12 * 若いって素晴らしい
新章です。
一話目はのほほんとしたお話です。
うちのお店で働く人たちは働き方にそれぞれ偏りがある。
農業で生計を立てていた人たちの冬の閑散期にお願いして始めた編み物関連の内職、副業をしてくれる人たちを集めた関係で、女性、しかも既婚で家を預かる人たち、もしくは子供がいたりお年を召して出稼ぎや外に出れない人たちが多かった。そのせいで平均年齢が高い。
《レースのフィン》では超近所に住む八十歳のおばあちゃん、メーナさんが準従業員としておばちゃんトリオたち副主宰が直接指導する前の、覚えたて、習い初めの人たちの基本的な指導をする仕事をしてくれている。ちなみに最近はパッチワークの恩恵を得てミシンを相棒に量産も始めて一体そのパワーはどこから来るのか疑問。
《ハンドメイド ・ジュリ》では元々内職で押し花をつくってくれているミアという七十越えたおばあちゃんに同じく準従業員として押し花はもちろん商品の検品や押し花の実演などで働いてもらっている。
この準従業員というのは週三日以内、一日六時間以内、という上限で働く人たち。これを超える勤務は正規の従業員となり、キリア、フィン、そしておばちゃんトリオたちが該当する。
これは働く人たちに主婦が多いから取り入れた独自の働き方で、うちの場合は内職とその他にアルバイト、派遣員がある。こうすることで自分に合った働き方を選べるようになっている。
ちなみにアルバイトは友達のスレインやシーラがよくやってくれて、時々手があいている、暇な日を事前に教えて貰い、急病などで休む人たちが出ると声を掛けて働いてもらう。このアルバイトには比較的若い子が登録していて、臨時の小遣い稼ぎとして利用してくれている。
そして派遣員というのは私が他の商家などと契約して雇う人たち。その最たる例が店前の警備をしてくれる自警団の新人や若手、そして研修棟で基本的なパーツ作りやライアスの下で道具の作成・修理をしてくれる各工房から期間限定で派遣されている見習い職人たち。
こういう働き方で人集めをしてみたら、気づけばそれぞれに年齢層に偏りが出てしまったんだけど、それで私は困っているわけでもなく、むしろ働き方が多岐に渡っていることで人集めが楽になっていて常に忙しい店としては大変助かっている。
で。なにが言いたいのかと言うと。うちで働いてる人たちってとっても多いわけよ、外部含めて、とにかく多い。すると必然的に色んな人と接点が増える人自体が増える。
そうなるとね。
何が起こるか。
「ジュ、ジュリさん」
「うん、どしたの?」
「あのっ、今、そのっ」
「どした、ノルト」
「ああの、店、見てもいいっすか」
「いいよ、買ってくれるの?」
「あ、は、はい」
「おおっ、嬉しいね、ゆっくり見てよ」
うちの店で働く派遣員に限り、許可されていることがある。
それは、閉店後に買い物が出来ること。
これは、警備などをしてくれている子達はお店に来る機会が減ってしまうということをグレイが教えてくれたのをきっかけに取り入れた制度。連続勤務をした子に限り、その勤務の最後の日、閉店後ゆっくり買い物が出来る、というもの。店では閉店後に従業員が翌日出す商品や新作以外は一部買えるようになっているからね、それに近い対応をしてあげたのよ。
そしたらですね、これですよ。
自警団、職人見習いの男たちがその制度を利用して、連続勤務した後に訪れる。
「……」
「悩んでるね?」
「うあっ?! えっ、いや!」
「誰に?」
「ひいっ!」
「予算は?」
「あの!」
「いいと思うものはあるの?」
「ジュリさん!!」
「なに?」
「……おばちゃんたちが、覗いてるっす、恥ずかし過ぎるので、声、小さめで……」
工房からそりゃもうあったかい目で、閉店後の片付けと明日の準備と、作品作りの準備をしてくれてるおばちゃんたちが、こっちを見てる。
売上金の確認をしていたキリアは一人、ものすごい普通の顔してるけどね。
「ああ、ノルトはスレインの従妹のパメラ狙いだよね? あの子たしか緑とか青好むよ、この前緑系のリザード鱗のヘアピン買ってたし」
こら、思春期の男の子の恋心を勝手に暴露しない。しかも噂が三時のおやつのおばちゃんたちの前で言わない (笑)。
ほらぁ、ノルトが撃沈してしゃがみこんだじゃないの。
そう、男の子たちがですね。
買うんですよ。
好きな子のために。
しかも。
ここで働くようになって知り合った女の子へ。
この撃沈してるノルトは自警団二年目の十七歳。そしてキリアがサラッと暴露したスレインの従妹のパメラは将来 《レースのフィン》で働きたいと編み物を始め、そして今年学校を卒業したら領民講座で受けたい講座があるのでそのお金を貯めるとうちで検品や棚卸しの時にアルバイトをしてくれている十五歳の女の子。
増えたんだよねぇ、若い子の恋愛模様が (笑)!
