10 * 富裕層にもお薦め
がま口の発祥はヨーロッパ。貴族社会で流行したけれど、開閉の便利さに着目して日常に取り入れ素早く普及させたのは日本人らしいなぁ、なんて以前思ったことがある。
私と一緒にこの世界に飛ばされたがま口を分解して見せたのをきっかけに私も練習がてら布の張り替えの作業を何度かしていたら。
ふと思い付いた。
そう言えば、デザイン次第で口金を可愛くできるんだよね、と。
ルリアナ様とシルフィ様には特注で高価な金属のものを金細工職人さんにお願いしていて、これはすぐに行かねばと自分のは後回しにしてその職人さんのところに向かう。
トミレア地区を含む近隣で唯一、金細工を専門とした工房がある。金細工とはこちらの世界だと高額な金属製品の総称で、この職人は大陸でも数少ない各国が共通の資格として『金細工職人』という称号にも似た確立された立場を認めている数少ない存在。卓越した技術と素材への抱負な知識を必要とするゆえにこの金細工職人を抱えられるのは財力、権力共に基盤のしっかりした貴族だけで、このクノーマス領でも現在金細工工房を名乗っているのはトミレアと西にある他領との交易が盛んな大きな地区に二ヶ所でしかも工房主の一人ずつ、計二人しかいない。
けれど、他にも一人。
それに該当しないけど金細工職人がいる。
その人はかつてトミレアの金細工工房の工房主をしていた。十年程前、奥様を亡くされてから一番弟子に工房を譲り現役引退をして、生まれ育ったこのククマットに戻りライアス含む金物職人や商店を営む人たちの相談役をしている。
「ノルスさん!! もう作っちゃった?!」
「作れっていうから作るだろ。ほら」
「あ、あぁぁぁ流石、流石、だけど、遅かった! 気づくの遅れた私が悪かった! けどいいっ、これは綺麗!」
「なんのことか分からんが、そうだな、お前が悪いんだろうなジュリ」
そこには既に完成した美しい傷のひとつも見当たらない口金二つ。
「ノルスさん、作るの速い」
「見本と強度の調整さえできればこんなん簡単だろ」
ノルスさん。
本人のプライドが高いので高額な金属しか扱わない。なので普段はあまり関わりがない。
でも、扱うとなれば凄い。異常に速い。
金は柔らかくがま口には適さない。けれどそれがノルスさんたち金細工職人の手にかかれば自在に強度を変えてしまえる。
物の質を変えるために地球でだって他の物質と合わせたり不純物を取り除いたりと手間のかかること。
けれどここは地球ではなく。
魔物が蔓延る世界で、魔素や魔力という未知の力が満ちていて、その影響下で生まれた添加物は無数に存在する。
それらを適切に調合して金属の質や色を変えるその技術はもはや神がかっている。
ホントに凄い。
「なるべく摩耗しないようにって話だったからキングスケルトンの骨粉を添加してある。それでミスリル並みの強度になってるから傷もそうそう付かねぇぞ」
「あんまり固くて開けるために必要なしなりがなかったら意味ないんですけど?!」
「しなりは輝水晶で出しておいた。ちゃんと開閉の確認もしてあるから大丈夫だぞ」
聞いたかい、キングスケルトンにミスリルに輝水晶。
地球にねぇわ! 知らんわ! というものばかり。
それらを混ぜたら金が固くなる。傷がつかなくなる。しなりが出せる。
相変わらず意味が分からない。
とにかく、そんなものを簡単に扱えるから凄い。
「ほう、これまたおもしろい形だな」
つまみ部分を定番の珠ではなく鳥が翼を広げたように見えるものと花が並んでいるように見えるデザインをノルスさんに見せると食い入るような目で見つめる。
「翼の形はシルフィ様に、花が並んでるのはルリアナ様にと思い付いちゃって。急ぎではないからこの二本製作して貰えます?」
「おおいいぞ。で、こっちの二本はどうするよ」
「これももちろん買います、これ私が一本個人で持ちますよ。気に入りましたから。あと一本は先にルリアナ様用に仕上げてプレゼントしちゃいますよ」
「そうかそうか。良いものに仕上げてくれよ」
「勿論ですよ、任せてください」
生地はシルク。淡い黄色の生地に、艶やかなファイアスパイダーという蜘蛛型の魔物が出す糸で刺繍を専門にしているお針子さんに刺繍をしてもらう。ファイアスパイダーの糸はオレンジがかった艶々の絹糸のような上品な糸で、結構お値段がするものだけど、ここはケチる所ではないからね。贅沢にその糸で薔薇の柄を刺繍してもらった。内側の生地も拘り、開けたときに鮮烈な印象があってもいいかなと思い真っ赤に染めたシルクを使ってみた。貴族のご婦人達がお出掛けするとき、ハンカチや手袋を入れておく嗜み品の一つとしてクラッチバッグなど小さなバッグを持つ習慣がある。
ルリアナ様のために今作っているのはそれ。
口金から下に向かって少しだけ広がるデザインにしてあって、口金が丸みのない角ばった物なのでそのスタイリッシュさを損なわないよう布部分も丸みを極力抑え、中に台紙も入れることで型崩れを防ぐのとかっちりとした印象を強めた。
この手のバッグはほとんどがきらびやかな刺繍を施し、宝石を散りばめていたりする。
だからこのがま口はかなりシンプルだし、ちょっと素っ気なく感じるかもしれない。
でも案外こういうシンプルな形は目立つんだよね。素材と色に拘れば周りの華美さに負けることはない。
……うーん、我ながら自画自賛してみる。
これはなかなか素敵じゃない?
