11 * 文句言っていいよそれは!!
ハルトの珍しく冷ややかな威圧的な声に私もちょっとびっくりした。それはグレイも同じだったみたいで、物珍しいものを見るような目でハルトを眺めている。
セイレックさんは何か言いかけて、でもきゅっと口を閉じてしまった。リンファさんは僅かに視線を落として複雑な表情をしている。
本来なら『国宝』なんて揶揄される人を勝手に連れ出したことは大問題、さっきだってセイレックさんは怒ってたし。でも、リンファさんの態度や言葉から少なからずハルトを擁護する様子と自責の念も感じる。それをみたセイレックさんが今こんな感じで。そしてハルトのこの態度。間違いなくハルトにはリンファさんのことでバールスレイドという国の対応で納得いかないことがあるってことよね?
私が一人頭の中で色々と考えを巡らせていたら。
「リンファ殿は、利用されているのか?」
グレイの問いだった。
それは、恐らく【彼方からの使い】を側で見ている、一緒にいる男だからこそ、気付くことだし注意していること。そしてその言葉に戸惑いを見せたのはリンファさんではなくセイレックさんだった。なぜそんなことを聞かれるのか分からない、そんな顔をしている。
「雰囲気から察するに、ハルトがリンファ殿をバールスレイドの王宮から連れ出したかったのは何か重い理由があるように思うのだが」
その問いかけは、ハルトでも、リンファさんでもなく、セイレックさんに向けられていて。
「このクノーマス侯爵領にて我々に、そしてこの店に迷惑をかけたという意識があるならば、答えてもらえると私は信じている」
セイレックさんは魔導師を統括するバールスレイドでもとても特別な立場で地位が高いことはハルトがリンファさんのことを話してくれたときに簡単に国のことを教えてくれたから何となく分かっている。しかも出自だって伯爵家、貴族の一員でもある。
でも、目の前にいる、自分に問いかける男に、セイレックさんは強く出られない。
グレイセル・クノーマス。
侯爵家次男と伯爵家三男。その違いは歴然だ。家の大きさも生まれた順番も貴族にとってはとても重要なこと、セイレックさん自身が伯爵家出身であると名乗っている以上、彼がグレイ相手に今さらその名乗りを撤回することは不可能だ。どちらが歳上かわからないけど、国は違えど爵位という格で見ると立場は圧倒してグレイが上。おまけにここはベイフェルアのクノーマス侯爵領、他所の国でたとえ個人であったとしても、不本意だとしても、リンファさんとハルトに関わっている以上、迷惑をかけた側だ。どんなに些細な言動も侯爵家の人間であるグレイが良しとしなければそれがさらにセイレックさんの立場を悪くする。ここで不興を買えばどんな影響があるのかと、貴族なら絶対に考える所。無視はできない。
ついでにグレイは『答えてもらえると信じている』と。
『答えてもらえるだろうか?』じゃないのよ。
お願いじゃないんだよね、確実に。やんわりと『答えろ』って言ってる。
その確信がある理由はね。
怒ってるのよ、グレイ。目がね、怒ってるー。
ハルトの身勝手にも、トラブルになれば国際問題になるかもしれない人が突然来たことにも、そして問題抱えてるのが見え見えなのに全貌が見えないことにも。
面倒事がいっぺんに舞い込んだことにとても怒ってるのよ。
その怒りの矛先はほとんどハルトに向いてるけどね。それでも、【彼方からの使い】を呼び戻そうとするセイレックさんがハルトに強く言い返せない様子から、彼もまた、【彼方からの使い】が何かしらの不自由を強いられていると知っていて放置している人間だと気づいたから、怒りの矛先がセイレックさんにも向けられてるわけよ。
「答えてくれ」
あ、はっきり言っちゃった。
