2 * お店を開くその前に
本日二話更新しました。
無事に侯爵家にご所望のものを献上して、とりあえず肩の荷が降りて安堵。
コースターは喜んでもらえた。
コースター自体がなかったこの世界で、侯爵家の人々が使い、そしてそこで働く人たちも使うとなると、そう時間もかからず貴族社会で流行して、各専門素材の職人たちにも新しい仕事が舞い込むね、きっと。
ライアスを介して知り合った職人さんたちは最初は小娘相手に……って顔をしてたけど、新しいものに挑戦してそれに関われる事への好奇心や職人魂が打ち勝って、すぐに打ち解けてくれてとても協力的になってくれたことも大きな助力となったから、職人さんたちにはとても感謝している。
結果、個人的にはいい仕事が出来たと思う。
コースターを納めて二週間後。
グレイセル様がその事でわざわざ報告するために訪ねてきてくれた。
「たちまち母の茶会が噂になったらしい」
「それは良かったです。作った甲斐がありますね」
今は社交界シーズン。本当は侯爵様夫妻も王都で貴族とのお付き合いに勤しむ時期だが、なぜか領地にいる。
理由は私らしい。
その気配は感じてた。だっておばちゃんたちが噂してたもん。なんで今年は王都にいかないのかねぇ? って。
実は、差し入れとして侯爵家の料理人さん特製の絶品デザートを持ってきてくれたり、私の作業を見学させて欲しいとこのグレイセル様が度々訪ねてきてくれたんだけど、会話の節々に侯爵様と夫人が私の作るものが気になってしょうがないことを会話に挟んできてたから……。
若奥様が本格的に侯爵家に戻ってきたのをきっかけに、次期侯爵様と若奥様が追い出されるように王都の屋敷に向かったそうな。
「次期侯爵としてそろそろ本格的に私に代わって社交界でも動け」
と笑顔で言った侯爵様にエイジェリン様が笑顔で
「ジュリが気になって仕方ないだけでしょう、顔に書いてありますよ」
と言いながら燭台を投げつけて、喧嘩になった話もされた。
貴族でもそういう喧嘩するの?! って驚いたけど。
「どうだろうか? 他所のことはわからない」
サラッと当然のように言い放ったグレイセル様の顔を見ると、この人もやってるよねぇ。
「覚えてろよ、後で嫌がらせしてやるクソ親父」
と、エイジェリン様が捨て台詞を吐いて王都に向かう馬車の中、その隣で若奥様のルリアナ様はそんな夫を咎めることもせずニコニコしてたらしい。
若奥様も後でエイジェリン様の嫌がらせに便乗して、きっと地味な報復をする気がする。その時は見たいかもしれない。
そして侯爵様と夫人。
コースター使いたかったんだね、わかるよ。
新しいもの買った日って気分アガるし。使いたくなるし (笑)。
侯爵は友人を招いて、夫人も友人を招いて、さっそく御披露目したんでしょう。
今までなかったコースター。
そして透明な素材。中には自由に物が閉じ込められる。スライムの死骸だけどね!!
話題としては充分でしょう。
好きにしてください。
カギ編みのレースは世にまだ出していなかったし、花びらは侯爵家の庭のきれいな花を押し花にして厳選して使ったから、結果として侯爵家の特別な一品にはなっただろうし、他の貴族も色めき立つかもしれない。
むふふ。ふふふふふっ!
あれ? グレイセル様が驚いた顔してる。
あ、声出てた?
「ジュリの笑い方は」
「はい?」
「ちょっと変わっている」
ですよねー。
でも許して。
だって。
だって!!
お店が持てるかもしれないのよ!!
