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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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13 * 手っ取り早く広域に

お待たせ致しました、新章開始です。


今回はものつくりからちょっと離れます。

 


 忙しいけど充実してるね!!

 なんてことを思っていたある日。


 私はフィンとライアスの所に一応住所があるんだけど、大抵は私への面会や商品の買い付けが目的の、ゴマスリ兼ねて侯爵家かこの店直接に大袈裟な褒め言葉満載の手紙が届く。手紙は基本、私は目を通さない。全て侯爵家で管理して私の仕事を妨げてでも作品を得たいとか、利益を得たいような付き合いを求めてくる人たちを遮断する目的があるので、今まで私の元に侯爵家から開封された状態で届いたものはそのうち一割しかない。

 そして今日、その一割とは別の手紙が持ち込まれた。

 いつもは侯爵家の御使いの人が持ってくるのに、今日はなんとエイジェリン様が直々に。グレイもちょっと驚いてる。

「すまない、相談を兼ねて来てしまった。突然だったが、時間は大丈夫かな?」

 閉店後だったのでとくに問題はないと伝えるとエイジェリン様が安堵した顔をする。でもグレイは警戒している。『相談を』というのが引っかかるらしい。

 まあね。

 これが王家とか貴族だと、それを優先しろってこと。専門学校の補助員の件で侯爵家と私たち【彼方からの使い】には権力や貴族社会との関わり方に溝があるとはっきりしたことが先日起きたばかり。これについては正直私も警戒してしまう。

 グレイの顔を見て、エイジェリン様は何が言いたいのか分かってるみたい。苦笑して、肩を竦めて見せた。

「そんな顔をしないでくれ、私はジュリの仕事を邪魔する気はないんだ。だからこそ相談をしに来たんだよ」


 手紙の内容に、なるほど、と。

 これはエイジェリン様がどうこうできないし、貴族とか庶民とか関係なしと言ってもいい。

 うん、一考すべき事だわね。しかも、利益云々の話じゃなくて、ちょっと切実なお話しよ。

 この手紙の主は、エイジェリン様が王都の学院にいた頃からのいわゆる学友という方。爵位は男爵だけど、とても優秀な方で今は王家の中枢、大臣たちの補佐をする仕事に付いている人なんだそう。

 その人は今、領地をご家族の方に任せているんだけど。


「つまり、ここまで来れないんですね」

「ああ、ご両親共にどちらも足腰が弱い、王都より東にある領地だ、ロビエラム国境近くで。ここまで馬車で来ることになると最短で三週間。そんな長旅は無理だ」

「ですよね、しかも、長旅は足腰が弱い方なら、休憩の回数も増やすことになって尚更日数を必要とするし……お金もかかるし」


 エイジェリン様のお友達の手紙はとても切実だった。

 どこかに連れていってあげたくてもご両親には足が悪いことを理由にどこへ誘ってもいつも断られて、せいぜい領地にある別荘に行くだけ。そして先日エイジェリン様から貰ったハーバリウムやコースター、レースをプレゼントした時、とても喜んでもっと欲しいととても楽しそうに語り合ったのに翌日、言葉を撤回したそう。そう、撤回。


「今のは忘れて、これで十分」


 って。

 手紙には、以降全くその話をしなくなった、なのにコースターやハーバリウムを手にして訪ねてくる友人に息子の優しさと共に自慢してとても満足そうで嬉しそうで、お店まで連れていって是非とも好きなものを買わせてやりたいのにそれができなくて残念だ、ということが書かれていた。

「この手紙を見て、なんとかしてやりたいと思ってしまったんだ」

真剣なエイジェリン様に私は頷いて見せた。

「これは、ちょっと、うん、見て見ぬフリはしたくないですね。もしかして、ご本人が直接来たくても来れない事情を抱える富裕層の方って実は結構いるんでしょうか?」

 この問いに、エイジェリン様は当然、そしてグレイまで苦笑して。


「高齢になるとまず、領地から出ることは難しいからな」

 と、グレイ。だよね、馬車が基本移動手段だから高齢の方には過酷だよね。私の周りは転移をヒョイヒョイ連発する人たちばかりだからその実感がないだけ。

「商売を手広くやってる者も難しい、領地を空けられない」

 と、エイジェリン様。だよね、忙しいのに領地ほったらかして買い物とか領民が怒る。

「妻が妊娠していたり、子供が幼かったりも無理だ」

「そもそも国の端にあるこの地と正反対の端に領地がある者も買い物だけで来るのはな」

「あとは……―――」

 って、なんだか結構出てきたわね。

 そこでふと思った。

 エイジェリン様は『相談を』って言ってた。単に欲しいなら商品をいくつか見繕ってご学友に渡してもいいはず。買いに来れない本人たちには物足りないけど、そこまで親思いの息子さんならきっとかなりの額になっても買い取りしてくれる。

 でも、そうじゃないってことは?