ここ数ヵ月でノルトみたいな男の子がすでに何人も。
「青春してるよね」
だからそういうことをサラッと言わないであげてよ。
「デートはしたの?」
「……はい」
「手ごたえあり?」
「うっ、どう、っすかね……でも、また、出かける約束してて」
「うーん、なら、高いものはダメだね、貰っても困らないものがいいかもよ」
「こ、困らないもの……」
「シュシュとか、ヘアピンとか。あと、最近なら『食べたくなるシリーズ』のストラップとか種類も増えてるよ」
「だからパメラ最近ヘアピン買ったばっかりだってば」
「あ、そっか。ならストラップどうよ? これならカバンに付けてもいいし、小物入れとか硬貨袋にも付けられるから」
「あの子甘いもの好きだよぉ、あれ、今いくらまで数えたっけ?」
「だって」
「じゃ、じゃあ、ストラップが、いいっすかね?」
「ノルト的には何が良かったの?」
「俺は、全然そういうのよくわかんねぇので、見て決めようと思ってたっす」
「だったらストラップがいいんじゃない? 可愛いのが多いし」
「そうします」
「あたしはイチゴチョコにトッピングありのドーナツお勧め。それコロッとしてて可愛いじゃん。……あ、数え間違った」
「キリアは売上確認に集中しよっかぁ」
「ごめん、気になってしょうがない」
だよね(笑)!!
好きな子に自分をアピールする手段としてうちの商品が選ばれるのは、うん、嬉しいねぇ。あげたその時の喜びや幸福度は本人たちのみ知ることではあるけれど、そんな二人が後日ちょっと照れ臭そうに私たちの視線が居心地悪そうに来店してペンダントとか、キーホルダーとか買っていくのを見ると、ああ、この世界だって花やケーキじゃなくても『プレゼントの可能性』はとてもポテンシャルがあるとホッとする。
今までは選択肢が狭かっただけ。
価格が懐に響き易くて身に付けるもの、飾るものを買えなかっただけ。
このククマットだけでもそれがちょっと変化しているなら今後はきっともっと広範囲に影響してくれる可能性を秘めているのだから、やっぱり嬉しいことだよね。
「ラッピングする?」
「はいっ、お願いするっす!」
「パメラならリボンは緑といきたいところだけど、残念ながらまだ赤とピンクだけだからねぇ。どっちがいい?」
「え、えと、どっちがオススメっすか?」
「ピンク。ドーナツとおそろい」
「あ、なるほど」
「じゃあピンクね、パメラ可愛いから似合うよ」
慣れた手つきでキリアが袋に入れた後にリボンを結ぶ。それをニンマリとした顔で彼女はノルトに差し出した。
「パメラ泣かせないでよぉ?」
「……あの、キリアさん」
「なに?」
「名前を連呼するの止めて欲しいっす。おばちゃんたちの視線が、その度にこっちに向くので」
「わざとだからね、イジッてるからね」
ははは、と笑ったキリアの容赦の無さに、ノルトが撃沈していた。
足早に帰っていった彼を見送った後、キリアはため息。
「なにそのため息」
「ええ? だってさぁ、あたしもああいう青春送りたかったと思うわけ。あんたが来る前はドキドキするプレゼントなんて貰ったことないもん。そりゃ、花も嬉しいけどさ? あの袋を開ける楽しみと緊張感は結婚前に一回でいいから味わいたかったわよ」
「なるほどね」
いやぁ、でもキリアのそのささやかな願いは旦那様のロビンには非常にプレッシャーだよねぇ。だってこの人は私と共にそういうプレゼントになるものを最先端で開発して売り出してるわけでしょ? ロビンあげるにあげれないと思うよ (笑)。悩みに悩んで、結局花になるパターンじゃないかなぁ?
