節分スペシャル ◇ジュリ、教えて後悔する◇
季節のイベントもの、単話です。
この手のお話はいつもハルトに頑張って貰っていますが今回はジュリ視点となっています。
いつもの如く、緩いお話で本編には繋がってませんので気楽にお読みください。
※本日、本編はこの話の前に更新していますので読み飛ばしにご注意ください。
節分。
当然、異世界にはない。
やる必要がないからやらないつもりだったんだけどね。
近所に住むおばちゃんトリオのデリアから豆を貰ったの。ちゃんと煎って、カリカリにした豆でね、これが美味しい。色は小豆に近い鮮やかな赤茶色なんだけど、味は炒り豆の香ばしさがしっかり楽しめるもので、むしろ日本の豆より甘味も感じられて私は好きかも、という豆。
それが、枡箱みたいな木の器に入った状態でもらったから、節分を思い出したのよ。
「邪気払いか、なるほど面白いことをする」
「季節の変わり目は邪気が増えるとされていて、それを払う意味があるみたい。豆は魔を滅するという言葉が『魔滅』、マメ、になったから、なんてことを学校で習った記憶があるわ」
「意味が面白いな」
「そう?」
グレイが楽しそうに笑う。
「あとは、自分の年齢の数だけ豆を食べたり、『鬼は外、福は内』って言いながら豆をまく地域が多かったような……。その時鬼役がいるといいんだよね、その家から鬼、つまり邪気を出すために豆を当てて外に出てもらうと本格的なやり方に近いかも」
正しいやり方は正直私もよくわからないんだよね!! というか、地方によってやり方は違うらしいし、恵方巻きとか鰯とか、他にも節分にまつわるものって結構多いから、全国共通じゃないんじゃない? って前に思ったこともある、だからここは異世界なので無理に色々詰め込むよりは簡潔に分かりやすく自分が知ってる範囲がいいわ。
「鬼のお面じゃん」
「そうそう、よく見るやつを真似てみた」
ハルトがテンション高めにそれを持って自分の顔に当てたのは私が手書きした鬼のお面。節分の季節になると豆を買うとおまけでついてくるお面あるでしょ、大人が見ると怖くないやつ。あれを思い出せるかぎりで真似て描いてみたらけっこうハルトにウケが良かった。
ところが。
「ドラゴンではないな」
「ユニコーンでもない」
「何の角だろうか?」
いやぁ、参りました。簡単に描いた鬼のお面の角を見て、クノーマス侯爵家の男性陣に物議を醸すことになってしまった。
「いや、だからこれは俺たちがいた世界の鬼っていう魔物みたいなやつで、こっちの世界とは無関係だからな?」
ハルトの強めに言い聞かせた言葉など無視よ。
挙げ句の果てには執事さんや働いてる人たちまで集まってきて、簡単な可愛いマスコット的鬼の面を見てどの魔物に近いかとか論議になってね。
「……予想外の展開だな」
「ホントよ、まさかの食い付き」
私とハルトはデリアから貰った豆をのんびりポリポリ食べながら、侯爵家内で始まった『この角はどの魔物のものに見えるか?』談義が終わるまで待つことに。
そもそもなんで豆とお面を持ってこの家に来たかというと、グレイが炒り豆を食べたことがないっていうからさぁ。その美味しさとついでに節分の説明をしたらそれをエイジェリン様に話しちゃって。是非詳しく教えてほしいって言うから来たのに何故かお面に食いついて放置プレイにあってる。
「あら、おいしい」
「かりかりしているのね、香ばしくておいしいわ」
シルフィ様とルリアナ様が素敵な客間で素敵なティーセットを前に私たちと豆を食べる光景もなかなか不思議なものがあるんだけど、炒り豆の美味しさを知っていただけて何よりです。
「鬼って怖いものの代表格かもな」
「そうだね、恐妻のことを『鬼嫁』って言ったりするし、強くて怖いイメージだわ」
「あらあら、そんな言い方があるの?」
面白そうにシルフィ様とルリアナ様が笑う。
「ええ、私たちの世界では漫画といって絵を主体にした物語を読む事が出来るものがあったんですけど、よく怒ってる人を誇張して見せるために頭に角を描いて顔も怖くして鬼みたいに描いてましたね」