クリーム色とこのオレンジがかった糸はルリアナ様に似合う。
良いもの作った!!
自画自賛クラッチバッグがま口タイプはルリアナ様に大変喜んで貰い、シルフィ様に目で『私のも早く』と催促させるほど。口金のデザインに拘った物をいまノルスさんにお願いしてますからね、と言えばとてもいい笑顔でした。
そして数日後。
シルフィ様の鳥の羽を模したつまみの口金は、上質な紺色のベルベット生地に、黒と金色の絹糸で小鳥と花を刺繍してもらい、さらに天然石のオニキスをポイント使いであしらったシックな仕上がりにした。
ルリアナ様の小花が並ぶつまみの口金は、先に渡した物とは対象的に、艶やかな黒い生地に小花と同じ柄の花の刺繍を正面右下に金の糸で刺繍をして貰うだけのかなりシンプルなものに仕上げた。
黒や紺色にしたのは、どうしても寒い今の季節はダークカラーに寄りがちになるから。どんな訪問着やコートでも合わせやすいのはと考えたら黒と紺に。その代わり素材の艶や光沢で重苦しさをカバーして口金の高級な金色に見劣りしないよう配慮。
しかし、このお二人の物を作るときは緊張する。何回やっても緊張する。
ベイフェルアでも名門貴族の夫人が身につけるものだから、ちょっとの『不具合』も『不似合い』も許されない。しかも二人とも美人だからさぁ……二人に負けないものを作らないといけないわけ。
まあ、こうして完成して渡したときとても喜んで貰えるとまた作ろうと思えるから不思議よね。その度に緊張するのに。
「ジュリ何とかしてー」
侯爵家に無事がま口を届けてグレイと共に店に戻ると私の姿を発見したキリアが開口一番真顔でそんなことを言うから何事かとグレイと足早に騒がしい二階にかけ上がると。
「丸タイプ優先しておくれ!!」
「いやいや、そこは角タイプ!!」
「何を言ってるのよ、 《レースのフィン》の新作として売り出すのが優先! なんたってレースを使う物も出すんだから」
「それを言うならポーションバッグとしてギルドの売店に売り出すのを優先すべきだろ! 冒険者のためにもさ!」
「だったら肩提げバッグを作りますよ! あれは絶対子持ちのお母さん達の支持を得ますから」
「それなら大きめ硬貨入れだろ、男達ならこぞって買うさ」
「おい、口金作るこっちの話が最優先だからな。お前ら勝手に話をするんじゃねぇ」
うちの女性従業員と、関連事業の男性従業員と、職人入り乱れて。
またか。
なんであんた達は顔を合わせる度にこうなる。
そして人数増えてる。
ルリアナ様に言いつけるぞ。
「……屋敷に戻って仕事をするかな」
「私もグレイの屋敷で出来ることしようかな」
「ああ、そうしよう」
「あたしもお邪魔していいですか?」
「そうだな、落ち着いた静かな場所で作品を作ってくれ、その方がいいものが作れるだろう」
「フィンとライアスにここは任せるわ」
私たちは声を掛けず、その場を後にした。
「そういえば王妃殿下からの依頼は進んでいるのか?」
作品に必要な材料を持ち込んでキリアと私が談笑しつつ作業して、グレイがそれをBGMにデスク仕事をしている所にグレイの屋敷の使用人さんが皿に山盛りのクッキーとティーセットを運んで来てくれて一息入れることに。あ、私がいるから見映え無視の山盛りだからね。他のお客様の時はこんな山盛りなんてしないからね。
「うん、今はデザインの最終確認をしてもらってる所」
「早いな」
「招待客に配るお土産になったから選択肢は少なくて決まるまで早かったわね」
「ちょっとびっくりよね、てっきりあたしはテーブルを飾る物を選ぶと思ってたから」
一息の間、この話で盛り上がった。
王妃殿下から娘である王女のデビュタントを祝う晩餐会でうちの商品を使いたいと依頼があったのは最近。こちらの条件をすんなり受け入れてくれたので正式に受けると返事をした。
そんな初期のやり取りからここまで確かに期間としてはかなりハイペースだと私も感じている。
私はあくまでも 《ハンドメイド作家》の域を出ない人間だと思ってる。職人と自分を呼ぶような専門性もなければ熟練した技術などもない。
だから、あれこれと王妃殿下から指定されても作れない。特に素材を指定されてしまうと、私が扱っている物以外はお手上げ。なのでこちらからかなりの指定をした。
けれどそれが実は良かった。
扱える素材を提示するのと同時に、そこから作れるものを複数提案することで、王妃殿下も選択しやすかったらしい。しかもそれらほとんどが王妃殿下の見たことないもの。中には私も頭でデザインしているだけでグレイやキリアにも話していなかった物もある。つまり、それを選べば完全新作商品。
そして王妃殿下はその新作を選んだ。