「すみません、自覚あるのでお気になさらず」
「何かいいことでもあったのか?」
「計画していた目処が立ちそうなんです」
「計画?」
「はい。自分の店を持とうと思って」
そう。
ずっと考えてたもの。
冬の間腕章作りをしていたときに、おばちゃんたちの手先の器用さにずっと感心してた。覚えると丁寧で正確なのに速い。その人たちには今交代で私が始めた露店の店番をしてもらってる。
最近はずっとコースターにかかりきりになって店頭に立つのが難しくなって。それでどうせ午前中でいつも売り切れるから、二時間だけの限定にして店を見てくれる人がいないか声を掛けたらみんながこぞって手を上げてくれたわね。
自分が作ったものが売れていく喜びを知ったおばちゃんたちが競って店番の権利を獲得しようと超真剣なじゃんけんしてるのには毎回笑わせてもらってる。
本業の農業に差し支えない程度でおねがいします。
そんなこともありながら、ライアスが紹介してくれた職人さんに時間を見つけては会いにいってもいた。
召喚されたときに一緒に来たパーツ。
あれを再現してもらえるか、相談してたのね。
鎖やパーツを繋ぐために重宝する丸カン、丸ピン、Tピンなど、種類は多岐に渡る小さい金属。地球では袋に大量に入ってて数百円で買えて、しかも種類も豊富だった。そこまで高望みしないけど、せめて似たようなものが数種類あればアクセサリーがつくれるようになる。
「なるほど、職人が快諾したと」
「はい。こんなのどうするんだ? ってはじめは言われたんですよね。宝飾品の職人しか使わないだろうって。でも、小さくて細くて、そして一定の大きさに物を量産するのはお弟子さんの修練にもってこいって気づいたとか。職人さんも新しいものを作る気配を感じてほかにはないか? ってけっこうグイグイきましたよ」
「ははは! ジュリの提案をタダでは受けないか。さすが職人だな」
「ほんとに。びっくりですよ、しかも難しい顔しながら作っちゃうんですから」
そう、全てが手作業なので、地球では考えられない値段になった。銀製品のピン類は数本で数百円したけど、それと変わらない値段になってしまった。でもそのクオリティは最高だ。簡単な形の物は直ぐに再現してくれたし、依頼人の要望に限りなく応えるのが職人だと嬉しい言葉も貰えた。
そもそも私が 《ハンドメイド》だ。ほかの素材も探しつつの作製になる。ゆっくりとしたペースで、量産は一切見込めない。だからアクセサリーは多少高めで客寄せになるのは仕方ないと初めから分かっていたことだからたとえ小さなパーツが高くても、数が少なくても問題はない。
その代わり、花、花びら、葉っぱ。蝶、鳥、猫、犬。星、月、雪の結晶。数えたらきりがない金属のちいさな飾りになるパーツ。これはライアスとライアスの職人仲間の一人が全面的に協力体制を整える、と受け持ってくれた。
金属を打ち抜く機械を持っていて、型さえつくれば量産まではいかなくてもそれなりに数を確保出来そうだし、今は召喚パーツを見本にしてもらってるけど、いずれは私がデザインしてライアスたちと相談しながらつくることも考えている。そうすればそれらを他に売り出してもいい。今までになかった格安の飾りパーツならばきっと庶民の間でも売れるだろうとライアス達からもお墨付きを貰えた。
そうなると、いつでも相談出来るこの人たちに協力してもらうのがいいよね。ライアスは特に私の道具も作ってくれるしメンテナンスもしてくれるから、意思の疎通がしやすい。そんなライアスからもやりたいことをやれば良いって後押しをもらってる。
そんな事が重なって、覚悟が決まったわけです。
自分で稼ごうと。
お店を開いて、《ハンドメイド》の素晴らしさを知ってもらって、将来老後の心配なしなくていいように貯蓄しようと!!
《ハンドメイド》の伝道師にならないのか? 【彼方からの使い】としてどうするんだ? って言われてもスルーする。それはそれ、これはこれ。
保険制度がないんですよ。
年金も当然ないんですよ、掛け捨て、積み立て、なにそれ? の世界ですよ。
自分で稼ぎまくるしかない。
「作れるものを作って、素材も探して、落ち着いたら小さいお店を持つのが当面の夢です。露店も順調なのでいずれ店舗を増やして、おばちゃんたちと一緒にもっと稼げたらいいなと考えてます。一つの物に拘らず沢山考案していきたいですね、どうせやるなら繁盛させたいですから」
「……そうか。考えているんだな。すごいと思うよ、尊敬する」
あらら、グレイセル様のおだやかーな笑顔、いいわぁ。
イケメン、笑顔ご馳走さまです。
「店を持つときは声をかけてくれ、ここは我が家の領地だ、いい物件を見つける手助けは出来るから」
「ありがとうございます、でも今は売れそうなものをデザインしたり試作するのが優先ですね。そういったことはまだ先になりそうです」
「レースと、コースターだけでも充分見込めると思うが?」
「んー、作りたいものがたくさんあるんですよ。それを楽しく作って、満足して、しかも売れたら得した気分じゃないですか?」
一瞬見せた呆けた顔。その顔が突然破顔して。
「あはは!! 得した気分、か」
わぁ、なにその顔。
可愛いなんて思っちゃったわよ!!
うん、イケメンの破壊力すごい。
ときめいちゃったわよ。
「それが、ジュリらしさなんだろうな」
「ええ、そうですよ」
「頑張れ、応援する」
「はい!」
イケメンの応援、百人力。
『誤字報告』ありがとうございます。




