11 * 目から鱗だそうで。
読者様提案作品の二話目です。
この世界に来てから常々思うのが、物の使い途。
先日もがま口がポーション入れになると知ったけど、他にも実はそういう特定の使い途が存在するものっていうのが結構あるのよねぇ。
違いというか、通常にプラスされる要素とでもいうのかな? 普段から見慣れているもので言えばストラップやキーホルダーね。こちらとしては庶民の間で鞄に飾りを着ける習慣が殆どなかったところに可愛いのを着けて欲しいなぁ、流行させたいなぁ、と単純な考えで売り出したけど、いざ蓋を開けてみたら男性が自分の荷物の目印にするために買っていく率の高さに驚いたというね。もはやうちの可愛いカラフルなストラップとキーホルダーはお洒落や可愛さを求めて買うのではなく、名札的な役割で買われていくんだからなんとも不思議な気分になるわ。
で、なんでそんな話を今さら、っていうと。パッチワークが正にそれに該当することになったから。
「盗難防止になるじゃん!!」
キリアがそう叫んだのを私はポカーンと眺めるしか出来なかったわよ。
「ちょっと待って、パッチワークのどこに盗難を防止する要素が?」
と、冷静に、真顔で問いかけた私は、悪くない。
だってやっぱり使い途が独特なのよ!!
「馬車のクッションでしょ!!」
「いや、だから、訳がわからないからね」
「うそ、なんで?! なんで分からないわけ?!」
「んなこと言われてもね?」
というやり取りの後にキリアが説明してくれた。
庶民の移動は徒歩か乗り合い馬車、そして船が主な手段になる。
車はもちろん存在しないし個人で馬や馬車を所有している人なんてほんの一握りなので当然と言えば当然のこと。飛行船のようなものもあるけどそれこそ貴族の遊びの乗り物で、実用性は一切ないので飛行船は庶民からは乗り物としては見なされない。
で、ちょっと遠出するとなると、基本馬車。このククマットから港のあるトミレア地区も馬車で行く。日に数本、乗り合い馬車が出ていて基本はそれに皆で乗り合わせて往復するんだけどねぇ……。
そこに問題があるわけ。
まず、乗り合い馬車の長所として、一度に十人以上乗れる物が多いので運賃が安上がり。魔物との遭遇に怯えつつ長時間歩くより安全。制限はあるものの大きめの荷物も一緒に運んで貰える。なので余程余裕がない人以外は乗り合い馬車に乗るのが当たり前。
そして短所。
乗り合い馬車だからね、しかもトミレアとククマットの片道数時間は長距離とは見なされないので、全体的に、特に座席部分が作りが簡素。余計な装飾で人を乗せるスペースが狭くならないようにという意味もあるんだけど、馬車がガタガタせずに走りやすく整備された道なんて地区の周辺だけだからね、サスペンションなどない車体でちょっとその衝撃は簡素な座席ではどうにもならず……。ちなみに座席はベンチみたいな板張り。
おケツが大変なことになるんですよ。わかる?
本当に、本当に大変なことになる。これね、グレイのように元が丈夫な作りの体の人でも避けられないことがあって、それが皮膚の摩擦。
馬車が跳ねる、揺れる、を派手に長時間繰り返すからどんなに体幹しっかりしてても微妙な摩擦まではどうにもならないんだね。
それを緩和するために座席にはクッションが必要なの。
最初から付けろよ? と思うけどそこは価値観の違いというもので、布張り座席にしてもすぐに摩耗するから何度も交換する必要があるし、何より汚されたらその日はその後汚された席を綺麗にしてからでないと人を乗せられなくなるから、席が無駄になるというね。だから乗り合い馬車の座席は基本板。
じゃあ皆、どうしているのかというと、馬車に乗る日は薄いクッションを持参するの。二本の紐付きの薄いクッション。
座席に置いて、座った後に紐を腰や太もも辺りに回して結ぶのよ。ズレ防止のために。
いやぁ、初めて見たときのカルチャーショックを受けた私の気持ち、分かってくれる (笑)? 当たり前に皆するんだよ? 持ってるんだよ? マイクッションを。
それは置いといて。
とにかく、クッション必須なわけよ、乗り合い馬車って。
で、これ、別の問題が過去には頻繁に起こっていたらしいの、これはなかなかにシビアなもの。
盗まれると。クッションが。
厚手のしっかりした生地のものや綿や布が多く入ってそうなクッションが。常に肌身離さず持ち歩いていて盗まれるの?! ってびっくりしたけど当たり前の時代があったそう。特に人出の多いトミレアのような大きな地区や港などでは、乗り合い馬車の待ち合い所は常に人で溢れかえっているので置き引きやちょっと他の事に気を取られて目を離した隙に、ということが昔は本当に日常茶飯事と言っても過言ではないほど多かったんだって。
そのうち、その盗難防止に皆でやりだしたのが、デカデカと名前を書くこと。
うん、これもカルチャーショックだったよ。
全面にドン!! と書かれてるのよぉぉぉ。クッション両面にドドン!! と! 主張が凄い書き方されてるんだよぉぉぉ、例外無しに!
