10 * 献上先の人々、現状を語る。
高貴な三人の語り回です。
※本日二話更新しています、この文章入れ忘れ慌てて入れましたのでご注意下さい。
―――とある日のベイフェルア王家:王妃の私室―――
「お母様、似合う?」
「ええ、素敵よ。ピンク色のドレスにとても合っているわ」
「母上、私は?」
「勿論貴方も似合うわ」
まだ幼い娘メルニアは、届いたばかりの『こってりスイートメガ盛デコポーチ』を早速肩から提げて鏡の前でくるくる回りながらご満悦。そして息子の王太子ディラートも、淡い透明な緑色をした飾りのカフスボタンをお針子に取り替えてもらい上着を羽織り直して、それとお揃いのタイピンを慣れない手つきで着け終わると私の前にやって来た。
「『ジュリ』の作るもの、私は好きです」
ディラートは腕を上げ、袖を見つめながらはっきりとそう告げてきた。するとメルニアもにこりと笑顔を私に向けてくる。
「私も好き」
この会話、私は少し緊張する。
先日、ディラートがこんなことを言い出した。
「王家の職人として召し抱えましょう」
と。
メルニアのデビュタントの件でジュリに依頼をし、それが正式に決まった時のこと。悪気があった訳ではない。単に息子はジュリの才能を認めて、そして称える意味で言っただけ。けれど。
「【彼方からの使い】『ジュリ』についてのそれ以上の発言はお控えください。この国では非公式な存在です、あなた様の発言でどれだけの人間が動くのか、今一度お考え下さい。あまりにも軽率です」
私の数少ない味方であり、デビュタントの手配を任せられる信頼できる財務大臣が珍しく息子をはっきりきっぱり窘めた。
ディラートは明らかに大臣のその態度と言葉に不満を感じた顔をした。もう十二歳になろうとしている、王太子として育ちそしてそれに相応しい教養を身につけ周囲から素晴らしいと称えられ育ったこの子をこうして窘める者はいない。だからディラートもムキになりかけ、反論しようとしたのを私が止めた。
私に直接諌められ、それでディラートはハッとした顔をして言葉を飲み込んでくれた。
王太子として、ディラートには『発言の重さ』をすでに教えている。
すべての人が味方ではないこと。
いつでもどこでも、私利私欲が私たちを取り巻いていること。
なにより、軽率な発言に【彼方からの使い】が含まれそれによって巻き込まれた本人がどう動くか分からないこと。
【英雄剣士】をはじめとした、最前線で大陸に名を馳せる【彼方からの使い】たち。まだジュリと接触すらしていない者も少なくない。それなのに集めた情報によれば皆がジュリの動向を見守っているという。
彼女が何か不都合なことに巻き込まれたら。きっとその原因が私たち王族であろうと、ハルトを筆頭に脅威となることは想像に難くない。
「一瞬、ヒヤリとしました」
息子と娘が去った部屋の中、大臣が苦笑してそう告げてきた。
「私もです。少なくともディラートはもうあのような発言を侍女がいる前ですることはないでしょう。しかし、メルニアは分かりません……今後、メルニアの発言にも注意しなくてはならないでしょう。最近、あの子の周りにも『ご機嫌取り』が集まるようですから」
「はい。人選はしていますが同年代のご令嬢を無闇に避けさせる訳にもいかず……上手く利用して近づこうとする親が後を絶えません」
「万が一にも『ジュリを召し抱えたい』なんてことを他の者に聞かせてはなりません、そんなことになればどれだけの人間がそのために動き、内政を乱すことになるか」
「分かっています。今後も監視は怠りません。しかし、あのグレイセル殿とハルト様がおりますからジュリ殿ご本人の周囲はそれほど警戒する必要はないのでは?」
