12 * こんなカトラリー、地球にはある
恩恵持ち二人のお陰で物凄いスピードで販売まで漕ぎ着けたパッチワーク。おかげさまで『寝室セット』は早速半年先までの予約待ちとなり、《レースのフィン》では小金持ちババアとその候補たちが不気味な笑いで精力的に動き回ってくれている。
「枕にレース着け過ぎちゃダメだよ、顔に跡つくから縁だけがいいね」
の私の何気ない一言で。
「ヤバいヤバい!」
「誰に縫い付けお願いしてたっけ?!」
「中止だよ! 中止!! 枕にレースは中止!!」
と、定例会議で研修棟の二階に集まっていた 《レースのフィン》の重鎮たちがどえらい騒ぎになってたけど、そっか、すでにそれなりの数作る算段になってたんだね。頑張って止めてね。
というやり取りから間もなく。
季節は大分春めいて、先日久しぶりに空から降ってきたのは雨。雪掻きで集められた雪山が小さくなって、そして一部の農地では土を耕しはじめた。
そしてちょうど、何度も行われてきたやり取りが一段落して。
さぁ、この時がきましたねぇ。
ベイフェルア国王妃殿下からの依頼。
王妃からのお言葉を手紙から読み取ると、ご自身の私財からお金を出すので予算に上限はない、貴族や有力者の女性限定の晩餐会となるので上品なものがいい、というこの二点がまず初期のやり取りで明記されていた。細かなやり取りをしようとしたけど、それはある程度提案してくれたら、という内容の手紙も早い段階でもらったの。
ざっくり言うと、丸投げされたわけね。
扱える素材の一覧も送ったんだけど、それを見てもいまいちピンとこないらしく、この素材を使って欲しいという返信ではなくこれらから出来るものは何なのか? って逆に質問されたのよ。そう考えると王都周辺ではまだまだ私の扱っている素材は流通してないしメジャーからも程遠いポジションなんだろうなぁ、なんて思った。
ただ、わりと友好的な態度を示しているはずの王妃が疎いって言うのが何となく違和感があって、王妃は別に素材は興味がないのかな? とちょっと思った。じゃあ私の何に友好的な態度を示す要因があるのかと疑問に思うわけ。先日のリンファの騒ぎを考えると、王妃には王妃の思惑があって友好的な態度を取っているのかな? そう見せてるのかな? と警戒心が出てしまったことは自分の心の中だけに留めているけど、いずれそういう動きが見てとれたら、【彼方からの使い】たちに相談の案件になりかねないので、出来れば私の思い過ごしであって欲しいと願ってたりしてる。
そういう話はさておき。
まあ、私の作るものってこの世界ではなかったものだからねぇ。王妃様も正直困ったんでしょう、何をお願いしていいのか。
素材や作品の話の直後は、こちらで譲れない条件を再び提示して確認するやり取りもしたわよ。
製作の要となるキリア、そしてあらゆる相談と対応をしてくれるライアスとククマットの職人さんたちには他所にこの話を漏らさないように誓約書を書かせるのでそれ相応の人数に手伝ってもらっていいなら作れます、なので私一人ではなく彼らにも携わらせていいですね? という許可を真っ先に求めた。これが認められないならば私は作れないよ、一人でやれなんて無理なこと言うなよ、ということよね。もちろんその辺は直ぐ様快諾の返事がもらえたわ。
そして作るものは王家が所有するものなのか、それとも来賓のお客様にお土産として渡せるものがいいのか。
これで作るものは大きくかわってくる。王家が所有となれば大きいものでテーブルを飾るものになるだろうし、お土産として渡すならば小さいものになる。そうなると作るもの自体が全く違うものになるし。
あとは……。
これ重要。
クノーマス侯爵家は試作と失敗作を含めて大量に私の作品を所有してますが、それとかぶらないものがいいのか、どうか。
これ、ホントに重要ね。
何故かクノーマス侯爵家は私がお店を開くと決意した頃からずうっと一貫して私の作るものなら失敗作まで欲しがるから、まあ凄い数のガラクタがあるのよ。『収集部屋』だとシルフィ様とルリアナ様に自慢げにその部屋見せられた時にはドン引きした。広い部屋を改装してズラァっと私の作ったもの、しかも商品として完成されたものからガラクタ以下のゴミ同然のものまで並ぶのは気持ち悪かった。