「牙を描いてたりしたよな?」
「まあ、それでは人間ではなくなってしまうじゃない」
ルリアナ様が驚きつつも面白そうだわ。
「ええ、わざとそう描くんですよ、怒ってるよ、許さないわよ、っていうのを分かりやすく見せるために」
「面白いことをするのねぇ」
コロコロとシルフィ様が笑う。そしてハルトは両手の人差し指を立てて、自分の頭に近づけて見せる。
「こうやって鬼の角を表現するんだ、あいつ、怒ってるよって。鬼の形相してるよってな」
身振り手振りでやってみせると、なんと面白がってシルフィ様とルリアナ様までやりだした。ウフフと楽し気に笑いながらやってたらそれに気づいたエイジェリン様も興味を示し、釣られてもちろん侯爵様とグレイも。
シュールだあ、皆でやると……。
そして、この指で鬼を表現する仕草だけど、問題を引き起こすことに。
相変わらず、《ハンドメイド・ジュリ》と、《レースのフィン》の人々は異世界のことに興味津々。なので節分の豆まきをイベントとして開催することになっちゃったわ。
「おにはーそと!」
「ふくはーうち!」
子供たちが鬼のお面を被った大人に豆を投げつけて、大人たちがちょっとわざとらしく逃げ惑う。泣いちゃう子もいて、お母さんに抱きついて離れない子は皆が微笑ましく見つめるし、やんちゃな子は力の限り豆をぶつけるので両親に怒鳴られて笑いを誘う。
「外でやると豆がもったいないし掃除が大変と思ったけど、あんまり心配なかったね」
「そだな」
ハルトと二人、ちょっと遠い目をしてみる。何故なら鳥がわんさか集まってきて、一心不乱に豆を啄んでる。これ、鳩とか雀じゃありません。異世界の鳥です。鳩も雀もいるけどね、こいつらを怖がって近寄らないから。
「……炒り豆好きなんだね、初めて知ったわ」
「それな。こいつら、畑の豆を荒らしたりしないから食わねぇと思ってた」
「凄いよね、食い付きが」
「凄いな」
「あとさ……なんで皆、平気で豆まき楽しんでるんだろう。かなり凶悪な顔した鳥なのに。害がなければオッケーなの?」
「知らん」
アンバーイーグルという、琥珀色がとても特徴的な鳥さん。デカい、そして顔が非常に厳ついんだよね。しかも翼を広げると二メートルあるんだよ、それがいま豆まきしてる人たちの存在無視して豆を啄んでる。そしてその鳥さんを全く気にしないで豆まき楽しむ老若男女。なんだこのシュールな光景は。
「ほう、アンバーイーグルは豆を食べないと思っていたが、炒り豆にすると食べるのか」
隣でグレイが感心した顔してるけど、なんでそんなに普通でいられるのか、意味不明。
撒かずに食べるための炒り豆を皆がお茶と共に食べているとそこへ侯爵様とシルフィ様がやってきた。皆に豆だけじゃ寂しいだろうとたくさんのお菓子の差し入れをしてくれたのよ。
「大盛況だな」
「お陰さまで。厄払いというのが受け入れられた要因みたいですね」
「ああ、悪いことを退ける類いの儀式はとても重要な祭りで行われることが多いからだろう。それを気軽に出来るから」
私とグレイやハルトがそんな話をしているときシルフィ様は侍女さんたちと自ら皆にお菓子を配り皆に囲まれ和気藹々。
「わざわざお越しになるとは思いませんでしたよ」
そう声をかけると、侯爵様が肩を竦める。
「皆が気を遣うから遠慮しようといったんだよ、だが行くと意気込んでて、止められなかったよ」
「皆喜んでるからいいじゃん」
ハルトの陽気な声に、侯爵様がちょっとわざとらしく『お手上げ』という仕草をしてみせた。
そして。
「こうなっても困るからな。そういうことにしておくさ」
侯爵様がしたのは、両手の人差し指をこめかみより少し上で立ててみせるアレ。『鬼の角』ですよ。要するに、怒られる、怖い、っていう意味合いを含むやつですよ。
それを見たグレイが肩を震わせる。
「面倒ですからね、怒らせると」
「根に持つからなぁ、大変なんだよ」
……えっと。
私とハルトはちょっと固まった。
うん、これ、マズイかな?
