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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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イースタースペシャル ◇グレイセル、卵に振り回される◇

季節もの単話です。今回はグレイセルです。

前話と違い、緩いお話です。



 先日、突然。

「グレイ、欲しいものがあってね、おねだりしてもいい?」

 とジュリが甘えてきた。こんなことは滅多にない、ここは私の男としての矜持をかけてなんでも買ってやろう、場合によっては資産の一部を売却してでも。使える伝は全て使い、なんならハルトも巻き込み、欲しいものはこの大陸隅々までしらみ潰しに探し。

「たまご」

「……ん?」

「大量のたまご」

「……今、たまごと言ったか?」

「うん」

「……」

「正確には中身がないたまごの殻」


 欲しいものが卵の殻。


 矜持は必要ないらしい。











 それは『イースター』という祭りに使われるのだという。

 イースターはジュリのいた国では「復活祭」とも言うそうだ。

 とある神が処刑されてから三日後に復活したのを祝うもので、卵は誕生、復活の象徴として重要な役割を果たしているそうだ。

 その祭りは春の訪れを喜び、そして豊穣を願う祭りでもあるため、明るい華やかな装飾を施し祝うのだという。

 そしてイースターバニーという、多産で知られるウサギを豊穣の象徴とする地域もあることから、装飾のモチーフにはウサギを用いることも多いらしい。

 地域によって卵への絵付けが違ったり、ご馳走の内容が違ったりする上に、暦の関係で毎年祝う日が変わるのだそうだ。統一性が無いようで、しかし神の復活を祝うという根底にあるものは同じという、私にとっては非常に不思議な興味深い祭りである。


 さて、大量の卵であるが必要なのは殻。中身はどうするのか?

「食べて消費」

 まあ、そうだろう。ジュリ、簡単に言うが卵は生だ。

「ああ、加工しないとね……私は管轄外!」

 ジュリは料理の話になると逃げる。

 という事で私の屋敷の料理人と、侯爵家の料理人に任せることにした。

 殻と言っても割ってはダメなのだ。底に穴を開け、割れないように中身だけを取り出さなくてはならない。その作業がなかなかに大変なため、使用人総出となった。それでも数が多かったし、何より中を洗浄しなければならない。侯爵家からも人を借り受け、気付けば私の屋敷では一心不乱に卵と向き合う人々で溢れるという奇妙な光景が繰り広げられることになった。掻き出された卵は片っ端から料理人達が菓子や料理に仕上げていく。厨房は戦場と化していた。

 事前に従業員たちに声を掛けておいてよかった。出来上がった菓子や料理を次々受取に来てくれる。

「……普段作らないジュリは今日も作らないんですね」

「食べる専門だ」

 キッシュをワンホールとプリンをバスケットに閉まったキリアは目を細めた。

「言い出しっぺが何もしないとか、肝が据わってると思います」

「この後本領発揮ということだろう」

 次々出来上がる料理を次々味見するジュリ。

「スフレ美味しいわよ! 出来立てを食べるんだって、しぼんじゃうから。食べる?」

 大きなスフレの型をドン、と私とキリアの前に置き、スプーンを握らされた。食べろと言うことか? さっきから私は、ずっと食べさせられているのだが。

「あんた、ずっと食べてるだけだ?」

「うん、今することないし。洗浄した卵の殻が乾くまで出番なし」

「……そして、凄いわこの光景が」

「何が?」

「グレイセル様の屋敷の庭を埋め尽くす卵の殻。こんなのここだけでしょ」

「だろうね」












 当分卵料理は食べたくない、というほどジュリの試食に付き合わされたのが昨日。本当に、卵は、当分食べたくないな……。

 今日から本格的にジュリがイースターに向けて作業を始める。

「イースターに『エッグハント』っていうのがあるのよ。卵を探すゲームね」

 ジュリはペイントを施したその卵の殻に小さな紙切れを入れるのだという。

「紙には『クッキー』『ハンカチ』『ボタン』とか、大盤振る舞いで『金貨』でもいいかな? 見つけた卵を持ってきてもらって、中に書かれている物が貰えるっていうイベントどうかな?」

