11 * 一つとして同じものがないからこそ
読者様提案作品の3話目です
そしてこちらまでが11章となります。
《レースのフィン》のメンバーにはディスプレイ含めた商品の管理や売り方を皆で考えるように! と指示を出し、指定する期限内でパッチワークのスペースを確保して売り出せなければ布屋や服屋に委託販売をお願いするからねとちょっとした脅しをかけておいた。
自分の作ったものを他人に丸投げすることに抵抗がある彼女たちにはこの脅しはなかなかに有効だったようで、目の色変えてくれたので何とかなると期待しておく。
そしてこのパッチワークを販売するにあたり、本格的に使いたい魔物素材がある。
絞り染めの技法の一つに、『むらくも絞り』というのがある。これは生地を手で手繰り寄せたり押し縮めたりして染料に浸けるのでその布のシワ具合で濃淡に違いが生まれてムラのある雲のような紋様になることからそう呼ばれる、と言っていたようなそうでないような……。染め物には手を出していなかったのではっきりしないんだけど、ハンドメイド作品の売買が出来るサイトをきっかけに知り合った作家さんが染め物をしていてそんな話をした記憶がある。
このむらくも絞りの最大の特徴はやはりムラのある濃淡かな。その時の作り手の布の扱い次第でその模様も濃淡も仕上がりも変わるので同じものが出来ないってところだと思う。
なんでこんなことを言い出したのかというと、それによく似た模様が出る『皮』があるから。
それはオークの内皮。
オークという魔物は、顔が豚? 猪? 胴体は太ったカエル? 手足は筋肉質な厳つい人間? というなんとも統一感のない姿。それが二足歩行してる感じで、まあ見た目はお世辞にもほめられたものではない。ただ肉が美味しい。初めて食べたときのあの衝撃。ブランド豚よ、最高の脂身と旨味のコラボレーション! トンカツにするとじゅわぁっと溢れる甘味がありつつ癖のない脂と旨味が……って、話が逸れた。
オークは素材として優秀で、肉はもちろん牙から削り出した小型ナイフは軽くて錆びない人気の品になるし、内臓も薬として珍重されている。その中でも外皮は特に幅広く活用されている。一センチ近い厚みのある丈夫な皮なのにその厚みとは裏腹に柔軟性もあって、冒険者の鎧や盾の内側に張られて緩衝材としての役割を果たすし、厚みとその柔らかさからソファーや椅子にとその用途は多岐に渡る。
で、そのオークの外皮の下には内皮があってこれが面白い。討伐後に解体した際は外皮としっかりくっついてる。そして沸騰したお湯程度では変質しない皮なので、綺麗に汚れを落とすためにオークの皮は大きな釜で茹でられることが殆ど。
すると、熱の作用で内側の膜のような薄い皮が簡単に剥がれる。この内皮、武具に使えるほどの強度はなく、そして伸縮性もほぼない。
それでも需要がある。
それはその独特の見た目。
それこそ、絞り染めの技法の一つむらくも絞りのような。
一つとして同じ模様はなくて、これが実に面白い。そして色は暖色系で、一番多いのはオレンジや朱色の鮮やかな色。それらが六割を占めて残りはピンクや赤紫、赤を基調とした様々な濃淡が楽しめる。元々内皮は赤みを帯びた肌色をしているんだけど、外皮の処理のために熱湯に晒すと瞬く間に変色して独特の模様が出てくるので染め物してるようなドキドキ感を味わえる。
と、私は思うけど、この『何色になるかわからない、模様も予測がつかない』が、こちらではネック。
まあ、『同じもの』が作れないからね。何色のこういう模様を百枚、なんて注文に応えられないわけ。
《レースのフィン》でも限りなく同じに仕上げられるのは素材の質や色が均一な物を扱っているからであって、そうでなければ値段設定などで苦労していたはず。服は同じ形でも色が違うだけで雰囲気は変わる。その逆も然り。色が同じなのに形が違うとやっぱり雰囲気は変わる。
だからオークの内皮は使いにくい。ましてや色と模様が派手で無限なので作り手のセンスを問われる。うん、服を作るには勇気がいるかもね。
という理由からオークの内皮は薄くて柔らかくて一般的な布と変わらず針が刺せるし布よりも若干丈夫な割には利用価値はイマイチ。でもこれ、うちではシュシュにしたら大人気で、毎月の集計でシュシュの人気デザインのトップファイブに必ず入っている。明るい暖色系であること、一つ一つ模様も色合いも違うことからオリジナル感を得られること、そして価格が安いこと。それが人気の要因。
矛盾してるよねぇ。不思議と。統一されたものを量産出来ないと売れないこともあれば、逆に統一感がないから一点物として特別感が出るから売れるとか。その辺を見極めないとお店はやっていけないんだから商売って難しい (笑)。
ここまで言えば分かる人は分かるわけで、キリアはすぐに反応した。
「そっか、パッチワークにすると面白いね? 同じデザインでも内皮の裁断一つでそのパーツの色や模様は全部違うんだから、印象は変わるよね」