「……もしかして、支店もしくは期間限定の店を出せないか? って、ことですか?」


 これしかない。

 ここに来れないなら、店を作るのが一番手っ取り早く商品をご学友やその周囲に届けられるんだから。

 そして、エイジェリン様の顔をみれば、ビンゴ。期待と不安が混じり合う、そんな顔をしてて。

 こらこらグレイ、そんな怖い顔しないの。大丈夫よ、ちゃんとお話しして解決するわよ。

「出来そうかな?」

「申し訳ありませんが、それは今じゃありません。もちろんいずれは、と頭の片隅には常にありますが」

 ここは、はっきりさせておこうと思う。


「もしも今勢いがあるからと安易に店を増やしたらたちまち 《ハンドメイド・ジュリ》は営業そのものが破綻します」

 そう。無理。

 お店に並ぶ高品質な作品を任せられる人たちが育ってきた。さらにはキリアという飛び抜けた才能を持つ人材も得られて、安定して商品を作り出せるようになった。でもそれはあくまで 《ハンドメイド・ジュリ》だけだから。これがもう一店となったら? 補助や今後見込みのある人が増えて来たと言っても、キリアほどの才能を見せてくれる人はまだ育っていないし、今の売上を支えられるだけ、同じだけ信頼おける従業員の確保は運次第。そう簡単に何でも任せられる人は育つものじゃない。恩恵だって限界がある。それは誰よりも日々私が実感していること。

 店舗を増やしてしまったら難しいなんて言葉では濁せない。

好調な売り上げを出している反面、在庫の確保は常に私を悩ませている。それなのに 《ハンドメイド・ジュリ》を増やしたら? 在庫どころではなくなる。欠品続きでお店の営業自体が出来なくなる。

せっかくお店で働いている人たちを休ませることになり、その人たちの給金に影響を及ぼす。そこまでして二店舗目を出す利点が今のところ全くないの。 《レースのフィン》と露店三店舗が安定して営業出来ているのは、 《レースのフィン》は晩秋から春までの期間限定、露店は低価格の作りやすいものが商品の殆どを占めていて作り手が数多確保できているから。夜間営業も商品をかなり制限して、日数も制限しているから出来ていること。


 条件が重なって営業出来ているのが《ハンドメイド・ジュリ》なわけで。

 たかが一店舗、されど一店舗。

 人気があるからもう一店舗、とはいかないのよ。


「……そうか、そうだな。すまない」

「でも」

「え?」

「一つ、提案出来ることはありますよ。それが可能かどうか話し合う価値はあるはずです。ただし露店を出せばいいっていう簡単な事ではありません、それでも提案は出来ます」

「そ、それはどういう?」

「『移動販売』です」

「「『移動販売』?」」

 そっくりな、兄弟の声が見事にハモった。ウケるわ (笑)。











 こっちの世界だと『行商』がそれに該当するのかな? 商人が商品を持って転々と各地で売りさばくやつ。

 あえて『移動販売』としたのは、どうせなら馬車があるんだからそれを一から作るなり改造して店っぽくちゃんと構えてディスプレイ出来たらいいよねと。

 オフィスが立ち並ぶ道沿いに、それぞれ趣向を凝らした移動販売車が並んで、こだわりを感じる看板出してたり、小さなテーブルに見本をきれいに並べたり。お昼時のあのカラフルな光景結構好きだった。

 当然こっちは車がない。でも、屋台はあるし、今出しているククマット編みの露店はお店を委せている人たちの好きにさせたらククマットの市場でひときわ明るく可愛い色と飾り付けになってそれだけで人を集める。屋台や露店がお店の形態として当然のこの世界、無かったのは移動販売だけ。『行商』がいたからかもしれないし、長い距離を簡単に移動できないからかもしれない。馬車があるのにそれを活かした販売方法がないのは、馬車や馬の維持管理が想像以上に大変でお金がかかるという根本的な問題が解決出来ないからだと思ってる。


