クリスマススペシャル ◇ハルトは見た。ジュリのリベンジクリスマス・後編◇
クリスマス編の最後です。
侯爵家との違いを想像していただけたらと思います。
※前話(中編)でご指摘あり、合板→硬質繊維板に修正しました。
ルフィナを捕獲し、酔っぱらい夫婦を転移させ、改めてグレイの屋敷の前に立つ。
ん? こっちは特に外観に変化はないな。
俺たちを追いかけて来るようにすぐにグレイがジュリを小脇に抱えて転移してきた。いつも思うけどその小脇に抱えるのお前たちのスタイルなのか? 色気なしだな。え? それでいいって? お前らがそれでいいならまぁいい。
「あれぇ? 外全然飾ってないね!」
「つまんなーい!」
うるせえ酔っぱらい夫婦!!
「侯爵家がメインだったからね、でも室内はこだわったよ?」
扉の前の大きなリース。ジュリの匂わせていた期待が膨らむ色使いだ。オーナメントは青と銀に塗装されたものだけで、小さなベルもリボンも銀色だ。シックな色合いは確実にグレイの好みに寄せてある。
「侯爵家の客室でも思ったけど、こういう色使いも素敵よね」
ルフィナが感心した声でリースを見上げている。
「シャンパンある?」
「寒いから入りましょうよ」
酔っぱらい夫婦は黙れ!!
「あ、来た来た!!」
そう言って駆け寄ってきた酔っぱらい夫婦の息子ジェイル。その後ろをキリアの息子イルバが追い掛けて来て俺たちを出迎えた。
「やっほー、もう準備出来てるよ」
キリアがそのあとをのんびりと追って姿を現すと、さらにフィン、ライアス、ローツが追随して現れた。
それでもまだ、屋敷の奥からは賑やかな声がしてくる。一体何人いるんだろ?
「カイくんと、ロビンと、おばちゃんトリオ夫婦にウェラ夫婦、あとご隠居夫婦」
「……最後の夫婦はどう考えても侯爵家のパーティーに呼ばれるべきじゃねえの?」
「それが、ご隠居が自分は爵位を譲った身だからと息子の子爵夫妻に譲ってしまってな。あの方の口利きがネイリスト育成専門学校の開校に向けてかなり助かっている、それならば規模も小さいし、晩餐会のようなこともしないがうちでもクリスマスはやるので見に来ませんかと声を掛けさせてもらったんだよ」
「昨日から先駆けてここに滞在してるんだよね、奥さまとクリスマスの雰囲気満喫してるわよ」
「マジ? てゆーかさ、デリアたち、貴族相手にあの騒ぎ?」
「ほら、彼女らはご隠居と何度か会ってるし、夫人も気さくな方で、デリアたちにククマット編みとかフィン編み習ってすっかり意気投合しちゃって。しかもご隠居と夫人は飾り付けまで手伝ってくれた」
貴族に何てことさせてるんだ、こいつは。ご隠居夫婦そこそこ年齢いってるだろ。
「来年の冬、自分の所もするからって進んでやってたよ」
そういうことか。
出迎えられたエントランスもいつもと変わらない。と、思ったけどさりげなく家具や花瓶には侯爵家のように遊び心満載の小人が飾られてたり、青と銀のオーナメントが置かれている。
「……これ、綺麗ぇぇぇ」
「おうっ! なんだよこれ!!」
ランプシェード。リザードの鱗は濃いめの青を使っているから廃棄の鱗じゃないなこれ。台形の六枚のシェード縁部分は銀だ。そして、頂上と、支柱の台座には同じ銀製の精巧な細工の柊が所々にあしらわれている。なにこれ、欲しい。
「高いよ」
「金ならある」
「了解」
取引成立。後ろでキリアがニヤリと笑ったような気がする。キリアがデザインしたのか? デザイン料はもちろん特定商品が売れたときの臨時収入が入るんだったな。
そして。
青と銀、差し色に金と白で統一されたクリスマス。
すげえ! と声が出そうになったら。
「やあ【英雄剣士】殿。先にクリスマスを堪能させて貰っていたよ」
ワイングラス片手にやって来たご機嫌な様子のナグレイズ家の影の支配者が。
「……ご隠居……俺、そういうの断っていいと思う」
室内に入った感動より、俺とルフィナが二度見し一瞬硬直してしまう衝撃を受けた。
被ってる。頭に。トナカイの角と耳がついたカチューシャ!! かわいいやつ!!
「ご機嫌よう、【英雄剣士】様」
夫人もか!!
「ジュリィィィ! おまえこれはダメだぞ、ホントにダメだぞ?!」
「え、なんで? 可愛いじゃんご隠居も夫人も」
なんで平気なんだよ?!
