12 * やることはいつもと変わらない
さて、デザインは私の中で温めていた物を出すだけだったので手間なことなんて何一つなくすんなりと。
スプーンとフォークの口に直接入る金属部分は純銀で作ることにして、直ぐ様職人さんにその事を伝え、試作に取りかかってもらった。
数は招待客約百名と、王妃、王女、そして賢王として名を馳せた王妃の義母である皇太后の分。
これ以上も、以下も要らない、というのはあくまでも王妃個人が主催する晩餐会だから、ということらしい。そしてどうやら特別感を大事にしたいらしい。
予備があればそれを何らかの理由で手にできてしまう人も出てくる。それでは『王妃が招待した人のみ』という特別感が薄れるからね。
ただ、これについてルリアナ様とシャーメイン様の分だけは余分に作らせて欲しいとお願いした。今回呼ばれるのはあくまで一家から一人の夫人でシルフィ様だけ。私の作るガラクタも喜んで集めてくれて、しかも大事にしてくれて、いつでも味方してくれるルリアナ様やシャーメイン様に無し、というのは私が何となく嫌で。
王妃は私の気持ちを汲んでくれて、お返事は快諾頂きましたよ!! 良かった良かった。
特に時間を気にすることはない。徹底して丁寧な作業に集中するだけ。
何故なら、今回デザインの主体となるものは単純明快。
真珠のみ。
シンプルに仕上げることにした。
柄尻に向かって粒が大きくなるよう、五つの真珠を真っ直ぐ並べて沈めるだけ。
それだけシンプルだと、どんなに小さな気泡も残せない。アクリルやガラスのような透明度を誇る擬似レジンは気泡がなければないほどその魅力が増す。
透明で、濁りのないその澄んだ擬似レジンに沈む真珠の上品な白さと輝きは極小の気泡すら残さない中でどの方向からも眺められることで発揮される。
この依頼を受けるずいぶん前に、疑似レジンの長所を活かした作品としていつかやってみたいと試作したことがある綺麗な魔石一粒を中央に配置した立方体のオブジェを見せたとき、キリアが感動していた。
「こういうの、いつか遠慮なく作りたいね。中に沈める物がちょっとお高いもので、その魅力を最大限に引き出せる物が。シンプルだけど心惹かれるものをいっぱい作って、それが当たり前に買える時代が来たらいいよね」
って。
それを今回やる。
出し惜しみはしない。
なんせ王妃からの依頼。
予算に上限がないからこそ出来る。
せっかく得たこのチャンス、やらなきゃ損だよね。
そして、柄尻には王妃の象徴である百合を彫刻職人ヤゼルさんの工房にお願いした。紋章は非公式なので使えないそうだから、その代わり使えるものはあるかと問えば象徴花ならいつでも使えるということなので、せっかくなので彫っちゃうことに。
作業行程は実は多くない。私たちが直接作るのは柄の部分だけで、スプーンとフォークの本体と呼べる金属部分は職人さんたちが作るし、出来上がった柄に穴をあけ、そこに本体を差し込み固定、継ぎ目を隠す為の金具を付けるのもライアスとライアスの後を継いで金物工房を営むお弟子さんがしてくれる。
だからこそ、中途半端は許されない。
職人に負けてはならない。
私とキリアは、一本一本、気泡のひとつも許さない、真珠の並びのズレも許されない、神経を研ぎ澄ませた仕事をする。
研修棟の二階を立ち入り禁止にした。
申し訳ないけど私たちの作業が終わるまでの数日は私とキリア以外はどんな理由でも立ち入りさせないことに。
グレイも例外ではない。なにせ、完成したものを知る人は限りなく少なくなければならないから。
そしてなにより、集中力を切らしたくない。
不思議とキリアと二人で物を作るときはお喋りしていてもその集中力は途切れない。これは恩恵だろうと思うほど。
その環境を完璧にするためには、グレイですらダメなのよ。
快く受け入れてくれたグレイには、特別に何か作るからね。
「さて、始めますかキリアさん。ま、気楽にね、いつも通り」
「はいよー」
気の抜ける締まらない始めの合図はいつものこと。平常心がいい。このまま集中することがいい作品に繋がる。
「真珠も一粒ずつ投入する前に確認した方がいいよね?」
「一応ね。グレイとローツさんが仕入れてくれたものだから問題は一つもないとは思うけど、念のために」
「室内の埃対策は?」
「大変だけどお湯を沸かし続けるよ、湿度を限界まで上げておく。スライム様と道具の準備の間に沸かし始めれば大丈夫かな」
「おっけー。後は、埃よけ蓋も多目にあるしね。えーと、ルックの樹液、ピンセット、型、ある、もちろんスライムは、いる。他いつもの道具たち。大丈夫そうだね、不足してるものはなし」
キリアがフンッと力強く鼻から息を出した。
「あとは集中力ね」
そう言った彼女と、自然と握手をした。
