12 * マイケル、解説する
マイケルさんのちょっと文字数多めの語りです。
妻が最近、イライラしている。息子のジェイルも気にしている。普段はこんなことはない。だいたい一日でそういう感情はなんとか処理し、いつでも明るく振る舞うことに努めるから。起伏激しく怒った姿を見せるのは教育に良くないという彼女なりのプライドみたいなものだ。
なのにそれを隠さない、いや、隠せない。
ネイリスト育成専門学校のことだからなのか、それとも実は僕よりも神経質に気にしている貴族社会のことだからなのか。
「そんなに溜め込むのよくないよ、いっそのこと侯爵家に乗り込んで怒りをぶちまけて来たらいいんだ」
と、僕が言ったその瞬間。
「……そうよね」
あぁ……顔が。その顔、文句をぶちまけてくる顔じゃないよ? 死人が出そうな顔だよ?
でも止めない。
僕も言いたいことがある。ケイティと同じことの繰り返しになると分かっていても言いたいんだよ。
いつか必ず今回のことが引き金になって問題になるよ。
って。
かもしれないじゃない。必ず起きる。僕にはその確信がある。
この世界の人達は【彼方からの使い】を理解しているようで実はしていない。だから今回のようなことが起きる。そして権力が大きくなればなるほど、取り巻く環境は息苦しくなる。なぜそんなことになると思う?
召喚される人に共通することが調べてみてわかったんだ。
それは、今まで例外なく全員が『一般人』だったってこと。貴族や王族なんてものとは無縁の人生を歩んでたってこと。
ハルトが言ってたなぁ。よくある『らのべ』で転生とか転移した人達がいきなり王族と関わっても平気でいられる設定が理解できないって。
まず挨拶一つ教えられても覚えてもそれを何の抵抗もなくできるものじゃない。できるものじゃないし、何よりなんでこんなことしなきゃならないんだ? って思ってしまう。好きでこの世界に来た訳じゃないし。いきなり文化に馴染める訳ないよね。
だから王族とか貴族とか、正直言うとどうでもいい、友好的で過干渉でなければなんだっていいんだよ親しくなる人は。むしろ一般人のほうがいい。世界の常識を知るのに王家とか貴族なんてアテにならないんだから。偏りすぎてて。
迷惑なんだよね、王家との繋がりとか、貴族の地位とかで勝手に僕たちを『その方が安全』とか『権利を与えられる』とかいう言葉で縛り付けようとしてくるから。
そんな感情はジュリだってある。むしろはっきり示していると思うよ。
それなのに今回のことが起きたんだ。しかも事後報告。侯爵家は確信犯だ。
ケイティとジュリから『NO』を突きつけられることを予測できたから。ある程度話を進めてしまい、それこそもう今さら断れない時まで黙っていたんだ。
何してるんだろうね。そんなこと、ジュリが望んでるはずもないのに。
そして、侯爵家を訪れて驚いた。あの侍女がいる。ベイフェルア国王妃付きのあの侍女が侯爵夫人相手にお茶してる。
踏み込んだ僕たちに侯爵家に仕える人達がやけに焦っていたわけだ。この様子ならこの屋敷の人間は全員知ってるんだろうなぁ。
この侍女がここにいるとき僕たちが訪ねてくるのはマズイ、ってことを。
「あら、なんであなたがいるの?」
ケイティはそれこそ挨拶なんて無視の不躾な態度でその席に乗り込んだ。シルフィはもちろんその侍女もかなり困惑した顔をしているけれど、そんなのお構いなしだ。
「授業中よね? 休日じゃないのに、講師の補助員のあなたがなんでここで侯爵夫人とお茶してるの?」
冷ややかな敵意剥き出しのケイティに、シルフィは立ち上がりぎこちなく笑みを溢してなんとかその場を取り繕おうとした。
「ケイティこそ、どうしたの?」
「ちょっと文句をいいに来たのよ、先日の件でね。言わないと気が済まないから。そしたらいるじゃない、その原因が。シルフィが呼んだの?」
「相談を受けていたのよ」
「そんなこと聞いてないわ、呼んだのかどうか聞いてるの。質問に答えて」
笑顔でかわそうとしたシルフィ。でもケイティはそれを許さなかった。すると、例の侍女がスッと椅子から立ち上がり優雅な礼をする。
「私が押し掛けたのです、ですから侯爵夫人を責めるようなことは」
「そう、だったらさっさと授業に戻りなさい。補助員は生徒と違って単位制は無関係だけどその分三期分しっかり講師の補助して知識と技術を得た証明の最終試験を突破してネイリストになれるのよ。こんなところでお茶してる暇なんてないでしょ」
「申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる侍女。その様子は既に心を立て直している。
バカにしてるよなぁ。
気づかないと思ってる?