「クリスマスは陽気に楽しもうってことでふざけてサンタの髭とか帽子とか作ったらなんかトナカイの角が一番ウケが良くて。大量につくったら皆トナカイになった。ハルトはどれがいい? サンタの衣装もあるからサンタ役やる?」
もー! 角にリボン付いてるし! 皆でトナカイなってるし! 誰か赤いサンタの帽子被れよ!! ご隠居にふざけた被り物させんじゃねえよ!!
「ミニスカサンタはないの? 私が着てあげるわよ」
「いいね、絶対に似合うよ」
だから酔っぱらい夫婦うるせぇんだよ!! どっかいけ!!
感動が、残念なことにちょっと薄れてルフィナと二人でスンとなった。
室内の天井ギリギリの高さに調整されたクリスマスツリーは青と銀のオーナメントで統一されてて、金色は一番上の星に模様を入れるだけに使われていた。シンプルなオーナメントに合わせて星もシンプル。リボンやベルもないかなりシックな雰囲気でもオーナメントの多さが豪華さを演出している。侯爵家同様に室内にある椅子やソファーに置かれているクッションも統一されてて、青い布に銀と白い糸で刺繍が施されたものだ。テーブルクロスは白だけど、青と銀の糸で柊の刺繍がさてれてこれは色的に普段でも客をもてなすときに使えそうだ。
テーブルには燭台ではなくキャンドルホルダーってやつ? 蝋燭を中に入れて置く入れ物が。ガラスのシンプルな筒状のホルダーは浅いガラスの器の中央に、その周りに青と銀の様々な形のオーナメントが盛り付けられている。
こっちは立食で畏まったテーブルセッティングはないけど、それでもフォークやスプーンを入れておく真っ白の箱に金色の柊が描かれていたり、皿の下に敷かれているランチョンマットは青で統一されててそこにもクリスマスらしい柄の刺繍が銀や金の糸で刺繍されてたり。積み重ねられたナプキンだってよくみればシルバー色の金属製ナプキンリングが全部付けられてて、表面にベルとリボンがシンプルに彫られていてさりげなく演出されている。
「執念を感じる」
そう言えば近くにいたナオが笑う。
「やるならとことんやるって去年からジュリは言ってたからね。心臓に悪いクリスマスはやらないって宣言してたよ」
よほど堪えた去年のクリスマスは、俺も心臓に悪いと思ったよ。
「芸が細かいよなぁ」
「そうだろう?」
「自慢気だなぁ」
「なんたってグレイセル様のこの屋敷のクリスマスの刺繍はあたしとウェラが中心で進めたからね。フィンとデリア、そしてメルサが侯爵家の方をやったから負けてらんないだろ?」
「……あれだけ編み物しててそんな時間どこにあったんだよ」
「時間なんて作るんだよ! ククマットと近隣の刺繍の腕に自信があるやつ皆に声をかければなんとかなるもんさ。そしてあとはプロのお針子にも負けないここさ!!」
自慢気に腕を叩いたナオが声高々に笑う。
「刺繍が専門のトミレアのお針子も真っ青さ、ククマットのハサミと針を持つ女たちは最強だからね」
ああ、うん、色々最強だと思うよ。
青と銀で統一されているオーナメントがそこかしこを飾る。壁に飾られている三つのリースは同じ色合いなのにオーナメントの大きさや形、リボンの模様や結びを変えることで雰囲気の違いを見比べられるようになっている。違和感が出ないよう真っ赤な衣装のサンタは小さめのものが椅子やソファー、チェストの上でクッションに寄りかかっていたり青を基調とした様々な柄の布で作られたクマやウサギと並んでいたり、ちょっとしたアクセントに使われている。
そして暖炉の周りはなかなか凝った装飾だ。エントランスにもあったリザードの青い鱗のランプシェードが上にあって、側に小さなカゴがあってそこにオーナメントを盛ってあるし、テーブルにもあるキャンドルホルダーもいつくか並べられて、銀の柊が添えられている。そして床には小さなロッキングチェアがあり、背もたれには青と白の毛糸で編んだマフラーと手袋がひっかけられている。そして小さなクリスマスツリーやプレゼントボックスが置いてあるのでそこにまた別のクリスマスの空間があるように演出されている。
そこらじゅうクリスマス。これだけ飾り立ててるのに不思議と雑多な感じも狭さも感じない。
徹底した拘りが『無駄』や『余計』に触れない限界までとちゃんと計算されてるんだろうなぁ。
いやぁ、これは。
ほんと執念だよ。じゃなきゃあのデカい屋敷とここをまとめてコーディネートなんてあの忙しい日々と両立してなんて普通は出来ねぇだろ。
……ジュリの本気はちょっと怖い。
結局、トナカイの角を強制で被らせられた。なんでサンタの帽子やとんがり帽子が一人もいないんだ……。なんで全員トナカイなんだ。