「……それが怖いのです」
「と、いいますと?」
「……ハルトの耳にどうしてそんなことになったのかと入ったら? 間違いなく彼はその瞬間敵対します。この王家を敵と見なします。それがたとえ幼い娘、メルニアの発言から始まったことだとしても。彼は己が少しでも平和に自由に生きることを邪魔されるのをひどく嫌います。その環境にすでに、ジュリやグレイセルも含まれています。……そしてグレイセルの、ジュリへの執着もです。あれは誰かが割り込んではならない危険な感情です。レイビスのことで嫌と言うほどそれを思い知りました」
「一体何故です?」
「レイビスの処分について私個人でジュリ宛に手紙を送ったことは話しましたね?」
「はい」
「その手紙をハルトが持ってきたのです」
「え? ハルト様が?」
『グレイはレイビスにもう関わらないってさ。名前を手紙で見るのも嫌だしジュリの耳にも目にもその名前入れたくないらしい。レイビスの名前が書かれている手紙を触るのも嫌だって。どういう処分になっても関係ない、興味ないから手紙を寄越されても困るって言っててさ、だから俺が預かった。ほい。返す』
「はっ? なんですそれは!……あ、失礼しました」
聞いた大臣は珍しく声を張り上げて、そしてそのことにハッとして黙礼する。
「かまいません。グレイセルですが……厳しい処分を望むとかそういうことではないのです、存在自体がグレイセルにとってレイビスは邪魔で嫌悪するものなのです。そのような感情を抱く男を、どうやって止められますか?……私は、今現在このベイフェルアであの男を止められる人物を知りません。ハルトは止めるなんてことはしないでしょう。そしてグレイセルを止められる能力をもつとされるクノーマス侯爵と、グレイセルの兄エイジェリンも期待できません。彼らは、果たして王家とジュリ、どちらを選ぶと思いますか?」
「それは……」
いい淀む大臣のこの反応が答え。
数年前のあのクノーマス領だけ課せられた北方防衛戦線への志願兵の増員。
あれで王家はクノーマス家に対して王家の『大義名分』を使うことを当面許されなくなってしまった。無謀で理不尽な要求の代償はあまりにも大きかった。グレイセルはあの時から王家を見限っただろう。クノーマス家も、くすぶるものを抱えているはず。
「綺麗ね」
「え?」
私は、美しい刺繍の施された新しい小さなバッグを手にして眺める。
「これを作り出す手を持っている、これからも【技術と知識】を広めるジュリを、彼女を失いたくないのです」
「ビクトリア様……」
「出来ることなら、側に。……いえ、止めましょうこの話は。これ以上は王家に影を落とすことに繋がるかもしれません。誰かに聞かれても困るのですから」
それでも。
なんとかならないものかと考えを巡らせる。なぜなら。
私は王妃。
国のために、あらゆる責を負っているのだから。
―――とある日のフォンロン国王宮:王の広間にて―――
「ヤナはまだか?」
「それが……」
私の問いかけに側近の一人が顔をひきつらせた。ああ、わかった、わかった。
「伝言は、承っております」
「……聞きたくないな」
「私も、言いたくありません」
「……聞こうか」
『なんであんたのために王宮にいかなきゃならないのよ。用があるなら来い』
「……だそうです」
そんなことだろうと思った。しかし困ったな、ジュリから新しい献上品が届いたというのに、ヤナの【スキル:鑑定】でなければ詳細が分からないのだが。
「陛下」
別の側近が何やらびくびくしながら私に差し出してきたのは、手紙?
