11 * わあ、酷いなぁ
そういえばこの世界にきて初めて国の中枢とも言える建物に踏み込んだな、何て感慨深いことを考えながらハルトと並んで荘厳な廊下を歩く。
その後ろをセイレックさんと並んでリンファが歩いている。
二人ともすっきりした顔をしてるのは、あのあと二人きりになった時、なんとセイレックさんが愛の告白からの流れでプロポーズしてた事実が発覚。
グレイとハルトが祝福そっちのけで
「なんでそうなる」
と声が揃ったのには笑ったわ。
お互い、気持ちの整理がついたのかすっきりした顔をしているように見える。リンファは、脅迫される原因になった過去のことや皇太子の一方的な感情と暴走だからこの後どうなるか分からないけどそれでも共にありたいと言われたことを教えてくれて。
「彼だけなのよ、いつでも私の話をちゃんと耳を傾けて聞いてくれる人は。そして、本当の私を知ろうと寄り添ってくれるのも彼だけ。この手が、たとえ罪を犯していてもそれでもいいと。それを共に背負うからと。……だから、今幸せだわ」
リンファのその言葉にはとても深い、【彼方からの使い】ゆえの意味が含まれている気がした。全てを否定して生きていた彼女は、彼女の全てを受け止めようとする人がいてくれたことで今、こうして笑顔でいられる。
否定と拒絶だらけの世界で、セイレックさんを愛せたのは、彼はリンファの全てを受け止めようと誠心誠意真正面から『過去も含めて向き合ってきた』のかもしれない。愛を囁かなくても、リンファが心を開いた程に彼は彼女の全てに向き合う姿勢を見せたんだと思う。
私と、グレイは、どうだろう?
ちゃんと耳を傾けて聞いてくれている?
私の『過去』を、グレイは知りたいのかそうでないのか、実は私が分かっていない。だから、話していいのかどうか迷うことが多くていつも曖昧にしている。
まだ、私たちはそこまでは到達していないのかもしれない。 《闇》の部分を共有する覚悟を互いに持ち合わせていないような、そんな気がしている……。
結婚という言葉に、尻込みする私がいる。
どんなにグレイを信じていても、愛していても、まだ何か自分の中に『残っているもの』がある。
そのせいかな。
リンファとセイレックさんが眩しく見えた。
リンファと違って恵まれた環境にいるせいかもしれない。もしかすると、リンファと私のこの世界で生きていくという覚悟には大きな隔たりがあるのかもしれない。
いつか、それを私も昇華させられる日が来たらいいなと、密かに願ってみたりする。
さすが、影響力のある【彼方からの使い】が二人もいると対応が速い。恐ろしく速い。
大陸最北の国、バールスレイドの重鎮が次々とリンファの帰還に挨拶に来ると安堵した顔をするし、ハルトの気さく、いや、少々不躾では? とこっちが不安になる軽々しい態度にも、嫌な顔一つせず非常に対応が良い。
一方、私と言えば。
二人からベイフェルアの【彼方からの使い】と紹介される度に、重鎮たちがびっくりした顔をするのは、何故だ。
あ、私って珍獣に分類されるのか。【スキル】【称号】おまけに魔力無しの特殊な存在らしいから。世界最弱 (笑)!!