「そ。オレンジ系統でまとめてもいいし、ミックスにしてもいい。あえて内皮を裁断して縫い合わせて作ることで、濃淡を生かした面白い柄が出来るかなと思うわけ。しかも一般的な布より耐久性があるから馬車用のクッションにも出来るよね? その手の布は綺麗な色合いの布って少なくて高価なものが多いから代用になるはずよ。ただ、オークの内皮が馬車用のクッションに使われてこなかったのはその滑らかな肌触り。滑り易いってところ」
「そうなんだよねぇ」
キリアも唸る。
「実は一回あたし作ったことあるのよ」
「だと思った。キリアなら思い付きそう」
「うん、色がね、やっぱり綺麗だから。しかもそんなに値段も高くないし。でも座ってるうちにずれてくる。これがもうね、何度もおしりを上げて直すのが大変で。結局一回きりで使わなくなったのよ」
「それを解決すればいいわけよ」
滑り止めはこの世界にもあるのでめずらしいものではない。
もちろん、物が動かないように上に物が乗るので見た目は考慮されていない。茶色や灰色が多いんだよね。
まずその色として白系が欲しい、とレフォアさんに相談したら今ある滑り止め素材の添加物を変えるだけで白っぽくなるというのよ。この滑り止め、例に漏れず魔物素材の合成品。三つの素材を混ぜて加熱すると伸びないゴムのようなものになるそうで、それを柔らかく仕上げるか固めに仕上げるかの添加物によって色が決まるんだとか。
「ただ、白っぽくするための添加物を入れると劣化しやすくなるんですよ」
「劣化かぁ。でも、滑り止め自体そんなに高いものじゃないから、多少の劣化は構わないかな。その添加物を入れると価格変わっちゃう?」
「ほぼ一緒ですね、人気がないのはその耐久性の無さですから。馬車のクッションに使っての耐久試験はしたことがないですが……うーん、乗る時間や距離にもよりますがククマットとトミレア地区の往復数回でポロポロと欠けてくると思いますよ。未使用でも保管が良くないと一年で耐久性がぐっと落ちますし」
「それは確かに劣化しやすいといえるわね」
でも、その耐久性のなさも利用すれば。
『消耗品』。
一回限りで捨てる『使い捨て』なんてことはこの世界の人たちには抵抗があるだろうけど、『消耗品』ならその抵抗がグッと減る。
「あ、なるほど」
マノアさんは私の説明になるほどと強くしっかり頷いてくれた。
「名札より大きめのものが十枚三リクルで買えますよね。よく馬車に乗る人なら劣化が早いものでも劣化する前に使いきれますし、家族皆で使えるものだし、お財布の負担にはなりません。何枚かまとめて売ればなおいいですよ。それに白だからこそ使いやすい」
「そういうこと」
「え、何がですか?」
レフォアさんとティアズさんは首を傾げる。
「裏の名札を滑り止めにしちゃうのよ。裏地の上に縫い付けるのは普通の白い布と同じで難しいことじゃないよね。布の名札より大きなものになるけどそれは裏面だから見栄えとして気にならないしね。マノアさんの言った通り、買うのに抵抗のない価格だから劣化しやすい消耗品だとしても使えるよ、縫い付けが面倒ならピンとセットで売るのもありかな」
マノアさんはエッヘン! と自慢げに胸を張り、レフォアさんとティアズさんは感心した顔で頷く。
表面の滑りやすさの解決には時間はかかるけど、それだって四隅にだけ滑り止めを上から縫い付ければそれだけでそれなりに滑りを防止できるはずだから、馬車用のマイクッションとして売るなら滑り止めとセットで売るのもありかもね。その辺は今すぐではなくちゃんと製品として問題をクリアしてから売れるように努力あるのみ。
目下の目標はこのオークの内皮の独特な模様を活かしつつパッチワーク製品を増やすこと。
と、意気込んだ私を新しく恩恵を得た二人がいともあっさりと目標達成して驚かせた。
「おばばの目には濃い色の方がよくてねぇ」
と、メーナさんが持ってきたのは、オークの内皮を裁断し、その中から濃い色の部分だけをチョイスしてパッチワークで仕上げたベッドカバー。
「あ、あのっ、私は、淡い色を組み合わせると可愛いかなって」
と、チェイルちゃんが持ってきたのは、メーナさんとは真逆で薄い色の部分だけを使って仕上げたベッドカバー。
凄いな、これ。
デザインは一緒なの。正方形と長方形を並べただけのシンプルなもので。もちろんベッドカバーという大物であり、一枚一枚の布のサイズは小さいから作るのが大変なのは当然なのでそれだけでも称賛に値するんだけど。
濃淡の違いでこうも違うか、という。
そもそもオークの内皮が一つとして同じものがないから当たり前のことではあるんだけど、裁断し、そして繋ぎ合わせることでこんなに違いが出るのかと驚愕。
メーナさんの濃い色で纏めあげたものは赤紫とピンクが主体となっている。この艶やかな色使いは、寝室を華やかに彩ること間違いなく。
チェイルちゃんが選んだのはオレンジ系と朱色系の色の薄い部分。ほんわか暖かそうなパステル調は女の子達に人気が出そう。
それぞれがさらに本来のムラによる濃淡で、まるで花びらでも散らしたようなデザインをイメージした、と言われればそれで通用しそうな完成度。
「チェイル、濃い色の方をくれるかい?」
「あっ、じゃあ薄めの部分は、私が使います!」
二人で布の交換の約束してる。
「ねぇ、それならさ」
うん、やってほしいことがある!!