「根に持つ性格を分かっていて結婚なさったのかと思っていましたわ」
「ひょっ?!」
……侯爵様の『ひょっ?!』って、レアじゃない? あ、今そんなこと考えるタイミングじゃないか。
「私にも豆をぶつけておきますか?」
「あ、いや」
「構いませんよ? 旦那様には私に角があるように見えているようですから」
「ち、ちがうぞ?! シルフィそれはちがう!」
「『鬼は外』ですものね? そうしたほうがよろしいのでしょうから、私しばらく義父母様のお屋敷でお世話になろうかと思います」
「なんでそうなる!?」
「私に角がみえるのでしょう? 鬼が家にいてはいけませんから。お望み通り、出ていきます」
「ちがーーーう!!」
……シルフィ様が家出した。
行き先は分かってるけど。
前侯爵夫妻、つまりグレイのおじいさんとおばあさんはククマットから西側、内陸に馬車で丸一日の所にある侯爵家の別邸に居を構えている。爵位を譲り隠居した身だからと私も二度会っただけで本当に静かにのんびりとした生活をなさっている夫妻。
ただ、あの侯爵様のご両親でありあの兄弟の祖父母なので、普通なんてことはあり得ない人たちではある。
シルフィ様が躊躇という言葉を知らないのか? といいたくなる勢いでその前侯爵夫妻の所に行ってしまい困ったのは侯爵様。
このシルフィ様の家出。基本原因は侯爵様で時々あることらしい。私が知らないだけで
「去年は三回家出したと報告を受けていた」
とグレイがなんてことない様子で言うくらいには侯爵家で起こることなんだって。
そして迎えに行く侯爵様は命がいくつあっても足りない事態に陥るそうで。
……毎度どういう事態になるのかは、聞かないけどね。
要するにご両親からお灸を据えられるというやつですよ、こっぴどくやられるやつですよ。
で。
シルフィ様が侯爵様と共に戻ってきた時になんと言ったかというと。
「別邸でも豆まきしたのよ? 厄払いでしょ?
『妻を侮辱する暴言を吐いたということは余程悪質な精霊に取り憑かれているのかもしれん! 徹底的に払うべきだろう!!』
って、お義父様が仰ったから盛大に豆で旦那様を。ええ、それはもう徹底的に皆で盛大に豆まきを」
って、笑顔で。
想像すると恐いわよ。皆って、つまり別邸にいる執事さんや侍女さんたちでしょ? あそこ最低でも十五人はいたはず。しかも、侯爵家のように、いざというときのために皆戦える能力持ちと聞いてる。そんな人たちに豆をぶつけられたのよ、そりゃ、命がいくつあってもと思うわ……。
「痛いぞ、あれは。小さいからな、皮膚にめり込むんだ。あれは凶器だ」
いや、食べ物です。武器ではないです。侯爵様は真顔で真剣に言ってるけど間違いなく食べ物です。カリカリしてて香ばしい豆です。
ハルトと二人、あの鬼を表現する仕草を教えてしまったことを後悔した。
「あの手のことは、もう広めるの止めよう」
「そうだな……とばっちりで俺たちのせいにされても困るしな」
時、すでに遅く。
あの仕草をしたせいで、ククマットで奥さんや恋人を怒らせる事例が頻発することに。
そして節分の豆まきはこの世界の場合、鬼は必ず男性で、豆をまくのは女性と子供という、妙な縛りが定着していく。
あの、別に無理にやる必要ないんだけど。
私のその言葉は女性陣から聞かなかったことにされ、節分では毎年女性が普段の鬱憤が込められた禍々しく見えてしまう豆を男性に投げつけ、男性はそれを甘んじて受け入れる、アンバーイーグルが人間の心知らずでわんさか集まり豆を片っ端から啄んでいく……知らない人が見たら結構引く行事となってしまう。
「これは、節分の豆まきか?」
「うーん、違うと思う!!」
グレイもその異様な雰囲気に首を傾げ、私がそれを笑顔で罪悪感を感じながら否定するのは、一年後。
この鬼の角を真似る仕草のネタは去年の時点ですでに出来上がっていたのですが。
更新し忘れた、という非常に初歩的ミスにて掲載を逃しました(笑)。
そして今年、約130年ぶりの2月2日の節分 ということで、日付間違えられない! と一人ピリピリしました。




