12 * 雪景色がダメならば
アシッドウッド、使い道が見つかりそうですよぉ!! 量は微々たるものだけど、それでも作品の種類が増えるの、スノードームが作れるかもしれないんですよ!!
アシッドウッドちゃん。
あなたを活用してみせましょう。
水と混ぜどれくらいの粘性があるか、そしてスライム様とくっついてしまう微妙な性質の違いはどれくらい作品に影響しそうかは研修棟でレフォアさんたちが『面白い!!』って意気込んで他の作品作りと平行して試してくれることになったわ。
……あの人たち、一応フォンロンの冒険者ギルドの結構いいお立場と聞いてるんだけど? 毎日キャッキャしながら素材の耐久性調べたり作品作り楽しそうにしてるんだよね。しかも、最近家族呼び寄せちゃって、三家族揃って挨拶に来たときはビビった。え、どれだけ長期滞在する気なんだろ? とはツッコミ入れなかったよ、ご家族も異国での生活めっちゃ楽しみにしてた顔してたから。
というわけで、なんでも意気込んでやってくれる人たちにアシッドウッドを取り敢えずお任せして、私は粘性がある液体が完成することを前提に中にいれる物を考える。
やっぱり、可愛らしい家は入れたい。
どうしてもクリスマスの煙突付の雪が被った家から頭が離れない (笑)。これは一回作って満足しないと他のいいアイデアが浮かばないパターンだね。
ということで、ゴーレム様の白土と、その白土に染料で着色した数種類を倉庫から少量持ち出し工房の机に向かう。
コネコネ、コネコネ、チマチマ、チマチマ。
ミニチュアとかスイーツデコを既に売り出してるけど、ウェラや他の数人がとても才能を開花させて今では結構なデザインと数を作れるようになってきてるけど。
けどねぇ、この細かい作業。
自分の世界にどっぷりハマる。周囲が全くわからない。
「これはヤバい、家では死んでも出来ない。家事一切出来なくなる」
って、キリアと女性陣が真顔で言ってたよ。
私もそうだよ。
だから気づいたら今日のお店の商品になる物のノルマを全く無視してミニチュア作ってたわけで。
「集中力が凄すぎて途中から笑えた」
と、グレイに本当に笑われた。
いや、そこは止めて。お店の在庫に影響しちゃうから。しかも副商長なんだから商長の私を軌道修正するのも仕事でしょ。
そんなやり取りをしつつ、ふと頭を過る。
そういえばグレイはスノードームに興味が薄い。今まで私が作るものって彼の興味をくすぐるのが当たり前になってたからちょっと新鮮。ショックとかそういうのは全くなくて、この人にも私が作るものへの好みがちゃんとあると分かってホッとしたわ。
「スノードームの中になにを入れたらグレイは面白いって思うんだろ」
「うん?」
「ほら、スノードームに対してあまり興味がないから。雪景色を再現するのがつまらないわけでしょ?」
「まあ、そうだな。どうせ飾るならハーバリウムがあってそれが華やかで良いだろうし、私はリザードのランプシェードなどがあればいいと思うからわざわざスノードームを買おうとは思わない、といったところだ」
なるほどね。
この人の感性だと、中を鑑賞するものならハーバリウムの華やかな見栄えで十分で、そしてどうせ部屋を飾るなら落ち着いた雰囲気の家具に馴染むものがあればいいわけ。確かにその傾向はあるわ。そこに彼の感性とは離れた物をわざわざ置こうとは思わないんだね。
となると、そう思う男の人は多いよね。
そんな人たちでも面白い、と思えるならスノードームを部屋に置いてくれるかも。
じゃあ、そう思わせる物ってなんだろうね?
男心をくすぐる……男のロマン。
この世界だと、やっぱり魔物を倒す強い冒険者が大陸を股にかけて名を馳せるからその対象として見なされることが多い。実際ハルトは冒険者たちの憧れ、男のロマンの対象として崇められている。
冒険者ねぇ。
彼らをどう表現?
それっぽい人形は作れるとして、じゃあそれをどうスノードームの中で活かすべきか。
冒険者といえば、ダンジョン踏破で名声を得るというのが過去ラノベから得たら知識の一つなんだけど、じゃあ魔物を倒すシーンを再現する?