 ジュリはイベントをよくしたがる。これには訳がある。

『地球』を忘れないため、少しでも自分の中にある記憶を残すため。

 本来の意味や風習が残らなくてもいいから、何かを残したい。そんな気持ちでやっているのだという。

 そこに悲しさや寂しさを滲ませないのは彼女の私たちへの気遣いだろう。

 だから私も全力で彼女に付き合う。


 と、言うことで珍しく手伝う。


「グレイって、物を作らせると普通だけど絵はけっこう上手よね」

 卵の殻に絵を描く。カラフルに、そして可愛くがいいと言うので見よう見まねでジュリの隣で描いていく。誉められると嬉しいものだ。

「ウサギをピンクにするあたり、センスいいわよ」

「そうか?」

「うん、ハルトの百倍センスいいよ」

「なんだよ?! 俺のも可愛いだろ?!」

 卵のペイントには今日の営業で店に立たない従業員や声を掛けて集まってくれた内職の面々の他にケイティとマイケル、リンファとセイレック、そしてバミスのアベルといつものハルト。

 ……最近、このリンファとアベルもなかなかの頻度でこのククマットに来るのだが身分を考えると暇ではないはず。なのにいる。大丈夫なのだろうか? まあいい、私の責任の及ばぬ所だ、気付かなかったことにしよう。

「いやぁ、ハルトのウサギは、ちょっと」

 自信たっぷりに突き出しているハルトの手にある卵をキリアは身を引き目を細めて見つめる。

「なんで、ウサギを真紫と濃い緑の縞模様に出来るのか理解できない……」

 壊滅的な絵のセンスのハルトには色塗りだけをさせることになったのだが、これがなかなかに、ひどいのである。紫と緑の縞模様のウサギの背景は、灰色に赤の水玉という、本人は『シックで大人の色合い』と絶賛する配色だ。

 下書きをしてあげたジュリは。

「毒でも入ってそうだよね」

 と、もはや一切見ずにキリアの態度だけで断言していた。

「ウサギが可哀想だからウサギ無しのに色塗ってよ」

 ちなみにこのあとウサギに色を塗らせて貰えない腹いせにハルトが卵に勝手に絵を描き色を塗ったのだが。

『食虫植物にマグマ溜まり』『口の裂けた犬?と暴風雨』『廃墟』が出来た。

「バカ野郎! 『ひまわりと花畑』『ウサギとマーブル模様』『クノーマス家の屋敷のある風景』だよ! 見りゃわかるだろ!!」

「これ見てその正解に辿り着けるのルフィナだけってことそろそろ自覚したほうがいいわよ」

 ジュリに冷ややかに諭されて、泣きそうになりうちひしがれるハルトに慰めの言葉をかける者はいない。

「ハルト様にも出来ないことはあるんですね」

「そのようですね。ちょっと意外です」

 アベルとセイレックがそんな会話をしていた。

「所詮、人間よ」

フッ、と鼻で笑ったリンファのその一言はなかなかに重いものだと思ったのは私だけだろうか。











 大人も子供も入り交じり、エッグハント祭りが始まった。

 ……イースターという単語はどこにいってしまったのだろうか?

「つべこべ言わず楽しんだ者勝ちですよグレイセル様!」

 ナオに背中をバシン! と叩かれた。そういうものなのか?

 卵の殻の中には様々な物が書かれた紙が入っている。大半はクッキーとキャンディだが、それ以外にも初めにジュリの提案したハンカチや金貨はもちろん、《ハンドメイド・ジュリ》と《レースのフィン》の商品に 《本喫茶:暇潰し》で入れ換えになった本を提供してもらったり鍋や皿も各商店で売れ残りを格安で譲って貰い実に多種多様なものと引き換えが出来る。

 これにかかった費用は卵以外はジュリが全額だした。私が出そうとしたのだが、それは止めておけとハルトに諭された。

「やりたいようにやらせてやれよ。それで満足するんだから。これもジュリのワガママだと思うぞ」


 ワガママ、か。

 好きなようにさせてほしい。

 それが、ジュリの。

 頼っていないのとは違うのだろう。

 とことん、納得するまでやるために、自分で出来ることを全力で。

 それがジュリらしい、ワガママか。


「お前だってその辺理解してるからジュリがイベントやる度に準備してるとき満足するまで侯爵家関わらせないんだろ? お前の親が出てくるとあいつ失速するからな。迷惑をかけたくないって」

「……」

「偉いと思うぞグレイは。なんだかんだ言いつつジュリのやること受け入れるから。他の奴等は何をするのか気になってうろちょろするし口だしするし。隣で信じて眼差しだけを向けるって、結構難しいぜ?」

