12 * 入学式です。
前話で訂正ありました。
三期生のメンバー紹介でバールスレイド国が二回出てきていました。うち一つをテルムス国に訂正しています。申し訳ありませんでした。
制服はお金がかかるので懐事情が厳しい家の負担になっては困ると難色を示されたけど、それでも上着は無地の黒、グレー、白のブラウスならなんでもいいことにして、紺色のシンプルなロングスカートと同じ色の学生帽だけは譲らず取り入れた。購入か借りるか選べて、借りる場合は購入の三分の一の価格で済むし、それこそ懐事情が影響して服の着回しを余儀なくされる人が目立っては可哀想よ。年齢も立場も違う人たちが平等に学ぶ場所だからこそ、服装も平等であるべき。
そして実習で身につけるエプロンなども全て学校で用意したものを使ってもらう。これはいずれ一般からも生徒を受け入れるとなったとき、もっとお金を節約して通う人たちもいるだろうからね。
身なりから生まれるいじめとかの抑制にもなればと密かに思ってる。
まあ、四ヶ月間で学んで今までこの世界になかった『ネイリスト』になるべく猛勉強をしてもらうからいじめとかしてる暇なんてないだろうけど。
そして今回、生徒十名とは別に講師二人の助手兼講師候補として爪染めの樹液が取れる木の試験栽培と新色の爪染め開発をしてくれているナグレイズ子爵家から二人と、ローツさんの実家から一人、そして侯爵様から相談を受けてベイフェルア王妃殿下付きの侍女一人を受け入れた。最初からこれは計画にあったことなんだけど……。
最後の王妃付きの侍女については本来別の貴族、ルリアナ様の実家の伯爵家から受け入れる予定だった。でも侯爵様が王都での抽選会で六百人も集まる場所を速やかに手配してくれたことと、なんだかんだと裏で協力的な姿勢を見せている王妃殿下に何か出来ないか、ということでね。ルリアナ様の気遣いもあって今回特別にその席を譲ってもらった形に。
こういうことはしたくないんだけど、仕方ないのかなと自分に言い聞かせることにした。
……うん、してほしくなかったな。あとでちょっと話し合うべきかも。
ネイリスト専門学校のことは侯爵家が動かしてはいるけど、最終的な判断や特例などの措置は必ず私とケイティまで話を通してもらうことになっている。バールスレイドを除けばこの国で専門学校は初めての試みだし、異世界の知識が基になっている。だからなるべく私とケイティの方針から逸れないようにするために侯爵家も私たちの意見を最優先させるということに快諾してくれたはずなんだけど。
そんな中、今回の人員変更が起きた。しかも事後報告。これにはケイティがかなり嫌そうな顔をしたのよ。
「侯爵家の意向であろうとダメなものはダメと私は言うわよ。場合によっては誰であろうと抗議はもちろん拒否もするわ。徹底的にね。手段は選ばないわよ」
と、簡潔にキッパリと言葉を吐いてた。遠回しに『王妃と出せばなんでも通ると思うな』とケイティは言いたかったの、それについては侯爵様もシルフィ様も重く受け止めていたみたい。
ケイティは普段は交遊関係の広いフレンドリーな顔をしているけれど、今回のようなことがあると実はマイケルよりも過敏に反応することがはっきりした。元々マイケルは社交界などに興味を持っておらず、一部を除き貴族とは距離を置いた付き合いをしている。だからどんな時でもフラットなお付き合いに見えるけど、ケイティは違った。
「フレンドリーだからこそ、線引きをはっきりしてるつもりよ」
少し難しげな顔付きで私の目を真っ直ぐ見つめる。
「侯爵家はなんとか王家とジュリの関係を改善させようとする姿勢が見えるわ。私はね、それ反対なの」
「えっ?」
意外な言葉につい声が裏返る。
「この国の王家は、疎遠なら疎遠のままでいいわ。ジュリはすでに他の国から認められている、ムリに今さらこの国で認められる必要はないわよ。たとえ所属している国だとしても放逐したあげくギルドと揉めた時も、 《ハンドメイド・ジュリ》を開店した時にレイビスを使いとして寄越したときも、その後の対応は良くなかった」
「まあ、そうだったわね。表だっての処理は無かったし。後から王妃からは謝罪の手紙は届いたけれど、ね」
