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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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10 * キリア、仕事について語るの続き

引き続きキリアさんの語り回です。

 

 うちの旦那が『株主・積立制度』に食いついた。説明したら凄く興味をもったの。私の名義で買うだけじゃ満足出来なかったらしくてしつこく質問してきてしかももっと買おうとか言い出すし。

 私じゃちゃんと説明できないし、熱量がすごかったからグレイセル様に相談したんだけど、それを待っていたかのような反応をされて。あのヤバい笑顔。

 なんだろう、嫌な予感がする。


「いいところに目をつけた。出来るよ、ロビンも」

「本当ですか!!」

「ああ、その代わり、今は《ハンドメイド・ジュリ》の従業員と、クノーマス侯爵家に直接従事している者だけに限定させてもらっている。あくまでまだ試験段階で今後調整や修正をしていくことになる。後々の事務的処理の負荷を考えても外部に制度について最低限の知識を浸透させるまでは株主になれる条件は変えないことにしているんだ」

「じゃ、じゃあ僕が株を得るには?」

「方法は二つ。ひとつは、ロビンがキリアとちゃんと株購入に関する契約書を交わして、キリアの名義に君の名前も追加する。キリアが事実上二人分を払うことになるわけだ。あくまで君は 《ハンドメイド・ジュリ》からすると外部、ただしキリアの夫、そこを細かな契約でもって万が一の場合にトラブルにならないよう『会計士』によって管理される条件を飲めば、共同名義の株主になれる。そしてもうひとつ。これは一番手っ取り早い」

「な、なんですか?!」

「ロビン、競走馬の繁殖施設の管財補佐やってるだろ?」

「はい、そうですけど……」


 あれ、隣で黙ってあたし聞いてるんだけどやっぱり嫌な予感。


「《ハンドメイド・ジュリ》は間違いなく今後規模が拡大する、それにともなって侯爵家と 《ハンドメイド・ジュリ》では管財人と会計士を増員することになっている」

「はぁ、それが、なにか」

「ジュリが持ち込んだ財産管理法で統一移行していくことになっている」


 あれ。この流れは。


「はあ」

「私がその指導などをするつもりだが、いかんせん時間がたりない」


 うん、これは。


「計算の得意な、しかも勤勉な君だ」


 間違いなく。


「新しいことを学ぶのを苦にしないと思うんだよ」


 うん。


「どうかな? いっそのこと私の所で 《ハンドメイド・ジュリ》の、ジュリの言葉でいうと『会計士』にならないか? そうすれば従業員だ、簡単な契約で株主になれる。しかも 《ハンドメイド・ジュリ》の従業員に限り分割払いを認めている。貯金を崩したくなければ毎月の給金から希望口数分を配当金が決まる決算月の二ヶ月前まで分割で支払えばいい。最初の一年で自分の支払い能力がわかるだろうから、口数を増やしたければ翌年また考えればいいだろう? 従業員にならないか?」


 だよね! そうくるよね!!


「《ハンドメイド・ジュリ》は商品生産部門、販売部門、運輸部門、外部事業部門で構成されている。どの部門で働くかは簡単な試験で判断させてもらうが、仕事への取り組む姿勢がいいと評判のロビンだ、やれると思うんだがどうだろう?」

「ちょ、ちょっと待ってください?」

「ぜひお願いします!!!」


 あ……。

 旦那よ、なんだその目は。少年みたいにキラキラさせて。

 そしてグレイセル様がいい笑顔だぁ。

 イケメン、イケメンだけど、さぁ。

 今は腹立つ。

 ジュリの彼氏だけど腹立つわ。そしてずっと無言だったローツさん、契約書無言で出すな! それなんの契約書?! ちょっと見せてもらいますよ!