フィンから花柄のクッションにデカデカと『ジュリ』と書かれたクッションを渡されたときの私の心のダメージたるや。
今の私は、ククマットを巡回するのんびりと走りしかも短い区間の乗り合い馬車しか乗らなくなって、ちょっと遠出となれば必ずグレイの愛馬に一緒に乗るか、グレイ、ローツさん、そして侯爵家が乗り心地に最高に拘り配慮した馬車を出してくれるというありがたい環境。なのでマイクッションを使うことはない。
なのでキリアの発想に到底到達することなんてなかった。
キリアは、パッチワークは布を数種類組み合わせて作るから、作るときにあえて作り手に布の選択を任せて自由にしてもらえば同じ柄のデザインの物でも色合いや使う布の種類さえしっかり充実させればオリジナル感が出せて名前をデカデカと書く必要がかなり減るんじゃないの?という。
「ああ、まぁ、そうだけども。そもそも白い布に名前を書いてから縫い付ければいいんじゃないの?」
「え?」
「名札よ、名札。クッションに白を使ってるのって見たことないから、細長い小さい布でも目立つよ? そこに名前を書いたらいいのに」
「……」
なにその顔。
「目から鱗って、こういう時に言うんだなぁと思って」
……そんなに凄いこと言ってないけど。
王都にいたことがあるグレイとローツさん、フォンロン出身のレフォアさんとマノアさんティアズさんにも確認すると確かにマイクッションには名前をデカデカと書く習慣があるんだそうで。これ、大陸共通の常識なのかぁ、とスンとなる情報を得た上に両面に主張が凄い名前を書くという地域も結構ありククマットの皆がズレてるとかそういう話ではないことにショックを受けつつ、なんで白い布に名前を書いて縫い付けないんだ? との疑問にはキリアだけじゃなくレフォアさんも即答した理由が。
「高価ですからね、白い布は」
そうなのよ、確かに。同じ素材、同じ製法で作られた布であってもそれが無地の白い布となれば値段は数倍。白無地自体が服屋や布屋で見かけない。在庫としてあっても店頭に出してないんだよね、汚されると困るから。
「しかし名札であれば大きさが限られますからね、あまり原価に影響を与えませんね。いい案だと思いますよ!」
小さすぎては不安、という意見から五センチ×十センチの名札なら良いだろうということで早速試作。
……このサイズでも十分私にはデカいんだけどねぇ。
試作と言っても、既に完成していた室内用のふかふかクッションのカバーの裏の隅に縫い付けバランスを見るだけだからその作業は至ってシンプルですよ。
「ああ、いいんじゃない?」
表は緑系の布を使ったパッチワークで裏が緑の無地のカバーだからかその名札の存在はしっかりと感じる。そして表は柄の違う布を数種類使っているから今までになかった見た目をしている。これなら盗難にあう確率は主張が凄い名前が書かれたクッション同様とまではいかなくてもそれなりに低いだろうと皆からお墨付きをらもらえた。
「表に見えないのが不安な人のために、縁や隅に使われる布を白にしてそこに名前を書けるようにしてもいいかもね。表は名札よりそっちのがデザインとして一体感がありつつ白で目立つから」
「あぁぁぁぁ」
「えっ、なに?」
「それも目から鱗だぁぁぁ」
……。
こうして、パッチワークは『馬車のお供クッション』として売り出されることになったわけだけど。
「うぅぅぅーん」
と、デリアたちが唸ってる。理由はね。レースと組み合わせるとデザインがかなり限られるってこと。
そりゃあねぇ、せっかくパッチワークで綺麗な幾何学模様柄を出したんだから、それを隠すようなレースの使い方は出来ないわけで。個人的にはパッチワーク作品にレースはなくていいと思ってるし、縁取りとかワンポイント程度が互いに邪魔せずいいと思うんだけどね。
「パッチワーク専用コーナー作ればいいじゃん」
と、何気なしに言ってみた。ホントに、軽々しく。だって《レースのフィン》はまだ新しい店でしかもゆとりをもって商品の陳列してるからディスプレイを変えるなんて簡単なことなのよね、だから言ったんだけど。
