12 * 季節は過ぎたけど
すっかり季節は春。暖かな陽気が心地よい。
で、春になったので 《レースのフィン》は長期休業に入りました。惜しまれつつの休業という有難い状況に、次も頑張ろうと小金持ちババアたちとその候補たちが意気込んでくれている。
在庫を倍にするぞと言ってたわ。倉庫建てないとダメそうだわ、グレイと相談。
そして農家の皆様、美味しい野菜頑張って育ててね。
専門学校のことで侯爵家と私たち【彼方からの使い】の考え方にズレを感じ、アンニュイな気分になりつつもそれでも学校そのもので特に問題も起きておらず、ルリアナ様から任せて欲しいと決意の強い眼差しで言ってもらえたこともあり、一先ず動向を見守る方向で行こうとグレイと話して気持ちを切り替えいつもの日常に戻って間もなく。
「すまねえ、俺の管理ミスだ」
ガラス職人のアンデルさんが頭を下げてきた。
その理由が今目の前にある。
先日、ハーバリウム用の瓶を発注したの。一番人気の、丸いフラスコの筒の部分が短く広くなったような形をしているガラスの器。口の部分が広く花も入れやすいし、小さくコロッとした見た目がいいのかな? ハーバリウムの中でもダントツの売り上げを出してる瓶。
ところが。
目の前にあるその瓶八十五個。
立たない。
底が平らじゃないの。
見事な球体のままでして。口広な丸底フラスコになってる。
アンデルさんが私のとある無茶ぶりにかかりきりで自分専用の工房に籠ってしまっていたんだって。今回仕事を任せた人というのは他の工房から勉強に来ている人で、経験もあるし薄く気泡の入らないガラス製品作りに意欲をみせ、しかもセンスもよくすぐに要領を掴んだので大丈夫だろうと任せたらしい。
そうして出来上がったのが見事な丸底フラスコ。
どう説明したら瓶底なしのこの球体になってしまうのか甚だ疑問なんだけど、こればかりは私が口出し出来ることじゃないよね。
「今急いで作らせてる、明後日までには注文分の半分と、詫びを兼ねてプラス五個、納品させてくれ」
「全然大丈夫、明後日まで入れてもらえるなら在庫を切らさず済むし。……それにしても、これ、うちに持ってきたってことは?」
「……出来映えはいいんだ」
「いいよね。アンデルさんが作ったのかと思ったもん」
「壊すのは忍びねぇ」
「忍びない気持ちが分かる」
「なんとかならねぇか」
「そう来ますよね、分かってますとも」
ということで、引き取りました。
さて、単純に逆さにして、蓋をうまく工夫して台座にすればそれでハーバリウムになる。これはこれで売れるだろうから、アンデルさんの工房にはもしかするとこれもいずれお願いするかも、と伝えておいた。
でもそれだけでは芸がない。
というか、どうしよう? と瓶を眺めてひっくり返した時にふとあるものが頭を過った。
クリスマスの時期になると、オーナメントやツリー、リース、ライトやぬいぐるみにお菓子。あらゆるものがクリスマス一色になる中で、普段はあまり表立って雑貨店でも取り扱いがされてるのを見ない『それ』もクリスマスには色んな種類がお目見えして、堂々と陳列されている。
スノードーム。
球体や半球のドーム状のガラスはそれを支えるしっかりとした台座の上に乗っていて。
中にはサンタクロースにトナカイ、ソリや雪だるま、雪を被った建物やツリーがオブジェとして入っている。
無色透明の液体で満たされ、雪に見立てた白い粒状のスノーフレークと呼ばれるものが振る度に巻き上げられて沈んでいく光景はうまく雪景色を表現している。
白い粒ではなく、ラメでそれが表現されているものや、ライトが内蔵されていて夜でも楽しめるものもあった気がする。
これで作れないかな?
