10 * キリア、仕事について語る
キリアさんの語り回です。
一話に収まらなかったので、次回更新もキリアさん回になります。
ジュリのところで働くようになって、初めてのお給金を渡される日に硬貨が入った袋と共に『給与明細』なるものを渡された。すでに働いていた人たちはそれが当然になっていて、なんてことない顔して『確認』しているのには驚いた。
その『給与明細』には、働いた日数、合計時間、通常時間外の早出と残業の時間、格安で食べれるお店の賄いを食べた回数の合計金額。
それらが事細かに書かれていて、皆が間違っていないかその場で個人の出勤表と照らし合わせて確認するのよ。
「だって違うって言われたら嫌でしょ」
と、ケロッとした顔でジュリが言って、次々とお給金の袋とその給与明細を渡していくのをポカンと見ていたら。
「何もかもがジュリ独自のものだから、慣れるまでは大変だろうが、そういうものだと思ってくれ」
と、グレイセル様に言われたのが懐かしい今日この頃。
てゆーかね。
今月のあたしの給与明細みてびっくりした。
さっきの基本的なことの他に
役職手当て
新規デザイン料
特定作品売上手数料
なるものがあって。
役職手当ては、基本給にプラスされる役職特有の更なる基本給みたいなものらしい。最初のころの私には当然関係のないものだったけど。
でも最近は深く関係がある。気づいたら重役になってたからね……。
新規デザイン料は、私が独自に考えたデザインが商品化した場合に入ってくる臨時収入の一種。
そして特定作品売上手数料ってのが、定番や売れ筋とは別に私が個人で遊び心で作った一点モノとか、量産に向かないものを作ってそれが売れたときに入ってくる手数料。
引かれる賄い分以外は全部私に入ってくるお金なんだけど。
家に帰ってその給与明細とお給金袋を旦那にみせたら。
「……なにこの金額」
旦那が固まってしまった。
「お母さんのほうがお父さんより偉いの?!」
って、幼い息子が変な誤解をすることになったからね。
役職手当の『主任』というものが追加されてその分も基本給に上乗せされてる。働くようになっていつの間にか旦那の稼いでくる額にじわじわ迫るようになって、そして今月は凄い。新規デザイン、確かに結構したけど。こんなになるのか、そうか、これだけやると旦那の給金の二・五倍もらえるんだね……。
なんなのこれ、お金ばら蒔きすぎでしょ、と思うんだけど、その分物が飛ぶように売れる店だから平気なのかな?
元々、私はスレインとシーラに。
「あんた手先器用だからやってみなよ」
と、勧められていた。息子はまだ幼いし、両親は離れて暮らしてるし、旦那の両親はククマットにいるけど常に息子を預けられる訳じゃないから、『内職』を紹介してと私は言ってたのよ。ただ、なんだかやたらとスレインとシーラが『あんたは従業員になれ』ってしつこくて、じゃあ、まぁ、条件次第でなら……と、ジュリに会うことに。
その時、なんでも良いから作ったものが見たいって言われて、《ハンドメイド・ジュリ》に興味あったから天然石を繋げたブレスレットをお店の商品を見よう見まねで作って身に着けてた物をその場で見せたのよ。そしたらね。
「あ、はい、採用」
って。ビックリしてジュリの隣にいたグレイセル様に視線向けたら。
「うん、採用。ジュリがそう言うなら採用」
って、ものすっっっごい笑顔で言われて。
え、強制なの?