……全く、可愛くない。
それやだなぁ、作る時の気分が上がらないじゃない (笑)。そして私は、それいらない。
ええ、どうしよう?
『面白い』と思えるものってなによ?
「めずらしく相当悩んでるな」
「うーん、スノードームを男性でも面白い、と思える物をね」
「私のせいではないだろうな?」
「グレイのせいでしょ」
グレイがピシッと硬直したのは無視。
「雪景色の中に家や雪だるまがあったり、ソリがあるのは女性陣からも可愛いって評価をもらえたんだよね。ところがどっこい、グレイのように男性からはどうも反応がイマイチ。これはちょっと由々しき問題よ」
「……そうだろうか? そもそも男性もの、女性ものと分けて販売しているものは沢山ある」
「でもハーバリウムやランプシェード、コースターとか他にも性別関係なく買ってくれる物は多いのよ。コースターなんて可愛い感じのものも部屋に明るいものをって男性でも買ってくれるんだから。身に付ける用途ではないものは、何かしら性別を無視できる要素が含まれてないとね」
食べたくなるシリーズのスイーツデコストラップとキーホルダー、レターセットとメッセージカードも男性客が自身が使うために買ってくれる。ストラップとキーホルダーはそのカラフルさから、自分の荷物と一目で分かるように背負子や鞄にぶら下げてるのはもちろん、中には冒険者パーティーでお揃いで持って仲間意識を高めるのに活用してくれてたり。レターセットやメッセージカードは離れて暮らす家族や親友や大事な人たちへの手紙として、結婚や出産祝いなどお祝いの言葉を贈る手段として、使ってくれている。付加価値まではいかない、何らかの目的がそこにはあって性別関係なしで買えるものという位置付けが生まれている。
「なるほど、確かに」
「だから、スノードームも男性も今のデザインだけでも物珍しさから買ってくれる人はいるだろうし、好んで買ってくれる人もいるとは思うんだけど、その数は少ないし、必ず早い段階で頭打ちになるよね需要が」
「そんなにすぐ頭打ちにはならないだろう」
グレイが苦笑する。
「ただ、他になにかあればと期待はしてしまうがな」
でしょ?
「グレイはダンジョンに入ってテンション上がることってある?」
「強い魔物のと遭遇」
「……ああ、まあ、そうでしょうね」
この人に質問した私がバカだった。
「ああ、そういえば」
「え?」
「ダンジョン産の鉱石などは、見つけると皆喜ぶことが多いな」
「ダンジョン産? なんで?」
「魔石同様、ダンジョン産のものは上質なものが多く希少なものもある。なかにはダンジョンにしか発生しないものもあるから、高値で取引される。強い魔物から取れる希少な素材同様中級以上の経験豊富な冒険者でなければ採取が困難な深い場所にあることが多い、冒険者にとってもそれを採取出来るようになるのがステータスの一つだしな」
ちょっとどういうものなのか気になったので、グレイにそのことを話せばギルドに見本として標本があるだろうからと休憩時間を利用して見に行ってみることに。
突然押し掛けたにも関わらずよくお世話になっている民事ギルドの地区長さんがグレイから事前に連絡を受けていたからと準備してくれていた。
テーブルにずらりと並べられたそれはまさしく鉱物標本というもので、一つ一つしきりがある中に鉱物の名前が彫り込まれ、大小さまざまな鉱物が収められている。
見慣れた鉄や天然石もあるけど、すべてダンジョン産はこうして『ダンジョン産鉱物』として分類されるんだって。その理由は二つ。
一つはダンジョン産のものは魔法付与と相性が良いものが格段に多いこと。
そしてもう一つは、一目瞭然。
その見た目。
とても綺麗なのよ。
不純物が少ないの。
普段扱っている天然石が手もとになくてもその違いははっきりしている。トルコ石やローズクォーツにそっくりな石は艶も透明度も格段にこちらが上。しかもインクルージョンと呼ばれる内包する傷や気泡がざっとみただけでも明らかに少ない。そしてダンジョン産のダイヤモンドとルビーの原石と金塊をみてビックリ。