「そうすることで、ジュリはいいアイディアが浮かんだりするようだからな」

「それがあいつとの上手いつきあい方さ。出来るようで出来ねぇよ」

「そういうことにしておくさ」

「お? 不満そうだねぇ、グレイさんは」

「不満ではない。私はいつだってジュリを甘やかしたいんだ、それが全力で出来なくて寂しいんだよ」

「うわ、開き直りのノロケ」

 別にノロケてはいないが。


 しかし、こういう宝探しの要素があるものはやはり子供が勘を発揮するものなのだろうか? 次々見つけて持ってくるのは子供が圧倒的に多い。大人たちはククマットの市場の限られた場所にしか隠していないにも関わらずなかなか見つけられず四苦八苦しているようだ。

 そして一つ疑問なのだが、なぜ私とハルトがその引き換えの担当なのだろう。

「そりゃあ、ジュリがリンファやキリアたちに付き合って卵探ししてるからな、しかも引き換え所が研修棟だからな。責任者一人はいないとまずいからだろ」

「……私に楽しんで貰いたいという気持ちはジュリの中にはないのだろうか?」

「うーん? ない、というよりグレイをここに立たせると便利! が先行した気がする」

「夕べ私とローツとで大量の卵を隠した労いはないのか?」

 ローツはカイや他の者と酒を酌み交わしている。

 解せぬ。


 それでも、この光景は悪くない。

 ククマットのあちらこちらで『見つけた!』

 と明るい声で喜ぶ子供たち。『どこにある?』と焦せる大人の声が混じりながら、賑やかに移ろう人々の姿。パステル調の色とりどりの飾りは正に春の訪れを祝うに相応しい。

 卵は生や復活の象徴であり、ウサギは多産の象徴であり、動植物が活発になるこの季節の訪れを表すには確かに良いのだろう。

 ジュリがここに来てからこのククマットは『生きている』。停滞していたはずのこの土地が命を吹き込まれたかのように。


 この地に相応しい祭りかもしれない。


 そして。

 なぜ、これなんだ。

「誰も手に取らなかったんだよね。それで仕方なく回収してきたわ」

 ジュリから手渡されたのは『毒をもっていそうなウサギ』を含むハルトの問題作四つ。

「私もこれは、いらない」

「遠慮するなよ!!」

 にっこりと笑顔で私の肩を掴むハルトの顔には『捨てるなよ?』と書いてある。

 よりにもよって何故私はこの四つなんだ。ローツには可愛らしいカラフルなものが三つなのに。

「ローツさんのはいずれセティアさんが手に取るでしょ? ハルトの描いたのは手にしたら縁起が悪そうっていうか、不幸が訪れそうっていうか。グレイならそういうのはね除けそうだし」

「せめて、ジュリが描いたもの一つでも欲しいのだが?」

「侯爵家に全部あげちゃった」

 ……。ハルトのは、領主館の宝物庫に置いてこよう。










「で、今さらなんだ?」

「デカい方が描きやすいと思ってさ」

 あれから数日。ハルトが卵を持ってやってきた。しかも鳥類最大のフォレストバードという、卵も最大のものを十個。

「イースターは終わっただろう」

「この世界イースターねぇし? 春のお祭り雰囲気楽しみたいし? いつでもいいじゃん?」

「……中身は、どうする」

「そりゃここの料理人に」

「私は遠慮する」

「フォレストバードの卵って美味しいの?!」

 食べる気満々のジュリがいる。

「旨いよ、お菓子に向いてるってルフィナが言ってたな」

「おおっ、丼プリン作って貰おうかな、あとカステラ」

「中身は好きにしろ、そして今度こそ皆を驚かせるペイントをしてみせる!」

 描く気満々のハルトがいる。

「グレイ一緒に食べようね!」

「グレイの寝室に合いそうな絵を描いてやる!」


 どっちもいらないな!!







ジュリを恋人にしたグレイセルならではの下らないのに特殊過ぎる苦労や空回り、そして彼ならではの視点が表現できればなぁと思い書きました。というか、この人じゃないとジュリが制御しきれないのでこれからも彼には頑張ってもらいたいです。


次回から新章となります。


※この後お休み頂きます、4月13日から再開しますのでお待ちくださいませ。

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[一言] 絵心残念系男子のハルト君( ˘ω˘ )
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