「しかしルリアナ様から許可は正式に頂いています」
「そう、だからなに?」
「え?」
「許可は得た、それで? だから出席しなかった単位の分は免除? しないからね、そんなこと。あんたがたとえ国王妃本人でもそんなの私とジュリが許さないから。侯爵家が認めても私たちは認めない」
その言葉に侍女は反応を見せた。明らかに、雰囲気が変わる。
「いいのよ別に、ネイリストになるならないは本人の問題だから。けど授業が始まって数日で相談があるとか言って休むような人は辞めた方がいいわ、オリビア」
あ、名前オリビアっていうの。初めて知ったよ、興味なかったから。
「辞めて他の人にその席譲ってあげて」
ケイティの冗談抜きの真剣な顔。流石にこの侍女も下手なことは言えないと察したららしい。急に口を真一文字に。
「どれだけの人がネイリストになりたいと応募してきたか知らないわけでもないでしょうに。しかも……あなた分かってる? 他国の生徒がどれだけ神経尖らせて互いの動向見てるのか。あんたがその対象外なんてことはありえない。むしろ一番見られてるわよ、それがどんな影響を及ぼすのか理解してるの?」
そうだね。
未だにジュリのことを【彼方からの使い】として正式に認めていないこの国の王妃直属の侍女。その動向は皆が見ている。生徒たちは例外なく皆富裕層の親族やそこに仕える人間。どのような授業なのか、環境なのか、全て彼女たちは逐一報告なり手紙で本国に知らせている。特に、人間関係は見ている。
ジュリに関わる全ての人間関係を調べることでジュリの立ち位置が明確になる。
現在のジュリは一言で『クノーマスの土台』
だ。
彼女ありきの今のクノーマスだ。彼女の一言で、この土地の人々と金が動く。
彼女の一言で提案して始まったネイリストの専門学校。確かにクノーマス侯爵家が権利を所有している。経営も方針もクノーマス家が権利を有している。
けれど、それを無償で支えているのはジュリとこのケイティだ。惜しみ無く知識を落とし込んで支えている。この二人がいなければ成立しない学校だ。それを知らずに生徒募集に応募してきた人は一人もいない。
そんなところで王妃に仕える侍女が勝手に動いているとどうなる?
『王家が掌握している』と誤解が生まれる可能性がある。いや、既に動向を注目されているこの侍女の行動で他国はそう認識した可能性がある。
王妃の判断にせよ、この侍女個人の判断にせよ、困ったことをしてくれた。
「君は、どれだけこの国に迷惑をかけることになるのか自身の行動を見直そうか」
僕の言葉に、おや? 動揺、いや困惑している? もしかして、この侍女『王妃の侍女』という肩書きで何でも出来ると思ってたのかな? そう誰かに吹き込まれた?