「そんな顔しない! ハルトにはプレゼントがあるから」
そう言って渡された袋。
「ルフィナに着せるんだよ」
「は?」
「ミニスカサンタ。どう楽しむかはハルト次第かと」
一瞬真顔でジュリと見つめ合った。
「……クリスマスプレゼント、何が欲しいか考えておけ、何でもくれてやる」
「考えとく」
二人で真顔で頷き合った。
「変わらねえな」
「何が?」
「こうしてると、元の世界と何も変わらねぇなぁ……どこでもやっぱり、こういうイベントって楽しいもんだなってことだよ」
「楽しいよね、凄く。ジェイルにこういう経験をさせてやれない覚悟をしてたから本当に嬉しいよ」
マイケルは、目を細めて感慨深げに呟いた。
「僕やケイティでもそれなりには演出出来たと思うよ。でも、それは既存の物で、近い物にするのが限界だったと思う。こんな風に、心の底からクリスマスを感じられるものは出来なかったはずだ。だから今までしてこなかった。ジュリのお陰だよ、本当に。……素材を見つけて、それをどう使うのか、活かすのか、いつでも全力で考えてくれているから、実現出来たしこれからももっと発展させてくれるんだろうなって」
「本当、それな。ジュリのあの根性と性格じゃなきゃ、今日こうやって俺らははしゃいでないんだもんなぁ」
「だからさ」
「うん?」
「僕とケイティがどこまでいってもジュリの味方なのは。自分の為っていいながら、人のために全力なんだよ、彼女。僕らのためにいつでも全力。僕たちにしか出来ないことがあるようにジュリにしか出来ないことがある。それを補い合うために、僕はいつだってジュリの味方でいるんだ」
「……そうだな」
「ああ、いいなぁ、この雰囲気。来年は一ヶ月前からクリスマス気分を味わえる環境作りに僕も協力するよ」
「そうやってテルムスに戻る日数が減って大公から愚痴られるんだからな」
「はははっ! そうだね! その辺はなんとかご機嫌取りして上手く転がすさ」
「転がす、ねぇ。マイケルのその笑顔で言われると怖い怖い」
わざとらしく肩を竦めると笑って肩を叩かれた。二人で肩を並べて、笑った。
陽気に軽快に笑えるこの雰囲気。
キラキラ光るオーナメントやオブジェ。
ほっこりするぬいぐるみやクッション。
何もかもがいつもよりはしゃいで悪ふざけしたくなる心をそそのかす。
それだけこの雰囲気は心地いいんだ。
「贅沢よねー」
しみじみとルフィナが案内された客室を眺めて呟いた。ご隠居夫妻と、俺たちとマイケル達がこのグレイの屋敷に泊まるんだけど、もちろん部屋はクリスマスの装飾だ。なんと部屋に置かれているタオルやヘアブラシまでクリスマスだ。雪の結晶と柊のデザインで統一されててルフィナが『欲しい欲しい』と連発してた。
「こんな素敵なお部屋が期間限定なんでしょ? もったいないよねすぐに片付けるの」
「ま、そこもジュリのこだわりがあると思うぞ?『期間限定だからこそ、価値がある』って言うだろうな」
「なるほど、そっかぁ」
「ま、来年は俺らも家や店をクリスマスコーディネートしたらいいよ、店なんて客寄せにもなるんじゃないか?」
「そっか、そうだよね?! それいいかも」
ルフィナは侯爵家とこの屋敷で色々見れて大分感化されたらしい。自分もジュリのアドバイスを貰いながら作ってみると意気込んでたよ。
ロビエラムでも、クリスマスが出来たらいいな。
こんなに豪華じゃなくてもいい。アットホームにルフィナたちと賑やかに寒い冬を楽しめるパーティーが出来たら幸せだ。
いつか、この世界もこのクリスマスというイベントに力を入れて独自に発展して文化が生まれたりするんだろうか?
それはそれで楽しみだ。心臓に悪い装飾だけは勘弁して欲しいけど。
それもまた、見てみたいか。
笑えるなら、それでいいよな。
ルフィナにジュリにもらったミニスカサンタの服を見せた。瞬間、ぶん投げられた。怖い、ルフィナ顔が怖いよ。
……これは根付かないらしい。ちょっと悲しい。でも捨てない、取っておく。
そして、今年のクリスマス、一言で言うと。
ちゃんとしたクリスマスだった!!
うん、それだな。
一般家庭では無理なコーディネートをとことん楽しんだ、ジュリの自己満足と執念のクリスマスでした(笑)。
先日予告しましたがこのあと年末年始の更新はいつもと違いますのでご注意ください。
《今後の更新予定》
12月31日 大晦日スペシャル
1月1日 ニューイヤースペシャル
(作者お休みはさみ)
1月9日以降 本編更新再開予定
となります。ご了承ください。