中に液体を入れること、振って楽しむことを考えれば今から試作して冬に出せるよう準備するにはいいかもしれないし。
ふむ、やってみますか。
「『スノードーム』?」
グレイの目の前で、紙にそのデザインを描いて見せる。簡単にサッと説明しながら。
一通り描き終わると、グレイはその紙を見て、首をかしげる。
なにその反応。
「雪なら毎年嫌と言うほど見るが、わざわざそれを表現するのか? ジュリがいた世界はおもしろいことをするんだな」
えええぇ。そういう反応なの?
これ、どうやらグレイは『売れるのか?』『可愛いのか?』と思ったみたいだわ。
疑似レジンや螺鈿もどき、花やレースのような華やかな色合いとかキラキラ感がないのが『可愛い』という言葉から離れていると感じているみたい。
うーん。キラキラ、華やかだけが 《ハンドメイド》じゃないんだけどねぇ。
そもそも 《手作り》と 《ハンドメイド》が別に自動翻訳されてるんだよね。私が提案したものが 《ハンドメイド》と翻訳されるらしいんだけど、キラキラ、華やかばかり作ってる訳じゃないのに、どうもこの世界の人たちはまだ 《ハンドメイド》作品は『決まり』があると思い込んでいる気がしてならない。
いずれはこの辺もちゃんと理解されてほしいと思っちゃったわ。私が作ってるものの見た目のせいでもあるけども。
とにかく、思い付いたからには作りたくなる。
グレイがなんと言おうと試す!!
「中に入れるものだよねぇ」
「何が?」
キリアはさっきから唸る私を不思議そうに見ながら作業中。唸ってうるさいと店の工房を追い出されたのよライアスとフィンに。気になってしょうがないって。で、今は研修棟で唸ってる。
しかしすごいね、彼女は私みたいにしゃべりながらでもクオリティの高いものを作れるから相談とか打ち合わせの時間をムリに作る必要なし。キリアは今後この店になくてはならない人としてしっかり定着してくれたから、また昇給についてグレイと管財人さんと相談せねば。
「クリスマスがないからねぇ、どうしよう? サンタさんとトナカイ入れてもねぇ、理解されない」
そう。クリスマスがない。当然です。
異世界だから。
無理やりクリスマスの文化を広めようと思っても、理解されないんだよね。
クリスマスパーティーをしたけど、その時にも思い知ったのよ。あくまで『季節の装飾』だって。まあ、冬のおすすめ装飾として広められるだけでもありがたいかな。何せ宗教の在り方が地球とは全く違い、人によって崇める神様が違うあげくに神様が数百柱存在するから。神様の誕生祭に使うなんてことにしたら毎日クリスマス装飾見ることになるし。なのでクリスマスに活躍する装飾はあくまで冬の装飾として楽しむ文化になってくれればいいよね。
で、その装飾の一つとして定番と言ってもいいスノードームはガラスの器さえ用意出来れば作れるはず。中のオブジェはうちの従業員たちの腕の見せ所として挑戦しがいもあると思うのよね。これはこれで来冬の装飾としていけるはずなのよ。
そして中の液体。
あれって、自作でもなんとかなるんだよね、液体のりと水を合わせることで簡単に家庭でも作れる。
しかしねぇ。
液体のりでしょ……。
元の世界の文房具たちが恋しいわ。のりだけで何種あったかな? こっちでは適したものがあるのかどうか。
そもそもこっちでは全部接着剤というだけあって、接着できればいいという概念のせいか見た目が透明のものは極めて少なくて値段もそれなりにする場合が多い。
念のためうちの店でも使ってるのを水に溶いてみた。
濁った。
即却下だよ。もー、みんなにこいつなにやってんだ? って顔されたわ。
困るよぉ、代用品を探す所からなんて。
確か、洗濯のりでも出来ると聞いたことがあるし、あとはグリセリン。あれが一番適しているって何かで読んだ記憶があるけど、それらに近いものって何よ?