ああ、こんなのも作ったな、いずれ再挑戦しよう……。これは色々と無茶した、もう挑戦しないかな……。とそこで見て思い出したものまである。
もし、これらを含めて未発表、未試作となるとかなり数は限らてくる。大きいものも小さいものもせいぜい二、三種類が今のところ提案出来るものだから、それでもいいのかどうか。
たぶん未発表、未試作のほうになるよねぇ。と予測しつつ。
なんてことをキリアたちと話ながらお返事待ってたら、翌日には侯爵家に届きまして。毎回早いな、迅速な対応素晴らしい。さすが出来る王妃、部下もきっと優秀な人材が多いのでしょうと感心したりもしたわ。そして。
「なるほど」
やっぱりという。
何となく、こちらからも条件は出したから作るものは限られるだろうなと思ってたけどその通りになった。
お土産ということは念頭になかったので面白い発想である。なので招待する人たちに持たせられる大きさ、重さのものがよい。
可能ならば侯爵家ではまだ目にしていないものがいい。
ということが書かれていた手紙。
であれば、自ずと決まってくる。
手土産として持ち帰ってもらえる小さいものよね。そして未発表のもの (侯爵家の収集部屋にないもの)。
すぐさま、候補の簡単なデザイン画と、それに使われる材料をしたためた手紙を侯爵家から王妃のところへ転送してもらう。
提案したものは二種類。両方は時間ないのでどちらかにしてくださいねと書いて送ったら。
すぐに返事くるかな? という期待を裏切りまして、四日後。
『どちらにするのか非常に迷い、時間がかかり申し訳ない』
ってことがそりゃもう長々と、謝罪文が届いたわ。
そんな時々ちょっと笑いたくなるような手紙が来たりしつつの今現在。
「ついに王家の依頼受けるのね」
「王妃殿下ね。王家ではなくあくまで王妃主催のパーティーだから非公式らしいのよ」
「へえー、そんなこともあるんだ?」
キリアは話はしてるけど、私のデザイン画に釘付けで生返事っぽくしか聞こえない。
今回は侯爵家の皆さんも大人しい。そりゃね、覗き見は出来ない相手からの依頼だから遠慮するわよ(笑)。
グレイも当然駄目よ、とにかく私とキリア、ライアス、職人さんだけということに徹底させてもらうことに。
こういう時のグレイは本当に理解があって、返事一つで私の思うようにするといいと言ってくれて。
ホント、理解力のある人が隣にいてくれるって助かるし、何より嬉しいものよね。
「にしても、面白いもの考えてたのねぇ」
キリアはデザインを見て、しみじみと感心してくれている。
私が提案した二つのもの。
それが
『フォークとスプーンのセット』
と
『手鏡』
だ。
どちらも私の中で構想があり、以前からデザインを詰めていた。
フォークとスプーンは柄の部分を擬似レジンにし、その中に色々なパーツを入れることで食事の雰囲気に合わせて使い分け出来るなぁ、と。予算も気にしなくていいのなら、真珠や金を使ったデザインもできる。そうすればかなり見ためも斬新かつ上品に出来そうだよね。
手鏡は、リザード様の鱗が手に入った時にちょうど思い付いていた。富裕層の女性が嗜みとして持ち歩く手鏡って、陶器製か金属製の、いわゆる見栄えが重視の外枠ばかり。皆似たり寄ったりだなぁ、なんて以前その手のお店で見たときに思ってたのよ。リザード様の鱗を並べて隙間を白土などで埋めて、そこに金箔や螺鈿もどきラメをアクセントで散らしたら……斬新すぎるかな? と思いつつ作ってみようかと思っていたもの。
そして、王妃は選んだ。
『フォークとスプーン』を。
私もこっちかな? とは思ってた。
手鏡だと持ち歩くでしょ、社交の場で被るよね、間違いなく。それなら自宅で自分専用のものとして使える物のほうがウケもいいし。
納品期日までは相当ある。
だからデザインについてのやり取りはしっかりやらせてもらおう。
数は多いけど小さいものだからね、情報の漏洩はあまり心配してないし、デザインも決まってしまえば覚えればいいのでデザイン画も必要なくなる。作るのは私とキリアだけだから、盗作されることもないね。
まぁ、疑似レジンを商品にできてもそのクオリティーはまだまだ他所では低くてスプーン単体やフォーク単体どころか『カトラリー』全般なんて作ってられないだろうけど。
……そうなんだよね。
