12 * ハルト、気づく。
12章はここまでとなります。
本日二話更新です。この後季節モノを更新(11時)します。
異世界転生とか転移とか、まさか自分が……と混乱した日々が懐かしい今日この頃。
最近思うことがある。
ジュリのことだ。
俺も何人かの友人の薦めで何冊かラノベは読んだことがある。そいつは主にハーレム物が好きだったから内容に偏りがあって途中からは別の友人から借りたけどな。
そのなかで姉がかなりその手のオタクだという友人が貸してくれた物はさすがオタク、といった感じで、異世界転生、転移はもちろん歴史物、バトル、ファンタジー、ホラーと様々でしかもなかなかと読み応えのあるものが多かった。
で、そのなかに何故か数冊紛れてた女性向け異世界転生、転移もの。まあ、これも面白かったからいいんだけど、主人公たちについて個人的に物申すことがあった。
なんでか皆、お節介焼きで自分の立場を忘れてトラブルに首を突っ込んで殺されそうになったり拐われそうになったり、あげくニアミスで恋人以外の男、しかも全員王子とか国王とかから好意を寄せられてた。
おいおい、異世界に転生、転移した自覚無さすぎじゃね?
それで折角出来た大切な恋人、友人、酷いと無関係な善良な市民に迷惑かけてるんだよな、あれ、俺的には引いたよ。
そもそも、その世界で『特異』な存在だって自覚してるくせに、なぜ一人でフラフラ町を歩く? 変装し、身分を偽り問題事に首を突っ込む? さらにはその主人公たちは令嬢とか聖女とか……間違いなくその身に何かあったら誰かが責任取る羽目になるのに、何故。
おっちょこちょいとか天然とかの問題でもなく、浅はかな行動だな!! と何度もツッコミ入れた記憶が。
それで毎回後悔して謝って、何故か周囲も結構簡単に許す。
……俺が護衛だったらそんな令嬢と聖女、許す周囲の奴ら全員まとめてひっぱたくぞ。
あ、これ、もしかして俺袋叩きにされる発言? DVで訴えられる発言?
言い訳する。何でこんな『喧嘩売ってるのか?!』 ってラノベの読者から誹謗中傷必至な事を今さら思うかと言うと。
ジュリだよ。
言動が本能のままで時として呆気に取られることも多いんだけど。
「あ、レフォアさーん! 予定通り私早上がりします!!」
「ああ、ハイハイお疲れさまです。ジュリさん今日は本当はお休みでしたもんね」
「うん、その代わり明日ゆっくり出勤。今からハルトとロビエラム行って遊んでくるわ、グレイが夕方前にお店に来るときはその事伝えてもらっていい?」
「ええ、伝えておきます」
「キリアと、ライアスもいるし二人にも伝えておくから大丈夫だとは思うけど」
「わかりました、お気をつけて」
わかる?
こいつ、自分の所在を明確にしないと絶対一人で出掛けない。
ものすごい慎重。
一人で行動する範囲はなんとククマット市場だけ。ジュリの住居になってるライアスとフィンの家ですら最近は仕事帰り一人で帰ることがない。
ほとんどの移動はグレイがいるんだけど、それ以外だとちょっとでもククマットから出るときは必ず腕の立つ護衛を最低二人雇ってる。
見てると時々、これでいいのかよ? と思うくらいだ。
「無力にも程があるからね」
サラリとその疑問に本人が笑って答える。俺とジュリにお茶を出してからソファに腰かけたルフィナが面白そうに笑う。
「なぁに、それ」
「だってそうでしょ、魔力もないんだから。私倒せる魔物スライム様だけだからね? かじり貝様をこじ開けることすら出来ないんだから」
「え、そうなの?」
ルフィナがびっくりすると、今度はジュリが笑う。
「舐めるな、私の無力っぷりを」
いや、自慢げに言うことではないけどな。
「一応これでもクノーマス領ではそこそこ重要な位置にいる自覚はあるからね? それなのにスライム様しか倒せない私がフラフラ一人で出歩いたらどれだけの人が迷惑被ると」
「まあ、そうよね。グレイセル様ならちょっと見えなくなっただけで自警団総動員して捜索しそう」
「そ。グレイ対策でもあるわ、あの人は何やっても規模が大きくなるの。私の軽率な行動で動かされる人の身にもなってみてよ、可哀想すぎるわよ」