外の人々の笑い声や馬車の走り抜ける音をBGMに、私たちは無言で作業する。
すべての行程を事前に打ち合わせ済みなので、会話は必要ない。
ガラス職人のアンデルさんが丹精込めて作った型は五本ずつ作れる物が四つ。少ないと思うかも知れないけれど、どうせ一度に作業は出来ないし、埋め込むパーツも今回は真珠、失敗は許されないので一行程ごとに確認する手間を考えれば少ない方がいい。
まずルックの樹液を混ぜた擬似レジンをスポイトで決まった量、四分の一程度入れる。硬化剤の入った擬似レジンは三十分程でほぼ固まってくれる。そしてそこからが大変だ。少量の擬似レジンに再び硬化剤を混ぜたものに、傷などの有無を改めて確認した真珠を浸して、そして型の下に敷いてある真珠の置く位置を記した紙の線に合わせて置いていく。
ルックの樹液を混ぜる時、気泡が入りやすい。それに気を取られているとどんどん固まってしまう。そして正確にテンポよく、位置を確認しながらデザインの要となる真珠を置く。硬化剤の入った擬似レジンはその性質からすぐ扱いにくくなってくるため、どんどん新しく混ぜたものに取り替えて作業する必要があるから今回のために小さな木の器を沢山用意して一回ごとに使い捨てすることになったけれど、これは致し方ないことなのよ。硬化剤を入れなければ何度でも位置の調整が出来るけど、反面埃の付着のリスクが高まるのでどちらがいいのかは作品によって使い分けるしかない。
とにかく、神経を使う。
気泡、埃を気にしつつ、真珠の傷の有無を気にしつつ、それでいて真珠をなるべく早く固定して後の作業が楽になるよう入れた硬化剤が固まるのに遅れを取ってはいけない。
キリアとだからできる作業だ。
これが他の人だったら私は相手の作業や進捗状況が気になって集中力を削がれてしまう。
彼女が相棒で良かったとしみじみ思う経験になったわ。
真珠の固定さえ終われば後は硬化剤の入らない擬似レジンを型目一杯に流し込み、一本一本気泡と埃が入っていないか針を手に隅々まで確認していくだけ。作業が丁寧であればあるほど、気泡も埃も入らない。確認が終われば直ぐ様専用の蓋をして、完全に硬化するのを待つ。
蓋を閉め、そこから離れた瞬間。
「「美味しい酒で一杯やりたいわぁ」」
二人でハモった (笑)!!
完全に固まるまでの数時間は、気分転換にお店の商品となる作品作り。
暇はないのよねぇ。ありがたいことに、人気のお店なので、作った分だけ売れてくれます。
「ねえ」
「うん?」
半端に余った擬似レジンにラメや小さな貝殻を入れて後でカットしてパーツに仕上げる物を作っているとき、不意にキリアが質問してきた。
「ジュリがスライムに拘る理由ってなに?」
「ええ? 拘ってないよ?」
「そう? そう見えるんだよね、私からすると」
「うーん? ……だとしたら、原点だからじゃない?」
「原点?」
「《ハンドメイド・ジュリ》をやろうって、覚悟を後押しした素材がスライム様。これがなかったら、 《ハンドメイド・ジュリ》はもう少し開店は遅かったと思うのよ」
「なるほど」
言われてみれば、私は擬似レジン、つまりスライム様の利用頻度がとても高い。それは第一に便利で安いから。そして、透明な物が極端に少ない、高価なこの世界に私が不満を持っているからだと思う。
「綺麗な物を作りたいって思ったとき、透明であることが一番に思い浮かんだのよ。私がいた地球では、ガラス、アクリル、プラスチック製品っていうもので溢れてたし、色彩豊かで、キラキラしてた。それが、感じられないことが嫌だったのかも。侯爵家のコースターを依頼された時ね、実は候補は他にも出してたの、でも、侯爵家の人たちも私の話を聞いて、気持ちは完全に一ヶ所に向いてた。私が本気で作りたいものを、あの人たちも求めたんだよね。……それで、見つけたのがスライム様。私と侯爵家を繋いだものが編み物で、その繋がりを強めて決心を固めさせたのがスライム様」
「……そう聞くと、なんか分かるわ」
「なにが?」
「グレイセル様がね、前に言ってたんだよね。『侯爵領でスライムが生息しているのはジュリの為かもしれない』って」
「あはは! なにそれ!!」
「結構真面目な話よぉ?」
私が笑うとキリアはちょっと不満げ。
「かじり貝もそうだけど、近隣の貴族領じゃどっちもそんなに生息してないんだから」
「あ、そうなの?!」
「かじり貝なんて同じ様な海岸線が続いてるのに、ここみたいに大繁殖してる地域ってもっと北か南なんだから」
衝撃の事実。
「あんたに素材にされるためにいたようなもんじゃない。だからグレイセル様の言葉に私もつい唸って『ですよね、私もそう思います』って答えたから」
「ははっ! じゃあ巡り合わせが良かったんだね、私は」
「スライムとかじり貝?」