そこからは早かったよ。だって大まかなデザインは私のなかで出来上がってたしね。そしてすでに職人さんにも協力要請は済んでいてデザインが決定するのを待つだけ。サプライズ的な意味もあるので仲介する人がほぼいないことも迅速なやり取りに繋がった。
「あとはそれを入れてラッピングするための箱とリボンの発注だわね」
「案外そっちが時間かかるよね? 実物に合わせて一から作って貰うんでしょ?」
「うん、既製品は使えないから、サイズが決まったら職人さん達に即相談の案件よ」
「中身は作るのに時間は必要ないのか?」
「扱いなれてるものを使うから、実は難しい作業はないんだよねぇ」
私の発言にグレイは少し驚いている。
今のところ、何を作り、どういうデザインなのかは私とキリア、そして王宮では王妃殿下と手紙のやり取りを担当する侍女長と晩餐会を取り仕切る王妃殿下のサポートを仰せつかっているという大臣二人だけらしい。
なのでグレイは当然、侯爵家一家も知らない。
……スパイがうろうろしてるから筒抜けな気がしないわけでもないけどね。
その辺は気にしても対処しようがないので無視。
「あ、そういえば手紙のやり取りばかりで王妃殿下に最近はなにも贈り物してないや。がま口の一個くらい手紙と一緒に転送しようかな」
グレイとキリアが凄い顔した。
「あんた、ホンットにそういうところ凄いよね。気にしないというか、冷めてるというか」
「そう? だって献上品作るためにハンドメイドやってる訳じゃないし、それで文句言われる筋合いもないでしょ」
「……あえてしないのではなく、完全に気にしてないだけか」
「わはははっ!」
笑ったら冷めた目で見られた。解せぬ。
「口金を私が依頼してノルスに作って貰うからせめて二つ、用意してくれるか」
「じゃあ作るのはフィン達に任せていい?」
「ああ、むしろその方がジュリもいいんだろ?」
「勿論。布や糸なら 《レースのフィン》がいいってことを世の中に広めるためにもね」
「確かに。しかもあんたも私も布と糸の扱いはフィン達を越えることはなさそうよね」
「そうなのか?」
「私とキリアがどれだけ工房と研修棟で物を作ってると? 布や糸と戯れる時間、そうそうないからね?」
「しかも『あたしらがやるよ!!』って、仕事を奪う人たちに恵まれてますから。助かってますよ、元々裁縫も刺繍も出来る人ばっかりで。私たちと経験の差は歴然、任せた方が良いもの出来ます」
「ああ……」
納得いただけて何より。
後日、真っ青なシルク生地に金糸で豪華に蝶や花を刺繍したクラッチバッグを王妃殿下に、淡いピンク生地とリボンやレースをたっぷりあしらい金色の可愛い金属パーツも盛りに盛った、デリア命名『こってりスイートメガ盛デコポーチ』を王女に献上した。
王妃殿下の豪華なクラッチバッグはもちろん、王女が外出するときに身につけるポーチが富裕層の家の女の子達の目に留まり、シルフィ様とルリアナ様がさらに外出先にクラッチバッグを持ち歩いているのが目撃され、出どころが特定されると、 《レースのフィン》宛に富裕層の女性たちからどっさり手紙が届くことに。
おばちゃん達の不気味な笑い声と『がま口、こりゃ儲かるよ』という呟きが聞こえたとか。
それよりも。最近おばちゃんトリオが私が時々使ってしまう和製英語や日本独特の言葉、私の呟き……使うんだよね。
聞き逃さずメモしてるのを見たときはちょっと引いて、そして気を付けようとも思った。
「あのぉ、『がまぐち』というもの、我が主と私も興味がありまして。そのぉ、二つ、欲しいです」
「アベルさん、ちょっとあんたは黙ろうか?」
最近顔馴染みになったこの男が笑顔で言ってきた。笑顔で媚びへつらえばなんとかなると思うなよ、どいつもこいつも金があるからどうとでもなると思うな!!
口金量産。私の平和な日常を取り戻すまで職人さんたちに頑張ってもらうしかないわ。
読者様ご提案企画、いかがでしたでしょうか。
本編の途中に割り込み流れを悪くしたりせっかくの作品を無駄にしたりしないよう努力をしたつもりです。皆さんに楽しんで頂けていたら幸いです。
こうして提案していただいた作品を全て出すことは大変難しいのですが、それでも懲りずに読者様参加型、巻き込み型企画をまた出来たらいいなと思う作者です。
今後、もう一作品、提案して頂いた作品が本編に登場するのと、いくつかコラボ作品として登場します。その時期や内容は都度更新時に皆様に楽しんで頂ければと思いますので詳細は控えます。
十章は勿論、まだまだ続きますので今後ともよろしくお願いいたします。
『にぃな』様、御提案ありがたく使わせていただきました。ありがとうございます。
そして改めてご参加頂きました読者様に感謝申し上げます。