俺やマイケルたちでは考えられない。
だって俺たちは自分の身は自分で守れる。
俺達に邪な気持ちで近づく奴ら、傷つけようとする奴らは自力で排除できる。
圧倒的な戦闘能力と魔力、そして何より【スキル】と【称号】で。
むしろ恐れを成して敵意を向けてくる奴もほとんどいない。
「好奇心とか親切心を一番に優先して行動する歳でもないしね」
ジュリが苦笑する。
「私の身勝手で私一人が窮地に陥るのは自業自得、反省すればいいけど、一人でも巻き込んだらそれ以上に沢山の人が迷惑を被るから」
「そう?」
「私がやらかすことでライアスやフィン、一緒に働く皆が仕事が出来なくなるかもしれないし、グレイや侯爵家が対応に追われる。ローツさんの実家のフォルテ子爵家やレフォアさんたちにだってどういう影響を与えるかわからないし、こうして私が気軽に行き来することを黙認してくれてるロビエラム国だって、何がきっかけで私のトラブルに巻き込まれるか分からないでしょ。そこまでする? って笑われても自意識過剰と言われてもいいんだよね、この件は。問題が起こらないに越したことはない、それだけのこと。その為には出来ることしないと。その出来ることの一つが一人での行動範囲の制限ね」
「でも、そこまでしなくても。みんなジュリに関わって何かあっても迷惑だなんて思わないと思うけど?」
「まあ、そう言ってくれる人が沢山いる自覚もある。でもねぇ、実際私の自衛能力は最弱だから。これでもハルトたちには感謝してんのよ?」
ジュリはおどけた様子で俺に視線を向ける。
「転移で移動することで遠くに安全に運んで貰えるから。我が儘言ってるだけだけど!!」
軽やかな、何てことないような笑い。
俺は、今更だけど、この時ようやく理解した。
ククマット。
ジュリはほとんどその世界しか知らない。
広い、馬車で横断するのに数ヶ月かかるこの広い世界のなかで、そこがジュリの世界だと。
本当に今更だ。
なんで俺は気づかなかったんだろう。
「それで、いいのか?」
「うん、いいけど? なんで?」
そんな問いかけをされること自体がジュリには不思議なほど『当たり前』のことになっている。
狭い世界が。
「同情は、しないでよ?」
「え?」
「好きでやってることだし」
「けど」
「 《ハンドメイド・ジュリ》を通して世の中見えるから楽しいよ」
「たっだいまぁ!!」
ジュリの姿を確認したグレイがいつものように出迎える。
「お帰り。またずいぶん大荷物になって帰って来たな」
「ルフィナのデザインした柄もあるわよ。グレイに似合いそうなのもあったからつい買い込んじゃった」
反物を両手で抱えるジュリはそのまま工房の二階に駆け上がり、フィンや残っていた従業員に見せ始めたのだろう。賑やかな声が聞こえてくる。
「悪いな、毎回」
「いいよ、ルフィナが会いたがってるしさ。それよりちょっといいか?」
「?」
夕暮れ、酒場が賑やかになり、帰路に着こうと足早な人が増える市場。そこから一本路地に入った 《ハンドメイド・ジュリ》の店前は人はまばらで、通りすぎる人は皆グレイと俺に笑顔で会釈をしていく。
「どうした?」
「居心地はいいよな」
「うん?」
「好きなことして忙しく働いて、確かにここにいるだけで、不満は生まれねぇか」
俺が誰のことを言っているのか、グレイは直ぐに理解した。急に険しい顔になり、俺を真っ直ぐ鋭い視線で射ぬく。
「ジュリに、何かあったか?」
「いや、そうじゃなくてさ。おまえが最近やたら転移の精度を上げようとしている理由が分かって安心してるとこ」
俺の言葉が予想外だったのか、グレイの顔は弾かれたような瞬きをしてから一気に崩れる。
「あれ、ジュリのためだろ?」
否定も肯定もせず、暫く沈黙が続いた。
なんで、ここでグレイが何も返して来ないのか気になって、それを問おうとした。
「この世界をいつか巡りたいと」
いつか、今していることが自分の手を離れたとき、自分がいなくてもものつくりが継承されていくのを見届けたなら、世界を見て回りたいと言ったらしい。