「この前の誕生日も花だったのよ、そりゃ豪華な、今までの倍以上の花束でスッゴい嬉しかったけど」
あ、やっぱり花だったか (笑)。
ま、来年はこっそり私がロビンにアドバイスしてあげよう。
そして。
「なんなの、その昨日のテンションとの落差は。何があったのよ」
ノルトの話から自分の青春時代の話で終始盛り上がった女とは思えない今日のキリア。テンションガタ落ちの、暗い空気纏いまくり。
「イルバが……」
「ん? イルバ君になにかあった?」
「イルバが好きな子にお花のバッチあげたいって言い出したぁぁぁっ」
「……」
「つい最近までお母さんと結婚するって言ってたくせにいいぃぃ!」
「……」
「うちの可愛い息子をたぶらかした小娘絶対許さん!!」
……イルバくん、五歳じゃなかった? そんな純真なお年頃の息子の恋に目くじら立ててどうする。あとね、たぶらかしてはないと思う。
「ジュリ、子供向けの白土バッチの販売中止しよう。あ、女の子向けのだけ中止にしよう、男の子向けはイルバが買うから」
なんなのその親バカ丸出し。
「キリアの欲望のためにうちの店が動くわけないでしょ」
こらこら、本気でヘコむんじゃない。
まあ、こういう喜怒哀楽も、プレゼントの選択肢が広まりつつある証拠なんだろうね。
「そしてこっちはキリアと対照的にニヤニヤしてる人がいる」
「俺か?」
「他に誰が?」
「そうだな、俺だな。いやぁ、実家の甥っ子と姪っ子に母の誕生日祝いのついでにがま口のウエストポーチとか新作のレースハンカチとクッションカバーのセットとか先日買い込んだだろ?」
「あ、そういえばそうだったね」
「『ローツ叔父様のプレゼントが一番好き』と言ったらしい。兄から恨み満載の手紙が来た。特に姪っ子が反抗期らしくて、兄が何を買ってやっても一言も誉めないと妹の手紙にも書いてあってな、面白くて黄色のハーバリウムをまだ送ってなかったからそれを姪っ子宛てで送ったら『叔父様の子供に生まれたかった』と言って兄に大打撃を与えたという妹の面白可笑しく書かれた手紙が来たんだよ。今の兄に嫌がらせをするなら姪っ子を巻き込むのが一番だとわかったからな、次は何にしようかと考えてるんだ」
「ローツさんって、そういうとこイヤらしいよねぇ」
「ははは、褒め言葉だぞ、俺には」
「だろうね」
こちらはこちらでプレゼントを贈る楽しみ? を見つけたようでなにより。
「ロビンよりも私が苦労していることは察してほしいな」
ああ、そんなことそういえば言ってたかもね。でもグレイがくれるものって桁が違うから比べようもないし、ある意味サプライズ(金額的に)だから別に気にしなくていいんだけど?
「ジュリに心から喜ばれる物を贈りたいんだよ」
「うーん、その言葉が喜ばれる贈り物!」
ローツさんのようにニヤニヤしてしまう私の近くではまだキリアが唸ってる。
たかがプレゼントと言うなかれ。
そこには十人十色のストーリーあり。
ちなみに、イルバくんの好きな人とは実はお母さんだったというオチはなくて、託児所でよく顔を合わせるうちの従業員の娘さんだった。
「そこは、そこはっお母さんであって欲しかったよイルバ!」
もちろん女の子向けのバッチが販売中止になるわけもなく、お手伝いで得たお小遣いで黄色いお花が描かれたバッチを買ったイルバ君が女の子にそれを渡して更に仲良くなったという話を後日聞かされる。
「いやぁ、嬉しいですね! 私の描いた絵のバッチが幼い二人をさらに仲良くさせることにつながるなんて!」
「うるさい、フォンロンに帰れ」
「アクセサリーを贈るなんてとてもセンスがいいですよ! 将来お互いに贈りあったらもっと素敵ですね!」
「口に白土突っ込むわよ!」
ちょっと、ティアズさんに八つ当たりは止めようキリアさん。
そんな騒ぎでふと思い付いた。
ペア。
そうだよ、カップル向けのものも出しちゃえばいいんじゃない?
『ペアリング』とか。ネックレス、ブレスレットもいける。そういえばこの世界ってそういうお揃いのものを着けてる人たちって見たことない。だいたい、結婚指輪もないんだよね。習慣としてお揃いのものって貴族がパートナーと服の色を合わせるとか宝石の種類を合わせるくらいだね。ん? でもそう考えるとペアって好まれないのかも?
まあ、取り敢えず提案だけしておこう。カップルで一緒に選んでさ、イチャイチャ見せつけて周囲で砂糖吐く人を増やそう。
リア充に爆弾投げつけたい人は……ごめん、無視する。売り上げの方が大事 (笑)。
ペア、採用された。
特に若い子達の支持がすごかった。そして女性陣は結婚指輪に食いついた。
うちは指輪は殆ど扱ってないから、ペアリングに関してはそういうのを扱うお店に提案して売ってねーとお願いしました。
あまり関係無さそうな 《レースのフィン》の主要メンバーたちは、ククマット編みで作るブレスレットのデザイン、色が全く同じものを大と小をセットにして、『恋人セット』として三日後には露店で売り出していた。
「ジュリのいた世界では恋人同士はお揃いのものを身につけて見てもらう習慣があるんだよ!」
売り子のおばちゃんたちが日本人が聞いたら結構な割合で否定されそうなことを謳い文句にして売ってたわ。
まあ、誤解されても売れるなら問題ないことにしておく (笑)。
リア充が増える。そして売上延びる。
平和。
いや、爆弾投げつけたい人も増える?
……平和だよね、たぶん。爆弾この世界にないし。あ、でも、魔法ある。
平和です!!!