 ということで、旦那、転職決まった。












 ロビンはこのところ家ではずうっと唸ってる。

 《ハンドメイド・ジュリ》で取り入れている運営に必要な基礎の知識にあたる『振替伝票』と『棚卸し』などなど、覚えてそれを使いこなせるようになるために必死だから。

 あたしなんて見ただけで吐きそうになる数字と文字のびっしり書かれた説明書は、その厚みも尋常じゃない。

 これをジュリは見なくても理解しているし、何よりこれを説明書にしたグレイセル様の頭の良さに脱帽だし、それを短期間で習得して二人のサポートが出来るローツさんも凄いと思う。

 しかもこれで基礎。この分厚い説明書を理解し、扱えるようになったら今度は週単位、一ヶ月単位で売上や給金などお金の流れを纏めた財務諸表すべて、そして年に一度の『決算報告』に必要な知識とその書類の作り方、店で扱う全ての契約書の把握とその使い方、『託児所』『領民講座』についての知識、グレイセル様とローツさんがやってる『資産運用』の知識、これら重要なことの他にも多岐に渡ることを今後段階的に身につけてジュリ、グレイセル様、ローツさんの補佐が出来るようになるための勉強。

 あたしは考えただけでホントに吐きそうになるんだけど。


 でも。

 ロビン、楽しそう。

「こんな方法があったんだ……」

 って、毎日唸りながら、嬉しそう。

 今は『会計士補佐』として勉強しながら働いてるわよ。

 でもね。

「おとーさん!」

「うーん?」

「おかーさんより偉くなれた?」

 って、イルバに言われて硬直。

 うん、私の給金高いからね!! ロビン、転職したばっかりだから (笑)。

「なんだぁ、おとーさんは偉くないんだぁ」

 ってしょんぼりするのやめようよ息子。

 お父さんが憐れすぎる。


 しかしまぁ、《ハンドメイド・ジュリ》は色々と常識はずれ。

 高度な知識とかバンバン取り入れているからあたしたちはこれだけでもビックリして追い付けてないのに、ジュリときたらさも当然のようにやってのける。

 さっきも原価率がどうのこうの、減価償却がどうのこうの、聞いてるだけで吐きそうになるようなことを、物を作りながらグレイセル様たちと話し合ったり出来るんだよ?

 ありえない。


「てゆーか、キリアも結構喋ってるからね?」

「は? なにが?」

「作りながら普通に私と会話してるし」

「え、してないよ」

「してるから」

「んなバカな。【彼方からの使い】のあんたじゃないんだから」

「いや、今もそうだけど……。他の人じゃこうはいかないんだけど……」

 なんてやり取りがありつつ。











 そしてね。

 驚愕の事実。

 スレインとシーラがあたしを従業員としてやけに推してた理由がわかった。

「え、それ、なによ?」

 グレイセル様が、閉店後に何故かウキウキしながらやってきた二人に、お給金の支給日とは全く関係のない日なのに 《ハンドメイド・ジュリ》のお給金袋を渡してて。

「へへへ!」

「キリアありがとう!」

 は?


 そして二人にそれぞれ見せられた。

 お給金袋から取り出した紙を。

 スレインがあたしの手に、それを持たせた。そこには。


 スレイン殿へ。『紹介手数料』の支払い


 紹介人による推薦を受けた特定の従業員が規定の日数を正規従業員として勤めあげたことから発生する紹介料を 《ハンドメイド・ジュリ》は百リクルここに支払うものとする。


 認め印 商長 ジュリ・シマダ

 認め印 副商長 グレイセル・クノーマス


 全く同じものを、名前がシーラになっただけのものもシーラから素敵な笑顔で見せられた。


「……あんたらの小遣いだったのか、あたしは」

「内職さんだと五十リクル、準従業員だと百リクル、それがなんと!! 正規従業員だと二百リクルよ!!」

 スレインがテンション高めに笑った。

「ありがとねー!! おかげで新作ヘアクリップとイヤリングが気兼ねなく買えるよぉ、新しい服も買っちゃおうかなぁ!」

 シーラが自分の世界に入りかけながら笑ってる。

「ジュリの店の影響で五番地の服屋が結構綺麗な色の服を多目に置くようになったんだよねぇ」

「わかる!! あそこちょっと最近良いの多いわよね!」

「どうするぅ? さっそく見に行っちゃう?」

「行く行く!」

 って、あたしを忘れて去って行く二人。

「グレイセル様」

「うん?」

「まさか、今後もあの二人に」

「採用した人材一人につき『紹介料』は一回限りだ、二人で紹介してきたから半分ずつ支払った。それに採用する人は精査してる、そうそう発生する金ではないな。ただ、あの二人は人を見る目に関しては他より秀でているようだから、またキリアのような人材を見つけてきて『紹介料』を手にする可能性はあるが」

