13 * 条件
今更ですが侯爵の名前初披露回です。
「スライム固めれば出来るのになんでこんなに高いんだよ?」
「かじり貝の殻なんてゴミじゃない、こんなに高いなんて納得できない」
というクレームがよくある。
それに対して対応するのは私、ではなくなぜかおばちゃんたち。
「じゃああんた自分で作れ、帰れ。二度と来るな」
と追い返す。
こっちの客商売、庶民派は総じてこんな感じなのよ。『気に入らねぇなら買うな』ってね。
私が対応すると
「優しすぎる!」
「甘やかすな!」
「バカに頭さげるな!」
「相手にするな!」
「店に入れるな!」
と、怒られる。すっごい怒られる。解せぬ、と思っても仕方ないの、それが常識だから。そして商売人にとっても楽だから。品物にホントに不備があれば謝るけどそうじゃないのに下手に出る意味がわからないと、とにかく説教されるから、クレームよりそっちが面倒臭くて最近はおばちゃんたちに任せてる。
私が試行錯誤して、唸って叫んでを繰り返し完成に至るの知ってるからねぇ。その苦労を知らないで『高い』と言われるのがとても嫌みたい。彼女たちも丹精こめてレースを編んでる、私の補助をしてくれる。それを知らずに、素材の扱いの大変さを知らずに『高い』とクレームを付けられるのは許せないだろうねぇ。
そういうのもあるから、よく知りもしない人を雇って他所で販売はしたくなかった。テキトーに売られてテキトーに買われてあげくクレーム付けられたら気分よくないよね、誰だって。
そういったことを解消出来るなら、移動販売はしてみたい。各地で行われるお祭りには近隣から屋台や行商が集まったりするから。それに混じって、賑やかに華やかに売るのは商品の雰囲気に合っているような気がする。私がそういう雰囲気が好きなだけかもしれないけど。
「具体的には、私は何をすれば?」
エイジェリン様、前のめりすぎる。グレイが『ちょっと落ち着こう』と言う代わりに肩を叩いたんだけど、ダメだ、全然わかってないわこれ (笑)。
「えーと、重要な要件はこの後説明しますが、まず出来ることを先に話します。移動販売馬車のデザインと精密な寸法をこれから用意することになりますが、出来上がり次第ご友人の領地でそれを作ってくれる職人さんを確保していただくことです。他所から雇うのではなく、地元の方々がいいですね」
「それは何故だ?」
「例えば、壊れたとかデザインを変えたいとか、そういったことにすぐに対応してもらいたいんです。遠隔地である分それでなくても意思の疎通に時間がかかって対応が遅れます。それに地元で一台、その男爵様が保管してくださるなら年に一度や二度定期的に行うことも可能になると思いますし近隣に貸し出すことも可能です、そして男爵家が保管するなら地元の職人さんなら身元も分かっていて安心ですよね?」
「……そうか、なるほど。他には?」
「それと、次の二つが重要です。まず一つ目、男爵家の方々に素材の知識を徹底して身につけてもらうこと。もう一つは……エイジェリン様には申し訳ないんですが、侯爵家の名前で、こちらが提示する約束事を守って貰うことが条件だとご友人の方と話をつけてほしいことです、響きが悪いですが、要は圧力ですね。できれば、魔法紙を使った契約書で勝手なことを絶対にしない約束を。……これが条件です。一番重要な私の要求です」
真顔で固まってしまった。
仕方ないか。友人に対して『圧力かけろ』って貴族でも何でもない私に言われたら。これで怒鳴られないのは単にエイジェリン様の心の広さだと思うわよ。
「理由を聞いても?」
グレイが、固まってしまっているエイジェリン様に変わって話を進めてくれそうね。
「まず、一つ目。その土地の権力者にちゃんと素材の知識があれば、知らない人たちの噂や間違った知識で翻弄されないし、万が一素材について変な噂が流れてもすぐ訂正してもらえて、他所の私の言葉より信じてもらいやすい、問題が起きたときの沈静化が速いはずなの」
「確かに。領主が大丈夫と一言言うだけでなくその言葉に信憑性を感じる知識があれば領民が受け入れ安い……で、二つ目だ。これはジュリらしくないと思うんだが?」
「私らしい予防策、なんだけどね」
「どういうことだ?」