それは困る!! 息子いるし、あたしそもそも主婦だしって慌てて言ったらね。
「子供預けるの抵抗ある?」
「えっ?」
「子供いる人は勤務時間は申告制にしてるんだよね。望めばいくらでも働けるけど現段階では長時間勤務はないよ。で、学校に通ってない未就学児のお子さんなら預かれるよ、うちの事業の一環で。子供の面倒見るのが得意な人がいて、その人のお家借りて『託児所』もやってるし。すでに数人預かってるから遊び相手には困らないと思うよ? あと随時勤務時間も好きに決められるし、勤務日数も選べるからそれは調整しようよ」
聞けば 《ハンドメイド・ジュリ》の立ち上げの時に、子供がいるから、という理由で好条件を辞退した女性が何人かいたらしい。働く場所の拡大を目指す侯爵家が、ジュリの知識と意見を参考に、《ハンドメイド・ジュリ》に係わる人なら誰でも子供を格安で預けられる場所を試験的に開設したらこれが好評で、常時預かっている子供は六人だけど、内職をしている人、委託先の職人、仕入れで利用する運輸商、働き手が利用する乗り合い馬車の係、あらゆる立場と関係の人の子供を臨時で預かることもあるとかで、それに登録している子供は二十人以上。
今は本格的に『託児所』の領内での複数開設に向けて侯爵家が動き出している程の、非常に働く人々にとってありがたい環境が出来上がりつつある。らしい。
「ああ、じゃ、働いて見ても、いいかな?」
「いえーい!! よろしくねぇ!! あ、お店の経営状況によってはどんどん昇給もするからね! 目指せピュアホワイト企業だから!!」
「……ピュア、なに?」
「気にしなくていい、彼女はたまに異世界用語を使うだけだから」
と、ニコニコと笑顔で、サッと契約書を出してきたグレイセル様に、押しきられる形であたしの就職が決まった。 ポカンとジュリの事を眺めてたら、手に強引に筆を握らされていた。この時からこの二人は一緒にしておくと周囲をズルズル引きずって巻き込む厄介なカップルで、そこにローツさんという類は友を呼ぶ的な人まで笑顔でそれをサポートするという、捕まるとなんとも面倒な三人によってこの店は成り立っているのだと知ったのは、私以外にもそうやって働くことになった人が何人もいたから。
……凄いよね。
いつものごとく、息子のイルバと手を繋いで店の裏口、路地を挟んですぐ向かいの家の戸を叩く。
「おはよーございます」
「はいおはよ!!」
扉が開いた瞬間、子供の賑やかな声が、いや、これはうるさい。そんな声が。
「あれ、今日人数多い?」
私の問いに、託児所の経営を任されている老夫婦が笑う。
「来週ククマット市場で大市だろう? 準備とかで皆忙しいってほとんどの家が預かってくれって今朝連れてきたんだよ。明日は私らの休みだからね、預かって貰える時に皆必死で準備するって」
「あー、そういえばうちの旦那も今日から忙しいって言ってた、ってあれ? イルバ?」
「イルバ君なら鞄放ってほら、もうお兄ちゃんたちのとこに突っ込んで行ったよ」
最近、『おしごとがんばって』と言ってくれなくなったのよね。ここに預かって貰うようになった当初はさぁ、うちの子可愛い!! 世界一の親思い!! とか思ったのに。
「イルバ!! いい子にしてるんだよ?!」
「あーい、いってらー」
って、なんだそのユルい挨拶!!
いいんだけどね、お友達とたくさん遊んでるから、寂しい思いさせることもなくて。その代わり悪い言葉を覚えるようになって、旦那が『子供の影響力凄い』って苦笑してたわ。
「あ、これ今日の料金です」
「はいはい、頂きますね」
料金はその日払いで、四時間以内の四リクルか、八時間以内の七リクル。これも収入によって料金が違ってて、内職さんとか事情がある人なんかはもっと安い。そしてお昼やおやつは簡単なものなら 《ハンドメイド・ジュリ》が随時用意してくれて非常に助かるし、足りない子は各自持ってくることも可能で臨機応変なところがとてもいい。
今日の私は七リクルを払って、おやつを追加で渡しておく。
「キリアも忙しくなりそうだね?」
「大市で集客あるからね、働ける時間ギリギリ働くよ」
息子はすでにどこにいるやら、声は聞こえるけど姿は見えない。天気がいいからこの家の庭で兄貴分たちと走り回ってるんだろうね。
そして今日。開店前にジュリからまた新しい提案が。
「『株主・積立制度』始めまーす。」
は?
なにそれ?