「王家が勝手なことをしてジュリやケイティの決めたことを乱した場合、それにつられて他の力が動いた場合、対応はクノーマス家だと思ってる? 残念だけどそれはないからね。身動きとれなくなって頼ってきたところで王家の傀儡にしてしまえばいいなんて甘い考えは捨てるように。まず、真っ先にクノーマス家は潰されるからね」
ごめんねシルフィ。今の一言でずいぶん顔色が悪くなったね。でも言わせてもらうよ。
「邪魔だろう? 権力に振り回されてジュリのことを守れない家なんて他所からみたら役立たずで邪魔なだけ。さっさと消した方がいい。そうすればジュリを守る力はこの国でグレイセルだけになる。……グレイセルごとジュリを受け入れちゃえば早いよね? この国にいる必要ないんだから、クノーマス家が潰れたら。そうすると次、ベイフェルア王家だね。邪魔なのは」
本当にナメてるよね、この国の王宮の人間は。【スキル】【称号】がなくても【彼方からの使い】が他の国ではどれだけ重要視されているのかまるでわかっていない。
守る家がなければ間違いなく他の国がジュリの獲得に正式に名乗りでる。それも複数。僕たちが所属するテルムス国だって虎視眈々と狙っている。それが【彼方からの使い】がいない国となれば? 恐いのはそこだ。
バミスとネルビア。どちらもこの国を遥かに上回る軍事力を有している。クノーマス家が潰れた瞬間、この二国は直ぐに動く。ベイフェルアという国を滅ぼすために。元々この国はこの二国にとってただならぬ因縁がある。獣人の人権を認めず奴隷として法で定めるべきと言っていた過去がある。正式な文書による戦争処理がなされていない土地をまともな交渉もなく虐殺を繰り返し得た過去がある。それらが巡り巡って、ほぼ敵国として貴族個人の交流以外はまともな外交がない状況。
問答無用で潰しに来る。
そのこと、わかってなかったのかな? あの王妃の侍女なのに?
それを淡々と説明したら絶句した顔した。この侍女もしかして捨て駒なのかな?
「君がね、専門学校のこと無視で動けば動くほど、その可能性をひきよせることになるからね? そうなったら君は王宮に戻れないよ? その前に王宮なくなっちゃうかも。大げさなことじゃないんだよ僕の言ってること。すでにバミスもネルビアもジュリに接触してるから。少なくとも、君が補助員をしっかりやってネイリストになる試験資格をちゃんと得て、ネイリストにならないと、不正が許される学校として次々そういう輩が流れこんできて侯爵家が対応しきれなくなって相談する先は王妃。自分で自分の首を締める趣味、なかったでしょ、王妃は。だからなんの相談か知らないけど、大人しく補助員として勤めるのをお勧めするよエルビラ」
「オリビアよ」
あ、ごめん。興味なくって。冷静な指摘ありがとうケイティ。
「で、相談ってなんだったの?」
侍女エル、じゃなくオリビアが顔面蒼白でふらふらしてたから馬車で専門学校に送り返したあと、シルフィにそう問えば彼女は一枚の紙を強張った顔をして差し出してきた。
「これはこれは」
ついふざけた声を出してしまった。
「『授業と勤務の一部免除の嘆願書』だって。しかも、王妃の証印が入ってる」
「だから嫌だったのよ、補助員を変えるなんてこと」
「……本当に、ごめんなさい」
意気消沈し、うつむいたシルフィが小さな声で呟いた。彼女もこんなことになるとは思っていなかったのは理解している。彼女含めたクノーマス家の立ち位置も理解している。
「この申請をすること許可したんでしょ? あの王妃。ジュリの置かれた状況からろくなこと考えてないわ」
「……ジュリに権利がないからね、どれだけ影響があるのか探ってるのかもしれないよ」
「そんなことなんの意味が?」
「ジュリがいなければクノーマス家は王家に忠誠を誓う貴族だ、ジュリの影響力が薄いなら僕たちやグレイセル、何よりハルトの干渉が薄いことを意味する。専門学校を乗っ取りやすいよ」
「そんなっ、王妃殿下は」
