11 * それは砂なのか?
新素材? のお話です。
リンファのことでバールスレイドに乗り込んで、事の顛末を聞いたケイティに今度三人でゆっくりお酒でも飲みながら語り合いたいわねと言われ、それはナイスな提案!! と、リンファと次いつ会えるかなぁなんて事を考えている今日この頃。
またまた妙なものが持ち込まれた。
「誰よ砂なんか持ち込んだやつ!!」
「全くだよ!!室内の埃にすら気を使って作業してるんだよこっちは!!」
キリアとフィンがご立腹。昨日はグレイの屋敷に泊まったので朝グレイと一緒に出勤。今日の予定の確認をしながら裏口から工房に入ったら聞こえてきた二人の声。グレイと顔を見合わせた。
「あー……砂だね」
としか言いようがない。
うん、砂。
……砂を持ち込んだ奴、ホントに誰だ?
「すまん、俺」
エンザさんだった。そういえば最近姿を見てないなと思ったら冒険者としてギルドに出ている魔物討伐依頼をこなしながら各地を回ってたらしい。昨日夜間営業所にこの砂を届けたらしく、営業所担当が夜のうちに工房に運び込んでくれていたらしい。
しかも四つ。そこそこでかい袋。で、先に出勤してきたローツさんが『エンザさん持ち込みです』という書き置きを見て、彼なら 《本喫茶:暇潰し》にいるだろうと取っ捕まえて連れてきていた。
「いやぁ、ほら、ジュリさんいつもカラフルな色の物を探してるだろ?」
ん?
その言い方だと、『カラフル』なの?
皆に半目で睨まれてしどろもどろになるエンザさん。私が中身を確認したのはキリアが手にしていたものだけ。
それはかなり白に近い、オフホワイトと言ってもいいくらい色のない砂。
「え? もしかして砂に色がついてる?」
私の質問にエンザさんの目が輝く。
「そうそう! そうなんだよ!!」
そう言って冷たい視線を振りきるように勢い良く彼は他三つの袋を作業台の上で手繰り寄せて紐をほどく。
「ええぇ? 砂に色が付いてるだけだよ?」
「確かにカラフルだけどさぁ」
キリアとフィンはまだ冷たい視線。グレイもローツさんも色が付いているだけの砂に価値なんてないだろ? という視線。
袋に詰められていた砂。
ピンクと黄色、そして水色。驚くほど発色のいい砂。まさしくパステルカラー。粒は粗めだけど、何故か色は均一。まるでサンドアート専用のカラーサンドのような均一さ。
そう、サンドアート。
出来るんじゃない?
ガラスやアクリルの容器にカラフルな砂を層にして重ね、そして凝固剤で表面を固めた後でその上に南国やエキゾチックな風景になるよう、ミニチュアを飾ってあるのを見たことある。サボテンが乗ってるのもあったよね。私はサンドアートをしたことはないけれど、これ、使えると思うわ。
「エンザさん、お手柄かも」
「くうぅぅっ! ジュリさんに誉められた!!」
手を差し出せば悶えながらエンザさんが手を出してきて握手。痛い痛い、冒険者よちょっと加減しろ。
そしてみんなの視線が怖い。なんで砂を見てそんなに喜んでるんだって顔してる。
地球のサンドアートに使われていた凝固剤が何なのか今さら知りようがないので取り敢えず使いなれたスライム様に活躍して頂く。このカラフルな色はスタンラビットの角を彷彿とさせて嫌な思い出が甦る。なのでまずは大惨事を未然に防ぐために外に出る!! 実験するわよ。
スライム様をプチっとしたら、かき混ぜてバケツに少量の砂を入れてあるのでその上に垂らす。そして数分じっと我慢。
「……ふむふむ、今のところ変化無し」
硬化剤であるルックの樹液を添加したものも用意して、添加した方は三十分もすればスライム様は固まるので取り敢えずそれまでは気を抜けないけど、期待が膨らむわね。
「砂を固めるのか?」
「そう、不和反応を起こさないならちょっと試して見る価値ありよ」
グレイは私の隣で首を傾げた。まぁね、いくらカラフルでも砂をかためてどうするんだって思うよね (笑)。
そして不和反応はなし!! 素晴らしい!!