でも。
――それは無理だから、まったく別の打ち込めること見つけないとね―――
「そう聞かされたとき、ああ、本当はジュリも自由を望んでいるのか、と。けれど、それが出来ないことを理解しているから、諦めているんだと。嘆くこともなく、笑った。……どうにかしたいじゃないか。お前やマイケルだけじゃなくもっと気軽にジュリを遠くに、望むところに連れていける人間が一人でも多く増えたら、あんな屈託のない諦めの境地に達した笑顔をさせることもなくなる。ジュリは、時々やけに諦めがいい時がある。決まって自分の事だ。あんな顔をさせたくて側にいるわけではない。……この歳でどこまで伸びるか分からないが、それでも私は自分の魔法操作が限界だとは思っていない。修練あるのみだ」
「……そっか」
「ジュリが俺の苦手なタイプの主人公じゃなくてホント、感謝だな」
「? なんだ? それは」
グレイは首を傾げた。
狭い世界で生きるジュリ。
せっかく異世界で生きているのに、未知なる世界が目の前にあるのに、その世界に様々な要因が重なって、今後もジュリは外の世界と関わることは限られているだろう。
「なんでもねえよ。それより、今より転移の距離が伸ばせて精度も高まったらお前がジュリのこと連れてルフィナのところに遊びに来いよ? あいつ、俺のこと便利屋程度にしか見てねぇから」
「便利屋だろ、しかも『ニートチート』だからな」
「お前まで言うな!!」
「宝の持ち腐れをするくらいならジュリにコキ使われてた方が世の中のためだろう、お前なら『ブラック』でも過労で死なない。しかもお前の転移なら大陸全土どこへでも行ける、『ちょっぱや』の移動手段だ、便利だ」
「俺だって疲労くらいあるわ!! つーかお前最近ジュリの影響で変な言葉覚えすぎだぞ!!」
「便利だからな」
お人好しで頼まれると断れないとか、絆されやすくて変なことに巻き込まれやすいとか、そんな性格じゃあない。
見ようによっては、冷たい性格に見えるだろう。
「いいよ別にそれで。足元見られるよりよっぽどいいし」
とジュリは言う。嫌いじゃないぞ、そういうところ。
「あ、今年も花見行くよね?」
「おう、もちろん」
「そのあと皆で行く?」
「そうだな、今年からは皆で派手にな」
「じゃあ、人と荷物の転移よろしくね」
「ん? 俺が?」
「うん」
「全員?」
「うん」
「何人だよ?」
「うちの従業員や内職さんも誘うから何人になるかはちょっとわからない」
「……マイケルも誘うよな?」
「ほら、あの人は飲むから。座標狂って川に落ちても困るから」
「俺が飲めないじゃん!!」
「あー」
「……」
「バミスのアベルさんも誘うよ。半分ずつよろしく」
「結局は飲めないじゃん」
「あー」
「……」
「うん、よろしく!!」
絆とか縁とか。コキ使われるくらいにはあるらしい。こいつはこれでいいと思う。俺がしてやれることは、それくらいなんだろうから。
「頼んだ」
「お前も最近は近隣の他領なら転移できるだろ?!」
「そのくらいの距離の場合私はジュリ専属だ」
「私の専属です」
「それでも他のも多少はやれよ!!」
「護衛も兼任しているからそういうのは遠慮する」
「護衛兼任の私の彼氏です」
「何なんだよお前らは!! 腹立つカップルだな?!」
「よく言われる。似てると」
「似てるって言われるバカップルです」
「開き直りやがった!! そしてその敬語腹立つ!!」
俺たちは、一生こんな感じなのか?
いいけどな。
この世界で生きているから得られたものだから。自由に広い世界を見る俺、狭い所から世界を見るジュリ、そしてその狭間で世界を駆けようとするグレイ。それぞれにあるんだろうな、役割が。
この話は次話のお花見スペシャルと続けて読んで頂くとよいかな? と思い二話更新となりました。
お花見スペシャルも本編に組み込もうかと思いましたが、それはちょっと違うと思い止まり去年同様季節モノ単話扱いになってます。
次回も季節モノ単話の更新です。
本編はそのあとちょっとお休み頂いてからの更新予定です。