「……あたし以外に、あの二人が紹介した人がいるんですか?」

「内職二人、《レースのフィン》準従業員三人」

「……そうですか」

「この制度は職人ではないジュリの元に人材がなかなか集まらなかった時にジュリが物は試しにと始めたことでな、スレインとシーラは試験的意味合いもあった。今は人集めに困ってはいないから来年を目処に無くす予定になっている」


 あたしはあの二人に知らずに小遣いをあげてる気分になったわ。


 しかし、本当にジュリのやること、考えつくことは奇抜、いや、斜めな方向を向いているようにみえるんだけど、これがグレイセル様や旦那からすると全く違うように見えているらしい。

「凄いよ、画期的だね」

「そうなの?」

「当然、難しいことが多いんだけどその分とても考えられている。株主が良い例だね。あれは従業員のやる気にも影響するだろう?」

「……確かに。お金を自分で出してお店を運営してることになるもんね、あたしも無駄にならないように頑張ろうって思うもん」

「それと、お店がお金を貯蓄してくれてるようなものだ、株にしたものは自分では絶対使えない、いざというときのために自然に蓄えておける」

「そうなんだよねぇ、あれはいいと思った。わざわざギルドに行って預り口に預けに行ったりしなくていいし、給与明細に毎月必ず記載されるからどれくらい貯まったか確認する必要もないし。解約には少し手間がかかってお金を自由に引き出せない分、無駄遣いの抑制にもなるし」

 ちなみに、私とロビンは追加でさらに互いの給金から毎月分割で支払うことにして一口ずつ株を取得した。また来年状況を見て追加してもいいかもしれないわね。

「楽しいよね」

「そう?」

「うん、次は何をしてくれるのか楽しくなるよ、僕はね」

「ははっ、確かに」


 うん、楽しいかも。












「株主なれないんですか?!」

 朝、いつものように息子を託児所に預けて出勤したら、珍しいことにこの時間研修棟にいないグレイセル様がいた。そしてなんかその正面に半泣きの男がいる。しかも周囲のシラケたこの空気、何が?

「お願いですー!! 私にも買えるようにしてくれませんかぁぁぁっ!!」

「無理だな」

「そんなぁぁぁ!!」

「……おはようございます、朝から何してるんですか?」

 私の挨拶に振り向いたグレイセル様の嫌そうな顔といったら。なかなか見れないよ、この顔。『早くここから出たい』って顔に書いてある。

「ああ、おはよう。レフォアが勘違いしていて株を買えると思ってたらしく、『お金を用意しました!!』と言ってきたんだよ」

「ああ、なるほど。買えませんからねレフォアさんたちは。従業員じゃないし」

 サラッと言ったら半泣きのレフォアさんが睨んできたわよ?

「妻を説得して用意したお金を無駄にしないためにも私が株を買ってもいいと思いませんか?!」

「いや、だから従業員じゃないでしょ。しかもレフォアさん一人のために例外なんか作るわけないでしょあのジュリが。そして落ち着いてくれる? 鬱陶しいから」

「酷い!!」

 レフォアさんの部下のマノアさんとティアズさんは呆れたような視線で上司の半泣きを見てるわ。グレイセル様はこういう泣きべそかく男嫌いだからね、目が怖い。


 とまぁ、こんな感じで私の周囲はいつもジュリの発案に一喜一憂しているわけ。

 やっぱり。

 楽しいよね。

  《ハンドメイド・ジュリ》は。

 そして。

 ジュリも。






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― 新着の感想 ―
[一言] こうした経緯で売られた(人聞きの悪い)んですね( ˘ω˘ )
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