未だに、疑似レジンの扱いに周囲は追い付いてこないのよ。おかしいなぁ、ちゃんと『特別販売占有権』にスライム様の扱い方も登録してるからそのレシピを買ってくれてるならそれなりに作れるはずなのに。私のように大々的にスライム様を扱っている店が全く出てこない。
隣国フォンロンではレフォアさんたちギルドの人が研修でうちに長期滞在してるけど、レフォアさん曰く、スライム様の生息地にも影響されるし、フォンロンだと現状私の店から買った方がクオリティーも高く種類も豊富、冒険者ギルドが安定的に魔法付与目的の品を供給出来る体制が整うまではうちで買い、それをサンプルにして技術の向上を優先するのが当然、と言い切られてしまった。
クオリティーねぇ。
一重にそれは『内職』さんたちという縁の下の力持ちがいてくれるからよ。
美しい、シワの少ない多種多様な押し花。そしてそれにも負けない傷や欠損のないドライフラワー。
均一な粒の、大きさごとに分けられた砕いた疑似レジンのさざれ石。
輝きの強弱と粒の大きさによって分けられたかじり貝様から作られるラメ。
見本通りに着色されてすぐに使えるように均一に練られたゴーレム様の白土粘土。
欠けやひび割れしたものを総て取り除き、色別濃淡別に分けられたリザード様の鱗。
色、太さごとに均一にカットされた皮。
私が直接手掛ける作品たちに使う主な素材だけでもこれだけ内職に委託してる。他にはヘアアクセのシュシュ、ヘアピンなどのリボン、こちらの世界の財布である硬貨袋、小物入れ、ブックバンド、そして開店当時から人気が衰えないラッピングのための袋。これらも総て内職さんや副業をしてくれる人に委託している。
『代理』というこの世界独特の働き方では私の店は成り立たない。
それでこのククマットに持ち込んだ『内職』。
今ではククマットで『内職』に委託する職人さんやお店が増えてきた。それに伴って『内職』をする人も増えてきた。クノーマス領内ではその『内職』について詳しく知るために視察にくる区が増え、さらには他領からも訪れるのでクノーマス家の管財人がその人たちを連れて内職さんの家を訪れ作業工程などを説明する光景はもはやククマットの日常の一コマになつりつつある。
この縁の下の力持ち達がいるからこそ、私は安心して作品を作れるし、より綺麗なもの、可愛いものをと追求できる。スライム様の取り扱いに細心の注意を払って作業できるのはそういった人たちと私の注文に応えてくれる職人さん達が『完成された物』を常に安定的に供給してくれるからだ。
だから他でスライム様を疑似レジンとして扱っても上手くいかない。
上手くいかないというより、クオリティーが低い。そうだねぇ、うん、クオリティーだよ。中に閉じ込める物やとりつけるパーツが品質良くなければね、意味ない。
そういえば先日、ローツさんが『他領の大きな地区の市場でこんなの売ってた』って持ってきたものがあってね。
「酷いだろ?」
「……うーん? その前に、これは、疑似レジンで作ってる?」
「あははは! そう、『ギジレジンパーツ』として売られてた! 一応ペンダントトップとして売ってたよ!!」
「えぇぇぇ……」
なんかね、酷かったよ。シオシオのドライフラワーを無理やり疑似レジンで固めたものでさぁ。花もそこそこ大きくて、予想より大きくなったからなのか周囲と裏側削り落として花びら無くなってる所あるし裏側は無惨に削られてなくなってて、しかも、最後の仕上げのコーティングされてないから側面が傷だらけ。ついでに、スライム様をプチッとするときに確認しなかったのかな? 不純物がチラホラ。
え、これ売ってたの? まじで? って見た目でして。
「三十リクルした」
ローツさん、ほぼネタとして買ってきたんだね。皆に見せてたよ。
これで三十か、うちのなら百で売り出しても……なんて邪なことを考えそうになったわ。
とにかく、そんな感じなの。
まだまだ、この世界は物を自在に作り出す環境ではない。
だから、私の作品は他にはないオリジナルとして独走している。
いいのか悪いのか分からないよ。
この世界。
もうちょっと頑張れよ、と本気で思ってるからね。
なので、良いタイミングなんじゃない?
『カトラリー』に着手する時期としては。食卓そのものを明るく華やかにしてくれるもの、増えたらいいよね。
目新しい素材ではなく、ジュリなら作りたい、といいそうなものを王妃の依頼に抜擢してみました。