では早速。
ガラスの器でも少し深めの物を用意して、砂と向き合う。難しいことは出来ないけれど砂の性質も知っておきたいのでオフホワイトと水色を使って試しながら作業開始。
まずはオフホワイトに少量の水色を混ぜてみる。粒の大きさはかなり均一なので難なく均一に混ざってくれた。分量を変えて、白から水色になるような五段階のグラデーションの砂を作る。
「あら? なんだか面白いね」
フィンが声をあげた。サラサラとスプーンで水色の砂を下に、軽く表面をならしたらその上に少しだけ薄い水色の砂を乗せてまた軽くならす。それを繰り返して五層のグラデーションになった砂。その上にルックの樹液を混ぜたスライム様こと擬似レジンを砂の表面が凸凹しないようにそっと垂らす。
擬似レジンを吸って砂が表面だけ湿ったように見えるから凝固には他のものを試してみるといいかな。もしくは全てに擬似レジンを添加してしまって同じ質感にしてしまってもいいかも。
「綺麗だな」
横から眺めたグレイが口元を綻ばせて呟いた。ちなみに、途中からフィンとキリアとローツさんはサンドアートに挑戦してみたくなったのかガラスの器を適当に持ってくると無言で各々好きに始めちゃったよ。ガラスの器代請求するからね。
「サンドアートっていうのよ。砂の重ね方で印象がガラリと変わるし何より余程作りなれてないと同じような仕上がりにするのは困難だからハーバリウムよりも統一感出すの難しいかもね。表面が固まったらその上にミニチュアの動物とか建物乗せれば立派な置物になるよ。植物も乗せられたらいいけどそれは試してみないとなんとも言えないかな」
「面白いなぁ、ホントに」
エンザさんもグレイの手にあるサンドアートを眺めて感心した声を出した。
「エンザさん、これどこの砂?」
「これ、正確には砂じゃないんだよ」
「え?」
「魔物のサンドワーム知ってる?」
「砂漠にいるやつ?」
「そう、あれの肉」
……肉?
これ、砂だけど。
「サンドワームは確かに倒すと砂になるな。だがこんなにもカラフルな物は見たことがない」
ローツさんが興味深げに言うからどうやら珍しいものなのかな?
「俺も知らなかったんですよ。でも最近、サンドワームを討伐したあと砂になると特定の部位だけランダムに色が入ってることを知り合いに教わって」
「ほう? 特定の? どの部位が?」
「恐らく位置的に内臓、消化器官じゃないかって話ですね」
ちょっとまて。それは肉ではなく臓器だ。
いや、それよりも臓器が砂? 砂になるの?
……。
さすが魔物!! 全く理屈が分からない変化をなさいますね、ははははは!!
レイス君並みに意味不明。
私が魔物の理不尽なまでの変化に唸っている間にサンドアート初挑戦の三人は次々と作品を完成させていた。
ローツさんは黄色と水色を適当に重ねただけ。でもその適当さがいい味出してて面白い。フィンはピンクと白を均一に重ねて綺麗な縞模様を完成させた。そしてキリア。
「なんかもー、プロじゃん。キリアのその才能大好き」
白、黄色、ピンクに水色。それらを絶妙に傾けて重ねてて。砂が斜めに重なった綺麗なサンドアートに仕上げてきた。
「面白いね、好きに重ねてオリジナルの物が作れる所がいいかも」
キリアは自己満足した顔でそう言ってからサンドアートを眺めている。
「売るとしたらガラスの器を使うから高くはなるけど、現段階ではそんなに大きいものは作れないし置くスペースも限られてるから小さなオブジェとしてスイーツデコ同様にずらりと並べて目を引く工夫をするといいね、ショーウインドウにおいてもいい仕事してくれるよきっと」
そう言えば皆が満足そうに頷いた。特にエンザさんは冷たい視線から解放されたせいか余計に満足そうに見えるし何よりホッとした顔してるよ。
さて、このサンドワームの内臓砂。……内臓なんだよねぇ、摩訶不思議。
カラーを確認するとエンザさんの話では 《ギルド・タワー》でも最近発見されたことなのでまだ不明な点が多く調査中とのこと。
「サンドワーム自体生態でわからないことが多いんですよ」
レフォアさんが教えてくれる。
「小型のものでも数メートル、巨大なものになれば十メートルを超える巨体なのに砂に水が染みるように潜れる理由や討伐すると魔石、防具にもなる硬質な口回りの骨や牙など良質な素材が取れる反面、それ以外は砂になってしまうことなど、謎が多い魔物の代表ですね」
「じゃあ臓器が色つき、しかもランダムに色が付くことも本当にごく最近分かったことなんだ?」
「そうですね、過去に色が付いているという報告はあったのですが、砂漠や荒野でしか見かけないためすぐに風で飛ばされたり性質が砂ですから大地に吸収されやすいようで確認する前に消えてしまいます。なので魔物の良くある突然変異の一種と思われて来たんですよ。しかし色が付いている部分に規則性があると気づいた冒険者が興味本位で観察したのでしょう、サンドワームの内側、つまり内臓の一部に色があると発見しその報告を 《ギルド・タワー》にしたんです」
その時だった。
「確かに、死骸に色が付いているのを見たことがあるな。だとするとワーム種の特性なのかもしれないな」
グレイだった。私達はもちろんレフォアさんたちフォンロンギルドのメンバーもびっくりよ。
「さ、流石ですねぇ。グレイセル様はかなりの魔物討伐の実績があるのは知っていましたがサンドワームも討伐した経験があるんですか」
「いや? 近所で時々見かけるだけだが?」
ん?
