2 * ジュリ、マイケルさんの言葉で悟る
本日二話更新です。
「この試作品はどうするんだい?」
「サンプルとして残しておくつもり」
マイケルの問いに迷わず答える。
サンプルって、結構大切なのよね。
何センチって明確にサイズがわかってても、いざ手にとってみると『思ってたサイズと違う』ってなることが結構ある。素材や色合いで全く印象が変わってしまうものは世の中少なくないと思う。
今後物を作り出して行くことを考えてれば、今のうちからサンプルはあっていい。実際に使う人が手にとって物の使用感を確かめることが出来ると出来ないとでは売上に影響するはず。この世界にないものを売ろうとしている私には非常に大切な前準備になると確信している。
「……それなら、これ、必ず返すから借りてもいいかな」
「え?」
彼がちょっと無邪気に笑ってそう言った理由。
マイケル、素敵!! さすがアメリカ人!!
奥さまに見せたいんだって。実はマイケル、なんと、奥様と共に召喚されたのだとか。
その奥様は【弓使い】の称号持ちで、今は旅の途中で立ち寄った知人の家でバカンスしてるそう。バカンスって言うくらいだからおそらく貴族のおもてなしを受けてるのかも。
「それで、気に入ったものがあれば僕と妻の二人にコースターを作ってくれないかな? もちろんお金は払うよ、これでも収入はいいからね。地球にいた頃は旅先で小物を思い出によく買ったものだよ、こっちの世界でもそういうのが出来ればいいと思ってたんだ。妻ならきっとこういう綺麗なものを求めてたはずだ、喜んだ顔が早く見たいよ!」
おおおっ!!
奥様への愛をフルオープンで語るのはさすが欧米人でしょうか。
もちろん喜んで貸し出ししますよ。
今回侯爵家のために作ったコースターは二十枚で二種類。
どうしても意見がまとまらず、というか侯爵様と夫人が静かな喧嘩を始めてしまい。収拾がつかなくなったところに、次期侯爵エイジェリン様の奥様であるルリアナ様登場です。
この若奥様、実の母親の具合がわるくて実家である伯爵家に長期間帰っていたので、私も今回で会うのは二度目。
その母親の体調が回復して外に出歩けるようになったとのことでちょうどその日侯爵家に戻ってきていた。
この若奥様、私結構好きなんだよね。
凛とした立ち振舞いでいかにも貴族って感じなんだけど、高飛車とか高慢な感じは一切なくて。話すと凄く博識でなんでも丁寧に教えてくれる人なんだよね。気配りも出来て、初めて会ったときにマクラメ編みの人員確保の相談に訪れた時、執事や使用人を勤務時間を調整して貸し出したらどうかと提案してくれたのも実はこの若奥様。技術を得られればもし万が一侯爵家で働けなくなっても収入を得る手段の一つを会得出来るだろうって。ついでに身元のはっきりしない不特定多数を集めるよりも何かと安全安心ってところまで言ってたから、頭のいい人なんだよね。
元の世界ならキャリアウーマンでやっていけそうな人だ。
その若奥様の鶴の一声。
「お義父様お義母様、まずは二つ、依頼してはいかがでしょう。ジュリに負担はかけますがお二人の良いというデザインでまずは用意してもらい、そして実際にお客様にお出しするのです。センスのよいお二人の選ぶものであればどちらも非常に好評で反響が大きいのは間違いないのですから、お出しして、せっかくですからどちらが好みかなどを聞いてみては? その意見を参考にまた改めて後日ゆっくりこの侯爵家にふさわしいものをジュリへ依頼なさればきっとさらなる話題となりますわ」
……上手いよね、窘め方が (笑)。
二人を立てつつ、結局一つに絞り込めるように誘導したっていうか。
しかも私が困らないように『後でゆっくり』って念を押すように言うあたりが義父母の性格把握してる。
頼もしい次期侯爵夫人です。
何かあったらこの人頼ろう。
「で、この二つか。いいじゃんいいじゃん」
ハルトは覗き込んで感心している。
侯爵様の希望はレースを閉じ込めたものだった。実は試作品の段階でレースの糸を黒にしていたせいもある。初めはカラフルな色でも考えたんだけど、侯爵家の晩餐とかで出されたら……パステルカラーとか、浮くよね (笑)。
それで黒にしたら凄くお気に召してもらえた。