「いや、違うからな?」
「そういうことじゃないわよ」
「違います」
と、二人とセイレックさんには否定されたけど、他には思い当たる節が無いしねぇ。
「無自覚って怖いわね」
「ん? 何が?」
「あなた、尋常ならないハイペースで【技術と知識】をこの世界に落としてあげてるのよ?」
「……あはは!」
笑ったら三人に呆れられた。そこは放っておいてよね。気づかないフリしておかないと新作出す勢いとかククマットの発展に影響するんだから。心配ゆえに厄介なことをしでかすどっかの大首長さんとか出てくると困るけど、自重しつつ隙をみて動くことは止めませんよ。
そして今考えることではないんだけど、ネイリスト育成専門学校の構想を語ったときに【変革】が始まらなかった理由がようやく分かったわ。
『専門学校』という概念はリンファが先にもたらしていたからよ。
聞けば確かにリンファが鍼灸師や整体師を育てたいのなら学校があるといい、専門知識を学ぶ特別な学校があるべきと皇帝に提案したとき【変革】が起きたんだって。
そして彼女は資格を得るための試験の他に『単位制』を取り入れた。必要な授業を規定数受け、そしてその授業の成績も採点されて、それが基準を満たさなければ試験を受けられないように。その時も【変革】が起きたと。
でもその後は専門学校の立ち上げのための経営側として手を貸す傍ら、鍼灸師と整体師の育成、失われた古代魔法の復元と精力的に動いていたから新しい【変革】は起きていないとのこと。
というか。
「【変革】なんて興味ないわね」
と、本人が至って関心が薄い。まあ、彼女の場合召喚されるその時に神様を拒絶するほどだし、魔力と【知識と技術】で逞しく生きられるんだから、神様が関与する力なんていらないだろうし興味ないんだろうね。
にしても、バールスレイドの発展に尽力しているリンファを脅す皇太子とか、ホントにマジでありえない。
恋は盲目なんて言うけど、それにしたってありえない。
皇太子、好きになれないわぁ。会ったことないけど。
ねえ、ホントに次期皇帝でいいの?
「稚拙だぞ」
ハルトがなぜか遠い目になっている。今は二人きり応接間だと通された部屋で寛ぎタイム。リンファとセイレックさんは事情説明にお偉いさんに面会中。
「そうなの?」
「だってな、呪いにかかった理由だって聞いただろ」
「ああ、無謀な討伐をしようとしてでしょ?」
「当時すでに二十歳だぞ、国の主になる男がすることか?」
「だよねぇ、それは私もチラッと思ってた」
「あげく、剣を握ったことなかったんだぜ?」
「……ん? 強い魔物相手だったのよね?」
「そう。バールスレイドに住んでたら子供でも名前聞いただけで危険だと認識してる魔物だ」
「はぁ? なんでそんなのに剣も握ったことがない人が挑もうと思えるの?」
「火魔法が使えるってだけでな」
「じゃあそこそこ火魔法は使えるんだ?」
「握り拳大の火の玉出すだけだぞ」
「……魔法に詳しくないけど、小さい火の玉って……かじり貝様も一発では倒せないんじゃ?」
「なんとか二発で倒せるな、っていうレベル。ちなみに皇太子は出すだけだからな」
「ん?」
「それを操作して魔物にぶつけられない。手の平の上に浮遊させるだけ」
「……それ、ホントに出してるだけだね! 攻撃できないの?!」
「だいたい得意なのは回復魔法だぞ? 得意だからってそれしか練習してこなかったし」
「ちょ、ちょっと待って。なんでそれで倒そうとしたのよ?!」
「倒そうとしたんじゃねえよ。『皇太子だから出来る』の一言で討伐隊を引き連れて行った」
「……バカなの?」
「バカだな」
皇帝なっちゃダメじゃん? なんて事を冷めた心で思いつつその直後ちょうどこの国の偉い人が呼びに来てくれたので案内されるがままに付いていく。その人の顔が、何故かぎこちない笑顔。なんか嫌な予感。
そして、嫌な予感というのは当たるもので、そしてハルトもこうなるだろうなと分かっていたようで、王の間と呼ばれる場所に通された時つい真顔でその光景を眺めてしまった。
いやぁ、どこかの有名な大聖堂を思わせる天井がすこぶる高く素晴らしい彫刻や壁画で覆われているその空間に感動する間もなく、スンとした気持ち。せっかくのこの美しい空間を堪能させてよと心が訴える。それくらい目の前の光景は酷い。
そして、私の視線はそんな冷めた心のまま自然と玉座に座ってる人に向いていた。
間違いなくこのバールスレイドの頂点。
皇帝:ツェーリ・ワンスライン・バールスレイド
ツェーリって『ツァーリ』っていう君主を意味する言葉だか称号だかに似てるなぁ、何語だったかな? なんてことを考えてしまうくらいには、緊張感が台無しになる光景。
あ。
目が合った。皇帝と。
一応軽く礼をしておく。
分かってくれたみたい。軽く目を閉じてわずかに頷いたのが確認取れた。これでいいのか、初見の挨拶が。という疑問は無かったことにしておくわ。
しかしこれは酷い。
これが皇太子。
……国、任せられません。
だってね、本当に酷いのよ!!