「そう。それと侯爵領。今扱ってる素材とかもね。やっぱり、意味があったのよ、ここに召喚されたことに」
人に言われて気づく事はたくさんある。
この会話からも。
うん、私はやっぱりこの領にいる人間。
ここが、居場所。
「ここで生きていく事に、意味があるんだろうね」
「そう思う?」
「思うよ。だって、ここが私の居場所だって、言えるからね」
キリアが安堵した顔を見せる。ふと、先日のグレイの安堵した顔に重なった。バールスレイドから帰って来た後に話していて見たあの時と。
きっと、王妃からの依頼をきっかけに、私が王都に行くかもしれないと思ったのかもしれない。
どこか遠くから来た私は、いつかまたどこか遠くへ行くんじゃないかという漠然とした不安。大なり小なり、私と関わりある人たちが抱えているそんな思いはいつも感じている。
でも大丈夫。
いかないよ。
ここだから。
私の居場所。
「さあ、どうかなぁ?」
「埃、ついてませんように!! 真珠の廃棄なんてあたししたくないわよぉぉぉっ!」
二人で箱をあけ、針でつついてみる。
「いいね」
「大丈夫だね、よかったぁ」
完全に硬化したのを確認してガラスの型を持ち、分厚く柔らかな布の上でひっくり返し、軽く揺すればポロッと勝手に落ちてくれる。
手袋を嵌め、私とキリアはそれを手に取り窓辺で太陽にかざす。
「完璧じゃん、さすが私」
ちょっとわざとらしく言えば、キリアもわざとらしく頷いた。
「自画自賛、わかる」
二人で笑った。
台座に乗るのではなく、こうして何かに閉じ込めて見て楽しむものがとても少ない世界。そして贅沢に真珠を閉じ込め、それをスプーンとフォークに仕上げたんだから、なお稀なものになった。
うん、珍品だよこれ (笑)。
ちなみに、厳重な保管が要求される依頼なのでマイケルが魔法付与した特殊な鍵付きの箱に入れて、グレイの屋敷の書斎で保管してもらったり職人さんのところに持ち運びするのに使うんだけど。
「ねえ、この鍵って『呪詛』が付与されてるんだっけ?」
そう。
これね、マイケルに相談したら、『いいのがあるよ』ってとんでもなくいい笑顔で製作を快諾され、ケイティが『ああ、うん、まぁ、いいとは思うわ、たぶん』って微妙な反応した物なの。
「……無理に開けようとすると、手が腐るんだって」
「……なにそれ怖すぎる」
手に持って眺めようとしたキリアの手がピタッと止まる。
「マイケルが、麻痺とか毒より精神的にキツイ呪詛だから盗難対策として凄く効果あるよって、これ一択だった。私に選択肢がなかった。箱も尋常じゃない硬化魔法かけといたよって笑顔で言われ。で、有無を言わさずこの南京錠渡された。もちろん笑顔」
「いや、本当にマイケル怖いから」
「渡されたとき、思わず指で摘まんだわよ、怖くて握れなかった」
「それ正解。マトモな人間の反応。ちなみに、鍵無くしたらどうなるのよ?」
「マイケルが解除してくれるって。でも、『グレイセルなら素手でも開けられるかも』って笑ってた」
「グレイセル様も何気に怖いぞ」
「ほんとにね」
そして。
全く同じ行程で二人で集中出来る予定をしっかり組んで、数回に分けて作られた残り約百八十本も無事作り終え。
ライアスや職人さんにバトンタッチし、製作が進んで全てが完成し、箱も最高の出来上がりのものが職人さんたちによって作られ、晩餐会に十分間に合うゆとりをもって王都に向けてエンザさんパーティーとその筋の信頼のおける冒険者パーティーの手によって厳重な警護の元、運ばれていった。
予算上限なしなら転送する魔導具使えよ、と言われそうだけどそこは冒険者さんや運送商さんとかの稼ぎを奪うことになるので、頑張って届けてくださいお願いしますと頼むのが優良商人です。
時、同じくしてグレイから報告が。
「ようやくネイリスト育成専門学校の開校の目処がついた」
と。
「おおっ! やっとだわ!!」
「ああ」
「侯爵家大変だったの知ってるけど、流石だね、なんとかしてくれたんだから」
「だといいがな。蓋を開けてみれば厄介な問題があるなんてことにならないことを祈るよ」
グレイは笑いながら肩を竦める。まあ、ネイリストの専門学校のことは侯爵家に経営もなにもかも任せてしまって、それなのに私やケイティのやり方を押し付ける形になってさぞ苦労しただろうと思いつつ、それでもやはり新しい学びをこうして実現させることが出来るのは侯爵家の行動力がそれだけあるってことで、流石だよね。
カトラリーが王妃の所に無事届き、そして晩餐会で貴族の女性たちを驚かせられたらいいなぁなんて考えながら、やっぱり気持ちはネイリスト育成専門学校に一気に傾く。
「ヌフフフっ、楽しみだぁ」
どんな人が第一期生の生徒として入ってくるのかな。
なんか、かなり色んな所から応募があったみたいだからその辺も詳しく聞きたいね。