「……遠隔地でのこと。男爵様にはちゃんと理解してもらって、そして管理してもらわないと私は、なにが起きているのかすぐにはわからない。私の知らないところで、お互いが不本意な形で【選択の自由】が発動する可能性を限りなく無くしたいの。その尻拭いは必ず、仲介した侯爵家になるよ」
グレイとエイジェリン様がハッした顔をして、私は苦笑した。
「エイジェリン様、今は作り手が不足していて店舗を増やすことは不可能です。でも今回の移動販売への挑戦、まだ構想はざっくりしてますが、《レースのフィン》のように期間限定の店の形態のように、柔軟に幅広い販売方法として挑戦したいと思います。それが成功して、情報を得て、初めて二店舗目を考えるところに立てるのだと思っています。……そう言ったことを考える過程で、私はそれを利用して私から私のしていることを奪おうとする人や利益を追及して私のやり方を無視するような人を、ギルドや王家の態度からどうすればいいのかも考えるようになって……。同時に、この時【選択の自由】が発動することも念頭に入れる必要が出てきたんです。それを私一人でどうにかするのは不可能で。だから、いずれはお話するつもりでした侯爵様に。『今後私の事業に関わるとき、侯爵様は不都合な力があれば抑え込んで結構です』と」
利害の一致。これに尽きる。
エイジェリン様自身が以前私に言ってくれた。互いに利用し合って強くなろうと。侯爵家と私にはそれが出来るから言ってくれたと信じている。だからあえて言わせて貰う。
「正直、信頼できる人であれば私は誰でも受け入れたいです。けれど、それが貴族社会では問題になることもある、そうですよね?」
エイジェリン様にとっては友達。でも、侯爵様の友達ではない。失礼だけど相手は男爵、その上には子爵、伯爵、侯爵、公爵とある。それぞれ隔たりは大きくて、ある意味この世界で最も完成された完全な縦社会。そう簡単に友情や馴れ合いだけで崩せるものではないと教わっている。
侯爵様は私が『やらせてくれ』と言えばやらせてくれる、これは間違いない。【彼方からの使い】のお願いだからの一言で済むんだから。でも、息子のエイジェリン様、グレイが言ったら? 即刻迷いなく『NO』と言う確信がある。
だって、侯爵様だって友人に私を紹介して欲しいと言われていて、それをほとんど断っている。そこで侯爵様は『今はまだその時ではない、彼女も望んでいない』って、私と侯爵家どちらにとっても不都合がないように断っているとシルフィ様から聞いた。
王家とのこともあり、侯爵様の社交界での動きを制限させてしまっている程には最近は神経質に対応してくれているようだし。
エイジェリン様の友人だから、私に不利益は出させないから、信頼出来るから。それを理由としてやってしまった場合、侯爵様の立場はどうなるのか。
今思いついたことじゃない。
私を拾ってくれたのは、レクシアント・クノーマスが領主を務める侯爵家。
この人を差し置いて、他の貴族を優遇するなんてありえない。グレイそしてローツさんは私との関係で例外かもしれないけど、それでも彼らが貴族の友人をこの手の話に出してきたら、まず私は迷わない。侯爵様に相談することを。
たとえエイジェリン様が次期侯爵でも、今は違う。私にとって『侯爵』はこの人たちの父親なわけ。
「父に許可を、ということか?」
「そうでなければ、出来ません。……侯爵様もご自身の友人を私に近づけないでくれています。さっきの話を聞いて思いました。侯爵様のご友人にもこの店に直接本人が来たくても来れない事情がある方々はいるんじゃないかと。もし、貴族の立場も考慮してほしいとおっしゃるのならなおのこと、私は侯爵様を無視できません。私にとってクノーマス侯爵とは、エイジェリン様ではないんです。失礼を承知で言っています、この件、レクシアント・クノーマスが是非を、もしくは条件を出す場合、私は、全面的にその意思を尊重し同意します」
今度は、黙り込んでしまった。
許可は出ない。
エイジェリン様の私情だから。
以前、ノーマ・シリーズのことで特注を受けたのは、あれはお店やククマットで売り出せる商品となるものだったから。あくまでこの一帯の、クノーマス領の利益になるもの。でも他の土地となると全く話は変わる。話題性があるだけで大きな利益を呼び込む可能性が高い。それを他の貴族が黙って見過ごすわけがないよね。