「普通は国王から正式な謝罪文なり対応なりあるものよ。【彼方からの使い】に対することはベイフェルア以外はみんなそう。でもこの国は違う。いつまでたっても態度を変えない。王妃だって、私はね、正直信用してない」
「……この前の依頼のこと?」
「当たり前でしょ、《ハンドメイド・ジュリ》の忙しさを知っていて、迷惑をかけておいて、いきなり特注のお願いとそれに便乗して定期的に作品を購入したいとか言ってたんでしょ? 結局は現状を把握していないかそのくらいは許されると思ってるか。頭のいい王妃だけど、正直味方かどうかもはっきりしてないわ。そんな所と関わる必要なんてないのよ。でも侯爵家はそうは思ってない。王家と繋がりを持たせたいと望んでる。それが叶えば、ジュリだけでなく侯爵家も盤石だもの。最近の侯爵家は少し走り過ぎ、釘を刺すタイミングとしては良かったわ。グレイセルがそこに巻き込まれていないのは本当に良かった」
彼女は警戒している。
侯爵家がこの国の王家と私を繋ごうとしていることを。
侯爵家は望んでいる。
私が侯爵家を介して王家と繋がることを。
そして今回の講師補助員に王妃付き侍女を、それを表面化させた。
さらにケイティは普段は決して口にしない『手段は選ばない』をはっきりと侯爵様に告げた。
それが意味すること。
彼女が所属しているテルムス公国という国家権力と、そして自分たち【彼方からの使い】が敵になると。
「ごめんね、ジュリ。嫌でしょ、こんな風に自分の周りが勝手にすること」
「ううん、大丈夫。ケイティが私のためにしてくれたことは分かってる」
ぎゅっと抱き締められて、苦笑してしまう。彼女も私のためにいつも奔走してくれているんだと気づかされた。
いつもは明るいケイティが、寂しげに笑う姿に心がチクリとする。
どうしてわたしを取り巻く環境はいつも不穏さを纏っているんだろう。
そのせいで私の身を案じてくれる人がこうして心を痛めて嫌な役を演じて。侯爵家に釘を刺すなんてことを、進んでする性格ではないはずなのに。
「ジュリの手は、利益を、お金を生み出すの。私達よりもずっと多くの利益よ。そしてあなたに一人でも多く人が関われば関わった分だけ良からぬ考えの人間も関わる可能性があるわ。私は、ベイフェルアはその可能性が高いと思ってる。もしも本気で王妃一人がどんなに正しくあなたと縁を得ようとしても、それよりももっと大きな力が王家ではいつでも働いてしまう。半端な付き合いをしたことが原因で、それが引き金で、あなたがこの国の腐敗に引きずり込まれるのだけは、私は嫌よ」
「分かってる。最近、そういう力が私の周りにも近づいていること、なんとなく分かってる」
「気を付けてね。……侯爵家は、どこまでいってもベイフェルアの貴族。いざとなったら国へ忠誠を誓う立場。あなたと、この領地や領民を天秤にかける日が来ると思うの。それを少しでも遠ざけるには、あなたも、いままで通り王家とは距離を置く姿勢を崩さないで。それが侯爵家の動きを抑止することにもなるから」
「うん。……受けられる仕事は、受けるけどね。でも、それだけのつもり。私は今の生活が気に入ってるの、これ以上、国とか立場とか、そう言うことに気を取られながら物は作りたくないから」
私の言葉に、ケイティが安堵した顔をする。
彼女もまた、信じていないのよ。
この世界を。
まだ、この世界に染まりきれていない。
ここでしか、生きていけないのに。
私のように、まださ迷っている。
私のように、今でも足掻いている。
そして、私も安堵した。
ケイティも私と同じなのだと。
元の世界、地球にいたころのあらゆるものを必死に抱えて無くさないように生きているんだと。
だから。
ネイリスト育成専門学校。
この世界に相応しい、けれど私たちが満足し納得する学校としてあり続けるよう守っていく。
あえてこの世界に染まりきれない、少し窮屈な学校になったとしても。
学長は二年間を目処にルリアナ様がしてくれることになった。さすがに講師二人がまだそういうのは無理! となったので。顧問には当然ケイティが、そしてなぜか私が。
「このパターン、なんとかならない?」
ぼやいたよ。だってこっちも『名誉学長』になったから!
しかもなんなの? 領民講座に引き続き就任が数日前っていう、お飾り感が半端ない役職。
また挨拶かぁ、と再び微妙な顔をしておく。
入学式の度に挨拶やだよ、今回だけにして!