 でも、『移動販売』を見た経験のある私には『行商』では物足りない。屋台では限界がある。

 そこで考えていた。

 ある時を境に本格的に考えてた。

そこで大まかに『移動販売馬車』について私の構想を話す。


「商品以外は、現地で調達?」

「はい、主に重要なのが移動販売用の馬車や販売員です。極端な話、うちの商品は持ち運びが楽なんですよ、小さいものが多いので信頼できる運送商が手配出来れば、護衛も大勢は必要ないし、小さく纏まるので積載荷重料金も安く済むんです」

「確かに、そうだ」

 納得した様子でエイジェリン様が大きく頷く。

「ガラス製品も、しっかり梱包すれば大丈夫ですし、高額なので数も少ない、運送中の商品破損はうちの商品の場合あまり心配ないんです。ただ、今まで私がそれに手を出さなかったのには生産体制を拡充できない他に、大きな理由があります。馬車の維持にお金がかかること。そして、もうひとつ。ちゃんと商品の素材を理解していて、それをお客さんに説明出来る人を他所で確保することがほぼ不可能だからです」


 そう、この一言に限る。


 日本人特有というわけではないけれど、ここに来てから『◯◯産』、『□□製』、というのを気にすることが私は多いので当初とても驚かれていた。周囲は気にする習慣がなかったし、グレイ含む侯爵家の人たちは価格や稀少性で物の価値を定めていた。しかし今ではグレイやフィン、ライアスは当然のこと、一緒に働く人たちの多くがそういうことを気にするようになった。

 素材というものに着目する習慣がついてきたのよ、私の周りでは。

 そしてそれが定着し、うちの店の人たちはみんなお客さんに質問されてスラスラと説明出来る。それが安心感を呼んでいることを、従業員たちは直に体感していて、どれだけ大切なことか認識しはじめてくれた。


 どんな形にせよ、お店をやるならば、私はどこであってもこの良き習慣を活かしたい。


 そうなると……他所では無理。

 売ればいい、稼げればいい、と用途や注意事項を無視した売り方で売られて、『なんか違った』と、買った人にがっかりされたくない。

 以前、『タオル代わりにレースを使ったのに、使い心地が悪い』と 《レースのフィン》に文句を言ってきた貴族令嬢がいた。それが花瓶の下に敷くドイリーとは知らずに、その令嬢がタオルより綺麗なそれを使ったと人に自慢してやるつもりだったらしいの。『レースで顔を拭くとごわごわして宜しくないと皆に教えておきましたわよ』って嫌味ったらしくクレーム付けにきた。

「あれは、花瓶や物の下に敷くものです、丈夫な糸ですから大層痛い思いをされましたでしょう、そもそもレースは体を拭くには向きません、飾るものですから当店では正しく楽しめる使い方を購入者の方には説明していますが……それが伝わっていなかったのは大変残念でございます」

 って笑顔でエリオンさんが説明したら、無言で帰ったそうで。その令嬢、他にレースを購入済みの令嬢から影で笑われたんだろうなぁ、とちょっと憐れになったわよ。


 要するにね、良かれと思って侍女さんは説明しなかったのよ、お嬢様の好きにさせようと。でも結果は酷いでしょ?

 人を介するとどうしても、安心安全正しい使い方楽しみ方に影響を及ぼす。

 それが嫌でね。


 でも、いい機会。

 侯爵家が協力してくれるなら、一度試験的にやってみようじゃないの。


 条件は、つけるけどね。条件というか、エイジェリン様にはちょっとどうかな? ということだけど。

 それを、受け入れてくれるかどうか、それは話してみないとね。

ブクマ&評価、そして誤字報告ありがとうございます。

そして感想もありがとうございます。大変励みになります。


新素材、新商品なかなか出てきませんがのんびりお待ち頂ければと思ってます。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえばスライム様を使えば割れにくいプラスチックレンズ的なものも作れそうだよね。 [一言] 移動販売と言われるとどうしても真っ先にラーメンの屋台を思い出すw
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