近所?
「グレイセル様……」
そしてローツさんが額に手をあてがって『あちゃー』と吹き出しがつきそうな顔して。
「それ、言っちゃいますか……」
「まずいか?」
「まずいか? というより、説明が……」
「……ああ、なるほど」
ちょっと待ちなさい! 二人でなんの会話をしてるのよ?!
「ククマットにいるんだよ」
なにが。
「ブラックワームが」
はい?
聞いたことない単語出てきちゃったよ?
「ワーム種の一種だ、地方によってはナイトワームと言うこともある。夜暗闇で活動する魔物でサンドワームと違い体は平べったくさほど長くもならない。こちらも生態がよく分かっていないとされているが、恐らく光が苦手な闇属性種だろう、闇と影の中を移動しているのではないか?」
「グレイ」
「ん?」
「ククマットの近くにいるのに、ずいぶん落ち着いてるよね?」
「ああ、ブラックワームは生きているものは敵意を見せなければ襲ってこない、そして奴等は死体を好んで食うからな、刺激しなければ大地に吸収されていない魔物や動物の死骸を食ってくれるから土地の衛生面を支えていると思っている。ある意味共生種と言ってもいいかもしれないな」
「……詳しいような、疑問符が多いような、不安な発言なのは気のせい?」
「だからワーム種の生態は分からないことが多い。あくまで今の話は私見だ、なついているのは長生きな個体だが、生存競争が激しい世界だからかなり多くのブラックワームが小さいまま他の魔物に殺られてその死骸を見かけることは多いんだよ」
ちょっと待とう、彼氏、ちょっと待とうか?
非常に物騒な発言が連発してるよ?
ほら!! レフォアさんたちがガクブルし始めた!! キリアとフィンが抱き合っちゃった!!
「あの、グレイ?」
「なんだ?」
「なついてるって、言った?」
「ああ、子供の頃から顔見知りだ」
「魔物に顔見知りって、あるんだ?」
「さあ? どうだろうか。その個体だけは物心ついた頃から私も判別できるんだ、しかも人間の言葉を理解しているから意思疎通もできる。父にダンジョンに投げ込まれて修行させられていた頃よく後を付いてきてな、その頃からの付き合いだ。私が魔物を討伐する側で片っ端から食らってたから私を調理器具位には認識しているのかもしれない」
「えー……なんというか」
「うん?」
「グレイは物騒な方向に規格外だよね!!」
レフォアさんに言わせると。
「グレイセル様。ブラックワームを手懐けられるなんて聞いたことありませんよ、人間と意思疎通出来る知能があるなんて聞いたことありませんよ、しかも人間に付いて歩くなんてあり得ません、ブラックワームはとても警戒心が強くて出会うことも稀、人気のない場所にしか出没しないはずですが?!」
「と、言われてもなぁ。……私の手から肉を食べるし」
「はぁぁっ?!」
「この辺の治安維持の役に立ってるし、特にいて困る存在ではない、ローツのことも認識出来るようになったから知能も魔物の中ではある方だ、討伐するのは避けたい。それなりに愛着があるやつだ」
……レフォアさん、マノアさん、ティアズさんが硬直しちゃったよ。
あれ、なんの話を、してたんだっけ?
……ああ、そうそう、サンドアートの話。
あ、エンザさん、この砂は買い取るよ、面白そうな素材だから全部買います。金額は何て事ない顔してるグレイと頭を抱えてるローツさんと話し合って決めてね、次入手出来たらそれも買い取るよ、そして緑とか赤とか黒があればなお嬉しいね。
「黒ならブラックワームの死骸から取れそうだな」
グレイはちょっと黙ってて。
アンデルさんに、サンドアートに使えそうな小さいけど深めの器の相談しよう。ウェラにミニチュアの相談して色々と試作しよう。
うん、そうしよう。
この話は一旦横に置いておく。グレイの告白が衝撃的過ぎて、心の整理が必要。
……ブラックワーム、ちょっと見てみたい気持ちもあるけれど、その好奇心はグレイに悟られないようにしよう。真夜中、小脇に抱えられてブラックワームに挨拶する光景しか思い浮かばない。シュール、怖すぎる。
中途半端、よくわからない素材があってもいいだろうと思い生まれたのがスタンラビットの角とこのサンドワームの肉(内臓)です。
世の中そんなに甘くない、そもそもジュリはチートではない、なので使えないものは使えないし、扱いに苦労するものは苦労する、というお話は今後も書きたいなぁと思ってます。




