけじゃなく、一回の入店でってことなんだから』って至極全うな店のルールを言って黙らせたこともある。それくらい、礼儀正しくお客様としては最高の人種なのよね、獣王様の国の人たちは。
それに、以前アベルさんに言ったことは本当。
バミス法国、ビクフェルッツェ・シュトラティス法王 (ほんと、なんなのこの長い名前は)は【彼方からの使い】である、そしてものつくりを生業とする私に寄り添う対応を国民全てに求めている。自分がその先頭に立ち、手本となり、私が不当な扱いを受けないよう、理不尽な思いをしないよう、最善を尽くしてくれている。会ったことがなくても、ここを訪れるバミス法国の人たちを見れば分かる。自らが私のことを案じてくれていると。
その人に、出来ることで私も『信頼しています』と伝えたい。
「バミス法国、か」
「そう。実はこの国でやるより上手く行く気がするよのね」
「なぜ?」
「え? だって、ねぇ。あのアベルさんがいる国だよ?」
私の言葉に、グレイが納得し、そして遠い目。
「……ああ、うちの商品を知り尽くしているからな」
私も、ちょっと遠い目になった。
しかし、ルリアナ様。
私が考えている移動販売の形に近いことを思い付いていた。
これは、凄い。
お店を縮小したような、店舗の再現に重きを置いた移動販売。
やるならこれ、と私も密かに考えていた。
……気のせい?
ルリアナ様って、恩恵得てない?
って、思う時点でこれは、うん、恩恵だよねぇ。
《ハンドメイド・ジュリ》関連の事業への発想力とか? いや、ネイリストの専門学校のことでも最も有益な情報を集めたのがルリアナ様だから、『私の【技術と知識】を補う』能力的な?
……だからなんで私の恩恵はこうもよく分からない恩恵なんだろう。
「ま、あなただからね」
と、神様らしいようなそうでないようなお言葉をセラスーン様から後日軽やかな面白そうな声で言われた。