「【彼方からの使い】を恋人に持つ私としては、同じ【彼方からの使い】と親しくなり、互いに同郷の者として分かち合うことが出来ることが多く、助け合える相手になることはとても喜ばしいことだ。その【彼方からの使い】がもし、不当な扱いを受けてジュリが心を痛めるという場合、私は全面的にハルトに協力する。ハルトのしたことは誉められるべきことではないし、それに安易に従った【彼方からの使い】にも少なからず非はある。お互いに自分の立場をもう少し省みて欲しいと思う。だが、それよりも。私は【彼方からの使い】が、この世界で理不尽な扱いを受けることがあってはならないと思っている。……セイレック殿が答えられないというのなら、リンファ殿に問う。答えてくれるか」
「それは……」
「俺が話すよ。セイレックもリンファも、洗いざらい話すのは立場上憚れるってところだろう」
「は?」
思わずそう声が出た。一通りハルトに説明されて、出た最初の声がこれとは。我ながら呆れるよ。
「病気を治したら結婚って、なんでそうなんのよ」
リンファさんの優しさに漬け込んだ、バールスレイドの人間の思惑に呆れた。
グレイなんてため息ついて、目を閉じて、眉間を指で押さえちゃったよ。『頭いたくなる』って呆れてるよ。
「超厄介な呪いを解呪して、そのせいで患った病気を治してやったら感謝されて敬われるなら分かるわよ?! なぁんでそれが突然結婚になるのよ?! え、大丈夫? バールスレイドの皇太子って頭悪い? 頭おかしい?」
セイレックさんが私の『頭悪い頭おかしい』発言に口をパクパクさせてるけど無視。
だっておかしいよ。
バールスレイドの皇太子は長らく不治の病に侵されてる話は基本的な社会情勢として知ってたわよ。それは魔物の呪いから発病してしまう、一種の合併症みたいなもので、その魔物の呪いは死ぬまで魔力が半減してしまうという厄介な状態にさせられるうえに、体のあちこちに痛みを走らせるもので、呪いを解呪しないかぎりその痛みも取れないらしいの。その呪いを解くにはその呪いを掛けてきた個体を討伐して殺した後に抜き取った血で、その血を使った特殊な解呪のためのポーションでしか治療できないとされている。魔物に逃げられたら最後、呪いと一生お付き合いする覚悟を決めなければならない。
年々酷くなる痛みは治癒魔法も高額なポーションも効果が薄く、気休め程度。長年その呪いに囚われ続けると精神もおかしくなる程に辛い、不治の病のようなもの。でも、唯一その痛みを柔げられたのがリンファさん。『鍼灸師』と『整体師』の、魔法やポーションといったものに頼らない、体の仕組みを知り尽くした人による痛みの緩和の技術が役に立ったわけ。
そして。
魔法の研究などを積極的に行っていたリンファさんが、呪いの解呪の魔法陣を見つけ出したそうなの。非常に難解で複雑で高度な魔力操作が必要なとんでもない魔法陣らしいけど、そのお陰で皇太子は苦しみから解放されることに。
……で。
『大事な時期』と言っていたのは、 その皇太子が先日完全に回復して、ようやく皇太子としての務めを果たせるまでになったとたん。
―――リンファを皇太子妃に。その発表を国民の祝日に大々的に発表する―――
って突然大臣やら議員やら役人やらが集まる議会で言っちゃったと。もちろんこれにはその場が騒然となり、一旦話は保留になったし外部に漏れないよう箝口令を敷かれたらしい。皇太子の復帰直後の暴走は正直周囲にバレるとまずいということで驚くほど一致団結してその事を口にする人はいない状況にもなってるそう。そりゃあ、そうでしょうねと乾いた笑いがつい出てしまった。
百歩譲って、リンファさんが皇太子を好きだとしよう。リンファさんの様子からそれはないから百歩譲っての話。
だとしても、おかしい。色々おかしい。
リンファさんが真摯に、親身になって治療をしたからそれを愛情と思ったのか? それについて確認すれば治療に関する会話以外殆どしたことないって言ってるけど?
「リンファさんこそ【選択の自由】必要だね?! なんで付いてないの?!」
私の叫びに、ハルトが一言。
「事情があって、リンファには神の干渉ができないんだ。だから【神の守護】がつくことはないな。バールスレイドでも王宮ならその話は知っている」
なんですと?!