ここに入ってくる前から誰かの叫ぶような罵声が聞こえてたの。『裏切り者』『皇族を侮辱した』『牢獄にぶちこむ』とかね。そして開き直り? きっとリンファが自分の行いを告白したんだろうけど、堂々と『人殺し! 化物め!』とか罵ってる声が。脅して結婚しようとしたくせにそれ言っちゃう? 的な。
そして重々しく、大きな扉が私たちが入るために開かれたんだけど、それすら気づかないほど興奮してるらしく、ずっと喚いてるんだもん。
その人はリンファとその隣に立つセイレックさんに思い付くだけの暴言を吐いて、しかもそこには二人を性的に侮辱する下品な表現も入っていて到底高貴な身分とは思えない、思いたくない。これが皇太子。
「酷いだろ、あれで皇太子だぞ? 笑わせる気なのか? って常々思う」
「酷いわね、笑えないけどね。前からあんな感じなの?」
「俺が初めて会った、床に伏せる前からな。あの頃から稚拙で駆け引きの一つも出来ない感情の起伏が激しい思い込みも激しい、自分に甘く自分の非を認めない自分が大好きな奴だった。俺言ったんだけどなぁ、随分前にこいつが次の皇帝とか無理だろって、皇帝に。それでも一番最初の子供だから思い入れでもあったのかねぇ……未だにこいつが皇太子の位に就いてるもんなぁ」
ハルトがなんとも言えない、達観した顔してるわぁ。ダメな人認定してるよ。
というか、皇帝も、その一段低いところにある玉座に似た椅子に腰かける皇帝妃らしきお方も、その近くにズラリとならぶ重鎮らしき数十人に及ぶ人たちも、誰一人として皇太子を止めない。
……なんだろう? わざと、この場を収めようとしていない? やだなぁ、この光景。思惑が渦巻いてるとしか思えない。
「なぁ」
何故かハルトが!! なんであんたが!!
「これ、俺いつまで見せられんの?」
しかも急に怒ってらっしゃる。なんですか、その激変。
それに反応したのは悲しいことに私と皇太子。嫌だ、この人と同じとか。
皇太子はその反応も酷いけどね。
ハルトのあからさまに不機嫌そうな声に飛び跳ねそうな勢いで体をびくん! とさせて、ハルトを視界に捉えた途端、大袈裟に体を仰け反らせて後ずさり。
えぇぇぇ……ビビりなの? そしてホントに今気づくくらい鈍いの? ちょっと酷すぎる。
「とっとと終わらせろ、 俺、ジュリを紹介するつもりで連れてきてやったのに、なにこれ。ジュリ紹介する必要がないならリンファの件言って帰るからな」
え、ハルトさんや。本来の目的が変わってないかい?