夫人が選んだのは、花びらと金属のちいさな蝶がポイントで入ってるもの。外の広大な庭でお茶会をする日にぜひ使いたいって凄く興奮してましたよ。
でも分かる。花の盛り、このコースターは華やかだけど透明だから涼しげで、外で使ったら確かにお茶も美味しく感じるよねぇ。
そんなわけで若奥様の巧みな一声で二種類。作ることに。
そして大幅な変更もなく取りかかる前に思い付いたことを提案して快諾していただいたことがある。
「この中央にあるのって、侯爵家の紋章か?」
「そうそう。招かれたとき食器に捺されてるの見たんだよね。そっちは当然本物の紋章だったけど。略式の紋章ならライアスの知り合いの職人さんが専門でそういうのやってて作ってもらって、その現物見せて入れる許可を取ったのよ」
「これが中央にあるだけでも格が上がって見えるから不思議だなぁ」
マイケルが言うように、中央に略式の紋章を型どった銅製の板があるだけで、いかにもって感じになったから結果良し。コースターの中央、一度レースや花びらたちを固めた上に乗せてもう一度スライム疑似レジンを流し込めば立体的に紋章が浮かんで見える。
製作の進捗が気になって耐えきれず一度こっそり覗きに来た (笑)侯爵様が感動してくれたのでその後はサクサク手を動かすだけだった。
「レースのは黒糸に濃いめの金糸を織り混ぜてあるのを使ったから銅板とも同系色で統一感でたし、花びらのは蝶のパーツを銅色のに変更するだけだったからこっちも統一感でてよかったよ」
それを聞いたマイケル、何故か顔が綻ぶ。
「なぁジュリ、もし迷惑でなければ、今度妻と一緒に来てもいいかな」
「うん!! 来て来て!! 会いたいしゃべりたい!!」
「このパーツみながら、デザイン考えて作ったらきっともっと楽しんで喜んでくれる気がするんだ」
「あー、なるほどね」
ハルトは納得顔。
その視線は一緒に召喚されたパーツなどがずらりと並ぶ棚に向けられている。
「そういえば、これどうやって持ち込んだんだよ? 後からって訳じゃないよな?」
「それがね、こたつの上に山盛りにしてたんだよ。それ目の前にこたつに足を入れてて今日死ぬとか宣告されたことに怯えて悩んでたらそのまま」
「おお、こたつごと。なんか、変わった召喚だな?」
「でもそれって、意味があるよきっと」
マイケル、それどういう意味?
「人によっては転移するとき、【スキル】や【称号】に関与するものが一緒に転移されることがあるってボクたちがお世話になってた神官が話してたよ」
「あ? そうなのか?」
「へえー、そうなんだ」
「僕やハルトは体や魔力を資本にした【スキル】【称号】だろう? その場合は持ち込むことは少ないんじゃないかな。でもジュリの場合、このパーツが【技術と知識】の象徴の気がするんだよね。これらを扱えるジュリだからこそ【技術と知識】なんだ」
《ハンドメイド》で使うパーツたち。
それを私たちは眺めた。
そうか。
そういうことか。
「私の【技術と知識】って、《ハンドメイド》に関することか」
薄々気づいてはいた。
もしかすると、そうかな?って。
でも、確信に至る決定打がなかったのよ。
一緒に召喚されたパーツたちが【技術と知識】の象徴。
マイケルの言葉で、確信に至った。
今さらだけど、これが【私】なんだな、って分かって妙に納得した。
【称号】も【スキル】もない私。
でも。
【技術と知識】があるらしい。
他の人と違って魔力もない。
当然だわね。
だって 《ハンドメイド》に魔力いらないし。
《ハンドメイド》に【称号】と【スキル】って付けようがないし。
うん、わかった。
要はこの世界で生きていくために、老後安心してぐうたら出来るように、《ハンドメイド》で稼げるってことね。
そういう解釈にしておこう。
うん、【技術と知識】悪くないかも。
非常に私に都合がいい。
「マイケル」
「うん?」
「天才。えらい。だからコースターじゃなくても作れるものは作ってあげる」
「本当かい?! よくわからないけどぜひお願いするよ!!」
「オレは? 和牛持ってきてやってるじゃん」
「……そのうちね」
「なんだよその間は」
「そのうちはそのうち」
「いいじゃないか、そのうち作ってくれるって言うんだから」
「そうだよ、いいのよあんたはそのうちで」
「オレの扱い雑だな!!」