「私が勝手にこの世界に合わせて作ったお店の制度でーす、えーっとね。給与から毎月決められた金額を引かせて貰うか、一括で払うか選択できるんだけど、それで『株』と呼ばれるものを買う仕組み。そのお金が 《ハンドメイド・ジュリ》の、お店の運営、託児所の運営、それからその他あらゆることに使われますよー。ざっくり言うと資金です、それを皆にも出してもらいましょーって感じです。そして年に一度、一年間のお店の利益に準じて、購入した株に応じた配当金と呼ばれるものが支払われまーす。あ、その額は微々たるものなので期待しないでください。しかーし!! 株の購入金額に応じた特典あります! お店の経営に直結する決定権も一部ですがついてきます! 興味ある方はグレイセル・クノーマスかローツ・フォルテが丁寧に詳しく説明しますのでお気軽にご相談ください!!」
ん? ちょっと待って? よく分からない。
そのあと色々説明されて、『株主』になると、出資した分に応じた、毎年変動するけど配当金なるものが入ってくるというもの。『株』は解約可能で、手続きが必要だけど現金化して一括でも分割でも好きに返金してくれると。
ジュリたちのいた世界だとその契約や解約は手間のかかるものだし内容ももっと複雑でこんなに簡単に説明できるものではないらしいんだけど、ジュリいわく『ギルドにお金を預ける代わりに店に預ける』と思っていいと。預けて微々たるものでも利子が付くと思えば儲けもんでしょ!! と。
ジュリのいた世界のお金の運用手段を簡単に取り入れて、世間より収入がいいこの店の従業員が将来の蓄えをさらにしやすくするために、店が資金を得る手段を増やすために、なによりお店に対する愛着や関心を高めるのに有効だとグレイセル様が言った。
赤字になって店がダメになったらどうすんの?! って聞いたら
「その時は身売りする! そしてなんとかするしかないでしょ、あはははは!」
って自慢げにジュリが言ってて、その後ろでニコニコしてるグレイセル様がいて、ああ、なるほど身売り先は……って、妙に納得した。いや、納得していいことなのか? ダメな気がするけど、そこは聞かない。触れちゃいけない。
とにかく、ジュリのやることはとんでもない。
そして株の購入金額に合わせて年に一回貰える特典が面白い。
『指定額分のハンドメイド・ジュリの商品。点数は無制限』
『本喫茶:暇潰しの二等室利用回数券(6回分)』
『指定額分のレースのフィンの商品。点数は無制限』
『領民講座の無料体験の権利五回分』
株の購入金額千リクルにつき一口として、四つの特典から選べるようになっている。うちは旦那の強い希望で五口、つまり株を五千リクル、貯金を崩して購入して《本喫茶:暇潰し》の回数券を五口分貰う予定。本喫茶に入り浸る気が満々なんだよね。貰えるの来年だけどねぇ (笑)。
そして、従業員たちの大半がこの株を買った。
一口が大きいので、あまり期待してないとジュリは言ってたけど蓋を開けてみれば殆どの購入者は二口以上取得してるんだから凄いよね。特におばちゃんトリオのメルサが凄くて、なんと今まで溜め込んでいたヘソクリを叩いて、十口購入してた。
「ギルドの預り口に預けるよりもよっぽどいいじゃないか。配当金だけじゃなく特典もつくんだから!! あたしはフィンに続いて小金持ちババアに早乗りするって決めてるんだよ!!」
と、豪快に笑ってた。
「もう立派な小金持ちババアだよ」
「そうかい?」
と、ローツさんに言われて自慢げに胸を張ってたメルサ、ちょっとカッコいいと思ってしまったじゃない (笑)。
「株式や株主」についてはもっと詳しく、正確な知識をお持ちの方からすると作者の設定はあまりにも酷い、と思われるかもしれません。
が、この辺がメインになるお話ではないので大目に見て頂けると助かります。
ジュリが思い付きで突発的にペラペラ喋り出すのをグレイセルとローツが必死に書き留める姿を想像して頂けるとなお助かります (笑)。ジュリの突発的な発言はある意味ハルトよりも厄介なので。