「それに、あんな厄介なもの、持つもんじゃない。本人の意思を無視して人を傷つける。それはジュリが一番理解してるだろ」
「あ、そうか……それは、そうだけどでも」
「お前は【選択の自由】の発動条件まだちゃんとわかってないんだろ? あんまり口に出すなよ、セラスーンがお前のためになるならって思って発動させる可能性があるんだからな? それでなくてもお前はセラスーンからの干渉がかなりされやすいんだから」
だとしてもなんか納得いかない、なんてことを口に出そうとしたとき。
「待って? ジュリは、【神の守護】を持っているの?」
リンファさんが目を丸くして、セイレックさんも私をものすごい顔して見てくる。
「……あー、【選択の自由】を与えられちゃってまーす」
そして話した。王家の使者に私が従わない発言したら、その使者が権力をちらつかせてきたことを。そしたら私を召喚し、守護してくれている神様【知の神:セラスーン様】を怒らせて【選択の自由】を私に付与してそのまま使者に発動したことを。
「……えー、ハルトの意見も取り入れて、今思ったこといいますね。このままその皇太子が勝手なことし続けてリンファさんが望みもしない結婚が成されたら、私は、同じ女としてその皇太子の行動が全くもって許せないので、腹が立ってしょうがないので、相当ストレスです。で、【選択の自由】の発動条件がイマイチよく分かってないんですが、ハルトの話だと、しちゃいますね、発動。というか、一瞬『発動してしまえ!』と思っちゃいました」
セイレックさんの顔が青ざめ、リンファさんも酷く困惑している。
「本当に、後から付与されることもあるんですね……」
リンファさんは事情があるようだし【神の守護】については詳しく知らないみたいだね。私も未だに分からないことが多いから、何か発覚すればそれをハルトに教えてもらうしかない。
「はい、なので。……止めないと大変なことになりそうですけど? 仮にもいずれは皇帝になる人が神様から制裁加えられるとか、シャレにならないと思うんですけど」
シーンと静まり返ってしまった。
皆の顔には。『本当にシャレにならない』って書いてある。
「どうすれば……」
セイレックさんが眉間にシワを寄せて呟いた。
どうもこうも、話すしかないよね?
「私の事例、話してもいいですよ」
「えっ?」
「ハルトに協力してもらえば、信憑性は高まりますよね? 少なくとも、本当にそうなのかどうか確認するまではバールスレイドだって動けなくなるんじゃないですか?」
「いいのか?」
グレイが心配そうに私を見つめる。
「うん、全然いいよ。むしろ同じ女性として許せないから。【選択の自由】が発動しても私後悔しないかもって思えるくらいだから」
そして、私は一つ引っ掛かりがあるからそれも言っておく。
「まあ、【選択の自由】は最後の手段として……リンファさん、どういったことで脅されてますか? 私達には話せないことですか?」
その問いに、リンファさんはびくりと体をこわばらせた。
グレイとハルトがその反応を見て、多分二人も同じ事を考えていたんだろうと察する落ち着きでリンファさんを見つめる。
ただ一人。セイレックさんだけは違った。
「え?」
私の言ったことが理解出来ない、そんな顔をしたの。
「そういうことをしない、という信頼でもあるんでしょうね、皇太子……王族に対して。でも、話を聞く限り、第三者の視点で、そして女の視点でみると間違いないと思います。皇帝に次ぐ地位を得ていて発言権だってあるはずのリンファさんが望みもしない結婚を真っ向から否定しない、でも現実逃避する行動。……脅されてるとしか思えないですよ」
セイレックさんは、みるみる血の気がひいて、唇が震えて、不安げな、そんな瞳をリンファさんに向ける。
「ほ、本当、ですか?……まさか、そんな、殿下に、脅されたんですか?」
リンファさんは否定も肯定も返すことはなかった。ただ、『そうなのよ』とうつむいて目を閉じて、態度で示して見せたような気がした。
ブクマ&評価、そして誤字報告ありがとうございます。
リンファの回ですが、この後5話続きます、執筆をして自分で驚きました。そしてものつくりを楽しみにしてくださっている読者様はその後にいくつかジュリが大騒ぎしながらがんばりますのでそれまで今しばらくお待ち下さい。