「そのバカ皇太子躾しなおせ、それが次の皇帝とか笑わせる」
おう、バッサリと。
「んじゃ、帰る。ジュリ、帰るぞ」
「は? 本気?」
「本気。リンファ、セイレック連れて来いよ、 《ハンドメイド・ジュリ》で待ってるから。そのあとグレイの屋敷で飯食おうぜ」
なんか勝手に予定決めてる。リンファとセイレックさんとはもっと話したいからそれでもいいけど。で、本当にハルトが歩き出しちゃいましたよ。
その時。
ハルトを止めるつもりで振り向いた私の視界に入ったものに、再び私は視線を戻すことになる。
「待て、ハルト」
おおうっ、渋い声!! いい声してる皇帝陛下。じゃない、ふざけてる場合じゃない。
ハルトが立ち止まる。けれどハルトは振り向かない。
「で? どう始末つけるんだ?」
「それについて今から話す。だから待て」
「リンファの受けた苦痛と屈辱、きっちり清算してくれるんだろうな?」
「もちろんだ。この件については、調べさせていたところだった。だから」
「あ? おい」
ぐるん、と振り向いたハルト。
……お顔が怖いですよ。
「調べさせてた? てことはそのバカがリンファにしていたことを知っていたのか」
「知っていたのではなく、そうではないかと話が私の耳に届いて」
「なんですぐ対処しなかった?」
その怒気に、私とリンファは驚きを通り越して呆気に取られた。けれど、周囲の反応は皆が恐怖に陥った顔をして私たちとは明らかに違う。
それは皇太子はもちろん皇帝陛下も例外ではなくて。
「どれだけリンファが苦しんだと思ってんだ? 結婚強要されてしかも勝手に議会で宣言されて逃げ道なくなって追い詰められたのをなんで放置したんだよ? ふざけんなよ。上手くいけばリンファが本当に身内になって逃げられなくなると思ったか」
「そうではない、事実確認が先だと」
「リンファに接触してねぇよな? お前さ、昨日までリンファにしばらく会ってねぇよな? リンファの一生がかかってるのに、本人に確認してねぇよな? 事実確認ならリンファにするのが一番だろうがよ?」
「それは、出所を確かめなくては」
「おいおい冗談きついな? リンファの気持ちなんて無視か、そっちよりそんなこと言い出した人間探す方が大事か。どういう神経してんだよ? ん? 言ってみろよ?」
「すまぬ、配慮が至らず」
「ホント、配慮なさすぎ。なぁリンファお前さ、この国捨てろ。いる価値ねぇや」
これ、やばいやつだ。
こういう時に限ってグレイがいないのは辛いわ!!
誰がこの男を止めるの?!
……私? 私なのか?!
そして確信した。この男の発言からリンファの一連の事情を既に把握してる。把握していて、店に来てセイレックさんとリンファを私たちに会わせて、そして私がここに来るよう最初から仕向けるつもりだったんじゃない?
そう考えるとこの男は大した役者よ。本当に敵にしてはダメな奴よ。
「セイレック連れて国出ろ。ジュリが面倒見てくれるぞ?」
「ちょっと……そういうことこの場で言うの止めてくれない?」
「だってお前言ってたじゃん。クノーマス領でならいくらでも働き口あるよって」
「ええ、ええ、言いましたね!! リンファとセイレックさんが店頭に立ったり商品を身につけて歩いてくれたら売り上げ倍増だと思いますけども!!」
「んじゃ、それでいいじゃん。宣伝部長と副部長で」
「そういうこと話してる場合じゃないからね」
冷静にツッコミ入れておく。でもハルトはきょとんとして。
「そういうことだろ。マジでいる価値なんてねえよ、こんな国。礼皇なんて御大層な地位に就いたなら脅されるなんてことあっちゃいけねぇだろ。なのにそれをしたんだぜ? この国の皇太子が。しかも調べるってのを理由に本人を蔑ろにしてたんだぜ? 皇帝が。それは国の意思だ、国がリンファの扱いはそれでいいって言ってるんだ。それはある意味お前より扱いが酷いんだぞジュリ。心なんて無視されて、地位だけ与えられた傀儡だ」
「ハルト! 我らはそのようなこと微塵も!!」
「思ってねぇならこんなことなってねぇ」
ハルトの冷ややかな声が響いた。
誤字報告&ブクマ、評価ありがとうございます、非常にありがたいです。