『私が鑑定しなくても高品質でめずらしいものばかりなんだからそれでいいでしょ。いちいちどんな付加価値があるか人前で確認するなんて失礼にも程があるし悪趣味、最悪最低。そんなことに私を巻き込まないで。これ以上続けるならそこにいるあんたたち全員鑑定して全員の秘密を国中にばら蒔いてやる』
……ヤナ、脅迫するんじゃない。
私の顔色で、ヤナがこの場に来ないことを察した者たちまで顔色が悪くなる。
ヤナの機嫌を損ねることは、危険だ。
彼女に鑑定出来ないものはこの世にほとんど存在しないらしい。逆に考えるとほぼ全ての物を鑑定できる。しかも詳細に。
しかし最近、ヤナは酷く嫌がる。いや、元々人に命令されるのを嫌がってはいたが特に最近、ジュリの物を鑑定するのを嫌がる。
アメジストスライムとかじり貝の内側の層を使って作られたペンダントトップに、『魔力回復:高』が付与できると鑑定したあのときから。
この空間がどよめき奇妙な興奮が起こった瞬間、ヤナは酷く後悔した顔をした。
以降、王宮に来なくなった。呼び出しても今日のようにあからさまに牽制してくる。我が妻の王妃とも親しくしていたのに、来なくなった。
フォンロンギルドと協力し、クノーマス家を介しジュリに接触すると決まったときは逆に乗り込んで来たが。
「私が鑑定して選出した人物以外は行かせるんじゃないわよ」
と言って。そして選ばれたのがレフォア達だ。
自分の鑑定のせいで、ジュリに『軍事利用できる価値』があることをこの王宮で示してしまったことを、ヤナは後悔している。
そして、それを私が利用することを恐れている。
同じ【彼方からの使い】という立場の人間が自分の発言のせいで戦争の道具にされる可能性があることを。
私はヤナを裏切るようなことはしない。彼女は大事な友であり、私の右腕である宰相の妻でもある。
しかし。一国の主が優しさだけで務まるはずがない。王宮の者たちがジュリの作るものにどれだけの付加価値があるのか知りたがり、それを利用しようとしていることを全て否定するわけにもいかないのだ。国益となる可能性があるものを見過ごす訳にはいかないのだ。
それを理解しているからこそ、ヤナがこうして真っ向から歯向かってくるのだが。
私がヤナを呼び出そうとしていることさえ続けていれば、それで事は済んでしまう。ヤナのワガママ気まぐれで済ませられるから。我が国唯一の【彼方からの使い】ヤナを失ってはならないことは王宮の者ほど理解している。この王宮にあるもの全てが彼女が鑑定したものだからだ。高級品も、貴重な品も、何もかも。今まで不明だった出所や作者、由来など全てが明るみになり、正真正銘『本物』で埋め尽くされたのだから。
そんな彼女が会ったこともない【彼方からの使い】に肩入れするのは、自分の鑑定のせいで人生を狂わすかもしれないことの他にもう一つ。
「これはヤナに届けてくれ」
ジュリの作るものに純粋に心惹かれ目を輝かせるのだ。
綺麗ね、可愛いね、素敵ね、そんな言葉が絶えず出てくるほど。いつも憎まれ口しか叩かないあの彼女から。
「陛下」
「なんだ?」
「これと、これ、あとこちらも。そしてこれもですね。ヤナに」
「お前の分が減るだろう」
「私よりもヤナに」
「しかし、これなんかはとてもキラキラしていてお前が好きそう」
「ヤナにです」
王妃ユミフェルの圧がすごい。
「……前回も、嫌な思いをさせたではありませんか」
王妃の顔が曇る。
「あれほど人を減らしてと嘆願されていたにも関わらず、大臣や議長など結局私たち以外にも二十名を越える者が立ち会って、魔法付与出来るものだけ鑑定すればいいなどと言う者までおりましたよ。そんなことならヤナでなくても良いのです。それなのに、価値が少しでも高いものを得ようとより詳細な鑑定を強要するなど……」
「ああ、わかっている、わかっているからもう勘弁してくれその話は。私も大臣たちもさすがに反省しているよあの事は。だから今日は無理に呼び出したりしていないだろう?」
「当たり前です。そもそも彼女は夫がこの国の宰相だから、子供がいるから、彼らがここにいるからいてくれていることをお忘れですか? そうでなければ彼女はフォンロン所属の【彼方からの使い】になっていなかったかもしれないのですよ。それを皆、忘れがちです。今一度その認識を改める時期ではありませんか?」
痛いところをついてくる。
そして。
別の側近が、見計らったようにまた別の手紙を差し出してきた。
「陛下、じつは、その。王妃様より諭されるようなことがあればこれを渡してほしいとヤナ様からお預かりしております……」
「読みたくない」