たとえば相手が同格の侯爵家ならすんなり話は通る。伯爵家でもなんとか理由をつければ大丈夫かもしれない。そしてローツさんの実家のフォルテ家や爪染めの樹木の栽培から付き合いが出来たご隠居のナグレイズ家ならば説明次第で問題なくできるかも。でも、相手は男爵家、貴族の世界では残念ながら立場は弱い。しかも私にとって全く知らない人。この家を私情で優先したら、その矛先は全部侯爵家に来る。間違いなく侯爵様がその標的になり、処理に追われる。それこそ、これをきっかけに私の分からないところで方々から理不尽な圧力を受けるかもしれない。巡り巡って、【選択の自由】が意味もわからず発動する可能性もある。そのせいでどれだけの人が苦しむことになるか。
私が出来るのは【選択の自由】が関係ない人まで巻き込まないよう出来る限りの予防線を敷くこと。それは私しか出来ないこと。そしてそれが私の周りにいる人たちを守ることにも繋がるはず。
自分が責任を負えないことで、見えないところで自分を拾ってくれた人に迷惑をかけるなんて。
絶対嫌だ。
だから私はエイジェリン様の気持ちを優先しない。
「分かった。説得する、いや、何とかしてみせる。ジュリにも父にも迷惑をかけないように、最善を尽くす」
いやぁ、そう言い切ったエイジェリン様のカッコいいこと!! 惚れ惚れするわぁ、さすがクノーマスの男!! って口に出しちゃって、グレイにすっごい怖い微笑み向けられた。
「兄とルリアナは良好な関係だ」
「わかってるわよ」
「……ジュリは、私と兄とどっちの顔が」
「グレイだからね?! そこ変に勘ぐらない!! 動揺してたのに直ぐに気持ちを立て直して凄いと思ってその顔が凛々しかったの! そういう時の男は総じてカッコいいのよ! 愛してるのはグレイだから安心して!!」
「ならいいんだが」
なんだ、このやり取り。必要があったの?
とにかく、私もやってみたい。
移動販売。
移動できるお店を、可愛く、綺麗に飾って、マルシェみたいな賑やかなところでたくさんの屋台や露店に混じって、私の商品が並ぶ光景。
きっと楽しい。
きっとうれしい。
エイジェリン様と侯爵様次第。
答えを待つ。
作品を作りながら。
「兄の侯爵への道のりはまだ遠いかな」
不意にそんなことを言い出したグレイ。
「そうなの?」
「今日の話でな。私情を優先しようとしたとこは否応なしに父に知られてしまう。先日の騒ぎの矢先だ、父も過剰に反応するだろうし、兄のあの様子だと必死に食い下がるだろうし、話し合いは平行線で立ち消えになる可能性もある。貴族の付き合いが絡むことで話が揉めると、父も爵位を譲るには早いと考えを改めるだろうな」
「あー、確かに」
私は苦笑するしかないわ、こればっかりは口出しできないからね。
「……グレイとしては、エイジェリン様に早く爵位を得て欲しいと思ってるの?」
「前はそう思っていたな。父の口うるさい説教やお節介をかわすにはいちばん手っ取り早いから。下らない理由だ。ただ最近は、あまりそういうことは考えない」
「なんで?」
「そういう暇があまりない」
「……ああ、グレイもわりと自主ブラック気質だしね」
ふたりで遠い目になった。カップルで自主ブラックって、ちょっとやだな。
「デートしようね」
「そうだな、だが私は」
「ベッドに籠るはナシね、それいつもだからね。普通のデートするわよ」
「……」
「そこ、黙らない」
不服そうな彼氏にこの日はお持ち帰りされ、がっつり食べられた。
ジュリとグレイセルの会話。
「クノーマス家の人って変わった名前多いよね? 理由があったりするの?」
「『変わってるな』と人の記憶に残りやすいからだそうだ」
「え、それだけ?」
「それだけだぞ?」
「マジですか」
「マジだな。それと、考えるのが面倒になった当主が家系図から名前を選んで名付けたのをきっかけにして名前を使い回しするようにもなった」
「えぇぇぇ、そうなの?!」
「私も兄上も父上も先祖に同じ名前がいる」
「じゃあもう変わった名前止めたらいいのに」
「そうするとまた考えなくてはならないだろ?」
「え、そういう問題?」
というネタもあったのですが、これ以上話が広がらないのでここに載せました。由緒ある家だけど案外適当な理由で代々受け継がれてるものがありそうだなぁ、という作者の安易な考えでこうなりました。