「シルフィ、そんなに優しい王妃じゃないよ彼女は。所詮最後は王家を選ぶ。王家のために動く。どんなにこの家を大切に思っていても、天秤にかけたときの重さは、変わったりしないよ。……このクノーマス侯爵領は金の卵だらけだ。その一つでも拾って財政建て直しに利用したいだろうから。……理想や情だけではどうにもならないことを王妃が誰よりも理解している。理解しているからジュリと接点を得ようと必死だ。お金を生み出す、新しい【技術と知識】を持つジュリを欲しがる。そのこと、ちゃんと念頭において動くといいよ」
「侍女ごときに好き勝手させるなんてあんたらしくないじゃない」
「……怒っているわよね、今回のこと」
「私が怒らないと思ってたとしたら、あんたは世間知らずってこと。王妃の器でもなんでもないんじゃないかしら?」
「そう、ね。……でも、謝ることはしないわ。必要な措置だったと思っているのだから」
「侯爵家を利用して、必要な措置だったと? 大したご身分だこと。あんたのことだからレッツィのことも知ってるんでしょ、ハルトに殺されかけたこと。それが国の動きを鈍らせる有効的な手段だと知ったわけよ、バカみたいに派手にお金使うものね、この国は。そんな国を鈍らせたいんでしょ? ……そしてあんたは動いた。『私の言葉がどれくらい通るのか』って。ジュリとグレイセルが困ればハルトが動く、大事な友二人のために、あのハルトなら必ず。そしてそれを狙っていたわけよあんたは。侍女が見せしめのようにハルトにこの王宮で殺されるのを。恐怖に陥った王宮の動きが鈍ることを。さらに、それすら利用して同情を誘ってジュリに近づこうとしてたでしょ」
「それは最悪の結果だと推測してるわ。ハルトは殺さない、きっと」
「甘い。レッツィが殺されなかった理由は一つ。彼が死ねば国が、大陸の情勢が乱れる、それよ。侍女一人死んだところで、ハルトはそんな憂いを抱えたりしないわよ。あんたはハルトを恐れているといいつつ、心の底では私のいうことなら聞いてくれると思ってるでしょ? ほんっと甘い。そして自分は殺されないって思ってること、自惚れ」
「……それでも、私は」
「ハルトを信じる? ジュリを利用する? 私の話を無視する? 結局、あんたもこの王宮に染まってるわよね、都合のいいように【彼方からの使い】を解釈してるんだから。レッツィよりよっぽど悪質だわ」
「違う! 私はそんな人間ではない!!」
「随分手酷く批判したね」
僕の言葉が余程的確だったのか、ケイティはフッと笑うと深く頷いてわざとらしく肩を竦める。
「認めるわ、今日の私は厳しかった」
「はははっ!」
「ま、お陰でスッキリしたけど」
そしてまた笑う。
「レッツィと一緒にされて怒るあたり、やっぱり差別意識はあるのよね」
「そうだね、あれは間違いなくあるね」
「……出来る女で有名だけど、所詮はあの王宮の中でだけってことかしら。ちょっとがっかりね、暗躍しようとあの手この手を尽くしている魂胆は誉めておくけど」
「誉めるんだ?」
「味方が少ない中で奮闘してることはね。でもあれではジュリの信用は得られない」
手厳しいことを言う。
「ジュリの性格なら……レッツィの方が信用を得られるわ、彼女はダメね」
「その真意は?」
「『私は王妃』という位置から降りてこないからよ。レッツィは、降りて来るわよ、信用を得られるなら喜んで『対等』の位置に。そういう意味では、やっぱりこの国は前途多難ね」
本当に、その通りだろう。
ジュリをいつまでたっても【彼方からの使い】と認めないこの国で奮闘しているとはいえ、王妃も未だにジュリを公的には認めていない。立場とか色々あるから、の一言で。
結局は『色々』の中には自分の磐石な地位も含まれているわけで、それを揺るがしてでもジュリを認めるだけの覚悟もなにもないということになる。
さてさて。
いつまでこの国は一人歩きをするつもりなのかな? いい加減、周囲と歩調を合わせるということを学んだらいいはずなのに。前を歩いているつもりなのかな? 先頭を歩いているつもり?
とっくに、道は外れてるのに。
危険な崖が続く道を歩いているのに。
もう少し、賢くなれないのかな。
誤字報告、ブクマ&評価ありがとうございます。