厳かな雰囲気で始まった式。
生徒は十名、講師二名に補助四名、招いた関係者三十名、六十名にも満たない小さな入学式だけど、領民講座の時とは違う感情が沸き起こる。
あのとき沢山の人の期待する顔に浮かれた。こんなに学ぼうとしてる人がいたんだって感動でワクワクした。
でも今日は不思議。
ワクワクというより、心が凪いでいるような落ち着きがある。
それは生徒の顔のせいかもしれない。
期待や好奇心よりも、『執念』のようなものを感じさせる真剣な表情。
多分、『女性のための職業』だから。
選択肢の少ない女性の職業として、一つ希望が見えたのよ。たとえこの侯爵領でしか認められない職業だとしても、得た技術は使える。手に職、身に付けたなら一生それで働けるかもしれない。
女にとって、一生やり遂げられる職は少ない。
そして美しさにつながる職は、憧れの的でもある。
技術を身に付けたい。
その一心だろう。
この人たちなら、少しでも窮屈な学校でもやっていってくれる。
そう確信できた。
ネイリストになるための知識を学ぶ座学と実習だけで、週五日間で十時間。徹底的に、しっかり身につけるためとはいえ何度も何度も同じ事を繰り返すのは大変だろう。他にも、貴族社会のルールやマナーについての座学と実習が四時間、これは学校に通うことで彼女たちの生活に馴染んでいたそういうものが薄れたり崩れたりするのを防止するため。そして教養を深めるために世界情勢を学ぶ基礎座学に二時間、ネイリストとしてお店を開く人もいるだろうから接客や経営を学ぶ実習を四時間、そして自習時間二時間の計二十二時間。
これはこちらの世界の一般的な学校では考えられない時間割りになっている。
この世界は高校相当の学校以外は週に二日から三日間で、合計十時間に満たない授業をする学校が主流。中には週に一日だけの、二時間しか授業がない学校もある。その中でネイリスト育成専門学校は週に五日、一日四時間か五時間、そして特別授業や追試も含めればさらに増える日もあるから異例の時間割。
おまけに単位制も取り入れた。
試験の結果だけでなく、全ての科目で規定時間授業をちゃんと受けなければならない。バールスレイドのリンファがこれは取り入れるべきと推してくれ、ケイティが有無を言わさず取り入れたこの単位制に侯爵様たちが渋い顔をしたけれど。
「嫌なら私はこの話降りるわ。勝手にしたらいいのよ。その代わりイサラたちみたいなネイリストが育たないことを覚悟してね。人を集めれば集めた分だけ、規律の乱れや色んなトラブルが起こるの、短期間でしっかりと人を育成したいならそれくらいの覚悟がある人だけを集める体制を整えなきゃダメよ」
と黙らせた感じ。今考えると、最初から侯爵家とはちょっと緊張感をもって接してたかもね、ケイティって。
でも蓋を開けてみればいい構成となった。
ネイリスト育成専門学校に『通った』ことがステータスではなく、『卒業』したことがステータスとなる。
単位を落としたらネイリストと認められない。
必要な教育を受けなかったことが如実になる。誤魔化しがきかないのよ。
家のため、主のため、『卒業』しなければならない。
その責任を背負った彼女たちだからこそ、『執念』を感じる。
「入学、おめでとう」
私は、そんな彼女たちを真っ直ぐ見つめる。一人一人。
「緊張してるけど、いい顔してますよ」
背筋を伸ばし、同じ帽子を被り、スカートを履く十名は座ったまま真っ直ぐ私を見つめる。
「四ヶ月後、卒業の時にまた全員がここで顔を合わせることを私は望んでます。ただひたすら、学んで。ひたすら、自分がどうしてここにいるのか自問自答しながら、将来どうしたいのか悩みながら、ひたすら学んで下さい。……あなたたちがすることは、それだけです。この校舎の中で制服を着て過ごす時間は全て、そのためにある。この学校の講師二人はクノーマス侯爵家の侍女だった。でも今は、この学校の将来を担う大切な、重要な人物になった。あなたたちの中から将来、卒業後帰った先で同じようになくてはならない存在になってくれる人が一人でも多く輩出出来るよう、二人が全力であなたたちを指導し、力になります。だから、ついていきなさい、死にものぐるいで。第一期生であるあなたたちは、これから入ってくる生徒たちより、誰より注目されていることを忘れないで下さい。それに恥じぬ学生として、四ヶ月、頑張ってください」
こうして、ベイフェルア国クノーマス領にネイリストを世に輩出するための学校が開校した。