「私が読みます」
あ、ユミフェルが奪った。止めてくれ。
『そんなだからあんたの命令は聞きたくない。あんたたちにとって私は物同然。ベイフェルアのお馬鹿国王やその腰巾着と一緒。反論したければあんたが無理だという博愛の王様にでもなってみなさい』
「だそうです。相変わらず辛辣ですね」
淡々と読まれるのはなかなかに辛い。
―――とある日のネルビア首長国:武道会館にて―――
「さて、旦那様」
今、この国のトップである俺は、武道会館のど真ん中で一人、『せいざ』をさせられている。この『せいざ』なるものは俺の第一夫人がハルトから教わった反省するときに相応しい姿勢とかで、六人の妻たちに囲まれ俺は実践している。
「ハルト様に見事に引きちぎられた腕も足も、そして抉られた腹の痛みも消えたようなので、本日は反省会をさせていただきます」
……第一夫人プレタが怖い。笑顔だ。
「……【彼方からの使い】は何者にも囚われるべからず。そう仰っていたのはどこのどなたでしょうか?」
「あの、な? これには訳が」
「訳は聞いておりません。どこのどなたが仰っていたのか質問しています」
「あ、はい、俺だ」
「はい、そうです。あなた様です」
「では旦那様私からも質問を」
第二夫人エルメリアの、冷めた顔、怖い。
「【彼方からの使い】に迷惑をかけてはダメだと私たちに国が教えているのはどうしてですか? 簡潔にどうぞ」
「えっと、それは、この国が【彼方からの使い】のお陰で一つに纏まり発展したから、だな」
「そうですね、覚えていてくださって安心しました」
「そして旦那様」
あ、今日はこの二人の説教か。
「スパイを送り込み、情報を得るだけならまだしも、まだお会いしたこともないジュリ様を困らせ、ケイティ様とマイケル様にお手間をかけさせ、あげくハルト様を怒らせるようなことをした真意をお伺いしてもよろしいでしょうか? まさか、いつもの暇潰しなどとは仰いませんよね?」
「しかも何ですか? 万華鏡を献上されていい気になってませんか? 新作欲しいって書状を送ったそうじゃないですか。ジュリ様と旦那様は面識ありませんよね? なにが目的ですか? またハルト様に怒られますよ? もしかしてハルト様に虐げられたいご趣味があるんですか?」
待ってくれ。
二人とも、怖すぎるぞ。
というか、ほかの四人も……。
空気が冷たい。
「目ぼしい特産のないこの国に、いつかジュリ様をお招きし、丁重にもてなし、そして助言を頂けるよう尽力すると仰ったのは、どの口でしょうか? それとも、私の耳がおかしくて聞き間違えていたのでしょうか?」
プレタが、手に鞭持ってる。その鞭、新調したのか? なんだか、強そうだな。
「各首長も落胆していると話が届いていますよ? これでジュリ様を公式にご招待する機会が無くなってしまったのでは、と」
エルメリア、その握ってるのは何? 槍に見えるのは俺だけか?
えっと、他の四人、助けては……くれないよな! そうだよな! 知ってるぞ!! 待て待て、『打て』『刺せ』って顔をするな!!
「さあ、誠心誠意ご説明していただきましょうか、旦那様」
プレタが鞭を地面に打ち付けた。
エルメリアが槍を一薙ぎした。
他の四人は、あれ、いつの間にか凶器握ってる……。
さすがに打たれたり刺されたりはしなかった。
そして『せいざ』で三時間の説教は地味に精神にくる。
夫人たちが怖くて、誰も救出してくれなかったな。ちくしょう、後で。
「各長官、各首長への八つ当たりはなさいませんように。そんなことをなさるならば、旦那様の私財を全て没収しそのお金でハルト様に再生出来る程度に瀕死にしていただきマイケル様に絶対に突破できない牢獄を作っていただきそこに放り込みます。そこで誰にも会えず一ヶ月飲まず食わずで生き延びる努力でもなされば改心なさるでしょう」
俺は反省中。
うん、八つ当たりはしない。
反省している。
一度に3人の語りを入れてみました。
裏話を語って欲しいのになかなか登場する機会に恵まれない人たちです。特にフォンロンの国王、初登場なのにこの扱い、ごめんなさい、ですね(笑)。そして未登場の【彼方からの使い】、ちゃんと出てくるのはいつになるのか。
おしらせ。
次回の更新は22日(火)ではなく、翌日23日(水)になります。クリスマススペシャルとなり、本編とは繋がっていないイベント話になっています。ご注意くださいませ。
同時に年明けまで本編は休載、イベント話の更新と作者お休み頂くなどかなり不定期な更新となります。新章開始はその後となります。
詳細は次話でお知らせします、ご了承ください。