「新作で日傘出すのに?」
「ベッドカバーの新デザイン出してるのに?」
「がま口専用コーナーが人気で拡張しようと思ってるのに?」
「超豪華なノーマちゃんを何体か並べたいのに?」
「レースハンカチの店頭に出す分をもっと増やすのに?」
怖い怖い、近い近い。
《レースのフィン》のメンバーの圧が。
「……うちの乗り合い馬車の拠点に期間限定で専用の売り場設けるよ」
おばちゃんトリオを筆頭に、全員がニヤリと微笑んだ。
「……露店を出した方が早そうだが」
「うん、まあ、ねぇ。それも考え付いてはいたんだけど」
「どうした、煮えきらないな?」
グレイの不思議そうな顔に、私は苦笑を返す。
「『工夫』をそろそろ身につけて欲しいかな? という密かな思いがあるのよ」
限られた場所、限られたディスプレイの仕方、そこを如何に活用するかをそろそろ考えられるようになってほしいなぁという思いがある。
実はね、新しいものが出来る度に、《レースのフィン》はどれを下げるか? という話で混乱している。フィンを主催におばちゃんトリオとそれに追随する人たち数人に《レースのフィン》を任せているけれど、ディスプレイでいつも揉めるのよ。
下げることは悪いことじゃない。
でもね、その『程度』によるわけで。
古株の物を下げようとするんだよね。新しいものを並べるために。その一辺倒。
何のためのバックヤードか!! 何のための見本か!! って何回も言うんだけど、これがなかなか難しいらしくて。
「自分達で限られたスペースでの並べ方、見せ方、そろそろ出来るようにならないと本当の意味でお店は任せられないよ。経営とか難しいことは置いといて、来店するお客様に直接接する彼女たちがレースは編めるけど他のことは出来ません、と言うのはねぇ。レースと同じでディスプレイはセンスを問われる、そのセンスを店内にも活かせたら活躍の場はもっと広がるしお店への愛着ももっと厚いものになると思うの。『この並べ方素敵ですね』って自分がディスプレイしたのを誉められたら嬉しいものだよ? そういうモチベーションって必要なはずなんだよね」
「確かにな。私も 《レースのフィン》の内装を任されてジュリにそれを認められ誉められて素直に嬉しかったしな」
「でしょ?」
「そうなると他のところも出来るんじゃないかと思えるしもっとやってみたいとも思える」
このグレイの感覚。これを彼女たちも知ってそして得てほしいわけ。
ま、私の勝手な望み。毎日賑やかに楽しそうにしてくれているだけでも十分ではあるのよ。
ただ、今働いてる彼女たちには私の理想を何とかする才能とパワーはあるはず。
それに気づいて、活かせるといいなぁと。
全員にそれを求めてる訳じゃない。出来る人たちの中から進んでやってくれる人が一人でも出ればそれが呼び水になって、追随してくる。『あの人が出来るなら私だって』という気持ちでもいいし、『あの人みたいにやりたい』という気持ちでもいい。
『ジュリがするから』という今までの当たり前の環境を、打破してほしい。
「打破か」
グレイが穏やかに笑う。
「するんじゃないか? そういう勢いのある、力任せな事が得意そうな女性陣が揃っている」
「あははは! そうかも!!」
馬車のマイクッションネタ、やっと出せました。
そして『杜』様の当初の目的とは別の使い途があるもの、という意見に共感し、提案作品どちらにもその要素を取り入れることとなりました。作品そのものではなかったこと、どちらも登場させてからその旨を述べようと決めていたこと、なので今さらになってしまいますが、貴重なご意見ありがとうございました。
そして明日はバレンタイン。ですが、今年は掲載しません。
なんだか上手くまとまらなかったんですよねぇ。
これ、無理に書いても後で消したくなるパターンになりかねないと思いまして。申し訳ありません。
来年、頑張ります!! たぶん。