「水に粘性ねぇ、また難しい事をやろうとしてるわけね」
キリアにもその事を話すと、彼女も唸ってしまった。私が示した物に近い材料が彼女も思い浮かばないのよ。こればっかりは仕方ないよ。
「スライムって水に溶かせないからね」
「うん、見た感じ混ざったように見えるけど必ず分離して底で固まるでしょ、多分混ぜるには添加物が必要で、その添加物を探すところからだね、そっちこそ相当の時間がかかるわよ」
「透明だから混ざれば使えそうだけどスライムにも欠点はあるってことだわ、他に……粘性かぁ、うーん、水に溶かせるものでしょう?」
「この際水じゃなくてもいいけどね。無色透明で固まらない若干のとろみのある液体なら」
「油は……色がねぇ。あれじゃ粘性強すぎるか」
「中でスノーパウダーかラメを舞わせるから油くらいの粘性だと合わないよ」
「なにかあるかな、魔物素材とか」
それから一週間、使えそうな素材が見つからなくて私はスノードームを断念しようとしてて不機嫌に。だって新しいもの挑戦出来るかと思ったのにさぁ、素材がみつからないんだから。異世界バカヤロー! もう、水か? ただの水でやっちゃうか? いやいや、それだと後で『なんか違う』って私がまた唸る。
「お疲れって感じが珍しいなぁ」
「あれ! エンザさん!! ひさしぶり!!」
「久しぶり! 今日はこの後『本喫茶:暇潰し』の勤務だからちょっと顔出ししようと思って来てみたんだけど、何か問題でも?」
「水に粘性を付けたい、ねぇ。また面白いこと考えるもんだ」
「皆に言われます」
しみじみするエンザさんに苦笑で返す。この人なら素材に詳しいから知ってると思って訊いたみたんだけどね。
「色々試してはみて、接着剤や洗剤は一通り全部。でも適したものに出会えずで」
「……ん? 魔物素材のあれ、試したか?」
「え?」
「アシッドウッドの樹液。あれも駄目か? 元々粘性あるだろ? 硬化する前は毒が残ってて、水に混ざってもしばらく毒性が残るから討伐するとき水場から離れた所でする必要があるんだけど」
「え? アシッドウッドって、水に混ざる!?」
「ああ、あれそのままなら空気に晒してると硬化するけど討伐直後の樹液は水に混ざるぞ。知らなかったか」
「し、知らなかった」
「なんだ、そうか。あれなら混ざるぞ、しかも毒は水で薄まると数日で無効化するし、粘性が残ってるはずだったな、分離して硬化することもなかったと思うぞ?」
エンザさんたち冒険者さんが一時期侯爵家に持ち込んでいた数多の魔物素材のひとつ、『使い道が無くて困っていた』アシッドウッドの樹液に思わぬ使い道がありそう?!
樹液は固まると独特の弾力がある物体に変化するのよ、その手触りはまるでシリコン。いやぁ、シリコンのように型として 幅が広がると期待してたアシッドウッドの樹液。その特性として物にくっ付かないっていうから、大いに期待したのに。
たまにくっつく。
そう、たまに。
樹液の質に微妙な性質の違いがあるらしい。その微妙な違いとはなんなのかレフォアさんたちも実験したりして調べてるけど未だわからず。ガラスの型しか使えないスライム様の新しい型として、そして白土とそれぞれ何度か試して使ってみたら、見事に接着されて取れなくなる物があると発覚したわけ。それでアシッドウッドを硬化させたものにスライム様の擬似レジンを塗って実験をしてみたら、時々スライム様とくっついてしまうヤツがいると発覚。しかも硬化してからじゃないと確かめようがないと。いちいち確認しながら型を作る手間はそれだけコストがかかるからね。それにガラスは割れちゃうけどその代わり溶かして再利用可能。アシッドウッドは劣化したら捨てるだけ。
それでシリコン的な型を断念することになり、そのままアシッドウッドの樹液もお蔵入りしてたのよねぇ。
これは好機ですよ!!
スノードーム、作者は雪だるまだけとかシンプルなのが好きです。そして季節無視で飾ってます。
おしらせ。
この章(プラス季節の単話)が三月末で終わって、そのあと四月始めに季節の単話(予定)を更新したらちょっとだけお休み頂きます。
再開は四月十日頃を予定しています。詳しくは章最後に再びおしらせします。