「うひゃひゃひゃ!! あははーん! 素晴らしい、最高!! ぬははははは!!」
「相当お気に召したらしい。笑いが止まらないのはその証拠だ」
メーナさんとチェイルちゃんがドン引きしているのを前にして冷静にグレイが私の状態を説明している。
「グレイセル様、ジュリちょっとうるさいので面倒見てて下さいね」
「了解」
おかしなことになった私にかわり、キリアが二人の持ってきたパッチワーク作品が並ぶ広いテーブルを隅々まで眺める。
「最高の出来だね! 『オークの内皮:寝室セット』、すぐに売れるよ!!」
キリアのはっきりとしたその言葉に、メーナさんとチェイルちゃんが満面の笑みでガッチリと握手を交わす。
枕カバー二枚、そしてベッドカバーは表を全面パッチワーク仕上げにし、パッチワークで縁取りされたシーツ、そしてクッションカバー二枚をセットとした『寝室セット』。
主に濃く鮮やかなセットと薄めの淡いセットだけど、独特の模様とパッチワークで仕上げることで同じデザインであっても同じものが存在せずにそれぞれに『個性』があるので購入するときはその時ある在庫から見て選んで貰う。この二人ならさらにオークの内皮の微妙な違いを上手に組み合わせるために計算して裁断と縫い合わせをするだろうからそれはもう楽しみよ!
このオークの内皮は一点物のようで、そうでない、なんとも不思議な位置付け。それをパッチワークでさらにその不思議な位置付けに可能性が生まれる。
そういう遊びのある物もありかな、と思うわけ。
量産物も、一点物もそれぞれに長所はあるし短所があるように、どっちにもとれる曖昧なものがあって短所も長所も『個性』として受け入れられたら面白いよね。
それがこのオークの内皮とパッチワークで可能になる。
「さすがジュリ」
キリアに誉められた。
「あははははっ!! はーははは!」
笑いが止まらない。
ということで、新商品のパッチワークはあらゆる場面で活躍できる布製品として受け入れられて売られていくことになる。
―――後日。―――
「ジュリ、大好き」
リンファが少しだけ時間が出来たので買いに来たのよと来店してくれたので、ちょっとだけ時間をもらって新作『オークの内皮:寝室セット』をラッピング袋に入れて渡したの。帰って中身をみた彼女が再び転移でセイレックさんとやってきて私を見るなり抱きついてきてその一言。
濃いセットは彼女の好みドンピシャだったそうで、その嬉しそうな顔にセイレックさんまでデレデレして気分が良かったのか、うちの高額商品を五点買ってくれたわ。お買い上げありがとうございますぅ。
ちなみに。
「あんたのためにレイス討伐してきてあげるわ、嫌いだけど、ホンッッットに嫌いだけど、頑張ってフィルム確保してきてあげる」
ケイティに淡いセットをあげたら入荷不安定なレイス君を入手してきてくれることになった。寒い季節の雰囲気を和らげてくれるその色合いが寝室にあるだけでとてもいいと彼女もいたくお気に召してくれて、オークの内皮製パッチワークのクッションカバーやランチョンマットをシリーズで揃えると意気込んでいる。ごめん、まだそんなに出せない。でも頑張るよ、レイス君欲しいから。
うん、布のいい消費方法であり魔物素材のいい活用手段にもなるパッチワークは、間違いなくこの世界で定着してくれそう!
私は作らないけどね!!
ははは!!
いかがでしたでしょうか。『パッチワーク』の良さが伝えられたのかどうか甚だ疑問ではありますが、以前から考え出していたオークの内皮の独特な模様を取り入れられたので作者大満足です。
きっとこれからもこうして布たちがおばちゃんたちに裁断され縫われ、そして不気味な笑いと共に売られていくことになる代表格として頑張ってくれるはずです。
改めて採用させて頂きましたことを『ネコにゃあ』様にご報告、そして感謝いたします。
加えて企画にご協力とご参加頂いた読者の皆様にも同じく感謝いたします。
次回新章になります。最初のお話は閑話的なほのぼの系になってます。