なるほどこれは高く売れるわ。研磨前の宝石なのにその透明度がすごい。金塊だって、こういう歪な形にわざと形成した金にしか見えない。
これ、一粒でも見つけたら一財産だわ。
聞けばシルフィ様が所有しているエメラルドの指輪もダンジョン産の物を使って作られたそうで、それはなんと二十万リクル。日本円なら? 約二千万……。
おおおぉ、これは確かに一攫千金を狙う冒険者にはロマンだ。見つけたらテンション上がる。いや、それどころじゃないかもね。
「にしても、綺麗なものばかりですね」
「ええ、これゆえにダンジョン産は値崩れせず高値で取引されるんです」
「水晶も、純度高いですね、インクルージョンもないし、うちの店で扱うものと比べ物になりません。この水晶でいくらですか?」
「そうですね、そのサイズでしたら、五十リクルほどかと」
「うちの十倍!!」
「ははは、それがダンジョン産ですよ」
ううむ、これは凄い。
ロマンだ。
「これをどうにか上手くロマンとして表現できないかしらねぇ?」
「「え?」」
グレイと地区長さんの声がハモった。そして地区長さんの後ろで控えている秘書さんがきょとんとした。
言ってる意味が分からないらしい。
うん、別にそれで構わないよ。
うちにはリザードの鱗の欠けたものもあるし、使い途がイマイチ定まらないスタンラビットの角の欠片もある。
それで『ダンジョン内の鉱物』を表現できないかな?
見つけたときの感動や、掘り起こす大変さを白土の可愛い人形でスノードームに閉じ込められないかしら。あ、ダンジョンでは雪降らないから、スノーパウダー入れられないや。それはちょっと離れたところに置いておく。
……それなら。
『ダンジョンドーム』?
「マジか、これ。超いい!」
丸々太ったブル様を担いで『焼き肉パーティーしよーぜぇ』とルフィナと共にやって来たハルトに、ざっと描いたデザイン画を私ではなくなぜかグレイが意気揚々と見せる。
「だろう?」
自慢気だけど、それ描いたの私だからねグレイさんや (笑)。
ゴツゴツとした洞窟にありそうな壁面から覗くキラキラした鉱石と、それを手にして喜ぶ冒険者。苔やキノコ、冒険者が投げ出した荷物と剣も悪ふざけで描いたんだけどなんかそれがツボだったらしく『それっぽい』と男二人は気に入ったらしい。
「かわいいスノードームとこの『ダンジョンドーム』、面白いかと思うんだけどどう?」
ここから焼き肉パーティーに突入。
「宝箱! ジュリ宝箱に入ってるお宝見つけた感じの欲しい!」
「この世界だとダンジョンに宝箱ないでしょ」
「欲しい!」
「ハルトオリジナルで作れってこと?」
「金ならある!! 作ろうぜジュリさんよ!」
やだなぁ、酔っぱらい。絡んできた。ハルトは悪酔いすることがある、超面倒くさくなる。
「検討はする。検討はね。白土の責任者のウェラ次第だから」
「えぇぇっ、つくってくれよぉ、ジュリぃ、宝箱バージョン欲しいぞぉ」
グレイ、助けて。と思ったら、なんとグレイは焼き肉パーティーに呼んだローツさんやライアス、フィン、キリアたち家族と共に『ダンジョンドーム』とスノードームのデザインで盛り上がってる。絶対助けてくれないよ、奴等は。 んじゃルフィナ、ハルトの手綱握ってる彼女のルフィナは?
「むー……むにゃ……」
疲れてたか?! 寝てるよ! グラス片手にテーブルに突っ伏して寝てるよ! 酔いつぶれたおっさんみたいだからやめなさい!! 起きなさい!!
「なぁなぁ、宝箱ぉ」
「うるさい! 黙って飲んでろ! ニートチート!!」
「ジュリさんやぁ、このハルトめにどうかご慈悲をぉぉ」
「気持ち悪い! 誰か助けて!!」
直後、グレイが助けてくれた。でもダンジョンドームの話が終わることはなかった。




